昔から、キーファのことは太陽みたいだって思ってた。
すべてを照らす太陽の君から、舌が痺れるほど苦い味を教えられるなんて思っちゃいなかった。
「あーっ! あんたたち、またどっかに遊びに行っていたんでしょ! なんで私も連れて行ってくれないわけ?」
「オレたちだけのヒミツだからに決まってんだろ!」
「そんなのどうせ大したことじゃないんだからいいじゃない! アルス、なにか面白そうなことをするときは一番に教えなさいって言ったじゃないの!」
「あ、あはは……そうだっけ」
「そうだっけじゃないでしょ、本当にぼーっとしてるんだから!」
「あー、じゃあまた今度な今度。今日はもう遅いしさ。女の子を連れまわしちゃ親父にどやされちまう」
「ふーん。女の子、ねぇ。別に危なかったらあんたたちに守ってもらえるからいいのよ。それより誤魔化さないでくれるかしら!」
キーファが明らかに誤魔化したから、余計にマリベルをヒートアップさせてしまった。
マリベルはもの言いたげに僕を、頭の先からつま先までじろじろ見て、それからフンッとそっぽ向いた。
……今日も言わないでおくらしい。
ていうか、マリベルに対してはもっと、くだらなくてつまらないことみたいに誤魔化さないといけないのに……なんて、人が発言に対してはいろいろ思いつくのだけど。
自分でマリベルをなだめようとしたら絶対に言うべきじゃなかったことを言ってしまうか、怪しまれるだけに決まってる。
誤魔化せたような瞬間があっても、気づけば後ろから声をかけられて全部白状する羽目になるんだ。
結局、僕たちは幼馴染のマリベルに完璧に隠し通せることなんてなんにもない。
反対に。キーファは案外、一度思い込んでしまったら真っすぐすぎ、その後は意外としっかり見ていないので隠し事ができる。
たくさんの秘密ならたぶん無理だけど、たったひとつなら隠し通せる。
そう、僕が本当は女の子なこと、とか。
びっくりすることに、うんと小さい時に男の子だと信じ込んで以来、キーファは僕のことを「村一番の漁師ボルカノの息子」だと信じ切っているし、母さんが僕に対して心配性なのも、単に僕が母さんのお腹から慌てて飛び出した未熟児だったことを引きずっているせいだと信じ込んでいる。
みんなからぐうたらでロクデナシだと言われているホンダラおじさんだって、グランエスタードの城下町で出くわすと必ず村まで送ってくれるのはなんて解釈しているのか……絶対僕が男の子だったらしなかったことの筆頭なんだけど。
でもね、キーファは世界でただ一人の王子様だからフィッシュベル的価値観で「過保護」や「女の子扱い」がおかしなことだって気づかないのかもしれないね。
「あ、そうそうアルス。さっきマーレおばさんがずいぶん心配してたわよ。今日も野蛮なキーファ王子に連れまわされて怪我しているんじゃないかって思われているんじゃない? 無事で何よりだけど早く安心させてあげなよ」
「野蛮なって……マリベルお前な」
「フン、キーファは王子様だけどどんな海の男よりもガサツだわ」
「えっと……キーファ、母さんが心配しているなら、もう帰らなきゃ」
「そっか。マーレさんに心配かけちゃまずいもんな。じゃ、また明日、アルス!」
「うん、また明日!」
ぷりぷり怒ったマリベルを先にお家に送り届けて、僕もそのまま帰路につきながら。
毎日のようにキーファと遊びまわって、一日中島を駆けずり回っても平気な僕は本当は迎えなんて必要ないし、早く帰らなくたって平気だと思っているんだけど……母さんに心配かけたくないから。
でも、あぁ、今日も楽しかった!
今日のことを思い返し、キラキラした記憶の裏側にこびりつく、真っ黒い心の中をそっと覗いてみる。
僕の、表に出さないようにしている感情は今もそこで黒く輝いていた。
僕は今日も、キーファの隣にいた。
どんなにかわいい女の子でもなく、どんなに高位の貴族の娘でもなく、この僕が。
ただの漁師の娘で、スカートを履いたことさえないこの僕が!
とはいえ、キーファ以外は僕が女の子なことを知っている。
もちろんわざわざ性別を隠しているわけじゃないし、大人たちはまさか幼馴染なのにとんでもない勘違いをしているなんて思っちゃいない。
僕は確かに男の子みたいな動きやすい格好をしているけれど、男の子に勘違いされるほど髪の毛が短いわけでもないし……勘違いされているのは明らかに隣にいるマリベルが特別可愛い格好をして、「女の子らしい」からだと思うんだ。
でもね、僕、女の子にしても背が低いんだけどな。
ずーっとキーファより小さかったから気にしていないのかも?
このこと……キーファの盛大な勘違いはマリベルと僕だけが知っていて、マリベルいわく「すっごく面白そうだからアンタがバラすのはナシ!」「いつか気づいた時が見ものだわ」「あの鈍感男が慌てふためいてひっくり返るのはいつかしら」らしいので敢えて言わないでおいているだけ。
バーンズ王も兵士たちも小さい時から距離感の変わらない僕らを見ると頭が痛そうな顔をしているけれど、単に幼馴染で仲がいいだけだと思っている。
リーサ姫と仲がいいのは友達の妹だからってだけじゃなくて、同性だから。
一度、バーンズ王にキーファのことをどう思っているのか聞かれたことがある……身の程はわきまえてるよ。
ちゃんと、キーファとは「ただの友達」で、僕はいつか海女として……あるいは父さんに認めてもらえたら船に乗れる漁師として、……なんにせよ父ボルカノのように海に生きるのだから大丈夫だと伝えてある。
フィッシュベルを出る気はないって。
だけど、キーファが十八歳になっても五つの時からあんまりにも関係性が変わらないし、王族っぽいことが好きじゃないキーファはいまだに婚約者さえいない。
たまに、お城に行くと何かもの言いたげな貴族のご令嬢が僕のことを睨んでいるけれど……彼女たちはなんにも言わない。言えやしない。
だって、キーファと一緒に変な色のカエルを集めて素手で籠の中をいっぱいにしたり。
浅瀬に捨てられた小舟をひっくり返してフジツボ剥がし競争をしたり。
島中を一日中駆け回って泥まみれになったり。
魔法の練習だー! って言って、埃っぽい古文書をひっくり返して一日中呪文を唱えたり。
挙句の果てには木の棒を握って剣士ごっこで全身あざまみれ。
朝から晩まで駆けずり回って、背中をバンバン叩き合いながら大笑い。
海水でベタベタになりながら貝を集めて、野の花の蜜を吸い、キーファがお城の厨房から貰ってきたお弁当で「愉快な晩餐会」をして……兵士たちに見つかって、王様の前まで連れていかれて大目玉!
そんなこと、こんな楽しいこと、きっと僕以外に付き合えっこないんだもの。
そんな僕はずっとずっとキーファのことが大好きだった……友達として、好きな人として。当たり前じゃないか。
僕らは魂の双子のような存在で、いつだって誰よりもいちばん近くて、いちばんずっと一緒だった。
身分が違う以上、僕は決してお妃さまにはならないだろうけど、キーファが王様になったあとも変わらずに友達として時々会うことができるだろうって思ってた。
僕の中の未熟な恋が叶わないのは知っていたけれど……キーファがいまさら、いかにも女の子らしい、華奢で色白、外で転んだこともなさそうな貴族の令嬢を心の底から好きになるはずないってたかをくくっていた。
もちろん誠実な彼なら、浮気なんてしないだろうし。
根っこが真面目なキーファならそれが王族の役目だとしてもちゃんと愛そうとするはずで。
お世継ぎを作って、キーファの子が次の王様かお妃さまになる……僕はそれを遠くから見ながら、だけどある意味、一番近くに立ってさ。
誰を愛しても、キーファが本当に仲がいいのは僕なんだって思いながら年を取っていくんだって思ってた。
知らない女性の子どもを抱きながら、キーファの無邪気な笑顔は僕の物のままなんだって……。
そう、いつの日か。
本人は嫌がる、王様の重たいマントと王冠が自由なキーファを玉座に縛り付けて……海に生きる僕は君の好物の小魚の佃煮をお土産にして、たまにグランエスタードのお城に行って、昔みたいなくだらない話を少しだけしてさ。
僕らは子どもみたいに大笑いして、それからまたつまらない大人に戻るんだって思ってたんだ。
僕らは、そうして大人になるんだって、思ってたんだよ。
なのに。
また夢を見た。
それは少し前の記憶。
思い出すのはセピア色の記憶。
君との最後の記憶なのに、小さい頃の色鮮やかな思い出と違って、なんだか思い出せなくて、苦い記憶。
きっとこの苦さこそが……失恋の味なんだ。
知りたくなかったな。
「アルス」
「大事な話があるんだ」
君の隣にいるのは、僕じゃない。
僕よりも、幼いころからずっと一緒にいた僕よりも、もう一生、親友に会えないって分かっていても君は選んだ。
「親友のお前ならわかってくれるだろ?」
キーファの隣にいるライラさんはいかにも女性らしくて、誰もが守ってあげたくなるような美人の踊り子……。
気高く美しい、特別な宿命を背負ったひと。
「お前には特別な使命があるって、ずっと思ってた」
知らない、知らない、こんなあざがどうしたっていうの。
要らないよ、じゃあ。
要らないよ、君がそう思うなら。
だから、
「なぁ、オレはやっと見つけたんだよ」
そう言いながらキーファはライラさんの肩をそっと抱く。
大切に想っているんだって分かった。
ううん、ここまで、うすうす気づいてた。
お似合いだ、僕だってそう思う。
こんな男の子みたいな僕よりもずっとずっとキーファにお似合いだ。
キーファ、君は並んで笑う僕よりも……誰かの手を包んで守りたかったんだね。
王子様みたいだ。
……王子様だったね。世界で一番の。
「……、」
いちばんに祝福すべきだ。
分かってる。
僕はキーファにとって、親友。幼馴染の
あるいは、ここまで一緒に旅をしてきた人間として糾弾すべきかもしれなかった。
君が始めた旅なんだって責めるべきかもしれなかった。
だけど、僕は幸福なキーファを責める言葉なんてひとつも持ち合わせちゃいなかった。
だって、僕はキーファのことが大好きなんだもの!
一体なんて、僕は返事しただろう?
ぼんやりとした記憶の中、マリベルが怒っていて、ガボがさびしそうだった。
それだけは覚えている。
旅の扉が僕らを分かち……魂がとうとう半分に引き裂かれて、僕の身体は悲鳴を上げる。
エスタード島に戻った僕は、なによりキーファの家族に説明しなくちゃいけなかったのにできなくて。
旅の扉を出るなり僕は酷い腹痛を訴えて、目の前が真っ暗になり。
痛みを隠して朦朧としながらもグランエスタード城に何とか向かって、バーンズ王に報告する義務を果たそうとして……どこまで言えたのかは覚えていない。卒倒した挙句、家に担ぎ込まれてそのまま寝込んだらしいから。
馬鹿みたい、僕が先に好きだったのに、なんて。
先に好きだったことに何の意味もないんだよ。
愛してもらえて、素直に受け入れて。
それができたからライラさんは選ばれた。
僕はと言えば親友との距離を失うのが怖くてずっと黙ってた、ずるいだけ……。
「ねぇ、ひどいのはアイツだったのよ」
「ずっと一緒にいたくせにアルスが女の子なことも想いも気づかないなんて、おかしいのはアイツじゃない」
「グランエスタードでは有名だったのよ、アルスのこと。にっぶいキーファのことはもっとね。いつ気づくかって……いつ、正式な、ううん、なんでもないわ」
「ねぇアルス」
「ごめんね、面白がって女の子なのを黙ってなさいなんて、言って」
マリベルはたびたびうちに来て、僕のベッドの横で膝を抱え、そんなことを言ってくれたけれど。
僕は昔の夢だけ見ていた。
昔の夢を見て、夢はうたかたに消え去り……またセピア色の別れを思い返す。
愛しているの、僕が先にそう言えたら変わっていたんだろうか。
それともあの時、君とずっと旅がしたいって、そう言い返せたら違ったんだろうか。
わからないけれど。
ただ、僕が意気地なしなだけの話。
そうでしょう。
そして少しして、立ち直った僕はまた石板を集めて世界を開く。
女の子の僕はいらないからばっさり短く髪を切って、もっと重い剣を持って。
キーファの代わりに先頭に立った。
キーファのように戦ったさ。
勇ましく、頼れる背中を思い出して。
太陽みたいに引っ張ってくれる君をなぞって。
できるさ、僕の魂は君の片割れなんだから。
同じように戦える。
同じように振る舞えるに決まってる……。
あれより強い痛みを知らないから、そこからなんにも怖くなくて。
僕は強くなった。
僕たちは世界を全部取り戻してさ。
魔王を倒して、今度こそ世界は平和になって。
ついには、僕は女の子だけど漁師の後継として漁船に乗ることも認められてさ。
父さんと一緒に漁に出られるのが嬉しかった。
それで、僕の初めての漁の日……。
網に引っかかった一枚の石板。
それは過去からの手紙だった。
過去の世界に残ったキーファの遺言。
キーファが僕に宛てたもうひとつの手紙……。
――そしてアルス。
どんなにはなれていても
オレたちは友だちだよな!
僕たちは、友だち……。
僕はその日の夜から、また寝込むことになった。
大好きだキーファ、ずっと大好きだ
いかないでよキーファ
やっぱりお前は行くんだけど
リイマジンドで少しだけ納得できました
この小説はリイマジンドのフォロッドの次がグリンフレークとばしてユバールだと気づいた瞬間現代に戻り、そのまま書いたものです(後書きはユバール後)
やっぱつれぇわ……
大好きとお前そういうところ変わってねぇなと行かないでとお前が始めた旅だろうが! の全部ある 愛憎は愛なんですよ、関心しかないため
アルスくんは遺伝的にあの人とあの人の子供なんだからあと数年経てば背が伸び垢抜けてまるいほっぺたがシャープになって信じられないほどかっこよくなるのではないか?
つまりこの話のアルスちゃんも数年後、未亡人さながらの雰囲気を纏ったしっとりとした美人に……