転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
第3話 理解
円堂の言葉で、サッカー愛好会の入部を決めたあの夜から、気づけば1年が過ぎていた。
振り返ってみれば、決して順風満帆とは言えない日々だった。
それでも、立ち止まりながらも、僕達は確実に少しずつ前に進んできたと思う。
サッカー愛好会入ってから一ヶ月ほど経った頃、円堂の強すぎる情熱が通じたのか、当時同じ一年生だった染岡竜吾と半田真一が仲間に加わってくれた。
二人とも中学時代はサッカー部で、基礎も経験も、僕なんかとは比べものにならない。
初めて四人で練習した日のことは、鮮明に覚えてる。
染岡のキックは力強くて、半田はボールを扱うのが上手い。
その横で、僕はボールを止めることすら満足にできず、何度も追いかけ回していた。
(……やっぱり、経験者は違うな)
その差に打ちのめされながらも、僕の心は折れなかった。いや、折れる暇すらなかったんだ。
四人になったサッカー愛好会。
けれど、人数が増えても校内での扱いは変わらなかった。
公式戦すら組めない端数。
グラウンドの優先順位は最下位。
僕たちの居場所はいつも部室の前か、グラウンドの隅だった。
他部のエリアにボールが転がり込めば、四人揃って頭を下げて「すみません!」と謝る。そのたびに、背中に突き刺さる嘲笑。
結局、「危ないから」と追い出され、残るのは筋力トレーニングやボールコントロールといった地味な基礎練習だけだった。
汗を流し、息を切らし、それでも「サッカー」をさせてもらえない日々が続いた。
そんな僕たちに時折手を差し伸べてくれたのが、同じ1年生で陸上部の風丸一郎太だった。
風丸は円堂の小学生時代からの友人で、1年生ながら短距離のエースだった。
一緒に走れば、いつの間にか全力疾走の競争になって、風丸に負けまいと染岡が食らいつき、最後には全員が地面に倒れ込む。
「はぁ……はぁ……もう、無理だ……」
「染岡は、根性あるな」
「うるせぇ……風丸が、速すぎんだよ……」
荒い息を吐きながらも、染岡は笑っていた。
けれど、大会に出場し、大勢の仲間に囲まれ、活躍する風丸の姿は、僕たちにとってあまりにも眩しく、羨望の対象だった。
その翌年、2年生に進級した五月のこと。
新1年生が4人、入部してくれたことで、部員は8人になった。
部活動として認可される条件──
"部員数5人以上であること"をクリアし、ようやくサッカー愛好会は、正式な「部活動」として認められた。
「やった! これで俺たちはサッカー部員だ!」
円堂の喜びようは、今でも忘れられない。
部室で飛び跳ね、僕たちの肩を叩き、「やったぞ、みんな!」と何度も叫んだ。
けれど――その喜びは長くは続かなかった。
部員はそれ以上増えず、グラウンドの使用権も相変わらず。放課後、部室に集まりはするものの、ボールを蹴れない日が続いた。一ヶ月も経たないうちに、一年生たちの瞳から光が消えた。
「練習したくても、場所がないんだから仕方ないじゃないですか」
そんな正論という名の諦めが部室を支配した。一年生はスマホをいじり、染岡は机に突っ伏し、半田は漫画を読みふける。部室は練習の場ではなく、ただの「憩いの場」に成り果てた。
✤✤✤
「さぁ、練習だぁ!」
勢いよく部室のドアを開けて叫ぶのは、
このサッカー部のキャプテン、円堂 守。
シーン......
しかし、返事はない。
部室には、いつもの光景が広がっていた。
窓際で携帯ゲーム機に夢中になる一年生。
机に突っ伏して居眠りする染岡。
漫画を読みながらあくびをする半田。
誰も立ち上がらずにいた。
誰一人として立ち上がらず、その視線はボールではなく、現実を忘れるための「暇潰し」に向けられている。
「どうしたどうした! もうずっと練習してないんだぞ!」
円堂の声が部室の空気を震わせるが、それは凪いだ海に石を投じるようなものだった。
染岡が、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
その瞳には、かつてのギラついた野心はなく、生気のない色が澱(よど)んでいた。
「グラウンド借りられたのかよ......?」
「いや……これから、またラグビー部に交渉して──」
円堂の声が、わずかに小さくなる。
「──だと思った」
半田が吐き出すように言う。
漫画の紙が擦れる乾いた音だけが、やけに大きく響いた。
「どうせ笑い者になるだけでやんすよ」
一年生の栗松が、液晶画面から目を離さずに冷めた声を紡ぐ。
「『八人ならテニスコートでいいだろ』ってね」
「空いてる日にやれば?」
「空いたことないっスよ」
好き勝手に、鋭く、諦めを投げつける部員たち。
円堂の握りしめた拳が、小刻みに震え始めた。
「俺たちはサッカー部だろっ!!」
怒りを堪えきれず、円堂は部室内に貼っていたフットボールフロンティアのポスターをバンッ!と勢い強く叩いた。
激しい衝撃にポスターが波打ち、支えていた古びた画鋲が一本、力なく床に落ちる。
「今年こそ、あの舞台に出ようぜ、みんな!!」
円堂は熱意を持って説得する。
だが、返ってきたのは「ムリムリ」「現実見ろよ」という、空気のように軽い拒絶だった。
最初から、期待というリスクを背負うことを拒んでいるかのように。
「お前らな! サッカーやりたくてこの部に入ったんだろうがっ!」
「そのサッカーが出来ないからここで屯ってるんだろ?」
「ぐぬぬ……」
言い返せない事実に、円堂は唸るように歯を食いしばった。
拳を握り、肩を震わせ、それでも紡げる言葉が見当たらない。
ふと、円堂は空席の目立つ部室に違和感を覚えた。
「あれ......葦考は居ないのか?」
数えても、部室に居たのは七人。
葦考の姿だけがなかったのだ。
「司場の奴なら、また一人でボール蹴りながらジョギングしてるよ。たくっ、人数足りなくて試合もできないのに、よくやるよな」
「葦考先輩、優しくて、凄い良い人ッスけど……正直、なんであんなに頑張るのか分かんないっス……」
その染岡と壁山の呟きが、円堂の胸を深く抉った。
腹の底から、沸騰するような熱い衝動が突き上げてくる。
「練習して何がおかしいって言うんだ! サッカー部がサッカーやらなくてどうすんだよっ!!」
それだけを吐き捨て、円堂は部室を飛び出した。
乱暴に閉められた扉の振動で、埃がふわりと舞い上がる。
誰も、追いかけない。
誰も、言葉を発しない。
床に落ちた一本の画鋲が、夕陽を反射してかすかに光っていた。
その光は、残酷なほど冷たく、鋭かった。
✤✤✤
グラウンドの外周を、僕は一人、ボールを蹴りながら走っていた。
足元のボールを小刻みにタッチし、リズムを刻む。右、左、右、左。
少しでも気を抜けば、ボールは僕の届かないところへ転がっていってしまう。
滴り落ちる汗が目に入って沁みるけれど、拭う暇さえ惜しかった。
「ナイスプレー!」
「もう一本。走れ、走れ!」
グラウンドの中央からは、ラグビー部の2軍達の野太い鼓舞が響いてくる。
泥にまみれながら「スポーツマン」として汗を流す彼らの声が、僕には良い励みになった。
走っていると、ふと15分ほど前の光景が脳裏に蘇った。
部室のよどんだ空気。
埃の匂い。
そして、
『み、皆、今日ぐらい一緒に練習しない?』
僕が絞り出した精一杯の誘いは、部室の重たい空気に吸い込まれ、誰一人として顔を上げさせることはできなかった。
『グラウンドも借りられねぇのに、こんな大人数で練習できるわけねぇだろ......』
『そっ、そっか……じゃあ僕は今日もグラウンドでジョギングしてるから、気が向いたら来てよ。1人よりみんなでやった方が楽しいからさ……!』
精一杯明るく振る舞って部室を後にした僕を、追いかけてくれる足音はなかった。
「おーい、葦考ぁぁあ!」
黙々と独り走っていると、聞き慣れた声が、グラウンドに響く。
振り返ると、肩で息をしながら円堂がこちらへ走ってくるのが見えた。
「円堂……」
「今日も、一人で練習か?」
円堂はいつものように笑う。けれど、その瞳の奥には、部室に残してきた仲間たちへの焦燥が、痛々しいほど滲んでいた。
僕は少しだけ自嘲気味に笑ってみせる。
「……うん。僕は誰よりも下手だから。試合になったら、足を引っ張りたくないしね!」
言いながら、上手く笑えているか不安になる。頬の筋肉が、引き攣るように強張っていた。
「円堂くーーん!! 司場くーーん!!」
突然らグラウンドの中央から、一人の女子生徒が駆け寄ってきた。
外側に跳ねた深緑のショートヘアーが風に揺れ、赤いヘアピンが夕日を反射してきらりと光る。
橙色のジャージ姿でサッカー部マネージャーの木野 秋さんが駆け寄ってきた。
「おお、秋」
「木野さん」
グラウンドの中央から駆け寄ってきたのは、マネージャーの木野秋さんだった。
「ハァ……ハァ……ごめん、2人とも。やっぱり、今日もグラウンド借りられなかった......」
肩を落とし、申し訳なさそうに告げる彼女の言葉に、円堂の表情がわずかに沈んだ。
「仕方ないよ。わざわざ交渉してくれてありがとな!」
「ううん。私もマネージャーだから、出来ることはやっておきたいの。中学の時は、何もできなかったから……」
木野さんの声が、わずかに震える。
二人は同じ中学の出身らしい。
中学時代、円堂が廃部になっていたサッカー部を一人で叩き起こそうとし、彼女がそれを三年間支えていた。
けれど、その努力も虚しく、終ぞ「チーム」が完成することはなかった。
木野さんの目には、当時から積み重なってきた無力感と、拭いきれない悔しさが滲んでいた。
「ところで、みんなは?」
木野の問いかけに、円堂は「いつもと同じだよ」と短く答える。
その一言で、木野は全てを理解した。
部室でゲームに興じ、漫画をめくる仲間たちの姿を。
「練習しろって言ってこようか!」
木野さんはギュッと拳を握り、眉を吊り上げた。
「部員か11人揃わなかった」中学時代の挫折を知っているからこそ、今の停滞が自分のことのように許せないのだろう。
「いいよ。そのうち、きっとやる気になってくれるさ」
円堂は努めて明るく振る舞うが、その声には自分に言い聞かせるような弱々しさが混じっていた。
「もうっ!そうやって甘やかすから、みんな真剣にならないのよっ!」
木野さんが納得いかないと言わんばかりに声を荒らげた、その時だった。
「それは違うよ!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
二人の視線が、弾かれたように僕に集中する。空気が一瞬で凍りつき、心臓の鼓動が耳の奥でうるさく跳ねた。
「あ……ご、ごめん! いきなり大声出して……」
慌てて謝る僕に、木野さんは驚きを隠せないまま、けれど優しく問いかけた。
「何が違うの、司場くん?」
「え、えっと……」
言葉が、喉の奥で渋滞を起こす。
手のひらにはじっとりと汗が滲み、大声を出した自分を今すぐにでも消し去りたくなる。
けれど、抱えたボールを強く握り締め、僕は素直な、僕だけの確信を口にした。
「……染岡たちは、去年の──サッカー部に入る前までの僕と同じなんだ……」
そうだ。あの部室に漂う、重たくて冷たい空気。
あの虚ろな目。すべてを投げ出したような、けれどどこか縋るような表情。
それは間違いなく、去年までの──サッカー部に入る前までの僕と同じだった。
「やる気がないわけじゃない。頑張りたくないわけでもない。
ただ......怖いだけなんだ。現実が厳しすぎて、心が追いつかないだけなんだよ。頑張っても報われないんじゃないかって……」
木野さんと円堂が、息を呑むのが分かった。
「でもさ、僕は円堂の諦めない姿を見て、
どんなに
目の奥が、じわりと熱くなる。
「だからさ、もう少しだけ待ってあげてよ。染岡たちなら、きっとまた立ち直れる。……だって、本当はみんな、サッカーが大好きなんだから」
言い終えると、猛烈な羞恥心が込み上げてきた。
「あ、あはは……ごめんね。柄にもなくカッコつけたこと言っちゃった。恥ずかしいやつだな、僕……」
視線を逸らし、耳まで赤くなっているのを感じる。
「……ううん、全然そんなことない。逆に私が軽率だったわ。ごめんなさい、司場くん」
「あ、謝らないでよ! 僕はただ、みんなもやる気がないわけじゃないって、伝えたかっただけだからさ!」
「ふふっ。でも司場くん、なんだか円堂くんに似てきたわね。すごく“熱血”だったわよ」
「えっ、僕が!? そんなことないよ、円堂と僕なんかじゃ月とスッポンだよ……」
慌てて否定して円堂を盗み見ると、彼は――顔をぐしゃぐしゃにして、涙を浮かべていた。
「円堂……?」
「感動したぜ、葦考!!」
突然、円堂が僕の両腕をガシッと掴んだ。
涙と鼻水を垂らしながら、けれどその瞳には射抜くような強い光が宿っていた。
「お前がそこまで周りのことを考えていたなんて……俺、キャプテンとして、すっごく嬉しいよ!」
「え、円堂、ちょ、ちょっと待って……!」
掴んだ腕を円堂はブンブンブンブン上げ下げして感無量な心境を表現する。
「よぉーし! そしたら今日も一緒に、河川敷で特訓だ!」
夕闇に溶け出す空に、円堂の声が響く。
その声は、僕にとって「希望」そのもののように聞こえた。
風が吹き抜け、草がざわめく。
三人の影が夕日に溶け込み、一つになった。
一人じゃない。ここには、僕を信じてくれる仲間がいる。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
✤✤✤
場所は変わって河川敷小敷のグラウンド。
夕日が地面を照らし、心地よい橙色の光が目に焼きつく。
風が吹くたび、草の匂いと土の匂いが混ざり合って鼻を擽る。
河川敷の小敷のグラウンドでは、小学生チーム「稲妻KFC」の子供たちが、円堂と僕を交えて練習に耽っていた。
「パス!」
「ナイス!」
「もう一本!」
弾むような声が、広い河川敷に響き渡る。
その声は、純粋で、楽しそうで、まるで音楽のように聞こえた。
「行くぜー、円堂!!」
ドリブルで1人を交わして円堂目掛けてシュートの体勢になる
土を蹴る音、ボールを転がす音、そのすべてが心地よいリズムを刻む。
だが、その隙を見逃さずにスライディングで奪い返す如月まこ。
「いいカットだ、まこ! そのまま来い!」
「いくよ、円堂ちゃん!」
如月まこが右足を振り抜く。
放たれたボールは、夕日を背負って美しい放物線を描き、ゴールへと吸い込まれていく。
それを円堂が両手でガッチリとキャッチした。
「いいシュートだったぞ、まこ。その調子だ!」
円堂の笑顔が、夕陽に照らされて一層眩しく輝く。
その姿を眺めながら、僕は思う。
(ああ......これが、サッカーなんだ)
超次元な必殺技なんて、なくてもいい。
空を飛ばなくても、ボールから火が出なくても。
ただ、ボールを蹴る。
仲間と一緒に、泥だらけになって笑い合う。
僕は、この
✤✤✤
場所はグラウンド横の木製ベンチ。
木野と休憩中の葦考が、練習している円堂と稲妻KFCの子供たちを眺めていた。
ベンチに座り、肺に冷たい空気を送り込むと、心地よい疲れが一気に押し寄せてくる。
「楽しそうね、円堂くん」
木野さんが、優しく微笑む。
「ここぐらいでしかまともなサッカーが出来ないからね。円堂にとっては断食明けの食事みたいなものなんだよ。きっと」
「あはは……サッカーがご飯と一緒って……」
あながち否定できない比喩表現に、木野さんは困ったような、けれど愛おしそうな苦笑いを浮かべた。
風が、僕たちの間を通り過ぎる。
草の匂い、土の匂い、そして少しだけ混じる自分たちの汗の匂い。
太陽が地平線の向こうへ沈み始め、オレンジの空が次第に濃い赤へと溶け込んでいく。
平和な、あまりにも穏やかな、奇跡のような時間。
それを、噛みしめるように堪能していた、その時──
「誰だァ! このボール蹴ったのはァ!!」
静寂を切り裂くような怒号が、夕暮れの河川敷を真っ二つに叩き割った。