転生したら、必殺技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第8話 帝国学園 ★

 

 

【葦考side】

 

 

5/27(火)放課後

 

運命の日は、皮肉なほどに穏やかな日の光と共にやってきた。

 

あの夜から一週間、放課後の部室に集まっても、ゲームを取り出す者はいなくなった。狭い場所でパスを回し、河川敷が空いていれば、みんなでボールを追った。

 

頬の腫れが引き、脇腹の痛みが薄れていく間に、僕のジャージも毎日泥だらけになった。けれど、十一人揃っての練習は一度もできないまま、今日を迎えてしまった。

 

今、雷門サッカー部員達は部室に集まっている。

 

掘っ建て小屋同然のこの場所が、今はまるで爆発直前の圧力鍋のように、ひりつく緊張感に満ちていた。

 

「紹介するよ。今日、助っ人で入ってくれる――松野空介だ」

 

円堂の隣に立っているのは、ストライプ柄のニット帽を深く被った男子生徒だった。

 

そのどこか飄々とした佇まいは、部室を支配する重苦しい沈黙の中に、不思議なほど自然に溶け込んでいた。

 

「僕のことは『マックス』って呼んでいいよ〜」

 

松野空介――マックスくんは、捕らえどころのない薄笑いを浮かべながら、ひょいと軽く右手を挙げて自己紹介をした。

 

「君たちのキャプテンを見てたらさ、なんだか〝退屈しなさそうだな〜〟って思ったんだよね〜」

 

そのあまりに場違いで軽い言葉が、水面に投じられた石のように、張り詰めた空気に波紋を広げた。

 

真っ先に眉をひそめた染岡が、マックスくんを睨みつける。

 

「退屈って……遊びじゃないんだぞ、試合は!」

 

「心配いらないよ〜」

 

染岡の鋭い声には、剥き出しの苛立ちが混じっていた。それでもマックスくんは、その殺気を柳に風と受け流して笑った。

 

「サッカーはまだやったこと無いけど、これまで色んなスポーツをやってきて、だいたい人並み以上に上手くやれてたからね。こう見えて器用なんだよね〜」

 

「――ってことだ。期待しようぜ!」

 

円堂は深く考える様子もなく、楽しそうにそう言った。その明るさが、張り詰めた空気を少しだけ和らげる。

 

けれど、半田が不安を押し殺すように、確認の言葉を呟いた。

 

「しかし、これでもまだ十人だぞ? あと一人足りな――」

 

「――十一人いるけど……」

 

「うわあああっ!?」

 

背後から届いた暗く低い声に、半田が飛び上がった。つられて振り返ると、入り口近くの壁際に、影野くんが立っていた。

 

マックスくんの話に気を取られていたせいか、まったく気づかなかった。隣の栗松くんも目を丸くしている。

 

「ご、ごめん……気づかなくて。ハハハ……」

 

半田が額の冷や汗を拭いながら、慌てて謝罪の言葉を口にする。

 

「いいさ……俺は、もっと存在感を出せる男になりたくてサッカー部(ここ)に来たんだから……」

 

影野くんは幽霊のような声でそう呟くと、脇に抱えていた一枚のポスターを仰々しく広げて見せた。

 

【サッカーは存在感を鍛える!】

 

あまりにも標的を絞りすぎた、身も蓋もないキャッチコピー。

 

一同は呆気にとられ、かける言葉を失った。

 

「ポスター? 誰が作ったんだ、これ」

 

首を傾げる円堂の疑問に答えるように、部室の入り口から弾けるような声が響いた。

 

「はーい! それ作ったの、私でーす!」

 

元気よく片手を挙げて答えたのは――春奈だった。

 

「春奈!? どうして部室(ここ)に居るの!?」

 

思わず声を上げると、春奈は僕のすぐ後ろから、ひょこりと顔を覗かせた。

 

「心臓に悪いって……! そもそも、いつからそこに……」

 

「えー? センパイの後ろにずっといましたよ?」

 

こともなげに言ってのける春奈は、クスクスと小悪魔のように喉を鳴らして笑っている。

 

僕の反応を楽しんでいるようなその表情――この揶揄い癖には、中学時代から本当に参ってしまう。

 

「誰だか知らねぇが、ようやく十一人集まって、今から帝国に勝つための作戦会議するところなんだ。部外者は出て行ってくれ」

 

染岡が横から口を挟むと、春奈は怯むどころか、リスのように頬を膨らませた。

 

「むぅ……そんな強く言わなくてもいいじゃないですか! せっかく皆さんが喜ぶと思って、帝国学園の情報を持ってきてあげたのに!」

 

「情報!」

 

「帝国の情報」という言葉に、円堂の瞳がキラリと輝いた。

 

それを見た春奈は、確信犯的な笑みを浮かべて、僕をジロリと射抜いた。

 

「そもそも! サッカー部が十一人揃ったのだって、私が作ったポスターのおかげ(・・・)で、影野先輩が入部したからじゃないですか! 葦考センパイが『春奈、このままじゃサッカー部がなくなっちゃうんだ。助けてよぉ〜』って涙目で泣きついてきたから、後輩の情けで一肌脱いであげたんですよ!」

 

(そんな情けない泣きつき方してない、はず……。『人手が足りなくて困ってるんだ』くらいの相談はしたけど……!)

 

僕が言葉を飲み込んで硬直していると、春奈はさらに一歩踏み込み、至近距離から「ねえ、葦考センパイ?」と、底知れない笑みを浮かべて覗き込んできた。

 

「私の言ったことに、なにか間違い、あります?」

 

「……う、うん。ほ、本当に助かったよ、春奈……」

 

ここで言い返したら、また何を言われるか分からない。僕は観念して、がっくりと項垂れた。

 

「……弱ぇ」

 

「完全に尻に敷かれてるな……」

 

染岡と半田の小声が、しっかり聞こえてしまった。顔を上げると、二人は何故か、深く同情するような目を僕へ向けていた。

 

✤✤✤

 

「それで、帝国(あいて)の情報ってのは! 帝国はどんなチームなんだ!」

 

円堂が本題に引き戻すと、部室の空気は一気に引き締まった。

 

春奈は手際よくノートパソコンを起動させ、画面の青白い光が、彼女の顔を厳かに照らし出す。

 

「これが、私の集めた帝国についてのデータです!」

 

画面には、過去の対戦結果と、大会記事の切り抜きが並んでいた。その下には、試合映像を止めて撮ったらしい画像も貼られている。

 

「新聞部の資料と、去年の大会の記事、それから試合映像を調べてきました。まず、選手一人一人の能力が全国トップクラス。パワー、スピード、テクニック、どれを取っても隙がありません」

 

「ハンッ、んなこと、元々分かりきってる事じゃねぇか」

 

染岡が鼻を鳴らした。

 

けれど、腕を組んだその指は、落ち着かない様子で二の腕を叩いていた。

 

「……それでは次に――具体的な戦術についてお話しします」

 

春奈が画面を切り替えると、試合映像が流れ始めた。

 

緑のユニフォームを着た選手たちが、次々にパスを繋いでいく。追いかける相手が足を伸ばしたときには、もう別の選手へボールが渡っていた。

 

「帝国は、細かくパスを繋いで、ボールを持ち続けるチームです。昨年の大会特集によると、全試合の平均ボール支配率は、70パーセントを超えています」

 

「……ななじゅう、パーセント!?」

 

帝国学園の驚異的な数値に驚愕し、僕の口から、乾いた声が漏れた。

 

(それって……試合中の半分以上を、帝国にボールを持たれっぱなしってことじゃん……)

 

想像しただけで、喉がカラカラに乾いていく。

 

僕は無意識に唾を飲み込むと、その音が、静まり返った部室にやけに大きく響いた気がした。

 

「正確かつ細かいパスワークで相手守備を翻弄し、最後は二人の強力なフォワードが確実に仕留める。それが帝国のスタイルです。ですが、警戒すべきは攻撃だけではありません」

 

映像の中で、帝国のパスを相手選手が引っ掛けた。ようやく攻められるのかと思った直後、その選手へ二人の帝国選手が詰め寄っていく。

 

「今のところです。ボールを奪われても、近くの選手がすぐに取り返しに行きます」

 

春奈が映像を少し戻した。

 

一人が前から迫り、もう一人が横へ回る。相手が慌てて蹴ったボールを、さらに後ろにいた帝国の選手が拾った。

 

「奪われた方が止まってしまうと、その間に取り囲まれます。取り返したと思っても、安心できないんです」

 

僕は画面の中の選手を、自分に置き換えてしまった。ボールを止めるだけでも足元へ目を落としてしまう僕が、あんなふうに一度に迫られたら――。

 

部室の空気が、完全に凍りついた。

 

誰も何も言わず、春奈の指先がキーに触れる小さな音だけが聞こえた。

 

「そして、この選手こそが、帝国学園の頭脳であり、心臓。最も警戒すべき要注意人物――」

 

春奈が画面を切り替えようとした、その瞬間――。

 

「――ち、ちょっと待ってほしいっス!!」

 

張り詰めた沈黙を、悲鳴のような叫び声が切り裂いた。

 

椅子がガタンッと音を立て、壁山くんが立ち上がる。内股になった両脚をもじもじと動かし、両手を股間へ押し当てていた。

 

「ど、どうしたでやんす? 壁山」

 

「お、俺……ちょっとトイレ行ってくるっス!!」

 

返事を待つ間もなく、壁山くんは部室を飛び出した。ドタドタという足音が遠ざかっていくのを、僕たちは呆然と聞いていた。

 

「また壁山の悪い癖が出たでやんす……」

 

栗松くんが、呆れたように、深いため息を漏らした。

 

緊張すると、すぐにトイレへ行きたくなるらしい。さっきまでの説明を聞いていたら、その気持ちは僕にも分からなくなかった。

 

「春奈、あまり刺激の強いもの見せないでよ。壁山くんが完全にビビっちゃったじゃないか……」

 

僕は春奈へ、恨めしげな視線を向けた。

 

「あはは……。詳細なデータがあった方が良いかと思ったんですけど、ちょっと刺激が強すぎましたかね?」

 

春奈はバツが悪そうに、視線を泳がせた。

 

「ところで――聞きそびれてたけど、君は誰なんだ?」

 

半田の純粋な問いに、春奈は背筋を伸ばして一礼した。

 

「あっ、申し遅れました! 私、新聞部一年の音無春奈です。葦考センパイの中学時代からの後輩で、皆さんの勝利をお手伝いしたくて、勝手ながらサポートに参りました!!」

 

春奈は先ほどまでの真剣な表情を捨て、ハキハキと、明るい自己紹介をして頭を下げた。

 

高く快活な彼女の声が、部室の重苦しさをわずかに、けれど確かに和らげる。

 

「〝音無〞っていうより……」

 

「……〝やかまし〞だな」

 

半田とマックスくんがそんな言葉を交わした、そのときだった。

 

ガラガラガラ――ッ!!

 

部室の木製の扉が、悲鳴を上げるような音を立てて乱暴に開かれた。

 

「き、君たち……っ!」

 

そこに立っていたのは、顧問の冬海先生だった。

 

顔は青白く、額には脂汗が浮かんでいる。眼鏡の奥の視線をせわしなく動かし、先生は部室の中を見回した。

 

それは、これから試合に向かう顧問の顔には見えなかった。

 

「て、帝国学園が、もうすぐ到着します……! は、早くグラウンドに集まりなさい!」

 

その震える声が投げられた瞬間、部室の温度がさらに数度下がった気がした。

 

✤✤✤

 

僕たちは雷門高校の本校舎前のサッカーグラウンドに移動した。

 

壁山くんはまだ戻ってこなかったけれど、冬海先生に急かされ、先に向かうことになったのだ。

 

普段はラグビー部の二軍が泥にまみれているその場所は、今日という日のために完璧に整えられていた。

 

真新しく引かれた白いラインの先で、張り直されたゴールネットが風に揺れている。いつも遠くから眺めていた場所に立っているのに、嬉しさよりも先に、胃の辺りが重くなった。

 

まるで、処刑台を綺麗に掃除して待っているかのような、そんな薄気味悪ささえ感じる。

 

僕たちはボールを蹴りながら相手の到着を待った。けれど、半田のパスを受けた僕は、何でもないところで足元からこぼしてしまう。

 

「ご、ごめん!」

 

慌てて追いかけて顔を上げると、向こうでは宍戸くんの蹴ったボールが、栗松くんの横を抜けていた。誰も、いつものような声を出していなかった。

 

その時――。

 

――ゴゴゴゴゴゴゴッ。

 

低いエンジン音が、校門の向こうから近づいてきた。普段聞く乗用車のものとは違う、腹の底へ響くような重い音だった。

 

「な、なんだ……!?」

 

全員が、弾かれたように顔を上げた。

 

校門の向こう、道路の先から姿を現したのは――巨大な「黒い影」だった。

 

「なん、だよ……あれ……??」

 

宍戸くんが呆然と呟いた。

 

漆黒の車体に、角張った分厚い外装。前方へ突き出した先端は衝角のようで、バスというより、装甲車と呼んだ方がしっくりくる。

 

窓まで黒く覆われたその巨体が、エンジンを唸らせながら近づいてきた。

 

その巨体が、校門前でゆっくりと制動した。

 

――プシュゥゥゥゥゥ。

 

大きなエアブレーキの排気音に、僕は思わず肩を竦めた。

 

――ガシャン、ウィィィィン……。

 

重厚な金属が激しく擦れ合う音を立てて、メインハッチが開かれた。

 

まず降りてきたのは、帝国の制服を纏った大勢の生徒たちだった。

 

彼らは一糸乱れぬ動きで整列すると、手際よく深紅のレッドカーペットを地面に敷き詰めていく。

 

その訓練された軍隊を思わせる機能美に、僕の思考は停止した。

 

(……いや、軍隊かよ!? これ、本当にたかが一高校生のやること……!?)

 

現実感が、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。

 

そして――ついに「選手」たちが姿を現した。

 

深い緑を基調とし、鮮烈な赤のラインを配した帝国学園のユニフォーム。

 

一人、また一人とハッチから降りてくる選手たちの存在感は、装甲車(バス)の威容に勝るとも劣らないものだった。

 

鍛えられた脚も、ユニフォーム越しに分かる肩の厚みも、僕たちとはまるで違って見えた。それ以上に、彼らは誰一人として、周りの様子を気にしていなかった。

 

見物に集まった生徒にも、待っている僕たちにも目を奪われず、揃った足取りで歩いてくる。

 

レッドカーペットの上を歩み進めるごとに、研ぎ澄まされた眼光が、獲物を定めるようにこちらを射抜いてくる。

 

「…………っ」

 

隣で誰かが息を呑んだ。僕も口を開けないまま、その「鉄の軍勢」の先頭に立つ一人を見つめていた。

 

ドレッドの髪を無造作に束ね、奇妙なゴーグルを装着し、真紅のマントを翻す男。

 

その姿は、近代的な学校の風景の中で浮き上がるほどに異質で、滑稽さすら感じるはずの格好なのに――誰一人として笑う者はいない。

 

彼がそこに立つだけで、空間そのものが彼を中心に回り始めたかのような、すべてを平伏させる覇王の風格が備わっていたからだ。

 

「……鬼道有人。帝国学園のキャプテンです」

 

春奈が、僕の隣で低く言った。

 

「さっき説明しようとした、要注意人物。背番号十番の選手です」

 

部室で聞きそびれた名前が、目の前の姿と繋がった。

 

鬼道くんがこちらへ顔を向ける。ゴーグルで目元が隠れているのに、見られたと思っただけで、手にしていたボールを抱える腕へ力が入った。

 

✤✤✤

 

「雷門高校サッカー部キャプテン、円堂守です! 練習試合の申し込み、ありがとうございま――」

 

円堂はいつもの笑顔を浮かべ、帝国イレブンの先頭に立つ鬼道くんへと駆け寄り、敬意と歓迎の意を込め、右手を差し出す。

 

だが、その手は虚しく空を切った。

 

「――初めてのグラウンドなんでね。ウォーミングアップをさせてもらってもいいかな……?」

 

鬼道くんは円堂の言葉に被せるように遮り、その手を見ることさえしなかった。

 

「え……ああ、どうぞ……」

 

拍子抜けした円堂を置き去りにして、帝国イレブンはグラウンドの半分を占拠し、淡々とウォーミングアップを始めた。

 

僕たちはパス交換の手を止め、その姿を見つめていた。

 

一人の選手がリフティングを始める。

 

ポン、ポン、ポン、と刻まれる音に合わせ、ボールがほとんど同じ高さまで上がっていく。足の甲に触れる場所も、落ちてくる位置も揃っていて、僕のようにボールを追って身体を泳がせることがなかった。

 

隣では、二人の選手がパスを交換している。速いボールなのに、受けた足元で跳ねず、次の一蹴りですぐに相手へ戻っていった。

 

別の場所では、ヘディングの練習を行っていた。

 

――ゴンッ!

 

跳び上がった選手が、空中で身体を捻って額を当てる。鋭く飛んだボールを、離れて待っていた仲間が、ほとんど動かずに受け止めた。

 

「嘘、だろ……」

 

染岡が震える声で漏らした。

 

「あんなの、同じ高校生の動きじゃないでやんすよ……」

 

隣で栗松くんが真っ青な顔をして立ち尽くしている。

 

(レベルが……違いすぎる……)

 

自覚できるほどに、僕の手が震え始めた。

 

抱えていたボールが指先からこぼれそうになり、慌てて掴み直す。

 

春奈から聞いた「全国トップクラス」という言葉を、分かっていたつもりだった。けれど、映像で見た動きが目の前で繰り返されると、それを相手にしなくちゃいけないのだと、嫌でも思い知らされた。

 

その時だった。

 

赤いマントをなびかせ、帝国のキャプテン、鬼道くんが動いた。

 

――パチンッ。

 

静寂を裂くような、乾いた指鳴らし。

 

一人の選手が顔を上げ、ボールを高く蹴り上げた。鬼道くんは落ちてくる位置へ数歩進み、身体を半身に開く。

 

目が、円堂の方を向いていた。

 

「……え?」

 

左足で地面を蹴り、鬼道くんが跳ぶ。上体を傾けるのと同時に右脚が振り抜かれ、落ちてきたボールを足の甲が叩き抜いた。

 

「はああああ!」

 

――バァンッ!!

 

鋭い音と共に、ボールが一直線に円堂へ迫る。

 

「っ!!」

 

円堂が両足を開き、ボールの正面へ身体を入れた。

 

――ガシッ!!

 

受け止めた腕がぐっと押し込まれる。円堂は片足を引きながら肘を曲げ、ボールを胸へ抱え込んだ。

 

(い、いきなり、こっちに向けてシュートを撃ってきた……!? こ、恐ぇ……っ!!)

 

ボールを抱えた円堂を見てから、僕は鬼道くんへ目を戻した。

 

蹴り足を下ろした彼は、涼しい顔のまま、円堂の腕の中に収まったボールを見ていた。

 

雷門の他の面々も同じだった。「本当に、あんな連中と戦うのか」という絶望が、誰が口にするまでもなくグラウンドを支配する。

 

だが、ただ一人。

 

「――面白くなってきたァァァ!!!」

 

円堂が叫んだ。

 

その顔に張り付いていたのは、恐怖ではなく、底知れない興奮だった。

 

ギラギラと輝く瞳で拳を握りしめ、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべていた。

 

(……なんでそこで、そんな顔できるんだよ)

 

誰も言葉を返せない中で、円堂だけが、抱えたボールを脇へ挟み直した。鬼道くんから目を逸らさず、土のついた掌をジャージで拭っている。

 

僕は震える指を握り込み、その隣へ目を向けた。

 

帝国学園との練習試合は、もう目の前に迫っていた。

 

第8話fin

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