転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第6話 サッカー部への想い

 

 

放課後。

僕はがむしゃらに走っていた。

肺が焼けるような熱さを訴え、喉の奥が鉄のような味で満たされていく。

それでも、足の回転を止めるわけにはいかなかった。

 

 

(円堂に! みんなに伝えなきゃ!)

 

 

床を叩く上履きの音が、無機質な廊下に反響する。すれ違う生徒たちが、必死な形相で激走する僕を怪訝そうに振り返るが、そんな視線を気にする余裕は僕にはなかった。

 

 

「円堂! みんな! 大変なことを聞いたんだ──どわっ!?」

 

 

僕は走ってきた勢いそのままに部室の扉をバンッ! と突き飛ばした瞬間、自分の足を自分で踏んでしまい、ドタバタと盛大に、部室の真ん中でつんのめる。

体は宙を舞い、次の瞬間には冷たくて硬い床に叩きつけられ、「〜〜〜っ痛ぁ……」と思わず声を漏らす。

 

 

「相変わらずドジだな、お前」

 

「おいおい、なにやってんだよ.......」

 

 

見上げれば、染岡と半田が、心配というよりは「いつものことだ」と言わんばかりの呆れ顔で僕を見下ろしていた。

 

 

床に這いつくばったまま見渡した視界の先には、およそ「サッカー部」とは呼べない光景が広がっていた。

ゲーム機に夢中の栗松と宍戸、お菓子を頬張る壁山、そして演武の型を繰り返す少林寺。

気落ちした様子の秋。

……そこに、円堂の姿だけがなかった。

 

 

「ご、ごめんごめ──って、それどころじゃないんだってっ!」

 

「はぁ......落ち着けって、司場。そんなに慌ててどうしたんだよ?」

 

 

半田が吐き出した溜息が、やけに重く、白々しく響いた。

 

 

「落ち着いてなんかいられないよ!」

 

 

僕は乾いた喉を振り絞り、部室にいた全員の意識を無理やりこちらへ引き寄せた。

 

 

「サッカー部が──廃部になるかもしれないんだよぉぉお!!」

 

 

僕の絶叫が、煤けた壁に跳ね返り、静かだった部室を切り裂いた。

 

 

✤✤✤

 

 

「えええ!!? みんなもこの事知ってたの!!?」

 

 

情けない叫び声が煤けた部室に響く。

でも、返ってきたのは、あきれるほど冷めた空気だった。

 

 

「ああ、みんな部室(ここ)で円堂から聞いたよ」

 

 

半田が、漫画から顔を上げて淡々と答える。

その声には、危機感なんて欠片もなかった。

 

 

「ふぁ〜あ。……あの帝国と練習試合に勝つなんて、無理に決まってるよな」

 

 

染岡が、あくびをしながらまるで他人事のように吐き捨てる。

 

 

「笑われて恥かくだけっスよぉ......」

 

「そうでやんすよ。どうせ負けるなら、出ない方がマシでやんす......よっ!」

 

 

お菓子をムシャムシャと頬張る壁山とゲーム機を凝視しながら栗松は追い打ちをかける。

 

 

(まただ……またこの空気……)

 

 

部室に漂う空気感には痛いほど覚えがあった。

「ダメ葦」と呼ばれ、何をやっても無駄だと自分から線を引いて、逃げていた前世の自分と同じ空気感のそれだったから。

 

 

「......そういえば、円堂は今どこに居るの? 早くどうするか考えないと!!」

 

 

僕は必死のあまり、声が無様に裏返ってしまった。

 

 

「円堂なら、足りない部員を集めに出てるよ」

 

 

半田が、無関心にページをめくりながら答える。

 

 

パラパラ――

 

 

その音が、沈黙に近い部室の中でやけに大きく、冷たく響いた。

 

 

「わざわざ、木で勧誘パネルまで作ってな。ほんっと、よくやるよ、円堂(アイツ)は......」

 

 

染岡が、「フンッ」と鼻で笑う。

その笑い方が、まるで円堂の熱量を馬鹿にしているかのように聞こえる。

 

 

「俺らみたいな弱小チームが、何をやっても"無駄"だっつうのによぉ……」

 

 

その言葉が、引き金だった。

葦考の中で、何かが――致命的な音を立てて千切れた。

 

 

「ふざけるな……っ!!」

 

 

僕の叫びが、部室を爆発させた。

みんなが、見たこともないものを見るような目で僕を見た。

半田の手からは漫画が落ち、パタン──と、静かな部室に銃声のような音を立てて響いた。

 

 

「円堂が、何のために頑張ってると思ってるんだよ!!」

 

 

僕の視界が、滲んでいた。

みんなに対して、怒りと悲しさが溢れてしまった。

 

 

「みんなとサッカーがしたいから、みんなと一緒にいたいから、あいつは一人でも頑張ってるんだろ!!」

 

 

拳を握りしめすぎて、手のひらに爪が食い込む。痛みが走るが、胸の奥の疼きの方が何倍も強かった。

 

 

「それを……一番近くに見てるはずの仲間(みんな)が、"無駄"だなんて言うなよ!!!」

 

 

静寂。

いつも弱気でドジな僕が、喉を引き裂くような声で怒鳴っている。

サッカー部員達は言葉を失って固まっていた。

 

 

誰も、何も言えない。

ただ、葦考を見つめることしかできない。

慣れない怒りの爆発からか、息が切れる。

 

 

「円堂は──誰よりも、仲間(みんな)のことを信じてるのにっ......!」

 

 

その言葉を最後に、僕は逃げるように――部室を飛び出した。

 

 

✤✤✤

 

 

部室に残された者たちは――誰も、何も言えなかった。

ピコピコというゲーム機の電子音と、

壁時計の秒針が刻む「カチ、カチ」という音が、やけに耳の奥まで入り込んでくる。

まるで、空気が泥になったみたいに息苦しい沈黙が、そこにはあった。

 

 

「……司場の、やつ」

 

 

染岡が、絞り出すように呟いた。

ゆっくりと机から顔を上げる。その表情には、苛立ちよりも、得体の知れない気圧されたような複雑な色が混じっていた。

 

 

「怒ってたな……」

 

 

半田が、床に落ちた漫画を拾い上げる。

あんなにいつも弱気で、ドジで、いつも一歩引いて笑っていた司場(あいつ)が、あんな表情(かお)をするなんて。

 

 

「司場先輩、あんなに怒ること、あるんスね……(俺、ちょっとチビっちゃったス......)」

 

 

壁山が、お菓子の大袋をそっと置いた。

もう、ポテトチップスを食べる気が無くなったからだ。

 

 

「っていうか……マジで、本気だったでヤンスよ……」

 

 

さっきまで明るかった液晶画面が、真っ黒に沈む。そこには、自分たちの「情けない姿」が映っているような気がして、誰も画面を見ようとはしなかった。

 

 

「司場くん……」

 

 

木野は――葦考が泣きながら飛び出して行ったあの扉を、ただ、見つめていた。

 

 

✤✤✤

 

 

場所は変わり、体育館裏。

雑草が生い茂り、錆びた自転車置き場の奥で、僕は壁に背を預けて座り込み、膝を抱えて、顔を埋めていた。

 

 

(何やってんだよぉぉー僕はぁぁあああ!!)

 

 

僕の心の中は騒がしがった。

前世からずっと僕にまとわりつく「ダメ葦」という呪い。

「どうせ無理だ」「やっても無駄」……そんな自分を守るための言い訳を、仲間(みんな)の口から聞くのが、耐えられなかった。

 

 

(いや──違う......)

 

 

本当は、鏡を見ているみたいで怖かったんだ。

僕は彼らに、何もできなかった頃の自分を重ねて、怖くなったんだ。

前世(かつて)の自分と同じように腐っていく彼らを見たくなくて、皆は僕とは違うと否定したくて、衝動に任せて怒鳴ってしまった。

 

 

「(昔の自分に説教した気分だ。はは......何様だよ。ほんと──)カッコ悪いな、僕は......」

 

「何がですか?」

 

「うわあぁぁぁ!?」

 

 

独り言と重なるように聞こえた声に、僕は飛び上がった。

心臓が口から飛び出るかと思った。

情けない声をあげてパニックになる僕の横で、春奈がいつの間にか、音もなく隣に座っていた。

 

 

「……は、春奈!? いつからそこに?!」

 

「センパイが『カッコ悪いな......』って呟く少し前からです。……いい場所ですね、ここ。暗くて落ち着きます」

 

 

彼女はいたずらっぽく笑うと、制服の汚れも気にせず、僕の隣にトンと座った。

 

 

「それで、何がカッコ悪いんですか?」

 

「……全部だよ。実力もないのに熱くなって、仲間に怒鳴り散らしてさ。

僕なんて、円堂がいなかったら今でも一人で殻に閉じこもってたはずの『空っぽ』なのにさ......」

 

 

春奈は、僕の言葉を否定しなかった。

ただ、優しく、けれど断固としたトーンで返した。

 

 

「自分のためじゃなく、誰かの尊厳のために本気で怒れる。それって、選ばれた人にしかできない、特別な才能なんですよ。……少なくとも、私はそう思います。」

 

 

......そんな先輩だから、私は──

 

 

彼女が何かを言いかけた、その時だった。

 

 

「葦考!!」

 

 

澱んだ空気を一撃で切り裂く、突き抜けた声。

振り返ると、そこには汗だくで不格好な看板を抱えた円堂が立っていた。

 

 

「探したぜ、葦考。秋から聞いたぞ。お前、みんなに怒ってくれたんだってな?」

 

 

円堂は僕の前にドカッと腰を下ろした。

 

 

葦考は、視線を逸らす。

 

 

「……ごめん。僕、勝手に熱くなっちゃって……」

 

「ありがとな!!」

 

「え……?」

 

 

葦考は、顔を上げる。

涙で滲んだ視界に、円堂の笑顔があった。

 

 

「お前が俺のことを思って言ってくれたんだろ? 嬉しいよ。……ありがとな、葦考!!」

 

「円堂……」

 

 

僕は円堂のその言葉に声が、震えて、喉が、詰まっていた。

 

 

「なぁ、葦考……」

 

 

円堂は、そっと手を差し出した。

その手が、曇り空のわずかな光を受けて、微かに、けれど確かに震えているのが見えた。

 

 

(あぁ……円堂だって、怖いんだ)

 

 

帝国学園という「絶対王者」への恐怖。

部員が集まらなかったら終わるというプレッシャー。

円堂だって、この世界の主人公とは言えただの高校生だ。

恐怖がないわけがない。

それでも彼は、この「震える手」を差し出して、サッカー部(ぼくたち)を引っ張ろうとしている。

 

 

「オレ、このままサッカー部を廃部になんてしたくない!

帝国学園が相手でも、仲間を11人集めて、勝って、フットボールフロンティアに出場したい!だから――お前の力を貸してくれ!」

 

「……当たり前だよ!」

 

 

その瞬間、重く垂れ込めていた雲が割れ、一筋の鋭い光が僕たちを照らし出した。

地面に伸びる二人の影は、もうどこにも「弱さ」なんて感じさせないほど、力強く一つに重なっていた。

 

 

「よし! そしたら、まずは仲間探しだ!」

 

「うん!」

 

 

僕たちは、お互いの拳を「ゴンッ!」力強くぶつけ合う。

その硬い衝撃は、反撃開始を告げる号砲のように、放課後の校舎に響き渡った。

 

 

✤✤✤

 

 

「頑張ってくださいね――葦考センパイ……」

 

 

独り言のように漏れた言葉は、湿った放課後の空気に溶けて、すぐに消えた。

私は、誇らしさと――そして胸の奥をチリリと焼くような寂しさを抱えながら、二人の背中をじっと見届けていた。

 

 

私の知る司場葦考という人は、誰よりも優しいけれど、ひどく頼りなくて。視界に入るたびに、私は思わずため息をつきながら、危なっかしい彼の後ろを追いかけてばかりいた。

そんな、「私がいないとダメな人」。

 

 

彼を「放っておけない」ことが、私にとってのアイデンティティであり、居場所だったはずなのに。

けれど、今、目の前で力強く拳を握りしめている葦考センパイは、私の知らない目をしていた。

 

 

私だけが、センパイのダメな部分を知っていて、支えてあげられるんだって思ってた。

なのに。出会ってまだ一年しか経っていないはずの円堂先輩が、私の知らないセンパイの表情を引き出してしまった。

 

 

それが――ほんの少しだけ、堪らなく悔しかった。

 

 

 

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