転生したら、超次元技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
第9話 仲間
「フッ……あのゴールキーパー──どうやら最低限の能力は持っているようだな」
鬼道有人は、先ほど自身の放った弾丸のようなシュートを正面から受け止めて見せた円堂の姿を思い返し、淡々と評した。
それは賞賛ではなく、単なる「品定め」の結果だった。
「鬼道さん。なぜ、こんな弱小校と練習試合を?
ウチのスキルが上がるとは思えません。
今からでも学園に戻り、通常練習を行った方が良いのでは?」
帝国学園MF――辺見 渡が、湧き上がる疑念を慎重に言葉を選びながら口を開いた。
王者のプライドを持つ彼にとって、弱小
「この試合は総帥の指示だ。俺たちは、ただ命令に従えばいい。それとも、お前は総帥の
「……! いえ、決してそんなつもりは。ですが、目的はなんです?
練習試合をするにしても、何故わざわざ
鬼道は、不敵な笑みを浮かべたまま雷門イレブンを睥睨する。
辺見もそれに倣って視線を向けるが、そこにいるのは、緊張で顔を強張らせた「素人の集団」にしか見えなかった。
「目的は一つ。この学校に“転校してきたある選手”の実力を見定めることだ。
総帥は、その男を気にしているらしい」
「ある選手……? 俺には、あの中にそんな選手がいるようには見えませんが?」
「いや、あの中には......まだ“居ない”」
「居ない!? 居ないってのはどういうことですか!!」
「
辺見は疑念を隠さなかった。
だが、鬼道の視線は彼らのさらに奥――校舎の影にある一本の木へと向けられていた。
そこには、幹に背を預けて腕を組む一人の男──豪炎寺修也がいた。
去年のフットボールフロンティアで、1年生ながら木戸川清修高校を決勝進出まで押し上げた、天才ストライカー。
(
鬼道は「フッ」と低く、愉悦を孕んだ声で笑った。
「だが、確かに辺見の言うことも一理ある。
こんな弱小校と試合をしても、時間の無駄だ。
……この試合に意義を持たせる為にも、少し、
鬼道の赤いゴーグルの奥で、鋭い光が不気味に明滅した。
それは対戦相手を「敵」としてすら認めていない、冷酷な目だった。
✤✤✤
「こちらはウォーミングアップを終えた。すぐに試合を始めよう」
鬼道有人が雷門ベンチに歩み寄り、淡白に告げた。
その声には
「す、すみません! 部員の一人がトイレに行っていて、もう少しだけ待ってください!」
円堂が慌てて頭を下げ、額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
「……早くしてくれ。こちらとしても、時間を無駄にしたく無いのでね」
鬼道は視線を逸らし、翻る赤いマントと共に、円堂に一瞥もくれることなく踵を返した。
その言葉の端々から漏れ出す「格下への無関心」が、僕たちに重く伸し掛ってきた。
✤✤✤
「壁山はまだ戻らねぇのかッ!!」
染岡の焦りを含んだ怒号が、グラウンドに響いた。
「何度電話しても出ません!」
宍戸くんが握りしめたスマホからは、無機質な呼び出し音だけが空虚に繰り返されている。
作戦会議の最中に姿を消した壁山の行方は、依然として行方が分からなかった。
「まさか、逃げたんじゃねぇだろうな……」
染岡が吐き捨てた一言に、誰も反論できなかった。
否定したくても、僕たちの心にも同じ不安が毒のように回っていたからだ。
絶望と焦燥が混じり合い、チームの士気が目に見えて削り取られていく。
沈黙が、重く、長く、僕たちの足元に渋滞していたその時──
「円堂くーん!!」
秋さんの透き通った声が、凍りついた空気を切り裂いた。
「秋?」
円堂さんが顔を上げた先、木野さんは一人の男子生徒を連れてこちらへ走ってくる。
「彼、サッカー部に入ってくれるって!」
木野さんが紹介してくれた彼にはどこか見覚えがあった。
「目金……くん?」
「おや、司場くん。一週間ぶりかな? どうやら、本当に僕が最後の一人になったようだね」
眼鏡の奥の瞳を細め、自信たっぷりな笑みを浮かべているのは、1週間前に、僕が一番最初に勧誘した目金欠流くんだった。
「ですが、入部してあげるにあたって、もう1つ条件があります!」
目金くんは、人差し指で眼鏡の
「僕、10番のユニフォームしか着たくないんだよねぇ〜」
「「「え゙え゙ぇ〜……」」」
その場にいた数人の肩が、同時にガクリッと落ちた。
「どうするでやんすか……?」
「枯れ木も山の賑わいと言いますし……」
「キミ、それはどういう意味かな?」
小林寺くんの小言に目金くんがピクリと反応するが、それを遮るように円堂が大きく笑った。
「いいじゃないか! その条件、飲むよ!」
「えぇ!? マジでやんすか、キャプテン!?」
「マジだ! 部員は多いに越したことはない! 入ってくれるなら、大歓迎だ!」
円堂の底抜けの前向きさに、不満を抱いていた面々も頭を抱えて黙り込むしかなかった。
「ふふんっ、損はさせないよ。絶対にね」
自信に満ち溢れたその表情を見て、僕はどこか毒気を抜かれたような気分だった。
「──ってことで、悪いな葦考。お前に渡す予定だった10番は目金に渡すことにするよ」
円堂が両手を合わせて、「すまん!」と申し訳なさそうに僕に謝罪してきた。
けれど、僕にとってそれは、謝られるようなことではなかった。
「いや、別にいいよ。
番号にこだわり無いし、10番が特別な訳でもないしね」
僕にとっては、ただの布に縫い付けられた数字でしかなかった。
しかし、僕の言葉を聞いた瞬間、隣にいた染岡が信じられないものを見るような目で僕を凝視した。
「司場、お前まさか......10番がどんなものか知らねぇのか?」
「どんなって......ただの背番号......だよね?」
僕が首を傾げて答えると、染岡だけでなく、目金くんや他の部員達までもが揃って呆れ顔になった。
(……え、何? そんなにまずいこと言ったかな、僕)
サッカーにおいて、背番号10番がどれほど重い栄光と責任を背負うものなのか――その時の僕は、まだ何も理解していなかった。
そんな会話をしていると──
「円堂君ッ!!」
そこへ、顧問の冬海先生が、脂汗を浮かべながら転がるように駆け寄ってきた。
「一体どうなっているんですか! 十一人揃っているなら、早く試合を始めなさい! "お客様"を待たせるわけにはいきませんよ!」
冬海先生の目は泳いでいた。その怯え方は異常だった。あたかも、帝国を待たせることが万死に値するかのようだった。
「でも、壁山の奴がまだトイレに……。壁山が戻ってくるまで待って──」
「──お客様ファーストです! 直ぐに始めなさい!」
お客様──練習試合の相手をそう呼ぶその言葉に、僕は強烈な違和感を覚えた。
先生の悲鳴に近い叫びが、グラウンドの静寂を切り裂き、僕たちを現実に引き戻す。
逃げ場のない時間が、刻一刻と迫っていた。
視線を向ければ、そこには整列した「鉄の軍勢」がいる
✤✤✤
「……仕方ねぇ!」
断腸の思いで、染岡が言葉を絞り出す。
その声は、自分自身の不甲斐なさを噛み潰すような、苦い響きを帯びていた。
「一応11人揃ってんだ。壁山抜きでやろうぜ!」
その場に、重く冷たい沈黙が降りた。
誰もが、染岡の判断が現実的であることを理解していた。
もしも帝国を待たせ続けて、こちらの不戦敗になんてなったら、雷門サッカー部は廃部になってしまう。
雷門ベンチの空気は、今にもパリンと割れてしまいそうなほど、危うく張り詰めていた。
「──っ......ダメだよ!」
その沈黙を切り裂いたのは、自分でも驚くほど頼りなく、情けない僕の声だった。
「壁山抜きでやるなんて……そんなの、絶対ダメだよ......」
言いたいことは山ほどあるのに、喉が引き攣ってうまく言葉にならない。
隠しようもなく足は震え、12番のユニフォームの裾を握る僕の指先は、力が入りすぎて白く硬直していた。
「雷門サッカー部は……誰か一人でも欠けたら、それはもう、僕たちのサッカーじゃないんだ……!」
沈黙。
葦考の言葉は決して大きくはなかったが、静まり返ったベンチに、そして部員たちの胸の奥深くに、波紋のように広がっていった。
円堂は何も言わなかった。
ただ、自分と同じ思いを持った葦考の背中を、嬉しげにじっと見つめていた。
「ですが、司場君。これ以上、彼らを──お客様を待たせるわけには......」
「あと10分! あと10分だけ待ってください!
その間に、僕たちが必ず壁山くんを探してみせます。だから、お願いします!」
冬海先生を他所に、僕は今にも裏返りそうな喉を必死に押さえ込み、懇願するように声を張り上げた。
一瞬の静寂。
それを打ち破ったのは、円堂だった。
「よし、みんな行くぞ! 10分で壁山を見つけ出すんだ!」
それに弾かれるように、サッカー部員たちは一斉に校舎へと駆け出した。
土を蹴り、風を切って走る彼らの背中を、冬海先生は眉をひそめて見送っていた。
「……何をそこまで拘るんですかねぇ。たかが一人居ないだけだというのに」
その独り言には、敬意も共感も、微塵も宿っていなかった。
ただ、自分には理解できない「異質なモノ」を見るような、冷めきった色だけがそこにあった。
✤✤✤
雷門サッカー部総出の壁山捜索が始まった。
トイレの個室、昇降口の影、職員室の前。1年から3年までの教室はもちろん、普段は誰も寄り付かない空き教室や倉庫に至るまで、文字通りしらみ潰しに当たった。
「居たか!?」
「……どこにも居ません!」
壁山は何処を探しても見つからず、焦燥感が肺を圧迫する。
帝国を待たせている。その事実が、見えない刃のように僕たちの背中を突き立てていた。
「うわあぁぁぁああっっ!!」
静まり返った廊下に、栗松の悲鳴が突き抜けるように響いた。
その悲鳴のした現場へ僕たちは駆けつけると、彼は古びたスチール製のロッカーを指差し、腰を抜かしていた。
「ど、どうしたの!?」
「ろっ、ロッカーが動いてるでやんすよぉーー!!」
栗松くんの指差した先には、古びたスチール製のロッカーが、まるで中に猛獣でも閉じ込められているかのように、ガタガタと異様な音を立てて震えていた。
「……まさか」
円堂が一歩前に出て、迷わずロッカーの扉を引き開けた。
「壁山!?」
「た、助けてくださいっスぅ!!」
ロッカーの扉を開けると、探していた壁山が、文字通りぎゅうぎゅう詰めの状態で収まっていた。
「お前……何やってるんだよ。帝国待たせてるんだぞ……?」
「そ、それが……抜けられなくなっちゃったんっスよ……!」
情けない理由に脱力しかけるが、一分一秒を争う状況だ。
総出で引っ張り出そうとするが、一度はまり込んだ巨体はびくともしなかった。
「キャプテン、僕がやります!」
少林寺が名乗りを上げてロッカーの裏へと回り込み、短い助走をつけ――
「チョワアアアアっ!!」
小柄な体からは想像もつかない、強烈な飛び蹴りが炸裂した。
ガシャン! という破壊音と共に、壁山は空気砲から放たれた弾丸のように吹っ飛びながら転がり出た。
「す、すみません……キャプテン……おれ、少し怖くなっちゃったんスよ......」
自由の身になったはずの壁山は、床に伏せたまま顔を上げようとしなかった。
その大きな背中が、小刻みに、けれど激しく震えている。
「壁山。逃げたら、何も始まらない。逃げ続けたら、ずっと逃げ続けなきゃいけなくなる。そんなの、かっこ悪いだろ!!」
「……すみません……」
円堂が真っ直ぐに彼を見据え、熱い言葉を投げかける。けれど、その正論ですら今の壁山くんには
「壁山くん……」
「司場先輩……。かっこ悪いっスよね、俺.......」
「そんなことないよ。……正直に言うとね。僕だって、今すぐ逃げ出したいよ」
僕は、自分の右手を壁山くんの目の前に差し出した。
その手は、止めたくても止められないほど、情けないくらい小刻みに震えていた。
「ほら、見てよ。僕の手も、こんなに震えてる。帝国は強いし、怖い。……勝てるイメージなんて、正直......湧いてこないよ」
僕の後ろにいる
圧倒的な王者の風格を前にして、平気でいられる者などここにはいない。
「でもさ……戦わないまま逃げたら、きっと一生後悔すると思うんだ。だから、一緒に頑張ってみようよ、壁山くん」
一瞬、言葉を探すように間を置き、それでも逃げずに続けた。
「負けたってさ、頼りないけど……僕も一緒に笑われるからさ。壁山くんだけに、辛い思いはさせないよ」
それは、少年漫画の主人公が叫ぶような、勝利を約束する輝かしい言葉ではなかった。
むしろ泥を啜る覚悟を促す、ひどく後ろ向きな発言。
けれど、今の壁山にとって、それはどんな熱い鼓舞よりも深く魂に突き刺さった。
「ぐすっ......しば、せんぱい……」
壁山くんの目に、堰を切ったように熱いものが滲む。
彼は鼻をすすり、汚れた袖で乱暴に涙を拭った。
「おれ……俺、頑張ってみるっス!」
震えていたのは、僕だけじゃない。
彼もまた、その巨体を震わせながら、ゆっくりと、けれど逃げ場を求めるためではなく戦うために立ち上がった。
✤✤✤
僕たちはグラウンドに急いで戻った。
息を切らしながらセンターラインへ集まり、帝国学園の選手たちが放つ、氷のように冷たいプレッシャーと睨み合いながら、僕たちは一列に整列した。
重苦しい空気がグラウンドを支配する中、乾いた風が吹き抜ける。
整列している時、僕はチラリと隣の壁山を見た。
その目には、まだ隠しきれない怯えが残っている。けれど、もう「逃げ」の色はどこにもなかった。
彼の瞳は、真っ直ぐに前を向いていた。
僕も、それに応えるように前を見る。
第9話fin