ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

リーフはデルトラから影の大王を追い払い、デルトラ国王になったものの、
チュルナイの人々が全員、影の王国に連れ去られてしまったらしい。
どうにかしようとリーフが考えていると、焼かれたと思われたデルトラ年鑑を発見する。
デルトラ年鑑によれば、影の大王は唯一ピラの笛の音色を恐れていたらしいが、
影の大王はピラの民と笛を三つに分け、美しいピラの地を影の王国に変えてしまった。
ピラの笛を元に戻すためヴァージニアとワソはリーフ、バルダ、ジンクスと共に骸骨山に向かう。
道中で謎を出す怪物グラナスに捕まるが、ジンクスに助けられて洞窟に突入する。
洞窟の中にいたゴブリンの正体はプリューム族で、怪物ダークに生贄を捧げているらしい。
ジャスミンとグロックと再会したヴァージニア達は、ダークを倒すと決意した。
何百年の年月で巨大化したダークに苦戦するが、グロックが自らの命を犠牲にダークを倒す。
グロックが持っていたのはピラの笛の吹き口だった。
ピラの笛の吹き口を取り戻したヴァージニア達は、次の目的地、オーロン島に向かうのだった。


幻想の島
第10話 次の目的地へ


 リーフとバルダは、壊れやすい船を漕いで下の世界へと進んでいく間、黙っていた。

 ジャスミンはフィリを肩に乗せ、船の前部に座った。

 ヴァージニアとワソは、ただ前を見ていた。

 ジャスミンの視線は、前方を飛ぶクリーに釘付けだった。

 彼女の手には、次の目的地であるオーロン島への唯一の道しるべとなる小さな地図があった。

 頭上には、巨大な洞窟のそびえ立つ天井がオパール色の光を放ち、煌めいていた。

 ヴァージニア達を取り囲む波打つ水面は、まるで虹のように波打っていた。

「デルトラの地下にこんな不思議なものがあるなんて!」

 バルダはようやく声を取り戻し、呟いた。

「まだ信じられませんわ!」

「僕もね」

「プリュームの洞窟、金色や緋色の洞窟は、十分に美しかった。でも、この場所は……」

 ジャスミンは落ち着きなく身動きした。

「美しいのはいいけれど……私達は自分がどこにいるのか分からないの!」

 ジャスミンは傷んだ地図を掲げた。

「ラネッシュは竜好きのドランの地図を命がけで信じると言っていたわ。

 でも、ここには目印が描いてないわ。

 四つの島と、何を意味するか分からない点線、そして洞窟の壁がいくつかあるだけよ!」

 リーフは地図を見つめ、デルトラの城の図書館で地図を辿った時の興奮を思い出した。

 ピラ諸島が外洋ではなく、デルトラの地下深くに隠されているとは、

 その時は夢にも思わなかった。

 ジャスミンを追って骸骨山へ向かう短い旅が、

 この遥かに長く危険な冒険へとリーフを導く事になるとは、夢にも思わなかった。

 

「ジョーカー、ジョセフ、ラネッシュ、マリリン……」

 胸が締め付けられる思いで、リーフは故郷を思った。

 リーフの長い不在は、きっと大きな不安を引き起こしているに違いない。

 国王がまだトラで無事だと信じている大多数の人々にとってはそうではない。

 しかし、少数の人々にとっては、リーフはそうではなかった。

「マリリン、君は今、どんな気持ち? トーラを離れる事を決めた事を後悔しているのかな?」

 ジョーカーはマリリンの父に、マリリンを厳重に守ると約束していた。

 しかし、リーフ自身も痛切に知っていたように、

 スパイ、裏切り者、暗殺者はどこにでも潜んでいた。

 リーフの脳裏に、最初の暗殺未遂事件の記憶が蘇った。

 どちらも大きな玄関ホールでの事だった。

 最初は、狂乱した、お喋りな女がナイフでリーフを襲おうとした。

 攻撃が失敗すると、女はナイフを自分に向け、理由も言わずに息を引き取った。

 それから間もなく、松葉杖をついてしか歩けない男――バルダの話によると、

 モスという名の男で、影の大王が支配する前から信頼していた城の衛兵だった――が、

 リーフが毛布にくるまって身を乗り出そうとした時に、リーフの喉を掴んだ。

 その締め付けは鉄のようだった。

 それを解くのに三人の衛兵が必要だった。

 そして、モスが連行される時、押し合いへし合いの群衆の中にいた誰かがモスの背後を刺した。

 モスを刺した犯人は未だ見つかっていない。

 それ以来、リーフは人混みを避けるようになった。

 しかし、城のどこも真に安全ではないことをリーフは知っていた。

 自分の寝室でさえも。

 

「ワソもそうだったし、影の大王はデルトラの民を自分のしもべにする事くらい、簡単だよね」

 苛立ちながら、リーフは意識を現実に戻した。

「ジャスミン、もし目印がないなら、ドランが目印を描く事はできない」

 バルダはそう言いながら、櫂を水から引き上げ、痛む背中を伸ばした。

「イラダチを起こさないで」

 ジャスミンは警告した。

 バルダはベルトにぶら下がっている檻にちらりと目をやった。

 しかし、闘蜘蛛のイラダチは動いていなかった。

「キラメキを起こさない事の方が大事だよ」

「あのねぇ、キラメキはイラダチに負けたのよ? リベンジマッチをしたがっているのよ」

「船が揺れたから療法とも眠ってよかったですわ」

「まったく、他に何もないのに」

 バルダは唸り声を上げた。

「そいつらを置いてきてくれればよかったのに!

 この船は檻に入れた蜘蛛を飼う余裕もないほど狭いんだから」

「プリューム族が引き留めないのも無理はないわ。

 戦う事しか考えていないこの蜘蛛を、誰が欲しがるかしら?」

「少なくとも、物好きじゃないとね」

 フィリは鼻で頷いた。

 巨大な蜘蛛の姿にフィリは不安になった。

 ヴァージニア達は再び沈黙し、辺りを見回した。

 四方八方、途切れる事のない水がヴァージニア達の目に飛び込んできた。

 この秘密の海へと辿り着くために通り抜けてきた洞窟の壁は、霞んだ遠景に消えていた。

 別の壁の気配はどこにもなかった。

「少なくともデルトラのどこにいるかは分かった。

 骸骨山の地下に初めて入った時、洞窟の壁と天井は、

 デル族のトパーズのように金色に輝いていたんだ。

 でも、プリューム島に着いた頃には、洞窟の壁が赤く光っていたんだ」

「という事は、プリューム島はデルトラの北東、

 ルビーを守ってきたララド族の土地の下にあるらしいな」

「そして今、僕達はオパールが守ってきた領土にいる。

 平原の下、西へと向かっているに違いない。そして、オーロン島はきっと近い」

 甘美な笛の音がリーフの心を満たしたので、リーフは言葉を切った。

 時を超えてリーフを呼ぶピラの笛の音だった。

 以前にもその音を聞いた事があるが、今回はより強く響いた。

 何故なら、今やリーフはピラの笛の吹き口を手にしているからだ。

 ピラの笛の吹き口はリーフの首にぶら下がっていた。

 赤い布袋が包み、服の下に隠していた。

 それでも、リーフはかつてデルトラのベルトの魔法を感じたように、

 その力を感じ取る事ができた。

 そして、遠い昔に切り離された笛の、

 他の二つの部分と再び繋がる事を切望する気持ちも感じ取った。

「ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ!」

「えっ、何か見つけたの、ジャスミン?」

 ジャスミンの声が音楽の魔法を破ると、リーフは軽く飛び上がった。

 すると、ジャスミンが、急降下してくるクリーに腕を差し出しているのが見えた。

「クリーが前方に陸地を見つけたわ!」

「陸地!」

 ジャスミンは興奮して叫んだ。

 リーフとバルダが虹色の水面に櫂を沈めると、リーフの心臓は高鳴った。

 笛は再び前進し始めた。

 

 その頃、遠くデルの城で、司書のジョセフは溜息をついた。

 日はまだ浅かったが、図書館の公式目録と実際に棚にある本を比べるのは、

 悲しく、骨の折れる作業だった。

 多くの本を紛失していた。

 中には間違った棚に置かれた本もあったかもしれない。

 しかし、ジョセフは、ほとんどの本がひっそりと運び出され、

 破壊されたのではないかと疑っていた。

 影の大王がデルトラの人々に忘れ去ってほしいと願った事柄がそこに含まれていたからだ。

 少なくとも、デルトラ名鑑は救えた、とジョセフは思いながら、

 図書館の作業台の近くに誇らしげに置かれた淡い青色の本を眺めた。

 こうしてリーフはピラの笛について読む事ができた。

 それは影の王国の囚人を救う唯一の手段だ。

 そしてドランが骸骨山から戻った時、笛の三つの部分に辿り着くための地図も見る事ができた。

「戻ったら……いや、リーフはどこにいるのじゃ? もう、とっくに帰ってくるはずじゃが……」

 ジョセフは眉を潜めた。

 老司書の胃が、突然の恐怖に締め付けられた。

 リーフとデルトラのベルトこそが、影の大王に対するこの地の唯一の防衛線なのだ。

 

 響き渡る笑い声が図書館の静寂を破った。

 驚きと怒りに駆られたジョセフは、よろよろと前に進んだが、音の方向を見て立ち止まった。

 弟子のラネッシュが、テーブルに身を乗り出していた。

 マリリンはトーラ出身の少女で、最近図書館で何時間も過ごしていた。

 彼女は重たい本を何冊か開いていたが、目を輝かせながらラネッシュを見上げていた。

 ジョセフが見守る中、ラネッシュが何かを呟くと、マリリンはまた笑った。

「一体何をしたのじゃ」

 ジョセフは酷く困惑し、躊躇った。

 笑い声とマリリンの表情が、この状況がどうあるべきかを彼に警告していた。

 リーフはジョセフに、マリリンを図書館で歓迎するよう頼んだが、

 他の人には話さないようにと頼んでいた。

 マリリンは特別な客人だが、城にいる事は秘密にしておかなければならない、

 少なくとも骸骨山から戻るまでは、とリーフは言った。

 ジョセフはそっと微笑んだ。

 城に来てまだ間もないが、リーフが花嫁を選びにトーラへ行ったという噂は既に耳にしていた。

 マリリンという名の美しく高貴な令嬢が誰なのか、ジョセフには疑いの余地がなかった。

 今、その令嬢がラネッシュと、全く場違いな笑い方をしている。

 そしてラネッシュは、デルトラの未来の王妃となる女に、

 あまりにも近づきすぎているに違いない。

 ジョセフは胸が締め付けられる思いだった。

 これは、ただの災難にしかならない。

 彼に託された少女に、災難が降りかかる。

 そして、ジョセフが実の息子のように愛していたラネッシュに、

 恐ろしい災難が降りかかる事になる。

 ジョセフは、仕事に没頭するあまり、

 目の前で何が起こっているのか見落としていた事を、酷く責めた。

 二人がどれほど多くの時間を一緒に過ごしているか、全く気に留めていなかったのだ。

(すぐに止めなければ! ラネッシュに話さなければ!)

 その時、ラネッシュは顔を上げてジョセフと目が合った。

 何気なく笑みを浮かべ、歯を輝かせた。

 しかし、ジョセフは弟子の事をよく知っているので、騙されるはずがなかった。

 ジョセフはその暗い瞳の輝きに気づいた。

 それは反抗の輝きだった。

 ジョセフは影の大王が支配していた時代、ラネッシュがパンやチーズ、

 果物を服の下に隠して、古い陶器の下の地下室にこっそりと戻ってくるのを覚えていた。

 空腹で弱り果てたジョセフは、いつも与えられたものを食べていた。

 しかし、それでも不安はあった。

 かつてデルの路上で孤独に生き延びていた孤児のラネッシュが、

 二人の食糧のために躊躇う事なく、盗みを働くだろうと分かっていたからだ。

「ジョセフ、邪魔しましたか? 申し訳ありません。

 マリリンと私は二人とも西の出身だと分かったんです。

 マリリンはトーラ出身で、私は川合い村出身です。不思議でしょう?」

「温かい飲み物を飲みに台所に来い、ラネッシュ。大事な話があるからな」

 ジョセフは急に振り返り、よろよろと書斎を出て行った。

 警備員に頷き、慎重に階段を降り始めた。

 ジョセフはかつてないほど、自分が温かい飲み物のように感じていた。

 恐怖で、既に体が熱くなっているのだ。

 しかし、マリリンが書斎の床下へは決して足を踏み入れなかったため、

 台所はラネッシュと話すのに安全な場所だと彼は分かっていた。

 マリリンの食事は全て、リーフの母であるシャーンが寝室まで運んでくれた。

 若い娘にとって、これは孤独な人生だ、とジョセフは思った。

 ラネッシュと過ごすのが楽しいのも無理はない。

 そして、こんなに美しく高貴な身分の者が称賛するなんて、きっと嬉しくてたまらないだろう。

 だが、それではいけない、とジョセフは思った。

 手すりにしっかりとしがみつき、ジョセフは少し足を速めた。

(リーフよ、無事に帰ってきてくれ。そうすれば、ラネッシュを追い出す必要はなくなるのじゃ)

 

「……」

「どうしましたの、リーフ?」

「何でもない、急ごう」

 リーフは前方の陸地を目指して、全速力で漕いでいた。

 遠くに島が煌めいていた。

 周囲の浅瀬には、鮮やかなピンクと黄色の藻が生い茂っていた。

 リーフは何度か岸辺で何かが動くのを見たような気がしたが、確信は持てなかった。

「小さな建物が見えるわ」

 ジャスミンは虹色の霞を目を細めて言った。

「でも、プリュームの家とは違うわ。もっと簡素な、円錐形の住居よ。

 もちろん、岩かもしれないけど……」

「確かにそうかもしれませんわね」

「もし地図が正確で、俺達の進む道がまっすぐだとしたら、

 この島はオーロンではなく、その東にある小さな島だ。十字の印がついたあの島だ」

「いずれにせよ、気を引き締めておかなくちゃ」

「クレフとアザンが言った事を覚えているよね」

 リーフはよく覚えていた。

 プリューム族はピラの笛の吹き口を喜んで譲った。

 しかしオーロン族は笛の胴体については同じ事をしないとヴァージニア達に警告していた。

 プリューム族は古の敵に対してただ憎しみしか抱いていなかった。

 彼らはオーロン族を攻撃し、笛のもう一方の部分を力で奪おうとしていた。

 リーフが反対すると、オーロン族の怒りは燃え上がった。

 プリューム族の指導者である笛吹きのノルズは眉を潜めた。

 そして、特に若いプリューム族のクレフとアザンは激しく反論した。

「オーロン族は容赦なく魔法を使うぞ!」

「無防備で奴らの領土に入るのは命を捨てるのと同じだ! 奴らは海の怪物と同じくらい凶暴だ」

「オーロン族が怪物だって?」

 バルダは信じられないといった様子で叫んだ。

「ああ! そんな話はたくさんある。

 ダークはオーロン族が俺達を捕食するために送り込んだと長年信じてきた」

「そして奴らは決してピラの笛の胴体を手放す事はない。生きている限りは。

 それどころか、俺達の持ち分をお前から盗むに違いない!」

「僕達がいれば大丈夫だよ。異世界から頼りになる女の子が二人来たし」

「お前の約束は無駄だ」

「オーロン族が、お前が俺達の船に乗っているのを見たら、

 間違いなく無防備なお前らの命を奪うだろう」

「わたくし達は、そんなに無防備ではありませんわ!」

「オーロン族が何をするか、どうして分かるんだ?

 お前の海と奴らの海を隔てる道は、何百年も経ってようやく開かれたばかりだ。

 お前に対する奴らの感情は変わっているかもしれない」

「何故そうする?」

「俺達と奴らの感情は変わっていない」

 口論は何日も続いたが、ついにヴァージニア達は立ち去った。

 プリューム島はもう遥か彼方にあった。

 しかしプリューム族の警告の記憶は薄れておらず、むしろより強くなっていた。

 

(オーロン族は凶暴な民、か……)

 考え事をしていたリーフは、ジャスミンがシューという音を立てて後ずさりし、

 短剣に手を伸ばしたので飛び上がった。

「どうした?」

「あれ、何か怪しいものがあるわ」

「これは?」

 ジャスミンは指差した。

 ヴァージニア達は身を乗り出しついにジャスミンの鋭い目が見ていたものを目の当たりにした。

 煌めく水面のすぐ下、ぼろぼろの影が彼らに向かって迫っていた。

 リーフは胸を高鳴らせながら櫂を投げ捨て、剣を抜いた。

 ヴァージニアも慌ててメイスを構える。

「な、何ですの!?」

 ヴァージニア達に向かって突進してくるものは巨大だった。

 船を転覆させるほどに。

 驚くべき速さで迫り、迫るにつれて形を変え、巨大な腕を広げていた。

 小さく滑らかな頭が水面から現れた。

 そしてまた一つ、そしてまた一つと現れた。

 次の瞬間、ヴァージニア達は皆、安堵の笑みを浮かべた。

 ヴァージニア達があれほど恐れていた影は、一匹の獣ではなく、

 小さな目と長い髭を持つ、小さくふっくらとした生き物の群れだった。

 小動物達は船の周りで戯れ合い互いにぶつかり合い、小さなチッチッチという音を立てていた。

「あ、大丈夫そうですわね」

 小動物達は滑らかな銀灰色の毛皮に覆われ、腕や脚の代わりにヒレのような櫂を持っていた。

 彼らは空気呼吸をしているようだったが、水の中でも魚のようにくつろいでいた。

「この先の島が、この生き物の繁殖地かもしれない。ああ、足を伸ばしたい。

 この船では窮屈で死にそうだ」

 バルダは再び櫂を手に取りながら言った。

「そうですわねー」

「俺の目がおかしいのか、それとも光が少し弱くなったのか?」

 ジャスミンは動物達を楽しそうに観察していたところから頭を上げた。

「気づかなかったけど、そうよ!」

「まるで太陽に雲がかかったみたいだ。でも、ここには雲がないんだ」

「プリューム族は、自分達の魔法ではオーロンまで洞窟を照らす事はできないと警告していたよ」

「って、え……?」

 その言葉が口から出た途端、リーフとヴァージニアは身震いした。

 プリューム族の魔法が効かなくなったら、

 オーロン族の魔法が代わりに照らすだろうと思っていたのだ。

 しかし、もしも光が消えてしまったら……。

 

 ヴァージニア達は再び前進した。

 小さな灰色の生き物達はしばらくヴァージニア達に付き添っていたが、船が陸に近づき、

 ピンクと黄色の藻が生い茂る広い帯を越えると、生き物達は後退した。

 リーフが次に振り返った時には、生き物達は姿を消していた。

 

「なんかボロボロですわね」

 島は確かに魅力的には見えなかった。

 荒れ果てており、不毛な粘土には穴だらけで、まるであばただらけの顔のようだった。

 狭い岸辺の輝く泥は、潮によってできた尾根で波打っていた。

 岸の向こう、少し高い場所には、ゴツゴツとした錐形の物体があった。

 乾いた泥でできているようだったが、住居となるほどの大きさではなかった。

 生命の気配は全くなかった。

「僕が見たと思った動きは、目の錯覚かもしれない」

 リーフは危険を感じた。

 泥に打ち寄せる水の柔らかな音だけが響く静寂は、重苦しい脅威に満ちていた。

 ジャスミンとヴァージニアもまた不安だった。

「ここは嫌な感じ。フィリとクリーも気に入らないみたい」

「何も恐れるものは見当たらないが」

 バルダは苛立ちながら言った。

 痙攣した足を落ち着かずに動かし、ブーツの先でキラメキの檻をひっくり返した。

 キラメキは目を覚まし、すぐに飛び跳ね、檻の柵にぶつかり始めた。

「バルダ、あなたが何をしたのかよく見てみなさい! 今度はイラダチも起こしちゃうわ!」

「イラダチは目を覚まさない方がいい。俺は忍耐強い男だが、今は我慢の限界だ」

「みんな、落ち着いてほしいよ」

「ここにピラの笛があるかもしれないから」

 ヴァージニアとワソは、元の世界に帰りたかった。

 なので、なおさら口論をするわけにはいかなった。

「ほんの数分だけでもいよう」

「水から遠く離れる必要はないわ」

「怪我した腕が痛いんだ」

 リーフは小さな嘘をついた。

「ジャスミン、しばらく僕の代わりに漕いでくれ。それに、陸に上がって席を替えた方が安全だ」

「リーフ、どうしてもっと早く言わなかったの?」

「上陸しなきゃいけませんわね」

 リーフはバルダと共に、再び漕ぎ始めた。

「なんて気の利く人になったんだ」

 リーフは厳しい表情で独り言を言った。

 城のやり方をすっかり覚えてしまった。

 この考えに、リーフの心は再び故郷へと向かった。

 そこで何が起こっているのか、どれほど知りたくてたまらなかった事だろう。

(マリリンは無事かな?)

 リーフは焦りながら自分に言い聞かせた。

 心配しても無駄だし、恐らく必要もない。

 マリリンが城にいる事も、マリリンが誰なのかを誰も知らない限り、マリリンは安全だろう。

 リーフは顔を上げて眉を潜め、ジャスミンと目を合わせた。

 彼は思わず微笑んだが、その笑顔は無理矢理だったようで、ジャスミンは微笑み返さなかった。

(ジャスミンは僕の事をよく知ってるよ。でも、ジャスミンには言いたくない。誰にも言えない)

 リーフがジャスミンの閉じた顔を見ていると、途方もない孤独感がリーフを襲った。

 かつて二人で分かち合った、気楽な友情が戻ってくる事を心から願った。

 しかし、口と思考を慎まなければならない間は、そうはならないだろうと分かっていた。

 いつかヴァージニアもワソもバルダもジャスミンも全てを知るだろう。

 そうすればきっと、沈黙を許してくれるだろう、とリーフは思った。

 ヴァージニア達は岸に着き、一緒にボートを水から引き上げた。

 キラメキはまだ檻の中で燃え盛っていたので、

 ヴァージニア達はキラメキをそのままにしておく事にした。

 イラダチはまだ目覚めておらず、ヴァージニア達はそれに感謝していた。

 バルダは安堵して手足を伸ばした。

「ああ、また陸に上がってきて嬉しいよ。こんな惨めな陸でも!」

 バルダは辺りを見回し、ボートから見えた円錐状のものに向かって歩き始めた。

「ちょっと、行き過ぎよ!」

 ジャスミンが後ろから叫んだ。

「怖がるな。ただこの円錐形を見たいだけなんだ。興味深いんだ」

 バルダは言い返した。

 船から解放された事で気分はだいぶ和らいでいた。

 ヴァージニアは見た事がないものを見て、きょろきょろと辺りを見渡していた。

 ワソもまた、島の何かを探そうとしていた。

 しかし、ほんの数歩進んだところで、バルダは急に立ち止まった。

 振り返る事なく、静かに手招きをした。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンはバルダの傍に駆け寄った。

「あそこだ」

 バルダは息を切らしながら指差した。

 円錐形の岩の周りの剥き出しの地面に刻まれた穴の中に、何かが動いているのが見えた。

 ヴァージニア達が見守る中、穴から頭がそっと顔を出した。

 滑らかで丸い頭、大きく瞬く目、そして鼻と口があるはずの場所に細くて短い管が二つ。

「あれは何だ?」

 リーフは興味深そうに言った。

「見たところ、何かのミミズか、ウジ虫みたいだ」

 バルダは穴を覗き込みながら答えた。

「何だかチンアナゴみたいだね」

「ああ、そうだ! 奴らは俺達が安全だと判断して、隠れ場所から出てきたんだ」

「……うぅ、ウネウネしてますわ……」

 ヴァージニアはウネウネした生き物を見て顔が青ざめ、思わず背けた。

 確かに、生き物達は皆、ゆっくりと穴から這い出てきた。

 バルダの推測通り、巨大な毛虫のようだった。

 長く青白い体はふっくらとした節に分かれ、ずんぐりとした6本の脚で泥の中を這い進んだ。

 フィリは神経質に話し、クリーは甲高い声を上げた。

「危険そうには見えないわね。……って、ちょっとヴァージニア、なんで目を背けてるの?」

「わたくしはウネウネした生き物が苦手ですの。グルーもダークもウネウネしてましたから」

 ヴァージニアはジャスミンに理由を話した。

 ジャスミンは自分の短剣を捜し求めた。

「オーロン族の怪物の伝説は、ここから来ているのかもしれないな。

 オーロン族は、これらの生き物を食用として飼育しているのかもしれない。

 十分に太っているから」

「こんなウネウネしたのをオーロン族は食べるんですの!?」

 ヴァージニアが驚くと、彼らのすぐ近くにいた生き物達は実際に地面から体を起こし、

 後ろ足でバランスを取りながら立った。

 前足と中足は滑稽に空中で揺らめき、巨大な目は短視のように瞬いた。

 ヴァージニアは見ないように、目を逸らした。

「あいつらは島に残しておいた方がいい」

「邪魔をしているようだな」

 リーフは肩越しにボートまでの距離を確かめ、衝撃を受けた。

 背後でさらに多くの巨大なウジ虫が立ち上がっていた。

 ウジ虫の体は湿った泥で光っていた。

 波打つ岸辺にできた、新しく泥が滲み出る穴は、

 ウジ虫がいかにして人目につかずに近づいたかを示していた。

「ジニー! ワソ! バルダ! ジャスミン!」

 リーフは剣に手を伸ばしながら言った。

 幼虫が僅かに身を乗り出した。

 目のすぐ下の管から、鮮やかな黄色の霧がシューッと噴き出した。

 リーフは飛び退いたが、遅すぎた。

 霧は既に目と鼻に入り、刺すような痛みと焼けつくような感覚を覚えた。

 リーフは衝撃と痛みで叫び声を上げ、よろめくのを感じた。

 一瞬、色が点滅し、回転した。

 そして、リーフは意識を失った。




加筆修正がそれなりに多かったです。
次回はオーロン島を探索しますが、デル城でも何か事件が起こりそうで……?
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