時系列は、キーファが決断をした後にさかのぼる。
失恋の苦みよりもある意味苦い、残された家族への告白の日。
キーファの父であるバーンズ王には先になんとか伝えることができていたけれど……あのあと倒れた僕には妹君のリーサ姫にも伝える余裕がなかった。
なんせ玉座の間で卒倒してそのまま家まで運ばれてしまったから、というのはただの言い訳だ。
僕は、地を這ってでもキーファの心残りに伝えなきゃならなかったのに。
……キーファの心残り、か。
「だから、キーファはもう、ここに戻ってこない。ここだけじゃない。もうキーファは過去の人間になってしまった。この世界のどこにもキーファはいないんだ」
「嘘よ!」
キーファがいなくなってから、日が経っていた。
具体的には季節がひとつ進んでいた。
僕が寝込んでから、起き上がるまでそれだけの時間が経っていた、ということ。
でも、その間……誰も、キーファのことを一途に想う妹君には離別の真実を伝えられなかったらしい。
一体なんて言って誤魔化していたんだろう。
無理もない。
滅多に外に出られないリーサ姫にとって、兄のキーファは世界のすべてと言っても過言じゃなかった。
お城の人たちはみんなキーファのことが好きだったけど、リーサ姫は特別に大好きだったから。
だからこそ……僕こそは言わなきゃならなかった。
僕が、言わなきゃならなかった。
知らないままでいることなんてできない。
キーファの一世一代の決断を、ついぞ戻ってこないことによる「諦め」で塗りつぶしちゃいけない。
「そんな、嘘よ。お兄様ともう二度と会えないなんて」
リーサ姫の目に大粒の涙が浮かぶ。
ぼろぼろとこぼれていくしずくを見ながらも僕はそれを拭ってやることも、ハンカチを差し出すこともしないで、黙って見ていた。
キーファを止められなかった僕に、家族を失い嘆く人間を慰める権利なんてない。
「嘘、そんなの嘘なのよ……ねぇアルス、嘘だと言ってよ……」
とうとう泣き崩れたリーサ姫。
マリベルが気まずそうに目を逸らし、ガボが困った顔で僕とリーサ姫を見比べていた。
「……ごめんね」
ごめんね、大切なお兄ちゃんを止められなくて。
ごめんね、僕がキーファと旅に出たからなんだよね。
キーファは進むべき道を見つけた。
とうとう見つけられた。運命を見つけて、進むべき道を見つけてしまった……。
喉元まで上がってきた言葉を飲み下す。
キーファは、僕たちは、過去の世界を回って……目の前で苦しむ人に手を差し伸べ、それぞれの滅びの運命を払い除けた。
そして、行く先々でチラつく影、全ての元凶を、「魔王」の脅威を肌に感じた。
ユバールの人々の尊い使命を守るべきだと決断した。
あぁ、キーファは高潔だったさ。
一目惚れでただ無責任に投げ出した訳じゃないって知っている。
一族の使命を背負った健気な女の子を助けたかったキーファ、魔王の脅威を一番に察知したキーファ、宿命を背負ったライラさんを支えるために、神を復活させる一族を現代に伝えるために残ったキーファ……。
僕の生まれつきのあざを羨ましがったキーファ。
自分のことを王子に生まれついただけの平凡だと言い切ったキーファ。
キーファ、君は平凡じゃなかったさ。
誰よりも太陽みたいに明るくて。
キーファ、君の周りは笑顔で溢れてた。
国民は君を慕い、兵士は次の王様を夢みて、僕は君との旅がかけがえのない宝物だった。
キーファとの思い出は、どんな人間にとっても眩しい太陽みたいなものなんだ。
光は周囲を照らしていて……そして今は残光すら見えない。
お城の中は真夜中みたいに静かで暗く感じるよ。
みんなみんな焼き尽くされた。君が平凡なものか。
君が僕の手を引っ張らなきゃ、海の上には今もたった一つの島しかなかったに違いない。
周囲を焼いて、君は去ったんだ。
……僕のあざがなんだっていうのさ。
僕の、僕が、僕になんの運命があるって言うのさ。
運命があったとしても! 僕の望みは、君とずっと旅をすることだったのに!
ただ、君と旅がしたかっただけ、だったのに。
その先がどんなに辛い過去でも、悲しいものを見たとしても、君とならきっと救い出せるって信じてた。
マリベルもガボも、キーファが照らす光を目印にして進んでいただろうに。
ああ、ああ、ああ!
キーファ……。
「ごめんね、また、来るから……」
「待って、アルス!」
僕はそれだけ言って、リーサ姫の部屋から出た。
追ってきたマリベルもガボも、僕がしたリーサ姫への酷い仕打ちへは何も言わない。
「ここにいたら、気が滅入っちゃうわ。こんなときこそ旅をしましょう」
「……そうだね。王様から貰った青い石版を神殿に持っていこう」
「でもアルス、もう大丈夫なのか?」
「大丈夫。だって長いこと休んだんだから」
「そっかぁ……」
あぁ首元が涼しい。
髪を男の子みたいにバッサリ切ったから、冷たい風が吹き抜けて。
僕の背にはお下がりの鋼の剣。
僕の腕には、重たい鉄の盾。
この前まで、どちらもキーファの装備品だったもの。
重たいけれど、僕には装備できるさ。
だって、一度たりとも本当は女の子だって気づかれないような人間なんだもの。
こんなだから、キーファはついぞ気づかなかったんだ、よね。
運命、運命か……。
不思議なかたちを下腕のあざは今日もそこにある。
僕は逆の手であざのある辺りをギュッと強く握った。
すぐに痛くなっても、腕が痺れても、握ったままでいた。
キーファ、君は僕に何を見いだした?
僕にも何か運命があるのなら、どうして……。
ううん。分かってる。
僕はひとりじゃないんだものね。
あの日、ライラさんはひとりになった。だから君が残った。
分かってるんだ……分かってる。
世界を復活させてみせるよ、キーファ。
そしていつの日か……キーファの面影を持ったユバール族の誰かが神様を復活させる日が来るんでしょう?
もう道を示す太陽はないけれど、僕は進むよ。
どうせなら僕を選んだ運命とやらを拝んで、それで……君としたかった旅をやり抜くのさ。
今回は父親にも手紙を書いて偉い! 今回は妹を気遣ってて偉い!
それはそれとしてつれぇよ……お前が自分で言えよ……
なお、アルスちゃんだと当たり前にバーンズ王は知っているので寝込みアルスちゃんが伝えきれなかった仔細と、まだ幼なじみを男だと思っていたクソボケキーファという惨事はマリベルが伝えている
シャークアイの水の紋章を引き継いだ時にとんでもない表情で自分の腕を見てそうなアルスちゃんでした
アルスちゃんはキーファが大好きなので彼女視点だとキーファが激烈に庇われている