ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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Twitterを偽装行為という理由で凍結されて激おこぷんぷん丸な私です。
ルールから偽装行為に関する事を外さなければ絶対にTwitterに未来はないと言い切ります。
そんなわけでオーロン島ですが、ヴァージニアはかなり苦労するようで……。


第11話 ウジ虫だらけのオーロン島

 ジョセフが国王に何が起こっているのか知っていたら、恐怖に打ちひしがれた事だろう。

 しかし、ようやく城の厨房に入った時には、

 これからラネッシュと話す事を考えただけで、ただただ不安でたまらなかった。

 広くて素朴な部屋には、痩せこけた老婆が一人いるだけで、他には誰もいなかった。

 老婆はドアに背を向けてストーブの前に立ち、大きなシチュー鍋をかき混ぜていた。

 近くには山積みの椀が置かれ、玄関ホールの群衆のために料理が運ばれてくるのを待っていた。

 マリリンの盆は別のカウンターにぽつんと置かれ、

 既にナプキン、ナイフ、フォークを添えていた。

 ジョセフは悲しそうにテーブルまで足を引きずりながら行き、ラネッシュを待つために座った。

 老婆は振り返って挨拶しなかった。

 これはジョセフを驚かせた。

 これまで城で出会った人々は皆、とても親切だったからだ。

 ジョセフは丁寧に咳払いをしたが、それでも料理人は返事をしなかった。

(それなら、お気に召すままに、この腹立たしい老婦人よ。

 お主の話など気にしなくても、考える事はたくさんある)

 ジョセフは苛立ちながら思った。

 ちょうどその時、老婆はスプーンを置き、ストーブから振り返った。

 ジョセフの姿を見つけると、老婆は激しく飛び上がり、悲鳴を上げた。

「なっ!」

 ジョセフも老婆と同じくらい驚いて、席から飛び上がった。

 すると、老婆が自分の恐怖に恥ずかしさのあまり笑い出し、

 高鳴る心臓を落ち着かせようと胸に手を当てた時、ジョセフはまた衝撃を受けた。

 ジョセフは老婆を知っていたのだ。

 あの笑い声も、あの顔も知っていた。

 ずっと前に最後に見た時とは、悲しく変わってしまっていた。

 しかし、頬と額に刻まれた醜い傷跡、そして苦悩と悲しみの皺の下には、

 ジョセフがかつて知っていて愛していた顔がまだ残っていた。

 ジョセフはよろめきながら立ち上がった。

「アマランツ! どうしてお主じゃ? 知らなかった!」

 女はしばらくの間、当惑したようにジョセフを見つめた。

 すると、アマランツの目は驚きで大きく見開かれた。

「ジョセフ! またあなたに会えるなんて思ってもみませんでした!」

「私もじゃ!」

 アマランツはすすり泣きながら叫び、ジョセフの腕の中に飛び込んだ。

 ジョセフは喜びに押し潰されそうになりながら、早口で言った。

「どうやって逃げた? 他の連中はどうした?」

 しかし、アマランツは何も言わず、ついにジョセフはアマランツから少し離れ、

 探るようにアマランツの顔を覗き込んだ。

「アマランツ、何故答えない?」

「申し訳ありません、ジョセフ。あなたの唇が動くのは見えますが、聞こえません。

 私は全く耳が聞こえないんです」

 アマランツはエプロンのポケットから小さな石板とチョークを取り出した。

 そして、それらをジョセフの手に押し付けた。

 ジョセフはチョークを取り、書いた。

「耳が聞こえない? 何故じゃ?」

「影の憲兵団は、影の王国の国境まで私達を連行しました。

 私は影の憲兵団の思うように速く動けませんでした。

 なので、影の憲兵団は私を『役立たず』呼ばわりし、

 山を抜ける影の憲兵団の進軍を遅らせるだろうと言いました。

 意識を失うまで殴られ、死ぬまで放置されました」

 アマランツは顔の傷に触れ、記憶に残る痛みで口元が歪んだ。

「私は命からがら生き延びましたがたくさん殴られたせいで耳が聞こえなくなってしまいました。

 でも、私は全てを失ったので、気にしませんでした。

 それ以来、北を彷徨いながら、他の人を置いて生きてきました。

 デルに戻ってきたのはほんの数日前です」

 ジョセフは袖で石板を拭き、震える手で再び書き始めた。

 アマランツがその言葉を見つめると、アマランツの顔に影が差したようだった。

「もしまだ生きていたとしても、影の王国の奴隷です。

 あなたとラネッシュは幸運でしたよ、ジョセフ」

 アマランツの声は途切れ、頭を下げた。

 ジョセフは、どうしようもない悲しみと憐れみで満ちたアマランツの腕をぎこちなく叩いた。

 同時に、自分達とラネッシュが助かったのに、

 彼らを匿った者達に災難が降りかかった事への罪悪感もあった。

 しばらくして、アマランツはエプロンで目をこすり、肩を竦めた。

「今、諦めるわけにはいきません。私には使命があります。弱気では何もできません」

 ジョセフの困惑した様子を見て、アマランツは顎を上げた。

「何故、わしがこんなにも長い道のりをデルに戻ってきたと思う?」

「シャーンが昔の私を覚えていてくれると確信していたからです。

 リーフも、もしかしたら覚えているかもしれません。

 私が鍛冶場へ、愛馬ドリーの靴を買いに行った頃は、リーフはまだ小さな子供でした。

 ドリーの事を覚えていますか、ジョセフ?」

 ジョセフは思い出に胸が痛むように頷いた。

「今朝、シャーンに会ったのです。

 もちろん、シャーンは食べ物と金を惜しみなく提供してくれました、

 私が求めていたのはそれではありませんでした。

 城での仕事を求めていたんです。ここにいなければなりません。理由は言いませんでしたが。

 リーフと話をします、ジョセフ。

 リーフを一人で見つけ出して、どんなに疑念を抱いていようとも、

 影の王国へ救出軍を率いなければならないと理解させます。

 人々はそれを強く求めているのに、リーフは耳を傾けません。

 でも、きっと私の言う事は聞いてくれるはずです!」

 ジョセフは落胆してアマランツを見つめた。

 しかし、アマランツはジョセフの表情に気づいていないようだった。

 アマランツ自身の顔は明るくなっていた。

「ジョセフ、思い出しました。あなたはかつて城の司書だったのですね。

 北の方ではリーフが図書館で日々を過ごしているという話です。連れて行ってくれますか?」

 アマランツの言葉に、ジョセフは絶望した。

 何故なら、アマランツに真実を伝える事はできないからだ。

 しかし、少なくともリーフのところに連れて行けない事、

 リーフが城にいない事だけでも知ってもらわなければならなかった。

 仕方がない、とジョセフは思った。

 皆が信じている嘘をアマランツに告げるしかない。

 ジョセフは石板を取り、書き始めた。

 

 リーフはトーラにいて、すぐに戻ってくる

 国王は王妃を連れて戻ってくる

 誰にも言わないでほしい

 

 アマランツの目が大きく見開かれた。

「国王がトーラへ逃げたのですか? 知らせを聞いていませんでした。

 私の耳が聞こえていれば、こんな事にはならなかったのに!」

 アマランツの声は泣き声に変わった。

 彼女はストーブからくるりと背を向け、外気に通じるドアへとよろめきながら歩いた。

 ジョセフが絶望的に見守る中、アマランツはドアノブに手を伸ばし、震える手を放した。

「全部無駄だったのですね。希望なんてない。希望なんてない」

 アマランツは両手を顔に当て、悲しみのあまり泣き始めた。

 ジョセフは耐えられず、よろよろとアマランツの傍らに行き、

 アマランツの腕を軽く叩いてアマランツの注意を引いた。

 アマランツの激しいすすり泣きはゆっくりと静まってきた。

 彼女は深く、震える息を吸った。

 しかし、ジョセフが一言も発する前に、背後のドアが勢いよく開いた。

 毛皮の帽子を被った、粗末な服を着た巨大な人影が、

 さらにずっと小さな人影を引きずりながら部屋に飛び込んできた。

「ジョーカーはどこだ? すぐに連れて来い!」

 背の高い見知らぬ人物が怒鳴った。

 ジョセフは必死に袖を石板で拭い、チョークで書かれた文字を消した。

 彼は震え、全身汗ばんでいた。

(まさか、私の石板を見たのか? ジョーカーを呼ぼうとしているのはそのためなのか?

 私が嘘をついた事を知らせるためなのか?)

「何を呆れて見ている!」

 大柄な人物は怒鳴り、毛皮の帽子を引き剥がすと、

 渦巻く赤い模様が描かれた、剃り落とした頭が現れた。

「ジョーカーに、ブルーム村のリンダルがここにいると伝えて、すぐに会わせな!」

 その人物は大柄な女性だった。

 頭がくらくらしながら、ジョセフはリンダルの言う通りにしようと振り返った。

 しかし、同時に城の正面に通じる扉が少し開き、

 隙間からラネッシュの暗い、用心深い顔が現れた。

 新参者を見ると、小柄な見知らぬ男は哀れにも手を差し出した。

「お願いです、お助けください、親切な方! 少しの食事……エールを一口……」

「五月蠅いね!」

 リンダルは軽蔑の鼻息と共に男を突き飛ばした。

 男はキーキーと鳴き、床に倒れ込み、石の上を転がりながら哀れな呻き声を上げた。

「北の道の脇で、泣き言を言うこいつを見つけた。国王が悪い知らせをしに来たよ!」

 リンダルの言葉に、ジョセフの心臓は喉に飛び出しそうだった。

 ラネッシュの目が突然燃えるように光るのを見た。

「彼を助けようとしたんです!」

 床を転がる男は泣き叫んだ。

「私は最後まで悪魔のように戦いました。

 ですが、一人の哀れな飢えた曲芸師が、

 あれほど多くのグラナスに何ができたというのでしょうか?

 哀れなジンクスに何ができたというのでしょうか?」

 

「ここは、どこだ……?」

 ジンクスがデルでジンクスの嘘を語っている間、リーフは恐ろしい悪夢に囚われていた。

 リーフは棺桶に閉じ込められていた。

 棺桶の壁を叩こうとしたが、腕も足も動かなかった。

 目を開けようとしたが、目は塞がれていた。

 叫ぼうとしたが、声が出なかった。

 どこかでクリーが金切り声を上げていた。

 しかし、もっと近くで、別の音が聞こえてきた。

 小さな叩く音、引っ掻く音がリーフを恐怖で満たした。

 リーフは必死に目を覚まそうとした。

 自分を包み込んだ恐怖から逃れようとした。

 しかし、意識を取り戻そうともがくたびに、夢は再びリーフを引きずり込んだ。

 するとクリーが再び金切り声を上げた。

 今度は耳障りな音が大きく、リーフを目覚めさせるほどだった。

 

「はぁっ!」

 リーフは粘液まみれの目を無理矢理開けた。

 クリーが再び舞い上がり、リーフの視界から消えていくのが見えた。

 黒い翼の先端が見えた。

 そして、純粋な恐怖に襲われ、リーフは夢が現実だった事に気づいた。

 リーフは棺桶に横たわっていたのではない。

 まっすぐに立っていた。

 しかし、両足は押し付けられ、両腕は体の横に固定されていた。

 頭を動かす事もできなかった。

 鼻には泥の匂いが充満し、口の中も泥で詰まっていた。

 最初は、何が起こったのか理解できなかった。

 それから思い出した。

 

 波打つ海岸と奇妙な円錐形の岩のある島。

 巨大な目をした、前屈みになるウジ虫のような生き物。

 噴き出す黄色い霧……。

 ぼんやりとした目は、目の前にそびえ立つ高い円錐に焦点を合わせた。

 巨大なウジ虫達が円錐の上を這い回り、忙しく上下に動いていた。

 ヴァージニアは失神しかけていた。

 リーフはぼんやりと、ウジ虫が何かをしているのに気づいた。

 ウジ虫は地面から粘土を運び、管のような口から滴り落ちる液体と混ぜ、

 できた泥を円錐の側面に叩きつけていた。

 視線は円錐の先端に移り、バルダの頭と顔が、

 どろどろの乾いた泥のヘルメットに覆われそうになっているのが見えた。

 リーフの胃がむかむかした。

 ウジ虫の一匹がそこで作業していた。

 ずんぐりとした前脚で、

 粘り気のある粘土の塊をバルダの口の横の隙間に叩き込み、滑らかにならした。

 泥が驚くほどの速さで軽くなり、固まるのをしばらく待った。

 そして、再び地面へと急ぎ降りていった。

 リーフは、バルダと同じように囚われている事に気づき、パニックを抑えようとした。

 頭から爪先まで、厚い乾いた泥の覆いがリーフを包み込んでいた。

 鼻呼吸はまだでき、目も見えていた。

 しかし、それも長くは続かないだろうとリーフは分かっていた。

 耳元で何かが引っ掻くような音が聞こえ、身震いした。

 視界の端に、大きな目をした頭がこちらに向かって頷いているのが見えた。

 新しい泥が押し付けられるたびに、頬に酷い冷たさを感じた。

 バルダの口の中で活動していたウジ虫が再び円錐を登り、

 円錐の中央付近の粘土の塊に仲間の群れが加わっていくのを這っていった。

 リーフはそれがイラダチの檻だと悟った。

 塊の下から、聞き覚えのある小さな音が聞こえてきた。

 イラダチは目を覚まし、激怒していた。

 黄色い蒸気はイラダチには効かなかった。

 もしかしたら、温血動物にしか効かないのかもしれない。

 しかし、闘蜘蛛でさえ、空気なしでは長くは生きられない、とリーフは思った。

(多分、イラダチも僕達と同じように長くはないだろう)

(気持ち悪い……ですわ!)

 クリーが叫び声をあげるのをやめた事に気づいた。

(もしかして、クリーはあの虫を攻撃できないのか? 悲しくて逃げたのか? それとも……)

 リーフは身震いした。

 視界に映る円錐形の岩は、ジャスミンの体を収めるには小さすぎた。

 いくつかは割れていた。

 ヴァージニアの近くの岩は、粉々になっていた。

 ワソの近くの岩は、ボロボロだった。

 バルダの横に立っている岩は、中央にいくつもの穴が開いていた。

 隙間から銀灰色の毛が光っていた。

 リーフは、その円錐形の岩の中には、

 沖で見かけた小さなモグラの死骸を保存しているのではないかと推測した。

 モグラはきっとウジ虫達のいつもの獲物だろう、とリーフは思った。

 出会った群れは島までついて来ないだろうが、他の群れはきっとそこまで賢くないのだろう。

 若いもの、弱いもの、迷子、負傷したものは、よく岸に打ち上げられるだろう。

 泥だらけのウジ虫が、傷だらけの円錐形に這い上がってきた。

 前足を地面から離し、円錐形をしっかりと掴んだ。

 口管を粘土の隙間に突っ込んだ。

 水を飲むたびに、その体は波打った。

 リーフとヴァージニアは吐き気がした。

 これが彼らの運命なのだ。

 粘土の棺桶に閉じ込められて死に、その後、何ヶ月もウジ虫達の餌となるのだ。

 リーフは全力で腕を曲げ、足を動かし、首をひねり、

 自分を閉じ込めている壁を破ろうと何でもしようとした。

 しかし、リーフは筋肉一つ動かす事ができなかった。

 足はきつく閉じ込められ、腕は脇にしっかりと固定されていた。

 ウジ虫達は、あまりにも上手く仕事をしすぎていたのだ。

 身震いと共に、顔を覆っていたウジ虫が戻ってきたのを感じた。

 鼻のすぐ傍の頬に、真新しい泥が軽く落ちると、

 リーフは目を閉じて、その上下する頭と虚ろな視線を遮った。

 すると突然、叩く事と塗りつける事が止まった。

 まるでウジ虫の仕事を邪魔されたかのようだった。

 

「いなくなりましたの……?」

 リーフとヴァージニアは目を開けた。

 ウジ虫は視界から消えていた。

 何か異常な事が起こっているのは明らかだった。

 バルダの円錐形の上で働いていたウジ虫達は頭を回し、せわしなく身をよじっていた。

 そして、死んだ海モグラを食べていたウジ虫は、

 茶色い液体を口管から恐ろしいほど垂らしながら、急に餌から引き離していた。

 次の瞬間、バルダの円錐形の上のウジ虫達は黄色い蒸気の雲となって散り散りになっていた。

 獰猛な、背中が黄色い茶色のクモが、牙を鋭く鳴らしながら、

 ヴァージニア達の真ん中に飛び込んできた。

 リーフとヴァージニアはじっと見つめた。

「キラメキ!」

「でも、どうしてこんな事になりましたの?」

 キラメキはボートの底にある檻に閉じ込められていたのだ。

 どこか上の方で、クリーが勝ち誇ったような叫び声を上げた。

 リーフは何が起こったのかを理解し、心臓が高鳴った。

 クリーが檻の扉を開けたのだ。

 自由になったキラメキの唯一の目的は、イラダチに出会う事だった。

 巨大なクモは、どんなに巨大でも、ウジ虫に比べれば小さく見えた。

 しかし、ウジ虫達は黄色い霧以外に武器を持っておらず、

 その霧はキラメキには全く効かないようだった。

 そしてキラメキは、巨大な牙と8本の棘のある脚、

 強大な力、そして激しい勝利への意志を持っていた。

 キラメキが噛みつき、引き裂き、イラダチの檻の上の土を裂くたびに、

 ウジ虫達は地面に倒れ伏した。

 檻の格子は既に数枚剥がれ落ちており、空気を求めてイラダチ自身もそれに体当たりし、

 キラメキの怒りをさらに煽っていた。

 リーフの視界には刻一刻とウジ虫達が流れ込んできた。

 ヴァージニアは必死に目を閉じた。

 まるでコロニー全体が、

 バルダが閉じ込められている円錐形の檻を守ろうと駆けつけているようだった。

 円錐形の檻の下半分は、うごめく死体の塊で覆われていた。

 新入り達は、自分達が知る唯一の方法でイラダチを攻撃し、

 キラメキは渦巻く黄色い霧に包まれていた。

 霧が上がっていないのは幸いだ。

 そうでなければ、バルダはすぐにまた意識を失ってしまうだろう、とリーフは思った。

 そうなったら、キラメキの努力は全て無駄になってしまう。

 しかし、イラダチの檻の周りの広がる穴はバルダが牢獄から脱出する助けにはならないだろう。

 バルダの腕と脚の周りの固まった粘土はそのままだった。

 

「リーフ、何かあるよ」

 その時、リーフはワソに言われて、何かを感じた。

 自分の左手を覆っていた粘土が、何か硬くて鋭いもので強く叩かれているのだ。

 リーフはそれが何なのか推測したが、クリーのくちばしが粘土を突き破り、

 手首を刺すまで、信じる事ができなかった。

 さらに、クリーはヴァージニアとワソの拘束も解こうとしていた。

 リーフはこれほど喜びながら痛みを感じた事はなかった。

 あと二度叩くと、リーフの手を覆っていた粘土は完全に剥がれ落ちた。

 リーフは激しく穴の縁を掻きむしり、穴を大きくした。

 そして、クリーがもう一方の手を削り始めると、リーフはさらに大きな振動を感じた。

 足の辺りを引っ掻くような、引っ掻くような音がした。

 

「リーフ!」

「無事だった?」

 リーフは狂喜乱舞し、囁く声の主が誰なのか分かった。

 ジャスミンがリーフの右脇にうずくまっていた。

 ヴァージニアとワソの拘束も解けていた。

 ジャスミンの姿は見えなかったが、

 ジャスミンの短剣がリーフを閉じ込めていた硬い殻を削り取るのを感じた。

「どうやら無事だったみたいだね」

 ウジ虫達がバルダの円錐形を守るためにジャスミンから離れると、

 クリーはジャスミンを解放しようと駆けつけたに違いない。

「私の短剣がブーツに当たったのを感じたら、すぐに蹴り始めなさい。

 もう時間がないかもしれないわ」

 リーフは顎の近くに動きを感じ、目を細めて下を見ると、小さな灰色の影が見えた。

 泥だらけの毛皮の中で、フィリがリーフの首を包む粘土を激しく噛み、引っ掻いていた。

 リーフはジャスミンの短剣の先が足に当たるのを感じ、そこに向かって蹴り始めた。

 粘土が崩れていくのを感じた。

 ジャスミンが反対側で動き始めたのを感じた。

 クリーの鋭い嘴が突き破り、右手と手首から粘土が砕けるのを感じた。

 左腕は肘まで自由になっていて、曲げる事もできた。

 フィリのおかげで、頭を再び左右に動かす事ができた。

 リーフは必死にもがき、バルダの円錐の根元で蠢くウジ虫の群れに視線を釘付けにした。

 ヴァージニアは必至で目を逸らしていた。

 キラメキとの格闘に夢中になっていたウジ虫達は、

 背後で何が起こっているのかまだ気づいていなかった。

 しかし、今にも一匹が振り返って警報を鳴らすだろう。

 そうなれば、全てが失われてしまう。

 リーフは目を閉じ、深呼吸をして、全身の力を振り絞った。

 粘土が卵に見え、自分を包み込んでいるのを想像した。

 そして、全身の筋肉を振り絞り、殻が割れるようにと、外側へ押し出した。

 

 長い間、緊張が続いた。そして突然、粘土の殻が粉々に砕け、大きな塊となって地面に落ちた。

 バルダの円錐の根元にいたウジ虫達が振り返り、巨大な虚ろな目で見つめた。

 一瞬、完全に動かなかったが、すぐに立ち上がり、体をくねらせ、頭を上下に揺らした。

 リーフに向かって急いで這い寄ってきたものもいた。

「うわっ!」

 リーフはよろめき、バランスを崩した。

 左足はまだ動けない。

 リーフは激しく蹴り、剣を手探りで探った。

「お、お願いですわ! 早く顔を隠しなさい!」

 ヴァージニアの必死の叫び声が聞こえた。

 リーフは剣を手に辺りを見回した。

 口と鼻をスカーフで覆ったジャスミンが、瓦礫の中からフィリをすくい上げていた。

 粘土の粉塵にまみれ、必死に喋り続けるフィリは、

 ジャスミンの肩に飛び上がり、襟の下に潜り込んだ。

 その時、ジャスミンは振り返る事なく走り去り、バルダに向かって突進した。

 三匹のウジ虫が立ち上がり、ジャスミンの行く手を阻んだ。

 ジャスミンは燻ぶった顔を覆いながら、身をかわした。

 ウジ虫達はジャスミンの後ろに黄色い霧を噴射したが、追いかけようとはしなかった。

 リーフに近づいていたウジ虫達も止まった。

 ヴァージニアとワソの周りにいたウジ虫達も去っていった。

 四人は、残された最高の獲物であるバルダを守るために全力を尽くす事を決めたようだった。

 

 リーフは空いている手でマントの裾を掴み、引き上げた。

 埃まみれの布が鼻を覆うように顔に巻き付けた。

 リーフは残りの粘土を蹴り飛ばし、よろめきながら前に進んだ。

 キラメキは周囲のパニックになど気に留めず、

 イラダチの檻を完全に覆い尽くし、二匹の蜘蛛は格子をすり抜けようと格闘していた。

 檻は激しく揺れ、刻々と粘土を削り取っていた。

 リーフはバルダのジャケット、ベルトのバックル、

 そして剣の柄さえもはっきりと見る事ができた。

 ウジ虫達は裂け目を繕おうとするのをやめた。

 今、彼らはバルダの顔に集中していた。

 バルダが早く死ねば、早く自分達も安らかに暮らせる事を、

 彼らは間違いなく理解していたのだろう。

 

「バルダ……!」

 ワソはバルダを心配するが、バルダはリーフをまっすぐに見つめていた。

 リーフにはその目が何を言っているか分かっていた。

(俺に構わず、船に乗って逃げろ)

(そんな事はできない!)

 リーフは激しく首を振り、さらに一歩踏み出した。

 ウジ虫がリーフに向かって立ち上がった。

 リーフは飛び退き、水しぶきを避けるために、マントを顔に強く押し付けた。

 短剣を手に、ジャスミンはバルダの円錐形の周囲を用心深く回り、

 それを守る暴れ回るウジ虫達から十分な距離を置いていた。

 ワソはヴァージニアの後ろに立ちながら、刀と銃で攻撃する。

 リーフはジャスミンの傍に駆け寄った。

「クリーと私はバルダに近づけないわ、リーフ」

「奴らは、僕達が攻撃しようとすると、水を噴き出すんだ」

「そうだ。私に任せて。この銃なら、遠くから粘土を砕けるかもしれない」

「いや、銃だけでは駄目だ。どうすればいいんだ……」

 リーフは船の中身を頭の中で思い返した。

 船には使えるものは何もなかった。

 食料、水、寝袋、梱包用のバケツ、ロープ……。

(バケツ? ロープ?)

 妻のように、ある考えがリーフに閃いた。

「そうだ! 粘土を砕く別の方法がある。一緒に来て」

 リーフはジャスミンの腕を掴みながら言った。

 ボートに向かって走りながら、リーフはジャスミンとワソに計画を話した。

 三人はロープの束と梱包用のバケツを掴み、バケツに水を満たし、

 バルダが立っていた場所まで急いで戻り、円錐形の土台に水をかけた。

 ヴァージニアはじっと、ワソの後ろに立っていた。

 そこにいたウジ虫達は後ろ足で立ち上がり、シューシューと音を立てたが、退却はしなかった。

 キラメキとイラダチは、硬くとげだらけの体が濡れて光り輝きながら、

 何もなかったかのように戦い続けた。

 水は固まった粘土から流れ落ち、その下の柔らかい土に素早く沈んでいった。

「早く!」

 リーフはロープの片端をジャスミンに渡し、もう片端は自分の手で握っていた。

 二人は腕を高く掲げ、円錐形の岩の周りを一周、二周と、

 まるで子供がゲームで遊ぶように素早く反対方向へ走り出した。

 ロープの輪がイラダチの檻のすぐ上の円錐形に巻きついた。

 戸惑ったウジ虫達は輪に向かってシューシューと音を立て、粘土で覆おうと上下に走り始めた。

 ジャスミンとリーフは円錐形の岩の後ろの岸辺に集まった。

 ヴァージニアはワソの後ろに立った。

「さあ!」

 リーフは息を切らした。

 そして、自分の方のロープの端を力一杯引っ張った。

 ジャスミンもまた、力一杯に力を振り絞り、呻き声を上げているのが聞こえた。

 耳の中で血がドクドクと音を立てる音が聞こえた。

 頭上でクリーの叫び声が聞こえた。

 そしてついに、待ち望んでいた音が聞こえた。

 円錐の下の湿った土が掴んでいた力が抜け、

 水が吸い込まれるような、グジュグジュという音だ。

 円錐はゆっくりとリーフの方へ傾き始めた。

 

「助かった!」

 リーフは勝ち誇ったように叫び、ジャスミンの声がリーフの声に重なり、

 二人は一緒に後方へ耕し始めた。

 ロープが円錐と二人の痛む手の間に張り詰めていた。

 そして、全く突然、円錐が倒れ始めた。

 ウジ虫達は混乱とパニックに陥り、散り散りになった。

 リーフ、ジャスミン、ヴァージニア、ワソは、

 円錐が地面に激しく落ちる中、よろめきながら後ずさりし、倒れ、転げ落ちた。

「わっと!」

 リーフは慌てて立ち上がった。

 バルダの牢獄の廃墟と、圧し潰されて死にゆくウジ虫達の死骸の上に、

 低い雲のような塵が漂っていた。

「うぅ……」

 バルダ自身も瓦礫の中でうめき声を上げていた。

 生き残ったウジ虫達は、後ろ足で立ち上がり、

 必死に体をよじりながら、隠れていた場所から現れ、バルダに向かって急ぎ始めた。

 目の下の管からは既に黄色い蒸気が噴き出していた。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンはバルダのもとへ駆け寄り、引きずり起こした。

 茫然と混乱したバルダは、四人の間をよろめきながら船へと向かった。

 リーフは驚いた事に、

 キラメキがまだバルダのベルトに取り付けられた檻にしがみついているのを見た。

 埃まみれになり、バルダ自身と同じくらい茫然としたその蜘蛛は、

 イラダチとの戦いをやめ、まるで木の束のように檻の柵にうずくまっていた。

「急いで!」

 ジャスミンは後ろを振り返りながら促した。

 リーフとヴァージニアも肩越しに振り返ると、ウジ虫達は視界から消えていた。

 しかし、瓦礫の周囲には穴がいくつも掘ってあった。

 怪物達はヴァージニア達に向かってトンネルを掘っていた。

 ヴァージニア達は船に到着し、リーフとジャスミンは船を水面まで引き寄せた。

 周囲の湿った泥は泡立ち始め、地虫が水面に浮かび上がってきた。

「入って!」

 ジャスミンは叫び、ワソと共にバルダを必死に押した。

 バルダはボートに転がり込み、ヴァージニア達が泥水に飛び込み船を引っ張っていく間、

 ぶつぶつと唸り声を上げながら横たわっていた。

 数秒後、砂の中から青白い頭が顔を出し始めた。

 しかしリーフ、ジャスミン、ヴァージニア、ワソは既にボートに乗り込み船を手に取っていた。

 ヴァージニア達は猛烈な勢いで漕ぎ出し、どんどん深い水の中へと進んでいった。

 

 島を取り囲む鮮やかな海藻の帯を越えた時、ようやくヴァージニア達は振り返った。

 ヴァージニア達が後に残してきた岸辺はウジ虫で蠢き、濃い黄色の霞に覆われていた。

 そして背景には、ぼんやりとした空を背景に、

 ゴツゴツとねじれた円錐形の岩が青白く浮かんでいた。




次回はデル城で事件勃発……? なお話です。
早くTwitterの運営は、“善良な”ユーザーが勝ち取るべきですね。
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