私立慈聖高校文芸部部長、野田喜美子の朝は早い。
誰よりも早く学校に着き、誰よりも早く部室へと足を運び、誰よりも早くペンを取る。
その姿はまるで、明治から昭和初期に活躍した、文豪のようであった。
野田はサラサラと原稿用紙に物語のプロットを書いたが、気に食わなかったのか、くしゃくしゃと紙を丸めてポイッとゴミ箱に投げた。
投げた紙の玉はゴミ箱の縁にガコッとあたり、近くにポトッと落ちる。
野田はうーんと悩みながら、ペン先を流すように、またサラサラと原稿用紙に物語を書いていく。
その文豪気取った野田の姿を見ていた文芸部の副部長、更田万智は、溜息をついた。
「野田部長、また作家ごっこですか?」
部室に来ていた更田に気が付いていなかった野田は驚き、椅子から転げ落ちそうになるが、直ぐ様体勢を整えた。
「ご、ごっこだと!? 馬鹿にしているのか!」
「いや、ごっこですよね。部長、いつもはノートパソコンで書いてるじゃないですか」
更田はチラと、『執筆魂』と書かれている、どこで売られているのかも分からないステッカーが貼られた、野田のノートパソコンを見た。
野田はいつも、ノートパソコンで小説を書いている。
パソコンのキーボードをカタカタと鳴らしながら、ニヤニヤとにやける野田の姿は、更田の日常の光景となっていた。
「それで、何かその紙に書いてましたけど、何書いてたんですか?」
「ふっ、君のような素人に、私の作品の素晴らしさはわからないさ」
と、冷や汗をかきながら、そそくさと自分の鞄に原稿用紙を仕舞おうとする野田。
更田はすかさず野田を羽交い締めにし、野田から原稿用紙を奪った。
「痛っ! いたたたたた! お、おいやめろ!」
そこには、何の取り柄もない平凡な少年が、学校一の美少女とイチャイチャしている話が書かれていた。
「ああああぁぁあぁあ!!! 私の一大傑作がぁぁぁ!!」
野田の心からの叫びは、部室を越え、誰も居ない廊下にまで響いた。
自分の書いた恥ずかしいラブコメ作品を見られ、野田の顔はどんどんと紅潮していく。
どんどんと紅潮し、顔から湯気が出ている野田を見て、更田は
「あぁ、またこんなの書いているんですか」
と言った。
その、まるで前から野田がこのような作品を書いているのを知っていたような発言を聞いて、野田は驚きの顔で更田を見た。
「な、なんだその『まるで前から私がこのような作品を書いているのを知っていたかのような発言』は」
「まぁ、知っていましたよ。あ、あとこの『作家になるオ』のアカウント、部長のですよね?」
「ぴやああぁぁぁあぁぁあ!!!」
野田の人の発する物かも分からない叫びは、部室を越え、誰も居ない廊下までをも越え、学校中に響いた。
母親にベッド下のエロ本がバレた男子高校生の気持ちになった野田は、ハァハァと息を切らして、床に四つん這いになった。
「まぁ、そんなことはどうでもよくて」
「そんなこと!?」
「部長、今日から新学期が始まるのは知っていますよね」
落ち着きを取り戻し、息を整えた野田は、いつもの外面用部長フェイスへと戻した。
「もしかして、私のこと舐めてるのか? それくらいは知ってるぞ」
「良かったです。それで、部の存続のためには、何人の部員が必要かしってますか?」
「え、えぇ………? ………2人か?」
「3人です。生徒手帳に書いてます」
「へぇー。で、それがどうしたの?」
「…………今、うちには何人の部員がいますか?」
「えーと、ひーふー………」
と、右手の親指と人差し指を折ったところで、野田の動きは止まった。
「あれ? これ結構マズイやつ?」
「………大西先輩と、高柳先輩、宮之内先輩が卒業してしまった今、私たちはかなりマズイ状況に置かれています」
彼女等二人は、廃部の危機に瀕していた。
明後日に行われる部活動紹介の場で、新たな部員を一人確保しなければ、文芸部の廃部は確実と言っていいものになる。
いや、確実と言っていいものになるというか、確実になる。そこのところ間違えないように。
「それで、一体どうすればいいのだ?」
野田は部室のソファにドカと深く座り、偉そうに腕を組んだ。あたかも、自分がこの部活のヒエラルキーの頂点に立っているかのような態度だ。
「そうですね………。やはり、無難にポスターなどを作って募集するのがいいんじゃないですか?」
「だが、ポスターは他の部活も既にやっているだろ。うちの高校は運動部の方が活発で人気がある。もう貼るスペースなんてないんじゃないか?」
「それはそうですけど…………、やらないよりはマシでは? ただでさえ、在校生でも文芸部の存在を知らない人はいるんですよ。ポスターも何もしなかったから、私たち文芸部は人知れず消えゆく運命にあります」
「それは…………なんというか、辛いな」
私立慈聖高校は、運動部の強豪校としても有名だ。
そのため、生徒の大半は運動部に所属しており、文化部に所属している生徒は数が少ない。
平均して、四十人ほどの一クラスに、五人いるかどうかという数だ。非常に少ない。
文芸部以外にも、廃部の危機に立たされている文化部は多く、その殆どが、ほぼ同好会のような扱いになっている。
「クソっ…………、運動部の陽キャ共め。我々、文化部がどれほど苦しい思いをしているのか分かっているのか?」
「そんなことより、早くポスターを作って貼りにいきましょうよ」
「おぉ、そうだったな。上の方にでっかく『来たれ! 未来の新人作家!! なるオで目指せ、一儲け!』と書こう」
「私が書くんで部長は絶対に何もしないでくださいね」
野田はシュンと、ソファの上で体育座りになった。