転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第18話 償いの鎖を断ち切って

 

 

 

豪炎寺side

 

 

どうして俺は、わざわざ遠回りになるこの道を通っているのだろうか。

夕日が川面を赤く染め上げる、放課後の河川敷。

俺は橋の上の歩道から、眼下のグラウンドを無言で見下ろしていた。

 

 

『……ハァッ……ハァッ……!!』

 

 

そこでは、雷門のストライカーである染岡が、全身を泥だらけにしてボールを蹴り続けていた。

理屈じゃない。あいつらの放つ泥臭い熱に、俺の中にある「サッカーへの未練」がどうしても刺激されてしまう。

だから、立ち去らなければいけないと分かっているのに、足がフェンスから動かなかった。

 

 

その時だった。

 

 

背後の車道に、滑るように一台の黒塗りの高級車が近づき、俺のすぐ傍で静かに停車した。

ウィーン、と音を立てて後部座席のスモークウィンドウが下がる。

 

 

「ごきげんよう。私、雷門夏未と言います」

 

 

窓から顔を出した赤いリボンの少女――理事長の娘に、俺は怪訝な視線を向けた。

 

 

「……どうも」

 

 

短く返すと、彼女は俺の心の内を見透かすような声で言葉を続けた。

 

 

「この道、貴方の通学路だったかしら?」

 

 

俺は無言でそっぽを向いた。

図星だったからだ。

あいつらのサッカーから目を背けきれない自分の未練を、的確に突かれた気がした。

 

 

「失礼だけれど、貴方のことは調べさせてもらったわ。……貴方の妹さんのこともね」

 

「……っ!」

 

 

その言葉に、俺の中の空気が凍りついた。

弾かれたように振り返り、目の前の令嬢を鋭く睨みつける。

他人に、ましてや部外者に踏み込まれていい領域じゃない。これ以上、雷門夏未(コイツ)と話す意味はないと、俺は怒りを押し殺して踵を返した。

 

 

「貴方、このままでいいの!」

 

 

背を向けた俺に、夏未の凛とした声が叩きつけられる。

 

 

「あの諦めの悪い連中とプレーしたい。……だから、この道を通っているのでしょう?」

 

「……放っておいてくれ!」

 

 

俺は低く唸るように吐き捨てた。

そうだ。本当は、円堂たちと一緒にグラウンドを駆け回りたい。

だが、俺がそれを望むことは許されない。

夕香がベッドで眠り続けているのに、俺だけがのうのうとサッカーを楽しむなんて、絶対にあってはいけない。

俺がサッカーを封印したのは、夕香への償いなのだから。

 

 

自分の中で、改めて己に架けた鎖を固く締め直す。

だが、踏み出そうとした俺の背中に向かって、彼女は俺の根底を揺るがす刃のような言葉を投げつけた。

 

 

「サッカーを辞めることが、妹さんへの償いだと思って? ……そんなの、勘違いも甚だしいわね」

 

「……何?」

 

「貴方に一番サッカーをして欲しいのは、一体誰なのかしら!」

 

 

ビクッ、と。俺の肩が大きく跳ねた。

 

 

『貴方に一番サッカーをして欲しいのは……』

 

 

その一言が、脳裏でガンガンと反響する。

足を止め、振り返る俺の瞳が激しく揺れ動く。

 

 

もしも夕香が目を覚ました時。自分のせいで、俺がサッカーを辞めてしまったと知ったら。

 

 

……夕香は、どう思う?

 

 

あいつは、俺の試合を誰よりも楽しみにしていた。「お兄ちゃんのシュート、かっこいい」と、いつも笑ってくれていたじゃないか。

 

 

「──っ、夕香……!」

 

 

雷門夏未の言葉が、俺の心を何重にも雁字搦めにしていた『償い』という名の逃げ道を、鋭く断ち切った。

 

 

そうだ。昼休みに屋上で会ったあの少年――司場も言っていた。俺と円堂は似ていると。

なら、立ち止まっている場合じゃない。

俺がハッと息を呑んだ、その瞬間だった。

 

 

バァァァァァァンッッ!!!

 

 

眼下のグラウンドから、空気を切り裂くような凄まじい破裂音が轟いた。

 

 

「っ……!」

 

 

橋の下を見下ろすと、そこには完璧な『ボールの芯』を捉え、ゴールネットを激しく揺らした染岡の姿があった。

歓喜に沸く円堂たちの泥だらけの笑顔が、夕日に照らされて輝いている。

 

 

(……ああ。俺は、何を立ち止まっていたんだ)

 

 

俺はフッと短く息を吐き、静かに目を閉じた。

やがて目を開けた時、俺の中から「迷い」は完全に消え去っていた。

 

 

「……場寅、行ってちょうだい」

 

『はい、お嬢様』

 

 

役目を終えたように、夏未の車が静かに走り去っていく。

俺はもう、橋の上から傍観することはない。

自分の意志で一歩を踏み出し、土手の斜面を降りて、熱気渦巻くグラウンドへと真っ直ぐに向かっていった。

 

 

✤✤✤

 

 

豪炎寺side

 

 

「……豪炎寺!」

 

 

グラウンドに降り立った俺の姿に気づき、染岡が驚きに息を呑む。

俺はあいつの前に立ち、ポケットに手を入れたまま、その泥だらけの顔を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「スーパースイートスポット……」

 

「?」

 

 

俺の口から出た単語に、サッカー部の全員が疑問符を浮かべる。

 

 

「ボールの『芯』を、足の甲(インステップ)の中心で、1ミリのズレもなく撃ち抜く。自分のキックの力を一切ロスなく、100%の威力でボールに伝えることができる究極のポイント……それが『SSS(スーパースイートスポット)』だ」

 

 

俺は染岡の足元に転がっているボールへ視線を落とし、先ほどの軌道を思い返しながら言葉を紡いだ。

 

 

「どれだけ筋力があろうと、ミリ単位でスイートスポットを捉えなければ、今の威力は絶対に出ない」

 

「お前……見てたのか」

 

「俺は足の甲(インステップ)で芯を捉え、直球を撃つ。……だがお前は、足の甲の内側(インフロント)で芯を擦り上げ、威力を殺さずにカーブをかけた。見事なシュートだった」

 

 

それは、同じストライカーとして、同じ頂の景色を見た者に対する純粋な称賛だった。

染岡が目を丸くして固まる中、俺は視線を円堂、そして司場へと移した。

 

 

「円堂、司場……。俺、やるよ」

 

 

夕風が吹き抜けるグラウンド。

俺は短く息を吸い込むと、静かに、だが確かな熱を込めて告げた。

 

 

「でも、いいの? 豪炎寺くんは──」

 

「──下を向いて立ち止まっていたら......夕香が悲しむからな」

 

 

ぽつりとこぼした俺の言葉に、司場がハッと息を呑むのが見えた。

 

 

(……なるほどな)

 

 

おそらく、あの雷門夏未の言葉は、このお節介焼きが、彼女に何かしら入れ知恵をしたか、きっかけを作ったんだろう。

 

 

俺は内心で少しだけフッと口角を上げると、夕日を背に受けて、改めて全員の顔を見回した。

 

 

「雷門サッカー部に入る、豪炎寺修也だ。……よろしく頼む」

 

 

第18話fin

 

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