転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
放課後。
僕はがむしゃらに走っていた。
肺が焼けるような熱さを訴え、喉の奥が鉄のような味で満たされていく。
それでも、足の回転を止めるわけにはいかなかった。
(円堂に! みんなに伝えなきゃ!)
床を叩く上履きの音が、無機質な廊下に反響する。すれ違う生徒たちが、必死な形相で激走する僕を怪訝そうに振り返るが、そんな視線を気にする余裕は僕にはなかった。
「円堂! みんな! 大変なことを聞いたんだ──どわっ!?」
僕は走ってきた勢いそのままに部室の扉をバンッ! と突き飛ばした瞬間、自分の足を自分で踏んでしまい、ドタバタと盛大に、部室の真ん中でつんのめる。
体は宙を舞い、次の瞬間には冷たくて硬い床に叩きつけられ、「〜〜〜っ痛ぁ……」と思わず声を漏らす。
「相変わらずドジだな、お前」
「おいおい、なにやってんだよ.......」
見上げれば、染岡と半田が、心配というよりは「いつものことだ」と言わんばかりの呆れ顔で僕を見下ろしていた。
床に這いつくばったまま見渡した視界の先には、およそ「サッカー部」とは呼べない光景が広がっていた。
ゲーム機に夢中の栗松と宍戸、お菓子を頬張る壁山、そして演武の型を繰り返す少林寺。
気落ちした様子の秋。
……そこに、円堂の姿だけがなかった。
「ご、ごめんごめ──って、それどころじゃないんだってっ!」
「はぁ......落ち着けって、司場。そんなに慌ててどうしたんだよ?」
半田が吐き出した溜息が、やけに重く、白々しく響いた。
「落ち着いてなんかいられないよ!」
僕は乾いた喉を振り絞り、部室にいた全員の意識を無理やりこちらへ引き寄せた。
「サッカー部が──廃部になるかもしれないんだよぉぉお!!」
僕の絶叫が、煤けた壁に跳ね返り、静かだった部室を切り裂いた。
✤✤✤
「えええ!!? みんなもこの事知ってたの!!?」
情けない叫び声が煤けた部室に響く。
でも、返ってきたのは、あきれるほど冷めた空気だった。
「ああ、みんな
半田が、漫画から顔を上げて淡々と答える。
その声には、危機感なんて欠片もなかった。
「ふぁ〜あ。……あの帝国と練習試合に勝つなんて、無理に決まってるよな」
染岡が、あくびをしながらまるで他人事のように吐き捨てる。
「笑われて恥かくだけっスよぉ......」
「そうでやんすよ。どうせ負けるなら、出ない方がマシでやんす......よっ!」
お菓子をムシャムシャと頬張る壁山とゲーム機を凝視しながら栗松は追い打ちをかける。
(まただ……またこの空気……)
部室に漂う空気感には痛いほど覚えがあった。
「ダメ葦」と呼ばれ、何をやっても無駄だと自分から線を引いて、逃げていた前世の自分と同じ空気感のそれだったから。
「......そういえば、円堂は今どこに居るの? 早くどうするか考えないと!!」
僕は必死のあまり、声が無様に裏返ってしまった。
「円堂なら、足りない部員を集めに出てるよ」
半田が、無関心にページをめくりながら答える。
パラパラ――
その音が、沈黙に近い部室の中でやけに大きく、冷たく響いた。
「わざわざ、木で勧誘パネルまで作ってな。ほんっと、よくやるよ、
染岡が、「フンッ」と鼻で笑う。
その笑い方が、まるで円堂の熱量を馬鹿にしているかのように聞こえる。
「俺らみたいな弱小チームが、何をやっても"無駄"だっつうのによぉ……」
その言葉が、引き金だった。
葦考の中で、何かが――致命的な音を立てて千切れた。
「ふざけるな……っ!!」
僕の叫びが、部室を爆発させた。
みんなが、見たこともないものを見るような目で僕を見た。
半田の手からは漫画が落ち、パタン──と、静かな部室に銃声のような音を立てて響いた。
「円堂が、何のために頑張ってると思ってるんだよ!!」
僕の視界が、滲んでいた。
みんなに対して、怒りと悲しさが溢れてしまった。
「みんなとサッカーがしたいから、みんなと一緒にいたいから、あいつは一人でも頑張ってるんだろ!!」
拳を握りしめすぎて、手のひらに爪が食い込む。痛みが走るが、胸の奥の疼きの方が何倍も強かった。
「それを……一番近くに見てるはずの
静寂。
いつも弱気でドジな僕が、喉を引き裂くような声で怒鳴っている。
サッカー部員達は言葉を失って固まっていた。
誰も、何も言えない。
ただ、葦考を見つめることしかできない。
慣れない怒りの爆発からか、息が切れる。
「円堂は──誰よりも、
その言葉を最後に、僕は逃げるように――部室を飛び出した。
✤✤✤
部室に残された者たちは――誰も、何も言えなかった。
ピコピコというゲーム機の電子音と、
壁時計の秒針が刻む「カチ、カチ」という音が、やけに耳の奥まで入り込んでくる。
まるで、空気が泥になったみたいに息苦しい沈黙が、そこにはあった。
「……司場の、やつ」
染岡が、絞り出すように呟いた。
ゆっくりと机から顔を上げる。その表情には、苛立ちよりも、得体の知れない気圧されたような複雑な色が混じっていた。
「怒ってたな……」
半田が、床に落ちた漫画を拾い上げる。
あんなにいつも弱気で、ドジで、いつも一歩引いて笑っていた
「司場先輩、あんなに怒ること、あるんスね……(俺、ちょっとチビっちゃったス......)」
壁山が、お菓子の大袋をそっと置いた。
もう、ポテトチップスを食べる気が無くなったからだ。
「っていうか……マジで、本気だったでヤンスよ……」
さっきまで明るかった液晶画面が、真っ黒に沈む。そこには、自分たちの「情けない姿」が映っているような気がして、誰も画面を見ようとはしなかった。
「司場くん……」
木野は――葦考が泣きながら飛び出して行ったあの扉を、ただ、見つめていた。
✤✤✤
場所は変わり、体育館裏。
雑草が生い茂り、錆びた自転車置き場の奥で、僕は壁に背を預けて座り込み、膝を抱えて、顔を埋めていた。
(何やってんだよぉぉー僕はぁぁあああ!!)
僕の心の中は騒がしがった。
前世からずっと僕にまとわりつく「ダメ葦」という呪い。
「どうせ無理だ」「やっても無駄」……そんな自分を守るための言い訳を、
(いや──違う......)
本当は、鏡を見ているみたいで怖かったんだ。
僕は彼らに、何もできなかった頃の自分を重ねて、怖くなったんだ。
「(昔の自分に説教した気分だ。はは......何様だよ。ほんと──)カッコ悪いな、僕は......」
「何がですか?」
「うわあぁぁぁ!?」
独り言と重なるように聞こえた声に、僕は飛び上がった。
心臓が口から飛び出るかと思った。
情けない声をあげてパニックになる僕の横で、春奈がいつの間にか、音もなく隣に座っていた。
「……は、春奈!? いつからそこに?!」
「センパイが『カッコ悪いな......』って呟く少し前からです。……いい場所ですね、ここ。暗くて落ち着きます」
彼女はいたずらっぽく笑うと、制服の汚れも気にせず、僕の隣にトンと座った。
「それで、何がカッコ悪いんですか?」
「……全部だよ。実力もないのに熱くなって、仲間に怒鳴り散らしてさ。
僕なんて、円堂がいなかったら今でも一人で殻に閉じこもってたはずの『空っぽ』なのにさ......」
春奈は、僕の言葉を否定しなかった。
ただ、優しく、けれど断固としたトーンで返した。
「自分のためじゃなく、誰かの尊厳のために本気で怒れる。それって、選ばれた人にしかできない、特別な才能なんですよ。……少なくとも、私はそう思います。」
......そんな先輩だから、私は──
彼女が何かを言いかけた、その時だった。
「葦考!!」
澱んだ空気を一撃で切り裂く、突き抜けた声。
振り返ると、そこには汗だくで不格好な看板を抱えた円堂が立っていた。
「探したぜ、葦考。秋から聞いたぞ。お前、みんなに怒ってくれたんだってな?」
円堂は僕の前にドカッと腰を下ろした。
葦考は、視線を逸らす。
「……ごめん。僕、勝手に熱くなっちゃって……」
「ありがとな!!」
「え……?」
葦考は、顔を上げる。
涙で滲んだ視界に、円堂の笑顔があった。
「お前が俺のことを思って言ってくれたんだろ? 嬉しいよ。……ありがとな、葦考!!」
「円堂……」
僕は円堂のその言葉に声が、震えて、喉が、詰まっていた。
「なぁ、葦考……」
円堂は、そっと手を差し出した。
その手が、曇り空のわずかな光を受けて、微かに、けれど確かに震えているのが見えた。
(あぁ……円堂だって、怖いんだ)
帝国学園という「絶対王者」への恐怖。
部員が集まらなかったら終わるというプレッシャー。
円堂だって、この世界の主人公とは言えただの高校生だ。
恐怖がないわけがない。
それでも彼は、この「震える手」を差し出して、
「オレ、このままサッカー部を廃部になんてしたくない!
帝国学園が相手でも、仲間を11人集めて、勝って、フットボールフロンティアに出場したい!だから――お前の力を貸してくれ!」
「……当たり前だよ!」
その瞬間、重く垂れ込めていた雲が割れ、一筋の鋭い光が僕たちを照らし出した。
地面に伸びる二人の影は、もうどこにも「弱さ」なんて感じさせないほど、力強く一つに重なっていた。
「よし! そしたら、まずは仲間探しだ!」
「うん!」
僕たちは、お互いの拳を「ゴンッ!」力強くぶつけ合う。
その硬い衝撃は、反撃開始を告げる号砲のように、放課後の校舎に響き渡った。
✤✤✤
「頑張ってくださいね――葦考センパイ……」
独り言のように漏れた言葉は、湿った放課後の空気に溶けて、すぐに消えた。
私は、誇らしさと――そして胸の奥をチリリと焼くような寂しさを抱えながら、二人の背中をじっと見届けていた。
私の知る司場葦考という人は、誰よりも優しいけれど、ひどく頼りなくて。視界に入るたびに、私は思わずため息をつきながら、危なっかしい彼の後ろを追いかけてばかりいた。
そんな、「私がいないとダメな人」。
彼を「放っておけない」ことが、私にとってのアイデンティティであり、居場所だったはずなのに。
けれど、今、目の前で力強く拳を握りしめている葦考センパイは、私の知らない目をしていた。
私だけが、センパイのダメな部分を知っていて、支えてあげられるんだって思ってた。
なのに。出会ってまだ一年しか経っていないはずの円堂先輩が、私の知らないセンパイの表情を引き出してしまった。
それが――ほんの少しだけ、堪らなく悔しかった。