転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
豪炎寺side
どうして俺は、わざわざ遠回りになるこの道を通っているのだろうか。
夕日が川面を赤く染め上げる、放課後の河川敷。
俺は橋の上の歩道から、眼下のグラウンドを無言で見下ろしていた。
『……ハァッ……ハァッ……!!』
そこでは、雷門のストライカーである染岡が、全身を泥だらけにしてボールを蹴り続けていた。
理屈じゃない。あいつらの放つ泥臭い熱に、俺の中にある「サッカーへの未練」がどうしても刺激されてしまう。
だから、立ち去らなければいけないと分かっているのに、足がフェンスから動かなかった。
その時だった。
背後の車道に、滑るように一台の黒塗りの高級車が近づき、俺のすぐ傍で静かに停車した。
ウィーン、と音を立てて後部座席のスモークウィンドウが下がる。
「ごきげんよう。私、雷門夏未と言います」
窓から顔を出した赤いリボンの少女――理事長の娘に、俺は怪訝な視線を向けた。
「……どうも」
短く返すと、彼女は俺の心の内を見透かすような声で言葉を続けた。
「この道、貴方の通学路だったかしら?」
俺は無言でそっぽを向いた。
図星だったからだ。
あいつらのサッカーから目を背けきれない自分の未練を、的確に突かれた気がした。
「失礼だけれど、貴方のことは調べさせてもらったわ。……貴方の妹さんのこともね」
「……っ!」
その言葉に、俺の中の空気が凍りついた。
弾かれたように振り返り、目の前の令嬢を鋭く睨みつける。
他人に、ましてや部外者に踏み込まれていい領域じゃない。これ以上、
「貴方、このままでいいの!」
背を向けた俺に、夏未の凛とした声が叩きつけられる。
「あの諦めの悪い連中とプレーしたい。……だから、この道を通っているのでしょう?」
「……放っておいてくれ!」
俺は低く唸るように吐き捨てた。
そうだ。本当は、円堂たちと一緒にグラウンドを駆け回りたい。
だが、俺がそれを望むことは許されない。
夕香がベッドで眠り続けているのに、俺だけがのうのうとサッカーを楽しむなんて、絶対にあってはいけない。
俺がサッカーを封印したのは、夕香への償いなのだから。
自分の中で、改めて己に架けた鎖を固く締め直す。
だが、踏み出そうとした俺の背中に向かって、彼女は俺の根底を揺るがす刃のような言葉を投げつけた。
「サッカーを辞めることが、妹さんへの償いだと思って? ……そんなの、勘違いも甚だしいわね」
「……何?」
「貴方に一番サッカーをして欲しいのは、一体誰なのかしら!」
ビクッ、と。俺の肩が大きく跳ねた。
『貴方に一番サッカーをして欲しいのは……』
その一言が、脳裏でガンガンと反響する。
足を止め、振り返る俺の瞳が激しく揺れ動く。
もしも夕香が目を覚ました時。自分のせいで、俺がサッカーを辞めてしまったと知ったら。
……夕香は、どう思う?
あいつは、俺の試合を誰よりも楽しみにしていた。「お兄ちゃんのシュート、かっこいい」と、いつも笑ってくれていたじゃないか。
「──っ、夕香……!」
雷門夏未の言葉が、俺の心を何重にも雁字搦めにしていた『償い』という名の逃げ道を、鋭く断ち切った。
そうだ。昼休みに屋上で会ったあの少年――司場も言っていた。俺と円堂は似ていると。
なら、立ち止まっている場合じゃない。
俺がハッと息を呑んだ、その瞬間だった。
バァァァァァァンッッ!!!
眼下のグラウンドから、空気を切り裂くような凄まじい破裂音が轟いた。
「っ……!」
橋の下を見下ろすと、そこには完璧な『ボールの芯』を捉え、ゴールネットを激しく揺らした染岡の姿があった。
歓喜に沸く円堂たちの泥だらけの笑顔が、夕日に照らされて輝いている。
(……ああ。俺は、何を立ち止まっていたんだ)
俺はフッと短く息を吐き、静かに目を閉じた。
やがて目を開けた時、俺の中から「迷い」は完全に消え去っていた。
「……場寅、行ってちょうだい」
『はい、お嬢様』
役目を終えたように、夏未の車が静かに走り去っていく。
俺はもう、橋の上から傍観することはない。
自分の意志で一歩を踏み出し、土手の斜面を降りて、熱気渦巻くグラウンドへと真っ直ぐに向かっていった。
✤✤✤
豪炎寺side
「……豪炎寺!」
グラウンドに降り立った俺の姿に気づき、染岡が驚きに息を呑む。
俺はあいつの前に立ち、ポケットに手を入れたまま、その泥だらけの顔を真っ直ぐに見据えた。
「スーパースイートスポット……」
「?」
俺の口から出た単語に、サッカー部の全員が疑問符を浮かべる。
「ボールの『芯』を、
俺は染岡の足元に転がっているボールへ視線を落とし、先ほどの軌道を思い返しながら言葉を紡いだ。
「どれだけ筋力があろうと、ミリ単位でスイートスポットを捉えなければ、今の威力は絶対に出ない」
「お前……見てたのか」
「俺は
それは、同じストライカーとして、同じ頂の景色を見た者に対する純粋な称賛だった。
染岡が目を丸くして固まる中、俺は視線を円堂、そして司場へと移した。
「円堂、司場……。俺、やるよ」
夕風が吹き抜けるグラウンド。
俺は短く息を吸い込むと、静かに、だが確かな熱を込めて告げた。
「でも、いいの? 豪炎寺くんは──」
「──下を向いて立ち止まっていたら......夕香が悲しむからな」
ぽつりとこぼした俺の言葉に、司場がハッと息を呑むのが見えた。
(……なるほどな)
おそらく、あの雷門夏未の言葉は、このお節介焼きが、彼女に何かしら入れ知恵をしたか、きっかけを作ったんだろう。
俺は内心で少しだけフッと口角を上げると、夕日を背に受けて、改めて全員の顔を見回した。
「雷門サッカー部に入る、豪炎寺修也だ。……よろしく頼む」
第18話fin