転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
「誰だァ!! このボール蹴ったのはァ゛!!」
怒気に満ちた、野太い声。
その一撃で、河川敷の平和な空気は一瞬にして凍りついた。
子供たちの笑い声がぴたりと止まり、楽しげだった旋律が不協和音へと変貌する。
声の主は、如何にもといった風貌の高校生二人組だった。
一人は金髪にピアスを付けたガラの悪い男、もう一人は黒髪のリーゼントが特徴の小柄で小太りな男。
サッカーボールを踏みつけ、こちらを射抜くように睨みつけるその姿からは、隠しきれない暴力の匂いが漂っている。
「あ……」
背筋が、氷の刃で撫でられたように冷たくなった。
心臓が嫌な早鐘を打ち、手のひらにじっとりと冷や汗が滲む。
――まずい。本能が、全力で逃げろと警鐘を鳴らしていた。
「大丈夫ですか!すみませんでした。それ俺のボールです!」
円堂が真っ先に駆け寄る。
けれど、その真っ直ぐな誠実さは、ヤスイには逆に火に油を注ぐ行為だった。
「はァ? お前のボール?」
金髪のヤンキー──ヤスイと呼ばれた男が、円堂の胸ぐらを無造作に掴み上げた。
そして――容赦なく、その拳を円堂の腹部に叩き込んだ。
「がはっ……!」
鈍い、肉を打つ嫌な音。
円堂が土埃の中に崩れ落ちる。
「円堂!」
僕は恐怖で足が震えていた。
だが、気づけば僕は無我夢中で駆け寄っていた。
「てめぇもやんのか、ああ゙?」
今度は僕が掴み上げられた。暴力の重圧が喉を締め上げる。
(ぐ、ぐるじい......)
前の自分なら、目の前で誰かが殴られても、目を逸らして逃げ出していただろう。
でも、もう嫌なんだ。
誰の役にも立てない、安全な場所でただ見ているだけの、傍観者でいるのは。
大切な仲間が傷つくのを、指をくわえて見ているだけの情けない奴でいるのは!
「や、やめろ……」
「あ゙? 聞こえねぇんだよォ!」
頬に走る衝撃。視界が激しく揺れ、火花が散る。
腹を蹴り上げられ、肺から全ての空気が押し出された。
痛い。熱い。血の味が口の中に広がる。
「ちょ、ちょっと、やめてください!」
「お嬢ちゃんは黙ってな」
「離して……!」
止めに入ろうとした木野さんも、もう一人の男に腕を掴まれ、悲鳴を上げた。
「ぐふっ......がはっ!?」
殴られ、蹴られ、地面に這いつくばる。
視界が歪み、意識が遠のきそうになる。
けれど――僕は立ち上がった。
「手を、離せっ……!」
絶え絶えの声で、僕は木野さんを掴んでいた男の手を叩き払った。
そして、彼女とヤンキーたちの間に、震える両手を広げて立ち塞がった。
「司場くん......っ!」
「だいっ、じょおぶっ......」
怒涛の暴行を受ける葦考。
目は半分しか開かないほど腫れ、身体中がボロボロになっていた。
だが、不思議と心は折れなかった。
✤✤✤
「チッ、しぶてぇなァ!!」
「ヒヒッ、ヤスイさ〜ん。どうせなら、コイツらにサッカーの"お手本"見せてやったらどうです?」
小柄なヤンキーが、震える子供たちを指差して下卑た笑いを浮かべた。
その目には、明らかな悪意が宿っていた。
「いいな、それ。ナイスアイデアだ」
ヤスイは提案の意図を察してか、ニヤケながらボールを右足で大きく振り抜く。
標的は、立ちすくんでいた少女、如月まこ。
凶器と化したボールが、子供たち目掛けて一直線に加速した。
「まこっ!!」「まこちゃんっ!!」
ぶつかる――誰もがそう確信した、その刹那。
視界の端から、一筋の影が猛烈な勢いで飛び込んできた。
――ドォォォォォンッ!!
大きく旋回した右脚がボールに叩きこまれた瞬間、葦考と円堂はそこに一瞬、火花が散ったように見えた。
いや、本当に散ったのかもしれない。
目の腫れのせいでちゃんと見えないけど、鋭く、美しく、力強い──まるで弾丸の様なキックだった。
加速するボールは、ヤスイの顔面を捉えた。
「ぐあっ……!」
顔が歪み、ヤスイはボールごと数メートル吹き飛ばされて地面に転がった。
着地した「彼」が、鋭い眼光でもう一人のリーゼントのヤンキーを射抜く。
鷹のような眼差し。
夕日に輝く銀白髪。
圧倒的な威圧感。
「ヒィィ!? ヤ、ヤスイさん!! お、俺たち、もう帰りましょう!」
その迫力に圧された男は、気絶したヤスイを引きずりながら、脱兎のごとく逃げ出していった。
✤✤✤
静寂が、河川敷を包み込む。
「あ、ありがとう……」
まこちゃんの震える声に、彼は無言で頷いた。
鷹のような眼差しが、子供たちを案じる柔らかな色に変わる。風になびく白髪。夕日に照らされたその背中は、あまりにも気高く、そして孤独に見えた。
それまでの刺すような殺気を霧散させた彼は、そのまま無言で背を向けた。
彼が立ち去ろうとしたところで、円堂は我に返った。
木野さんが肩を貸そうとするのを振り切って、彼を追うように足を動かしていた。
「待ってくれ!」
円堂の叫びが、暮れなずむ空に響く。
立ち止まった彼の背中に、円堂は必死に言葉を掛ける。
「お前のキック、すげぇな! サッカー、やってんのか!」
彼は肩越しに、わずかだけ振り返った。
その瞳の底には、煮え滾るような怒りと、底知れない寂寥感が同居していた。
「どこの学校なんだ? よかったら、一緒に練習しないか!」
円堂の声は、真剣だった。
いつもの明るさはなく、ただ純粋に、目の前の男に興味を持っている声だった。
「俺は、サッカーはやらない。辞めたんだ」
円堂の問に返ってきたのは、心臓を凍らせるほどに冷たく、そして悲痛な拒絶だった。
円堂は、それ以上何も言えなくなった。
遠ざかっていく背中があまりにも重く、取り付く島もなかったから。
「……すごい」
そんな円堂とは違い、葦考は心臓が煩くなっていた。
この世界で、あんな弾丸のようなキックを放つ人間がいる。
全身を叩きつけるような痛みを超えて、僕の心臓は、新しい物語の産声を上げるように激しく脈打っていた。
✤✤✤
帰り道。
円堂と木野さんに両肩を支えられながら、ボロボロの体を引きずって歩いていた。
夜風が頬を撫でるたび、切れた唇が焼けるように痛む。
でも――不思議だった。
心は、泥を洗い流した後のように、澄み渡っていたから。
「なぁ、葦考」
「ん?」
「お前、スゲェよ」
円堂が、街灯の下で足を止め、真っ直ぐに僕を見た。
いつもの屈託のない笑顔ではない。
一人の「男」として僕を認める、真剣な眼差し。
「俺、お前があそこまで勇気のある奴だって、知らなかった」
「勇気なんて……そんなんじゃないよ。怖くて、足なんてガクガクだった。
ただ、みんなを守らなきゃって……それだけで、頭が真っ白になって動いただけなんだ」
自嘲気味に笑おうとして、頬の傷が痛んで顔が歪む。
けれど、円堂は首を横に振った。
「怖いのに、オレたちを真っ先に守ろうとしてくれた。それは間違いなく勇気だよ」
円堂が笑う。その笑顔は、闇を照らす街灯よりもずっと明るく、温かかった。
「円堂……僕、少しは情けない自分から抜け出せたかな……?」
自分でも驚くほど、子供のような、剥き出しの本音だった。
それに対して、円堂は一点の曇りもない声で答えた。
「ああ! お前は、オレの自慢の仲間だ!」
その言葉が、胸の奥底にすとんと落ちた。
視界が、急激に熱で滲んでいく。
「明日も、一緒にサッカーやろうぜ!」
「うん……」
夜空を見上げると、星が滲んで見えた。
まるで、成長を祝福してくれているかのように。
✤✤✤
円堂と木野さんに送り届けてもらい、ようやく自室のベッドに倒れ込む。
泥だらけの服を見た母さんの悲鳴が階下から聞こえてくるけれど、それに応える余裕はなかった。
僕の脳は、ただ一つの光景に支配されていた。
視界が霞んで姿は判然としなかったけれど、あの強烈な「衝撃」だけが網膜に焼き付いている。
鼓膜を震わせた破裂音。そして、ヤスイの顔面にめり込むように直撃した、あの白黒の球体。
(……あれは、人間が撃てる球なのか?)
前世の知識と転生して、これまで生きてきた十五年の経験。
そのすべてがあり得ないと「NO」と突きつける。
けれど、ふとした瞬間に、一つの仮説が毒のように僕の思考を侵食し始めた。
「そうだ……」
軋む体に鞭を打って、僕はゆっくりと上体を起こした。
頭の奥底で、あの真っ白な世界で聞いた「神様」の言葉が、今更になって鮮明に蘇ってくる。
『強い願いが、創作物を現実として具現化させ、似た世界を作るのですじゃ!』
【"似た"世界を作る】
「似た、世界……。そうか……そうだったんだ!」
胸の奥が、壊れた時計のように激しくざわつき始めた。
僕はとんだ思い違いをしていたんだ。
この世界を、僕は前世の「退屈で平凡な現実」と全く同じ世界だと思っていた。
人の身体能力が、きっと前世の世界の常識と根本から違うんだ。
なんたって、この世界は――イナズマイレブンに”似た”世界。
超次元サッカーが舞台の世界に”似た”世界。
「もしかして、この世界は……」
超次元技こそ”存在しない”けど──
人間の身体能力そのものは、
身体が、ガタガタと震え出した。
前世の常識という名の殻が、内側から粉々に砕け散っていく音がした。
前世の常識を逸脱した世界観の片鱗が、確かに見えた気がした。
「待って……待って……」
焦る気持ちを抑えながら、断片的な記憶を必死に手繰り寄せる。
僕が『イナズマイレブン』について知っている情報は、あまりにもこの2つだけ。
1. 円堂大介という人物が、伝説的なチームを率いた偉大な監督であること。
2. その円堂大介が、物語の主人公の**「祖父」**であるということ。
「『"円堂"、大介』……?」
小さく呟いたその苗字が、脳内で別の名前と重なる。
「"円堂"……」
心臓が、喉元まで跳ね上がった。
頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、恐ろしい速度でカチッ、カチッ、と音を立てて嵌まっていく。
もしも、この世界がアニメとは
「もしかして、円堂って……【円堂 守】って──主人公!!?」
叫んだ瞬間、全身に凄まじい鳥肌が立った。
まるで世界そのものが僕の結論を肯定したかのような、圧倒的な既視感。
根拠なんてどこにもない。でも、不思議なほどにこの直感に納得させられる。
僕が一年以上も一緒に泥にまみれてきた、あの「サッカーバカ」が。
彼こそが、神様が言っていたこの物語の中心人物。
震える唇から、独白が漏れる。
そして、自分でも驚くほど熱い涙が、ダムが決壊したように溢れ出した。
悲しいわけじゃない。ただ、嬉しくて、震えが止まらないんだ。
「僕……物語の中に、いたんだ……」
ずっと、自分は物語の境界線の外側にいる「異物」だと思っていた。
けれど違った。
僕は最初から、物語の心臓のすぐ隣にいたんだ。
あの銀白髪の人だって、ただの通行人であるはずがない。
きっと、重要人物なんだろう。
僕は窓を開けると、冷たい夜風が火照った頬を撫でた。
見上げた星空は、これまで見たどの星空よりも狂おしいほどに輝いて見えた。