転生したら、必殺技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第25話 エースとは──★

 

 

【葦考side in】

 

 

「取ったぞぉぉぉーーっ!!」

 

 

円堂の雷のような咆哮が、グラウンドを覆っていた不気味な空気をビリビリと引き裂いた。

 

 

円堂が、シュートを止めた。

三度も僕たちの両足を縛り付けた、あのゴーストロックの中で、円堂はシュートを止めた。

円堂のでかい叫び声が、僕たちに掛かっていた呪縛ごと吹き飛ばしてくれた。

 

 

「みんな、声を出せぇっ! あいつらの声を聞いちゃ駄目だ!!」

 

 

円堂は立ち上がると、前線へ向けて渾身の力でボールを蹴り上げた。

高い弧を描いたパントキックが、センターサークルを越えていく。

その正確な落下点へ、豪炎寺くんが一切の無駄がない動きで静かに入った。

 

 

「豪炎寺修也にボールを渡すな! 潰せ!」

 

 

尾刈斗の左CB屍藤美と左CMの八墓が、左右から同時に、押し潰すような勢いで身体を寄せる。

 

 

「フフフッ、豪炎寺修也君……キミには、何もさせないのだよ」

 

「2人がかりなら……潰せ、る──っ!!?」

 

「……」

 

 

だが、二人がかりで背中に激しく当たられても、豪炎寺くんの体幹は微動だにしなかった。

 

 

「な、何故……動か、ない???」

 

「こ、コチラは2人で潰しにかかっているのですよ!!?」

 

 

豪炎寺くんは、円堂のパントキックを胸で柔らかく落とし、ボールを足元へスッと収めた。

そして人間二人を背負ったまま、反撃の刃を研ぐようにじっと次の瞬間を待っていた。

 

 

「このっ……舐め、る、なっ!」

 

 

業を煮やした八墓が、ボールを突こうと不用意に足を伸ばした。

その一歩で、二人のディフェンダーの間に、人ひとりがギリギリ通れるほんの数十センチの隙間が開く。

豪炎寺くんは身体をコマのように素早く反転させ、その僅かな隙間を強引にすり抜けた。

ゴールまでは、まだ四十メートル近くある。

とてもシュートを狙える距離じゃない。

それでも、豪炎寺くんは迷わず左足を大きく振り抜いた。

 

 

バァァァァンッ!!

 

 

爆発音のような衝撃音とともに、弾丸のようなシュートが、重い空気を切り裂いて飛ぶ。

前へ出ていた尾刈斗のキーパーが、血相を変えて後ろへ下がった。

ゴールマウスへ落ちていくボールへ決死のジャンプを見せ、片手をいっぱいに伸ばす。

 

 

「くぅっ……!」

 

 

誰もが「決まった!」と思った瞬間。

尾刈斗のGK 鉈 十三の指先が、ほんの僅かにボールへ触れた。

カスッ、という摩擦音を残し、ボールはクロスバーの数センチ上を空しく越えていった。

 

 

『す、凄まじいロングシュート! なんという威力だ! しかし尾刈斗のGK 鉈 十三、辛うじて指先で触ってコーナーキックへ逃れました!!』

 

 

ゴールにはならなかった。

けれど、豪炎寺くんの超ロングシュートで、下がり続けて防戦一方だった僕たち全員が、ようやく息を吹き返し、尾刈斗陣内深くまでラインを押し上げる時間を得た。

 

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

 

コーナーキックの準備をする間、ペナルティーエリアに立つ豪炎寺くんが、いつになく大きな声を張り上げた。

 

 

「ゴーストロックは呪いでもなんでもない。俺たちの目と耳に訴えかけるただの催眠術だ!」

 

 

その声に、みんなの視線が一斉に豪炎寺くんへ向く。

 

 

「奴らは前半、執拗なパス回しを続けて俺たちの体力と集中力を削り、後半、目まぐるしく変化するポジションチェンジで、俺たちの脳を混乱させていたんだ!!

その混乱した脳に決まった動きを何度も反復して見せ、最後に『止まれ』という言葉を刷り込むことで、俺たちの動きを止めさせる。

それがゴーストロックの正体だ!!」

 

 

豪炎寺くんの説明によって、得体の知れなかった『呪い』に、ようやく輪郭が与えられた。

けれど、仕組みが分かっただけで、破り方までは分からないでいた。

安堵よりも先に、「では、どうすれば防げるのか」という新たな不安が、みんなの顔に浮かんだ。

 

 

「で、でも、実際どうしたらいいでやんすかね……」

 

「正体が分かっても、耳を塞ぎながらプレーするなんて無理だぞ?」

 

 

栗松くんと風丸が、困惑したように顔を見合わせる。

 

 

「──大声を出せっ!!!」

 

 

円堂が、自陣のゴール前から両手をメガホンにして叫んだ。

 

 

「あいつらが足を止めようとしてくるなら、こっちは大声を出して動くんだ! 『パス回せ!』でも『詰めろ!』でも何でもいい! あいつらの声なんか聞こえないくらい、みんなで叫びまくるんだ!」

 

「えぇ〜……それって、さっきよりも余計疲れるんじゃ……」

 

「ただでさえ走りまくって疲れてるのに……」

 

 

疲労困憊のチームメイトたちが、肩で息をしながら弱音をこぼす。

すると、豪炎寺くんが一歩前へ出て、その不安を断ち切るように口を開いた。

 

 

「守り方を工夫してカバーすればいい」

 

 

感情でチームを引っ張る円堂に対し、豪炎寺くんが冷静な戦術のピースを足し合わせる。

 

 

「守備では、ボールを持った一人を闇雲に追い回すな。

相手がポジションを入れ替えても、そのままついていくな。

自分の担当エリアに入ってきた奴だけを確実に捕まえろ。目の前を横切る相手の動きに惑わされるな」

 

「そうか! ゾーンで守るってことだな!」

 

 

半田がポンッと手を打って頷いた。

 

 

ゴーストロックの正体と、それに対抗する方法が見えた。

さっきまでのように、何も分からないまま怯えて立ち尽くす必要はもうない。

あとは、豪炎寺くんが作ってくれたこのコーナーキックのチャンスを活かすだけだ。

 

 

✤✤✤

 

 

尾刈斗は両方のゴールポスト脇に一人ずつ選手を残していた。

僕は、そのうちの一人より僅かに手前で、ニア側へ立ち、コーナーキックに備えた。

いっぱい走ったからか、肺が肋骨を突き破りそうなほど痛い。

両足のふくらはぎは、今にも痙攣して攣りそうだった。

だけど、僕は足を止めなかった。

いつでもボールに飛び込めるよう、小刻みに位置取りを変えてその瞬間を待つ。

 

 

ピィーッ!

 

 

ホイッスルの音と共に、風丸が右足を振り抜いた。

緩くカーブのかかったボールが、ゴール前の密集地帯へ飛び込む。

 

 

「させません!」

 

 

巨体を誇る尾刈斗左CB・屍藤美が豪炎寺くんの前に強引に身体を入れ、額でボールを弾き返す。

クリアは大きく飛ばなかった。

ペナルティーエリアの左端へ、ふわりと力なく落ちる。

そこに待ち構えていたのは、染岡だった。

 

 

「貰ったァーーッッ!!」

 

 

落ちてきたボールを胸で前へ落とし、着地と同時に強烈な右足を振り抜く。

人垣の間を縫うような、低く伸びる弾丸シュート。

だが、尾刈斗のキーパーが執念で横へ飛び、両手で辛うじて弾いた。

 

 

「っ!」

 

 

ボールはゴールから離れる方向へ、真っ直ぐ、ニア側にいた僕の場所へ向かってきた。

こぼれ球だ。

トラップして、撃つ。

頭では完璧に計算できていた。

けれど、疲労困憊で限界を超えていた僕の足は、僕が頭で思ったよりも、ずっと、ずっと遅かった。

 

 

「あっ――」

 

 

姿勢を崩した僕の目の前いっぱいに、ボールが広がる。

避ける暇も、目を閉じる暇すらなかった。

 

 

バゴッ!!

 

 

「ぶびゃっ!?」

 

 

キーパーが弾いた強烈なシュート。

その勢いを殺しきれないままのボールが、僕の顔面のど真ん中を直撃した。

 

 

目の前が真っ白に弾け、バチバチと火花が散る。

鼻の奥を、ツーンと突き抜けるような激痛が走った。

 

 

僕の顔面が弾き返したボールが、さっきまでとは真逆の軌道を描き、ゴールへ向かって山なりに高く跳ね返っていく。

倒れ込んだキーパーの頭上を越え、ゴールライン際に残っていたディフェンダーの、必死に伸ばした足も越え、ゆったりとした放物線を描いて、ゴールラインを越えて落ちた。

 

 

バサッ。

 

 

白いネットが、小さく、けれど確かに揺れる。

ほんの一瞬、グラウンドから全ての音が消え去った。

 

 

『……ごっ、』

 

 

一瞬の静寂ののち、実況の角馬くんの震える声がマイクを通して響き渡る。

 

 

『ゴォォォールッ!!

染岡の弾丸シュートをキーパーがセーブ! 

しかし弾いたボールが、司場の顔面にクリーンヒットォ! 

顔面で押し込んだぁぁっ! 

雷門、執念の同点ゴールゥゥゥッ!!』

 

 

「…………え?」

 

 

顔面を強打して仰向けに倒れたまま、僕は何が起きたのか理解できず、ぽつりと呟いた。

 

 

「司場ぁぁぁっ!!」

 

 

急に飛び込んできたのは、シュートを打った染岡だった。

 

 

「よく詰めてたぜ! ナイスゴールだ!!」

 

「──えっ、僕がゴールしたの!? 痛すぎて実感がないや……」

 

 

自分が1点取っていた事実を伝えられている途中、駆け寄ってきた主審に鼻と意識の状態を手早く確認され、僕は何度も「大丈夫です」と答えて頷いた。幸い鼻血は出ておらず、受け答えにも問題はない。

それを見届けた途端――

 

 

円堂や半田たち雷門イレブンが一斉に押し寄せ、僕を押し潰すようにもみくちゃに抱きついてきた。

 

 

「やったな、司場! 同点だ!」

 

「ナイス顔面ッス!」

 

「その褒め方、全然嬉しくないよぉ……!」

 

 

グラウンドで、僕を中心に笑い声が弾ける。

鼻はジンジンと熱を持って痛むし、情けない涙も勝手に滲んでくる。

それでも、仲間たちの背中の向こうに見えたスコアボードは、確かに三対三の同点へと変わっていた。

 

 

「まだ喜ぶのは早い」

 

 

歓喜の輪の外から響いた豪炎寺くんの冷静な声に、もみくちゃになっていたみんながハッと顔を上げる。

 

 

「やっと追いついただけだ。残り時間は、もうほとんどないぞ」

 

 

その言葉に、全員の顔から油断が消え、再び勝負師の目へと変わる。

 

 

「ああ! ここから一気に勝ち越すぞ!!」

 

 

円堂が拳を力強く突き上げて叫んだ。

 

 

僕たちが自分のポジションへ散っていく中、染岡だけは尾刈斗のゴールを睨んだまま、僅かにその場へ立ち尽くしていた。

駆け足で彼の横をすり抜けようとした瞬間、微かに声が聞こえた。

 

 

「次は俺が決めてやる。この試合を終わらせるのは、俺だっ……!」

 

 

それは、誰にもエースの座を譲る気のない、強烈な執念の混じった呟きだった。

燃えるようなその横顔を見て、僕は思わず背筋が粟立つような感覚を覚えた。

 

 

✤✤✤

 

 

ピィィィーーッ!

 

 

尾刈斗ボールで試合が再開される。

尾刈斗はなりふり構わず、再びゴーストロックを仕掛けようとしてきた。

選手たちが再び狂ったようにグルグルと位置を入れ替え、僕たちの視線を惑わそうとしてくる。

ベンチからは、地木流監督の低い声が執拗に伸びてきた。

 

 

『マ~レ……マ~レ……』

 

 

「右、来るぞ!」

 

「半田、後ろは俺が見る! 前を切れ!」

 

「司場、内側を空け過ぎるな!」

 

「わ、分かった!」

 

 

けれど、その呪いはもう雷門イレブンには通じない。

僕たちは、絶対に声を止めなかった。

相手を一人ずつ追いかけるのをやめ、自分の担当エリアへ入ってきた選手だけを確実に捕まえる。

紫色のユニフォームが目の前を横切っても、首だけで追って陣形を崩すような真似はしない。

味方の声を聞き、空いたスペースをチーム全体で冷静に埋めていく。

 

 

『マレト、マ──』

 

 

地木流監督の呪文は、円堂の叫びと、僕たちが互いを呼び合う声によって掻き消された。

最後の『止まれ』という暗示は、もう誰の頭の中にも響かない。

 

 

「な、なぜ止まらない!? 馬鹿な!」

 

 

尾刈斗の選手たちの顔に、明確な焦りが浮かんだ。

暗示が破られたことで、彼らの動きに迷いが生じていた。

機械のように正確だったパス回しが、少しずつ噛み合わなくなっていった。

その綻びを見逃さず、マックスくんが中央でボールを奪い取った。

 

 

「へへっ、やったね。染岡、行けっ!」

 

 

縦へ送られたパスを、染岡が右足のアウトサイドで前へ持ち出した。

ゴールまでは、およそ二十メートル。

尾刈斗の右CB・不乱拳が、正面から距離を詰めてくる。

 

 

(……あ、空く)

 

 

僕の視界の端で、豪炎寺くんが染岡から離れるように右斜めへ走り出していた。

それに釣られて、尾刈斗の左CB・屍藤美がマークに付いていた。

彼がマークを引き連れて動いたことで、不乱拳の背後に、ぽっかりとスペースが生まれる。

そして豪炎寺くんは、自ら作り出したその穴(スペース)へ鋭く切り返し、ディフェンスの裏へ抜けようとしていた。

 

 

「今だ、染岡。パスだ!」

 

 

豪炎寺くんの声が飛ぶ。

今パスを出せば、確実にキーパーと一対一になる完璧な崩しだった。

でも、染岡は豪炎寺くんを無視し、前を向いたまま迷わず右足を振り抜いた。

 

 

「おらああああーーッッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

しかし、力みの入った強引なシュートは、威力こそあったもののコースが甘かった。

尾刈斗のキーパーが、両拳で弾き返す。

 

 

「くそっ……!」

 

 

こぼれ球へ豪炎寺くんが走り込もうとするが、一足早く尾刈斗の左SB・柳田 しげるが大きく前線へクリアした。

決定機を逃した染岡が、悔しそうにグラウンドの芝を蹴り上げていた。

 

 

その間にも、時間だけが無情に過ぎていく。

 

 

『後半四十分を回りました! ここで第四審判がボードを掲げます! 表示された数字は「三」! アディショナルタイムは三分です!!

スコアは三対三! 両校に残された時間は僅か三分! 

次の一点が勝敗を決める、運命の三分間です!!』

 

 

三分。

長いようで、あまりにも短い。

一度でもボールを奪われれば、そのまま試合が終わってしまうかもしれない。

 

「絶対に諦めるな! 最後まで走り抜くんだ!」

 

 

円堂が鼓舞する。

 

 

尾刈斗も勝ち越しを狙い、前へ出ようとしていた。

だが、ゴーストロックを破られた動揺はまだ無くならず、選手たちは思うように前を向けない。

パスは横へ、後ろへと逃げるばかりで、攻撃の形を作れずにいた。

 

 

「そんな消極的なサッカー、ちっとも怖くありません! ホワチャーッッ!!」

 

 

僕たちが前線から必死にプレッシャーをかけると、少林寺くんが鋭いスライディングでボールを奪い返した。

奪ったボールを、左サイドを駆け上がる風丸へ繋ぐ。

 

 

「ナイスだ少林! このまま一気にいくぞ、染岡!」

 

 

風丸は走り込みながらの滑らかなモーションで、ペナルティーエリア手前の染岡へ、低く速いパスを送る。

パスを受けた染岡の正面へ、二人のディフェンダーがなりふり構わず殺到した。

だが、染岡へ守備が集中したことで、反対側へ走り込んだ豪炎寺くんはフリーになっていた。

 

 

「──っ! こっちだ、染岡!」

 

 

豪炎寺くんが声を張り上げる。

染岡も、その姿に気づいていた。

ほんの一瞬だけ、彼の目が豪炎寺くんへ向けられたからだ。

それでも、染岡はパスを出さなかった。

 

 

「俺が……決めるッ!!」

 

 

強引にディフェンダーの間をこじ開け、体勢が崩れたまま力任せに右足を振り抜く。

 

 

バシィッ!!

 

 

放たれたシュートは、身体を投げ出した尾刈斗の選手へ直撃した。

大きく跳ね返ったボールは、ゴールラインの向こうへ転がっていく。

 

 

ピィッ!

 

 

雷門のコーナーキック。

攻撃はまだ終わっていない。

それなのに、豪炎寺くんはゴール前へ向かうよりも早く、怒りを滲ませた足取りで染岡の目の前へ立ち塞がった。

 

 

「いい加減にしろ、染岡ッ!」

 

「……あぁ? んだよ、いきなり」

 

 

普段は決して感情を荒らげない豪炎寺くんの怒声に、染岡だけでなく、息を切らしていた僕たち全員の動きが凍りつく。

主審は笛に手をかけたまま固まり、自陣のゴール前では円堂が目を見開いてこちらを見ていた。

 

 

「なぜ俺を使わなかった。見えていたはずだ」

 

「うるせぇ! ストライカーなら自分で狙うのが当然だろうが!」

 

「なら、あの体勢で本当に決め切れると思ったのか」

 

「っ! ……んなの、撃ってみなきゃ分かんねぇだろ!」

 

 

豪炎寺くんの容赦ない指摘に、染岡が苦しそうに顔を歪める。

 

 

「あんな体勢で決まるほど、甘い相手じゃない。お前は、チームが繋いだチャンスを潰したんだぞ」

 

「んだと……っ!」

 

 

染岡が、額がぶつかるほどの勢いで豪炎寺くんへ詰め寄った。

 

 

「テメェ、自分にパスが来なかったからって偉そうに説教してんじゃねぇぞ! 自分が目立ちてぇだけだろうが──」

 

「──勘違いするなッ!!」

 

 

豪炎寺くんの底から響くような一喝が、張り詰めたグラウンドの空気をビリッと震わせた。 その凄まじい気迫に気圧され、染岡の顔から怒りが一瞬だけ消し飛ぶ。

 

 

「誰が決めるかなんてどうでもいい! チームが勝たなければ、意味がないだろッ!!」

 

 

激昂する染岡の目を、豪炎寺くんの氷のように鋭い瞳が真っ直ぐに射抜く。

 

 

「俺は雷門を勝たせようとしてんだよ! 俺の……俺のゴールで雷門を勝たせんだよ!!」

 

「その結果が、さっきの無謀なシュートか」

 

「っ……!」

 

 

染岡が、ギリッと奥歯を鳴らして豪炎寺くんの胸ぐらを掴む。

だが、豪炎寺くんは一歩も引かなかった。

豪炎寺くんは不意に声のトーンを落とし、静かに、だが確かな熱を込めて問い詰める。

 

 

「染岡……お前はなんのために、このピッチに立っているんだ」

 

「……」

 

「お前は、ただ自分がゴールを取るためだけにピッチ(ここ)に立っているのか!」

 

「……っ!」

 

 

染岡の口が僅かに開く。

強く握りしめられていた彼の拳が、わななくように震えた。

 

 

「ストライカーが自分のゴールを欲しがるのは当然だ。だが、時と場合があるだろう!」

 

 

豪炎寺くんは、染岡から決して目を逸らさない。

その言葉には、彼が胸の内に秘めていたチームへの深い想いが込められているように、僕には思えた。

 

 

「この試合に勝てなければ、サッカー部は廃部になる。

フットボールフロンティアへの道も終わるんだ。それを分かっていて……お前は円堂たちの想いより、自分の意地を優先するのか」

 

「……」

 

「チームの想いを踏みにじってまで自分の得点に拘るなら、お前はエースじゃない。ただの独りよがりだ」

 

 

核心を突く豪炎寺くんの言葉に、染岡は唇を強く噛み締め、俯くことしかできなかった。

言い返せないのは、図星だったからだろう。

染岡は誰よりも円堂たちとサッカーを続けたかったはずなのに、いつの間にか「エースという肩書き」に囚われてしまっていた。

 

 

「……残された時間はもう少ない。次の一つ一つのプレーが、最後になり得る」

 

 

豪炎寺くんは染岡に背を向け、ゴール前へと歩き出す。

 

 

「撃つなとは言わない。たとえ外しても、チームのために撃ったなら誰も責めはしない。……だが、自分の下らない意地のために、あいつらが繋いだチャンスを潰すなら――俺はお前を絶対に許さないッ!!」

 

 

痛いほどの静寂が落ちた。

豪炎寺くんの言葉は、まるで刃のように染岡の胸のど真ん中を貫いていた。

染岡は言い返すこともできず、拳を震わせている。

 

 

(染岡……)

 

 

✤✤✤

 

 

ピッ、と主審の笛が短く鳴った。再開を促す音に、張り詰めていた糸がプツリと切れる。

染岡は何も言い返さなかった。

ただ奥歯を強く噛み締めると、豪炎寺くんから顔を背け、ゴール前へ走っていった。

 

 

ピーッ!!

 

 

再開された風丸のコーナーキックは、屍藤美に頭で弾き返された。

こぼれ球も拾うことができず、ボールは尾刈斗の選手へ渡ってしまう。

 

 

『アディショナルタイムも、残り一分を切りました!』

 

 

尾刈斗が最後の攻撃に出る。

勝ち越しを狙っているのは、向こうも同じだった。

中央へ集まった選手たちが細かなパスを交換して僕たちの守備を崩そうとしてくる。

 

 

右から中央へ。

中央から左へ。

そこから、縦へ。

 

 

僕は、尾刈斗の右サイドハーフ・武羅渡 牙とマッチアップする。

右へ、左へ。細かいフェイントに体重を揺さぶられながらも、僕は腰を落としたまま、なんとか食らいついて時間を稼ぐ。

だが、足が一瞬もつれたところを突かれ、武羅渡は前線へ決定的なパスを出す。

 

 

(──っ、マズイっ!!)

 

 

僕がそう思い、絶望しかけたその瞬間だった。

 

 

「終わらせて……たまるかぁぁぁっ!!」

 

 

死角から猛然と突っ込んできた影が、泥臭く身体を投げ出した。

FWであるはずの、染岡だ。

彼は前線から誰よりも早く全速力で戻り、尾刈斗のパスをスライディングで強引に刈り取ったのだ。

 

 

ガツンッ!と弾かれたボールは、左サイドで構えていた風丸の足元へ丁度よく転がった。

 

 

「よく戻った、染岡!」

 

 

風丸が、そのまま一気に左サイドをトップスピードで駆け上がる。

 

 

「行けぇぇえええ!!!カウンターだぁぁぁっ!!」

 

 

円堂の声が、僕たちの背中を強烈に押した。

 

 

僕がサッカーの試合に出るのは、これがまだ二回目。

初心者に毛が生えた程度の僕に、気の利いた高度な駆け引きなんてできやしない。

だから、とにかく前へ、パスを貰える位置だけを意識して無我夢中で走った。

 

 

尾刈斗の右サイドバック・三途渡が、そんな僕の無謀な動きへ一瞬だけ釣られるように目を向ける。

その一瞬の致命的な隙を、風丸は見逃さなかった。

僕を囮に使い、彼自身は内側へ切り込むと、中央へ絶妙なグラウンダーのパスを送る。

 

 

受けたのは、染岡だった。

ゴールから約十八メートル。

左斜め四十度。

前半、鮮やかなカーブを描くシュートを突き刺した、染岡が最も得意とする『領域』だ。

 

 

「染岡(11番)だ! 詰めろ! シュートを打たせるな」

 

 

尾刈斗のディフェンダーたちが、血相を変えて染岡へ殺到する。キーパーも前半のシュート軌道を警戒し、ファーポスト寄りへ大きく重心を傾けた。

 

 

染岡が右足を大きく後ろへ引き、そのまま振り抜いた。

前半に点を奪ったときと同じフォームだったのに、足がボールを叩く音はどこか軽く、ボールは芝を離れてふわりと浮き上がる。

キーパーの伸ばした腕も、群がるディフェンダーたちの頭も越えて、ボールはゆっくりと弧を描いていった。

その落ちていく先に、ファーサイドへ走り込んだ豪炎寺くんの姿があった。

 

 

染岡が、蹴り足を振り切った姿勢のまま叫ぶ。

 

 

「決めろおお、豪炎寺ィ!!」

 

 

豪炎寺くんは落ちてくるボールから一瞬も目を離さずに地面を蹴り、空中で身体をぐっと捻った。

 

 

「はあああああ!!!」

 

 

宙で撓らせた左足が、ボールの芯を正面から捉える。

 

 

ドオオオオオンッ!!

 

 

弾丸のようなボールは、重心を傾けていたキーパーの逆を突き、誰もいないゴール左隅へ吸い込まれていった。

白いネットが大きく揺れ、雷門を勝利へ導く四点目が入った。

 

 

『ゴォォォォォールッ!!!』

 

 

角馬くんの絶叫が、重い雲を突き破るようにグラウンドに響き渡る。

 

 

『雷門高校、再逆転! 決めたのは雷門が誇る天才ストライカー、豪炎寺修也! そして、そのゴールをお膳立てしたのは染岡竜吾! 自らのハットトリックではなく、フリーの豪炎寺へのラストパスを選んだぁぁぁ!!』

 

 

ピッピッピィィィィィィーーーッ!!!

 

 

ゴールの直後、間を置かずに長い笛が鳴った。

 

 

『ここで試合終了のホイッスル――!! 勝者、雷門高校!! 尾刈斗高校を打ち破り、見事な逆転勝利を収めましたぁぁぁっ!!』

 

 

「おっしゃあああああ!!」

 

 

円堂が自陣のゴール前で両拳を天に突き上げる中、僕は風丸や半田たちと一緒に、残った最後の力を振り絞って染岡と豪炎寺くんのもとへ駆け寄った。

ゴールの中からボールを拾い上げた豪炎寺くんは、静かに、しかし確かな熱を宿した目で、染岡へ歩み寄っていく。

 

 

「いいパスだった」

 

 

染岡はぷいっと横を向き、汗を拭うふりをして照れ隠しに鼻を擦った。

 

 

「……フンッ、勘違いすんなよ。外す気はしなかったが、俺が撃つより、フリーのお前を使った方が雷門(・・)の勝ちが確実になると思っただけだ」

 

 

豪炎寺くんが、ふっと口元を緩める。

 

 

「……フッ、素直じゃない男だ」

 

「んだと……っ!? 言っとくが、エースストライカーの座を譲る気なんて微塵もねぇからな!

この試合で俺は2得点1アシスト。一方のお前は、今の1得点だけだ!

トータルで見りゃ、俺の方がストライカーとして上だ!」

 

「──なら、もう少しクロスの精度を上げてもらわないとな。思い切り身体を伸ばさなきゃ届かないくらいズレてたぞ」

 

「あぁ!? 人がせっかくパスを出してやったってのに文句かよ!」

 

「文句じゃない。あれが狙い通りなら、シュートだけじゃなくパスの特訓も必要だと思っただけだ」

 

「うっ、うるせぇーーッ!! 偶々だよ、偶々! 次は完璧に合わせてやるよ!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「フッ……それは楽しみだな」

 

「チッ……上からものを言いやがって……!」

 

 

文句を言いながらも、染岡の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

 

【葦考side out】

 

 

第25話fin

 

 

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