最近仕事で腐っているから、主人公とヒロイン新人と先輩の立ち位置や振る舞い方に共感してくれる人を探すための小説。
まぁ、実際嫌がらせはあってもこんなカッコよく助けてくれる人は稀だよねww
1. 聖剣よりも落花生
テレビの中では、選ばれし勇者が伝説の聖剣を掲げ、凶悪な魔王を塵に帰していた。
「いいよなぁ、異世界。選ばれただけで最強。努力も苦労もスキップして、可愛い女の子に囲まれて……。俺も、あっち側に行けねーかなぁ」
俺、佐藤善人(さとう よしひと)。30歳、独身。職業は中小企業の事務員。
手元にはコンビニで買った安物の発泡酒。おつまみは一袋100円の殻付き落花生。これが俺のささやかな聖域だった。明日の朝、部長に提出する予定の、数字が合わない売上報告書のことなんて、今は忘れたかった。
現実逃避の真っ最中、それは起きた。
画面の中の勇者が放った必殺技に爆笑した瞬間、口に放り込んだ落花生の粒が、喉の奥の、最も通してはいけない場所へと吸い込まれた。
「ガッ、ゲホッ!? ぐ、ふぅ……ッ!」
カハッ、と息を吐き出そうとするが、異物はびくともしない。
視界が急激にチカチカと火花を散らす。
え、嘘だろ? 死ぬのか、俺。
異世界アニメを観ながら落花生を詰まらせて孤独死?
もっとこう、トラックから子供を助けるとか、過労で倒れるとか、他に格好のつく死に様はなかったのか。
「……っ、……!!」
手足をバタつかせ、最後に目に入ったのは、画面の中の勇者が美少女と抱き合うハッピーエンドだった。
俺の人生、バッドエンドどころかギャグエンドじゃねーか。
そう思いながら、俺の意識は呆気なく暗転した。
2. クソみたいなアップデート予約
気づけば、俺は真っ白な空間にいた。
目の前には、最近のゲームでよく見るホログラムのようなウィンドウが浮いている。
【おめでとうございます。貴方は転生権を獲得しました】
「……転生? マジで?」
声が出る。体がある。どうやら、本当にあの落花生で人生の幕が閉じたらしい。
恥ずかしすぎて成仏できそうにないが、これがあこがれの異世界転生なら話は別だ。
しかし、次に表示されたウィンドウが、俺の淡い期待を粉砕した。
【警告:魂の負荷を考慮し、前世の経験値は『段階的解放』となります】
【初期ステータス:4歳児相当】
【全能力・記憶の完全復旧:30歳到達時】
「……はあ!?」
思わず、半透明の画面に向かって怒声を上げた。
「段階的解放? 30歳で完全復旧って、それまでただの子供ってことかよ!」
普通、転生したら赤ん坊の頃から成人並みの知能で無双するのが定石じゃないのか。
【スキル:無し(年齢相応の学習能力に準ずる)】
【家系:平民(平均的な村、または街)】
【設定を完了します。それでは、良い第2の人生を】
「待て! せめてチート……指先からビームが出るとか、魔力無限とか、なんかよこせぇぇぇ!」
俺の叫びも虚しく、視界は再び光に包まれた。
次に目を覚ました時、俺は土壁の小さな家にいた。
小さな手、短い足。視界の高さは机にも届かない。
「……マジかよ」
4歳になった俺は、絶望した。
記憶はある。だが、霧がかかったように思い出せないことが多い。エクセルの関数も、効率的な伝票整理の仕方も、どこか遠い夢のようだ。
何より腹が立つのは、周囲が俺に期待する「4歳児」という役割を演じなければならないことだ。
勉強も運動も、周りの子供と同じ。
10歳になれば10歳なりの、15歳になれば15歳なりの知能しか戻ってこない。
剣を握れば筋力のなさに絶望し、魔導書を開けば難解な文字に頭を抱える。
「みんなそうだよ」と笑う母親に、俺は心の中で「俺は違うはずだったんだよ!」と何度キレたことか。
「これ、元の世界で定年まで働くのと変わんねーじゃねぇか!!」
あるのは、毎日地道に農作業を手伝うか、街の学校で計算ドリルを解く日々。
期待していた「チート無双」はどこにもなく、俺は結局、前世と同じように地道な努力を積み重ね、28歳になるまで「ただの人間」として生きてきた。
3. 28歳、社畜は世界を超える
時は流れ、俺は28歳になっていた。
紆余曲折を経て、俺がたどり着いたのは、王都から少し離れた活気のある街・エルムドの「冒険者ギルド」だった。
ただし、魔物を狩る冒険者ではない。
ギルドの運営を支える、**「ギルド事務員」**である。
「ゼン主任、この依頼書の仕分け、終わってますかー?」
「ああ、終わってる。あと、北の森のゴブリン討伐の報酬計算、予備費から出すなら承認印が必要だ。マスターに回しておいてくれ」
「了解です! さすがゼンさん、仕事が早い!」
28歳。
ようやく前世の「事務員」としての勘が8割ほど戻ってきた。
全盛期の30歳まであと2年。
今の俺は、複雑な計算も、冒険者たちの無理難題な要求をいなす交渉術も、この世界の平均的な人間よりは少し高いレベルでこなせるようになっていた。
だが、あくまで「少し高い」だけだ。
指先から火炎放射を出せるわけでも、伝説の龍を喚ぶわけでもない。
ただ、書類仕事が正確で、愚痴をこぼしながらも残業をこなす、どこにでもいる「使い勝手のいい中堅職員」である。
「……はぁ。あと2年で、俺の全能力が戻るはずなんだよな」
深夜、誰もいない執務室でランプの火を眺めながら呟く。
「30歳まで必死に働いて、死んで転生して、また30歳まで必死に働く。……俺の人生、ループしてないか?」
そんな自己嫌悪と、落花生への恨みを抱えながら、俺は今日も眠りにつく。
翌朝、ギルドマスターのアルベルト氏が、上機嫌で俺のデスクにやってきた。
「よお、ゼン! 今日からお前に、期待の新人をつけてやることにしたぞ」
「新人ですか? まあ、人手不足ですから助かりますけど……」
俺はペンを置き、顔を上げた。
マスターの後ろから現れたのは、眩しいほどの銀髪をなびかせた、18歳くらいの美少女だった。
「紹介しよう。私の娘、ミリアだ。今日からここの事務研修をさせる。ゼン、お前が教育係だ」
「……は?」
思わず声が漏れた。
ギルドマスターの娘。いわゆる「お嬢様」だ。
ミリアは俺を一瞥すると、形の良い唇を歪めてフンと鼻を鳴らした。
「あなたが私の指導役? ゼンとか言ったかしら。……冴えないおじさんね。パパも人選ミスじゃない? 私は剣も魔法もAランク評価なのよ。あなたみたいな、一生を紙の束に埋もれて過ごすような人とは、住む世界が違うの」
……キレていいか?
いや、相手はボスの娘だ。ここでキレたら、俺の28年間の積み上げが水の泡になる。
俺は顔を引きつらせながら、営業スマイルを貼り付けた。
「それは心強いですね、ミリアさん。では、さっそく指導を始めましょうか」
4. 教育という名の陰湿な報復
翌日から、俺の「教育」が始まった。
といっても、俺のやり方は前世の嫌な上司から学んだ「陰湿ないなし方」の詰め合わせだ。
「ミリアさん、この10年分の薬草納品データの書き写しをお願いします。あ、魔法での複製は禁止です。インクの匂いに慣れるのも事務員の仕事ですから」
「はあ!? こんなの数分で……」
「『基本』ですよ。それと、そのデスク、脚がガタつきますよね? 予備の古い資料を挟んで調整しておいてください。あ、その資料、絶対に破かないように。重要書類ですから」
俺は彼女に、わざと最も退屈で、指先がインクで汚れるような、付加価値の低い「苦行」を押し付けた。
ミリアが不満げに羽ペンを走らせている間、俺はその隣で、魔法の計算機を使って優雅にコーヒーを飲む。
彼女は器用だ。だが、器用であるがゆえに、地味な作業を「時間の無駄」と軽蔑している。そこを突くのが一番応える。
ミリアも負けてはいない。彼女は彼女で、俺の「嫌がらせ」を理解した上でやり返してくる。
俺がコーヒーを飲もうとすると、彼女が指先を少し動かす。
次の瞬間、俺のコーヒーはカチカチの氷に変わっている。生活魔法の微調整だ。
「あら、冷たい方がお好きかと思って」
「……お気遣いありがとうございます。おかげで目が覚めましたよ」
俺は無表情でその氷をバリバリと噛み砕き、翌日、彼女のデスクの周りにだけ「魔寄せの香水」をこっそり撒いた。その日、ミリアは事務室に迷い込んだ巨大な羽虫の群れと格闘する羽目になり、半泣きで書類を台無しにしていた。
「……性格悪いわね、あなた。本当に20代なの? 枯れた50代の嫌味ったらしい役人みたい」
「教育ですよ。不測の事態への対応力を養っているんです」
俺たちは互いに軽蔑し合いながら、表面上の「上司と部下」を演じ続けた。
5. 知らないふりをする「大人」たち
そんなある日、大きな事件が起きた。
ミリアが担当した、街の有力貴族・ガバルド子爵への「魔石納品報告書」。
彼女は持ち前の要領の良さで、俺がチェックする前にさっさとマスターにハンコをもらい、提出してしまったのだ。
だが、そこには致命的なミスがあった。
「……おい、これ」
事務室の古参職員たちが、提出済みの控えを見て顔を見合わせた。
「ああ、ミリア様のミスだね。単位が違う」
「納品数が『個』じゃなくて『束(10個単位)』になってるな……」
ギルドにとっては10倍の損失。子爵側からすれば、棚ぼたの契約。
「どうする? 今から訂正に行くか?」
「いや、やめとけよ。マスターの娘さんだぞ? 下手に指摘して恥をかかせたら、俺たちの査定に響く。それに、彼女はいつも俺たちを馬鹿にしてただろ?」
「……だな。幸い、担当者は彼女の名前だ。俺たちは『気づかなかった』ことにしよう」
事務室に流れる、冷たい沈黙。
誰もミリアを助けようとはしない。日頃の彼女の傲慢な態度と、何より「責任を負いたくない」という保身が、彼女を孤立させていた。
ミリアはデスクで、自分のミスにようやく気づいたのか、顔を青白くして震えていた。
今さら「間違えました」と言えば、父親の顔に泥を塗る。だが、黙っていればギルドに莫大な損害が出る。
周囲の「知らないふり」という無言の悪意に、彼女は初めて、自分が守られていないことを悟ったようだった。
「……はぁ」
俺は、重い腰を上げた。
手には、前世で「ミスを揉み消すため」に何度も書いたような、複雑な修正依頼書の束を持って。
「ゼン、どこへ行くんだ?」
同僚が呼び止める。俺は冷めた声で返した。
「子爵の館ですよ。あそこの家令は酒好きでね。今から『こちらの事務的な二重計上ミスによる差分調整』って名目で、向こうの顔を立てつつ契約を修正してきます」
「……放っておけよ。あのお嬢様、いい薬だろ」
「ええ、いい薬でしょうね。でも、俺の部下がミスして、俺がフォローしないまま終わるなんて、俺のプライドが許さないんですよ」
俺はミリアの横を通り過ぎる際、彼女のデスクにトントン、と指を置いた。
「……ミリアさん。明日の朝までに、そのデスクのガタつき、完璧に直しておいてくださいね。戻ったらチェックしますから」
それは、彼女に「お前のミスは俺が処理してくるから、お前はここで自分の仕事をしろ」という、俺なりの最低で最高なフォローだった。
6. 変化の兆し
深夜。
貴族の家令と一晩中飲み明かし、なんとか契約を修正させてギルドに戻ると、事務室にはまだ明かりがついていた。
ミリアが一人、デスクに座っていた。
彼女は俺の顔を見るなり、バッと立ち上がった。
「……戻ったわね、おじさん」
「ええ。解決しましたよ。あなたの名前は出さずに『ギルド全体の集計ミス』ってことで処理しました。……まあ、貸し一つですね」
俺は自分の席に座り、重い溜息をつく。
ふと見ると、ミリアのデスクの脚には、新しい木の板が綺麗に打ち付けられ、完璧に水平が保たれていた。
資料を挟むような、いい加減な直し方じゃない。
「……コーヒー、淹れてあげたわ。今度は、凍ってないから」
差し出されたカップ。
一口飲むと、驚くほど丁寧に淹れられた味がした。
「……不味いですね」
「なっ……!!」
「嘘です。……まあ、合格点ですよ」
俺がそう言って目を閉じると、ミリアの気配が少しだけ揺れた。
彼女の態度は相変わらず傲慢だが、その瞳に宿っていた「他人をゴミを見るような光」は、少しだけ、本当に少しだけ、和らいでいるように見えた。
「……あと2年。早く30歳にならないかなぁ」
俺の呟きは、夜の事務室に溶けて消えた。
俺の本当の「チート」が解禁されるまで、あと少し。
それまでに、この生意気な後輩を使いこなせるようになるのが、今の俺に与えられた最大のミッションらしい。