転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
昨晩、僕は一つの確信に辿り着いた......と思う。
この世界は『イナズマイレブン』という物語の鼓動が流れており、あのサッカーバカこと円堂こそが、紛れもない「主人公」なのだと。
この世界は、あの風変わりな神様が言っていた『
それでも、止まっていたはずの物語の歯車が、今、確かに音を立てて回り始めている。
期待と不安が
視界に色が――増した感覚だった。
円堂のおかげで色付いた視界が、今はより一層鮮やかになり、突き抜けるような空の青、流れる雲の白、瑞々しい木々の緑。
そのすべてが、祝福を浴びたかのように、初めて見る輝きを放っていた。
✤✤✤
昼休み。
僕は校舎の屋上で、購買で買ったメロンパンを噛じりながら、フェンス越しにグラウンドを眺めていた。
いつか、あそこで円堂たちとサッカーを。
そんな「ありふれた夢」に浸っていた時、扉が勢いよく蹴破られた。
「葦考センパーイ!!」
「!?」
飛び出してきたのは、ウェーブ掛かった青い髪を靡かせ、赤いメガネを頭に掛けた女子生徒。驚きのあまり立ち上がると、手に持っていたメロンパンが宙を舞い、僕はそれを必死に掴み直した。
「春奈!?」
彼女は音無春奈。中学時代の後輩だ。
当時、顧問に無理やり入れられた新聞部で、僕が教育係を任されたはずなのに、一週間で僕の三倍の仕事をこなして独り立ちする秀才。
あの帝国学園(偏差値75を誇る超難関校らしい)の外部入試で、合格率10%以下と言われる狭き門を模擬試験A判定を叩き出すような彼女が、なぜか偏差値60の雷門高校(選抜クラス)に入学してきたのだ。
「大変なんです! 新聞部の先輩から、とんでもない特ダネを教えてもらったんです」
「特ダネ?」
首を傾げた僕の目に、春奈の唇がわずかに震えているのが映った。
その瞬間、嫌な予感が心臓を冷たく撫でる。
「葦考センパイ――落ち着いて聞いてください」
その声には、隠しきれない心配と悲しみが滲んでいた。
「ウチのサッカー部が──廃部になるかもしれません!」
✤✤✤
「は......?」
言葉の意味が、脳を素通りしていった。
春奈は懐から、しわくちゃになったメモを取り出す。
急いで書き留めたのか、几帳面な彼女には珍しく文字が乱れていた。
「は、廃部って、なんの冗談だよ! また僕を揶揄ってるのか......?」
「揶揄ってなんていません! 本当にサッカー部が廃部の危機なんです!!」
春奈の「本気」の瞳に射すくめられ、僕はメロンパンを握ったまま固まった。
彼女が貰った情報によれば、ちょうど一週間後、帝国学園サッカー部と
「帝国学園って、たしか春奈が最初に行こうとしてたあの学校か? でも、ウチみたいな人数も揃ってない弱小チームと試合がしたいなんて、帝国のサッカー部もよっぽど暇なんだな。
いや、もしかしてあっちも人数が足りない弱小チームなのか……?」
「そんな訳ないじゃないですか! 帝国学園と言えば、サッカーの名門中の名門ですよ! 知らないんですか!?」
春奈から帝国学園について教えて貰った。
話を聞くと、どうやらとんでもない学校と練習試合することになったと思う。
【帝国学園】
サッカーを志す者で、その名を知らぬ者はいない。※らしい。
偏差値70を超える国内屈指の進学校でありながら、学園内には一万人収容のスタジアム。プロ顔負けの設備と運営組織。
世界中から集められた
そして何より――フットボールフロンティア40年間無敗という、絶対的な実績。
高校サッカー界の頂点。常勝の『絶対王者』。
「そ、そんな凄いチームと試合を......。で、でも、ただの練習試合とウチの廃部になんの関係があるのさ!?」
「それが......」
春奈の瞳に、隠しきれない悲痛な色が滲む。
「もしその試合に負けた場合、サッカー部は廃部にすると校長先生と生徒会長で決まったそうです......」
頭の中が真っ白になる。
廃部。帝国。一週間。
言葉が鋭い礫となって、頭の中でぐるぐると回り続ける。
「な、何かの間違いってことは......?」
「新聞部の先輩が、偶然校長室の前を通った時に、校長と冬海先生と生徒会長の3人が話しているのを聞いたと言っていたので、間違いないかと……」
「……」
僕は絶句し、思わず「マジか……」と天を仰いだ。
その三人の顔ぶれを聞いて、情報の信憑性は一気に、絶望的なまでのリアリティを帯び始めた。
日和見主義の校長。
どこか胡散臭い雰囲気を纏ったサッカー部顧問の冬海。
そして、この学校の「絶対的な支配者」として君臨する、あの冷徹な生徒会長。
「生徒会長が、かなり意欲的になっているようで……『サッカー部に回す予算は無駄。廃部にして、その分を他の有望な部活に回すべきだ』と断言していたらしいんです」
「……味方が、一人もいないじゃないか」
膝から力が抜け、ガクンと折れそうになる。
相手は、フットボールフロンティア40年間無敗の「絶対王者」帝国学園。
対する僕たちは、未経験者の僕を含めて、わずか八人の弱小チーム。
理事会も、顧問も、生徒会も、すべてが僕たちの「死」を望んでいる。
「無理だよ……勝てるわけないよぉー!」
風の音が、急に冷たく感じられた。
「ち、ちなみに11人集まらなかった場合は......?」
「──その場合も即刻廃部になるそうです......」
「......」
肺から空気が消え、冷たい水の中に沈んでいくような錯覚。
40年無敗のバケモノに、素人交じりの8人が勝てるわけがない。かといって逃げればその瞬間に部が消える。
「でも――」
春奈が、真っ直ぐに僕を見つめる。その瞳には、一切の揺らぎがない。
あまりに強い視線に、僕の思考は一瞬フリーズした。
「私、葦考センパイなら、何とか出来るって思うんです。」
「……は?」
思わず、間抜けな声が漏れた。
僕が、何とかする?
40年無敗の絶対王者を相手に?
人数すら足りないこの状況を?
サッカーを始めて1年の僕が、この最悪な状況を覆せるわけがない。
僕が周りより優れてるところなんて一つもない、ただの凡人なんだから。
「だって、葦考センパイは――“諦めない人”ですから」
――諦めない? 僕が?
春奈のその言葉に疑問符を浮かべる。
(僕って......結構諦めの早いタイプだと思うんだけど......)
僕は前世で「ダメ葦」と蔑まれ、何一つ成し遂げられずに人生を諦めていた人間だ。
転生してからも、去年まで超次元ではない
(何を言っているんだ、この子は......?)
円堂と出会って少しはマシになった自覚はある。
でも、根っこの諦め癖なんて、そう簡単に消えるものじゃない。
彼女の瞳は、僕が知らない僕を確信しているように見えた。
「……よく分からないけど、ありがとう?」
春奈の言ってることに理解はできない。
正直、納得もいかない。
けれど、気づけば僕は立ち上がっていた。
まだ膝は生まれたての小鹿みたいに震えている。それでも、不思議と力が入った。
無意識にゴミ箱へ投げたメロンパンの袋は、吸い込まれるように中へ落ちる。
「葦考センパイ、どこへ行くんですか?」
「このことを早く円堂に伝えないとだから!」
僕は屋上の扉へ向かって、全速力で駆け出す。
キーンコーンカーンコーン……
昼休みの終わりを告げるチャイムが、無情に屋上を支配した。
「あっ……」
どうやら、肝心なところで間が悪いのは、前世から変われていないらしい。
僕は、小さく溜息をついた。
見上げた空には、いつの間にかどんよりとした雲が広がり始めていた。
第5話fin