ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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うっかりミスで投稿を忘れていました。
でもTwitterのアカウントは凍結されたままで異議申し立てをしてもけんもほろろな返信ばかり。
早く制裁を受けるべきですね、あのク×運営は。


第13話 デル城で起こった危機

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンがペンに続いて筏の狭い通路を進む間、

 ジンクスは城の二階の廊下をつま先立ちで駆け抜けた。

 引き出しの奥で見つけた長くて丈夫なヘアピンのおかげで、自分の寝室から脱出できた。

 

(よし、作戦を実行するぞ)

 時間はたっぷりある事をジンクスは知っていた。

 シャーンがまた二階に上がってきたとしても、二階で立ち止まる事はないだろう。

 まっすぐ書斎へ行き、あのトーラの小悪魔マリリンの望みを聞きに行くだろう。

 マリリンがリーフの将来の妻である事に、ジンクスは疑いの余地がなかった。

 あの老いぼれが台所で掲げていた石板に書かれたメッセージを見た時は、

 どれほど興奮した事だろう。

 そして今、ジンクスは自分の目でその少女の姿を見た。

 マリリンも生意気な小娘だ、とジンクスは憤慨して思った。

(よくも俺を嘘つき呼ばわりできるものだ。

 実際、俺は嘘をついているが、マリリンには正直に真実を話しているとしか思えない)

 ジンクスは廊下の最後の扉に辿り着き、ヘアピンで鍵を開け始めた。

(リーフはもう死んでいるだろう。いずれにせよ、城での楽しい人生は終わった。

 とても不公平だが、仕方がない)

 ジンクスは目を閉じ、鍵を揺すりながら、馴染みのある事柄を思い巡らせた。

「そうだ、ジンクス。事実を直視しなければならない。

 リーフが生きていれば、リーフは戻ってきて、お前がジンクスを見捨てたと皆に告げるだろう。

 そうすれば、お前は終わりだ。

 そしてリーフが死んでいれば、影の大王がやって来て、城自体が終わりだ」

 ジンクスは満足し、鍵がカチッと静かに開く音を聞いた。

 彼は部屋に入り、後ろのドアを慎重に閉めた。

 片隅のフックに掛かっている青いマントが、この部屋がシャーンの部屋である事を示していた。

「よし!」

 ジンクスは素早く棚や引き出しの中を探り始めた。

(部屋を全部探して、欲しいものを持って行こう。

 紛失物が発覚する頃には、俺は盗んだ馬に乗って西へ向かっているだろう。

 鞍袋には貴重品を詰め込んで。

 そして西へ向かえば、友人を選り好みしない金持ちの曲芸師が、

 苦労して得た隠遁生活を満喫できる、安全で素敵な隠れ家が見つかるだろう)

 最後の引き出しを閉めると、ジンクスは苛立ちながら、

 探し出したものが数枚の硬貨とトパーズのブローチ、

 そしてリーフの父エンドン国王の若き日の小さな肖像画が入ったロケットが

 ぶら下がっている金の鎖だけである事に気づいた。

 ジンクスは嫌悪感を露わに鼻で笑った。

(国王の母はまだ鍛冶屋の妻のような恰好をしている。

 俺が見つける事を期待していた宝石や金の指輪、真珠の紐はどこへ行ったんだ?)

 首を振り、ジンクスは急いで部屋を出て隣の部屋へ向かった。

(心配するな、ジンクス、坊や)

 ジンクスは自分に言い聞かせ、手元にあるヘアピンを鍵穴に差し込んだ。

 マリリンという少女の部屋は、きっとこのどこかにあるはずだ。

 噂では、リーフは妻に王室の最高級の宝石を選んだらしい。

 しかし、ジンクスがマリリンに会った時、マリリンは高価なものを身に着けていなかった。

 だから、宝石はマリリンの部屋に隠されているに違いない。

(どんなに素晴らしい宝物になるだろう!)

 指の圧力で鍵がカチッと音を立て、ジンクスは二番目の部屋に入った。

 そこは最初の部屋とほとんど同じように簡素だった。

 しかし、暖炉の傍の低いテーブルの上には、シチューの入ったボウル、サラダ、パン、

 そして何よりも素晴らしい事に、

 銀色の紙箱に入った小さな黄金色のケーキが載った盆が置いてあった。

 ジンクスは急いでテーブルに向かい、ケーキに手を伸ばし、それから身を引いた。

 盆の横には折りたたまれた紙が置いてあった。

 蝋封が一部破れているだけなので、明らかにまだ読まれていないようだった。

 好奇心に鋭い目で、ジンクスはそれを開いた。

 

 最愛のマリリンへ

 トーラにいる私達は、もうあなたの思いを共有する事はできません。

 私達を隔てる距離はあまりにも遠いのです。

 でも、あなたの最後の手紙を読んで不安になりました。

 あなたの気持ちやリーフの事など、何も書かれていなかったからです。

 何かあなたを悩ませているものがあるのではないかと心配しています。

 言葉にできない、あるいは言葉にできない勇気があるのでしょう。

 全てが順調である事を祈っています。

 ゼアンと私は、近日中にデルへ出発する予定です。

 きっと喜んでくれるでしょう、愛しいマリリン。

 そして、知る必要のある全ての人に伝えてくれるでしょう。

 あなたの愛しい父

 

 ジンクスは喜びに笑った。

 盆を見て、すぐに気づくべきだった。

 あの甘やかされた娘は、シャーンを探しに飛び出してしまい、食事には手をつけなかったのだ。

 ジンクスはケーキを掴み、美味しそうに平らげた。

「さあ、宝石を探しに行こう!」

 ジンクスは辺りを見回し、この瞬間を楽しんだ。

 その時、衝撃と信じられない思いで、ジンクスは腹部に突き刺すような激痛を感じた。

 激しい痛みが、何度も何度も襲ってきた。

 息を切らしジンクスは体を折り曲げ、痛みが何度も何度も襲ってくるのを腹を抱えて見つめた。

 声を出そうとしたが、かすれた囁き声しか出なかった。

「これは、毒だ……!」

 苦痛がジンクスを襲った。

 ジンクスは床に倒れ込み、指先で薄い絨毯を引っ掻き、踵でテーブルを蹴った。

 テーブルが傾き、盆は端から滑り落ちた。

 地面に落ちた時には、ジンクスは死んでいた。

 

「……?」

 ペンの後を追おうとしたヴァージニアは突然、立ち止まった。

 デル城で何か、危機が起こっているかもしれないと感じたからだ。

「どうしたの、ジニー?」

「何でもありませんわ。さあ、行きましょう」

「そうだね」

 ヴァージニアとリーフはペンの後を追って、

 筏の密集した住居の間を走る迷路のような狭い通路を進んでいた。

 しかし、ジャスミンとバルダと共に歴史記録係の小屋に入った瞬間、

 その思いは彼の心から消え去った。

 小屋は小さかったが、隅で燃えるストーブと壁に固定された貝殻ランプから漂う

 強い魚油の匂いにもかかわらず、居心地が良かった。

 低い天井にフックで固定された灰色の皮のつぎはぎの絨毯が掛けられたハンモックが、

 吊り下げられていた。

 他に家具は何もなく、床には柔らかな海の色で織られた美しいマットが敷かれていた。

 滑らかで淡い色の壁のうち三面には、巻かれた羊皮紙や衣類、

 その他の持ち物がきちんと並べられた吊り下げ籠が置かれていた。

 ドアの壁は、ペンがリーフにマントを掛けるように誘ったフックと、カーテンのかかった窓、

 そして奇妙で大胆な模様が織り込まれた小さな壁掛けがある以外は何もなかった。

 壁掛けの下には、水が入った大きな青いボウルがあった。

 ボウルの中には、銀色の藻の葉の間で、二体の小さな直立した海の生き物が揺れていた。

 それらはタツノオトシゴによく似た形をしていたが、虹のあらゆる色で輝いていた。

「私の仲間、トレスクとメスクです」

 ペンはボウルに身を乗り出し、言った。

 小さな生き物達がペンの手に鼻をすり寄せ、

 元気に泡を吹いているのを見て、ペンが優しく声をかけ、微笑む様子から、

 彼らがペンにとってとても大切な存在である事がはっきりと分かった。

 フィリがジャスミンの首輪の下からこっそりと抜け出し、

 ボウルの縁まで駆け下りて様子を伺うと、ペンは不安そうに見えた。

「大丈夫よ、フィリはあなた達を傷つけないわ」

 ジャスミンはペンを安心させた。

 しかし、フィリが無事にジャスミンの肩に戻り、

 ジャスミンのポケットからドライベリーをかじり始めるまで、ペンは安心できなかった。

 その後、ペンは客人を歓迎する事に忙しくした。

 これ以上ないほど親切で、そして愛想もよかった。

 ペンはハンモックを下ろして片付け、スペースを広くした。

 それから、クリーの傷ついた翼の手当てに必要なものを全てジャスミンに渡した。

 ペンはヴァージニア達の現在の旅について質問し続け、彼らの答えに注意深く耳を傾けていた。

 クリーが心地よく休んでいると、ついにペンはヴァージニア達に、

 濃厚で油っぽいスープが入った大きなカタツムリの殻を持ってきた。

「いただきます。……これ、エスカルゴですの?」

「エスカルゴ? 聞いた事がありませんけど……もしかしたら、お口には合わないでしょうか?」

 ヴァージニア達がスープを飲むのを見ながら、ペンは心配そうに尋ねた。

「いえ、とても美味しいです」

 リーフは鼻に皺を寄せないようにしながら、そう言って安心させた。

 舌の上に何か硬いものを感じ、それを取り除いた。

 それは縮んだ爪だった。

 リーフは嫌悪感を抱きながらそれを見つめ、一体どんな恐ろしい生き物から来たのかと考えた。

 ペンは真剣な表情をした。

「筏の上では、常に真実を語るのが良いでしょう。

 歴史の番人として、ドランが先祖に教えたものを多く読んできたので、

 私はあなた達の人々のやり方をよく知っています。

 しかし、この点では私はほとんどの人とは違います。

 たとえ礼儀正しさが、この世では良い事とされていると信じていますが、

 ここでは嘘をつく言い訳にはなりません」

 ペンは、リーフが小屋に入って以来ずっと魅了されてきた壁掛けを指差した。

 

「真実……?」

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは太字の記号を見つめ、

 ついにそこに隠された言葉を見つけた。

「そう、真実」

 リーフは呟き、ペンは頷いた。

「美は私達にとって大切なものです。笛吹きオーロンの信者に相応しく。

 しかし、真実が宿らなければ、真の美しさはあり得ないと私達は信じています。

 嘘と偽りは、かつて私達の民を翻弄しました。

 今、私達の子供達は幼い頃から、真実こそが何よりも重要であり、

 嘘は最大の罪であると教えられています」

 それで、教えてください。いただいた食事、本当に楽しんでいますか?」

「正直に言うと、親切には感謝するが、気持ち悪い!」

 バルダは殻を下ろしながら唸った。

「私もよ」

「今まで飲んだ中で、本当に一番まずい飲み物だ」

「カタツムリってあんなに美味しかったんですのね。ちゃんと感謝して食べましてよ」

 リーフ達が酷評する中、ヴァージニアだけは素直に評価した。

「美味しいって言ってくれたのはあなたが初めてです」

 ペンはくすくす笑った。

 ヴァージニアはかなりの味音痴なのをペンは知らないだけなのだが。

 ペンは素早く自分の殻を空にし、残りを美味しそうに噛み砕いた。

「さて」

 ペンは明らかに気が進まない様子で殻を脇に置きながら言った。

「何故私達があなたを助ける事ができないのか、説明するのが私の仕事です」

「笛吹きと話はできないのか?」

 ペンは肘まで複雑な刺青で覆われた腕を上げた。

「議論に無駄口を利かないでください。笛吹きはあなたがここにいる理由を知っています。

 あなたの船の曳航には必要のない衛兵があなたよりずっと前に上陸して、彼に知らせたのです」

 ペンはリーフの表情を見て溜息をついた。

「笛吹きは、もしできる事なら、お前が望むものは何でも与えてやる、

 とあなたに伝えたがっています。ドランは遥か昔、筏の上で多くの時間を過ごしました。

 ドランは私達の祖先に多くの贈り物をくれました。その中には火の贈り物も含まれています。

 火がなければ、私達の今の暮らしは言葉に尽くせないほど悲惨なものになっていたでしょう」

「それで?」

「もし私達のピラの笛の持ち分が私達の手の中にあったらこんな暮らしをしていたと思いますか?

 私達が人生の半分を海を漂流し、

 筏を修理する材料を探す事を選んでいるとでも思っているのですか?

 魂が光を求めているのに、闇の中で生きる事を選んでいるとでも思っているのですか?」

 リーフは信じられない気持ちと深い失望感のせめぎ合いに苦しんでいた。

 笛のもう片方の端が近づいている事は分かっていた。

 しかし同時に真実を何よりも重んじるペンの民が嘘をついているはずがない事も分かっていた。

「では、笛の茎は失われたのか?」

 リーフは落ち着いた声で尋ねた。

「私達の手から失われました。オーロン島にあります。

 そして、それも私達の手から失われたのです」

「失われた?」

 ジャスミンは苛立ちながら首を横に振った。

「どれほど失われたの? 海に沈んだの?」

「あなたが育てた怪物が襲ったんですの?」

「何ですって!」

 ペンは叫んだ。

 青白い瞳を輝かせ、硬直した表情をすっかり忘れて、ペンは飛び上がった。

「誰がそんな嘘をついたんですか?」

 ペンは怒りに満ちた目でジャスミンとヴァージニアを見下ろしながら、雷のように叫んだ。

 するとジャスミンとヴァージニアの顔色が変わった。

 目が細まり、大きく見開かれた口が固くなった。

「ああ、そうね」

「あの忌々しいプリューム族は、たとえ命がかかっても真実を語れない。

 ドランの子孫に私達の名を汚すためなら、どんな事でもする!」

「プリューム族が嘘をついていたとしても、知らなかったわ。

 彼らは本当に信じている事だけを話してくれたのよ」

 ジャスミンは怯む事なく言い放った。

 ペンはしばらくジャスミンを睨みつけた。

 それから、ゆっくりと怒りが収まったようで、顔が和らいだ。

「怒ってごめんなさい」

 ジャスミンはそう言うと窓辺へ歩み寄り、カーテンを引き開けて薄暗い外を見つめた。

「あなたを責めたのは間違っていました。プリューム族は巧妙な詐欺師です」

 ジャスミンはさらに反論しようとしたが、リーフはジャスミンが反論する前に早口で言った。

 希望が再びリーフはの心に燃え上がった。

 ピラの笛の一部がオーロン島にあるなら、

 どんな危険が待ち受けていようとも、必ず手に入れられるはずだ。

「ペン、お願いだ、何故オーロン島は失われたと言うのか、教えてくれ」

 奇妙で高く、こだまする声が窓から流れ込み、部屋を満たし、刻一刻と大きくなっていった。

 ペンの顔は疲労と、それ以上の何かで曇っていた。

 もしかしたら、絶望かもしれない。

「笛吹きが夜明けを歌っています。眠りの時間は終わりました。

 今夜は、誰もまともに眠れなかったですが」

「すみません」

 リーフは言いかけたが、ペンはリーフの謝罪を振り払い、

 奥の壁に吊るされたバスケットへと歩み寄った。

 ペンは小さくてぼろぼろになった羊皮紙を二枚選び、それからドアへと向かった。

「さあ。これであなたの船は無事に筏から出られます」

「私達はまだ出ないわ! クリーはまだ弱っているのよ! 見捨てたくない!」

 ジャスミンはクリーを守るように一瞥しながら叫んだ。

「鳥はそのままでいいです」

 ペンはジャスミンの真剣な顔を見て、真剣な表情を少し和らげた。

「クリーの状態ならトレスクとメスクに迷惑をかける事はないでしょうし、

 笛吹きが夜を告げる前には戻って来られるでしょう。

 泳いだ方が早いでしょうが、あなたには無理でしょう。オーロン島へ連れて行きます」

「ジャスミン……」

 リーフの心臓は興奮で高鳴った。

 彼は勝利に輝いた表情のバルダを一瞥した。

 ヴァージニアは少し落ち込んでいる。

 ペンの鋭い目は、三人を見つめるうちに曇っていくようだった。

「この旅は楽しみじゃない。避けようと思っていました。

 でも、島を自分の目で見なければ。そうすれば真実が分かります」

 

 ペンは黙ってヴァージニア達を通路へと導いた。

 ヴァージニア達が通り過ぎるたびにカーテンがぴくぴくと開き、

 好奇心、恐怖、あるいは憤りに満ちた顔が覗き込んだ。

 リーフの首筋が熱くなった。

「僕達は嫌われるだろう」

「そうですね。あなた達はプリュームの船で私達の海域に侵入し、

 ピラの笛の一部を奪って私達を嘲笑いました。

 恐ろしい怪物を連れてきました。オーロン島を居住不可能にしたと私達を非難しました。

 それに、穴はとても大きくて醜く、不快な臭いを放っています」

「魅力的な資質がいくつもあるな。ペン、俺達を家に招き入れる事に耐えられるか?」

「言った通り、あなた達の事を読んでいました。

 だからこそ、笛吹きは私をこの任務に選んだのです」

 ヴァージニア達は場の端に着いた。

 彼らの船はまだ静かに揺れており、他の数隻の船に繋留していた。

 ペンの合図で、無表情の警備員達は道を譲り、ヴァージニア達を通した。

 水面には警備員達が乗っていたのと同じような、巨大で獰猛そうなウナギがうようよしていた。

 ウナギ達は水面のすぐ下を、ゆったりとくねくねと泳いでいた。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは、

 彼らを見ないようにしながら、滑らないように細心の注意を払いながらボートに乗り込んだ。

 ペンは全く動じる事なく、その後を追った。

 その時、ペンはイラダチとキラメキの姿を見つけた。

 二匹はボートの底に置かれた檻の中でまだ眠っていた。

「あなたのボートを借りようと言った時、彼らの事を忘れていました。檻は頑丈ですか?」

「とても頑丈だよ」

 リーフは櫂を手に取り、ペンを安心させた。

 ペンは身震いして船を解き、頭を回しながらウナギ達を見つめた。

 明らかに、ペンはウナギ達を眺めていると心が安らぐようだった。

 ペンは西を指差した。

「あっちへまっすぐ進んでください。そして、ゆっくり漕いでください。

 あなたの言葉を信じていますが、どうかウナギ達が目を覚まさないでいてください」

 船は場から離れていく。

 前方には薄暗い外洋、そしてオーロン島が広がっていた。

 

 遠く離れたデルでは、太陽がゆっくりと地平線へと沈んでいく。

 シャーンは玄関ホールに予定よりずっと長くいた。

 大勢の人々がシャーンと話をしようと待っていた。

 その一人、バルダの副官でレジスタンスのモブレーが何かを伝えていた。

 玄関ホールの手伝いの一人の兄弟であるピーターは、

 服の下に隠していた箱から二匹の平原サソリが逃げ出し、無残な死を遂げた。

「国王の寝室にサソリを仕込んだのはピーターだと思います。

 昔、彼は屋根の修理工でした。王の窓に登って格子を切る事も容易だったでしょう。

 それからサソリの箱の中にこれを見つけました。マリアは兄弟の書いたものだと言っています」

 モブレーは「王は死んだと繰り返された」と書かれた紙切れを見せた。

「でも、マリアの兄弟がどうしてこんな思いをするのですか?」

 シャーンは驚きと悲しみで叫んだ。

 モブレーは肩を竦めた。

「誰にも分からないでしょう?

 他の多くの人々と同じように、彼とマリアは影の大王が街を占領した夜に亡くなりました。

 数週間前、ピーターが城に迷い込んだ時に、偶然再会したのです。

 彼は棒のように痩せ細り、記憶を失い、頭痛に悩まされていました。

 酷い頭痛で、安らぎを得る事は決してありませんでした」

 モブレーは少し間を置いた。

「ピーターの行いは酷いものでした、奥様。

 しかし、彼がそこに横たわっているのを見た時、

 もし状況が違っていたら、私も彼と同じ道を辿っていたかもしれないと思いました。

 私も、あの騒乱で家族を失いました。

 レジスタンスに参加していたからこそ、正気を保てたんだと思います」

 シャーンはようやく二階に駆け上がり、図書館へ直行した。

 そこでシャーンはマリリンがテーブルの一つに座っているのを見つけた。

 ジョセフは慌てふためき、苦悩した様子で近くの本を調べており、

 ラネッシュは静かにジョセフを手伝っていた。

 マリリンはシャーンを見つけると、すぐに立ち上がった。

 顔は真っ青だった。

「寝室で話しましょう」

 マリリンは堅苦しく言った。

 二人は緊張した沈黙の中、大階段を下りていった。

 二階に着き、階段を塞いでいた警備員が二人を通すために脇に寄ると、

 マリリンは唾を飲み込み、必死に落ち着こうとした。

「シャーン、もし私の様子がおかしく見えたらごめんなさい。

 あなたを待っている間、慰めに図書館へ行ったの。でも、二人きりで話さなければならないの」

 ジョセフとラネッシュ、特にラネッシュは私の言う事を聞いちゃいけない。

 それに、ここで大声で話すのは危険だと思うの」

 マリリンは自分の部屋に通じる廊下へと急いだ。

 シャーンは酷く困惑しながら後を追った。

(どうしてマリリンは廊下が安全ではないと思ったのでしょう?)

 この階は盗聴器がないか徹底的に捜索されていたのだ。

 しかし、さらに奇妙だったのは、

 マリリンがジョセフとラネッシュに聞かれるかもしれない場所では

 絶対に話さないと決めつけていた事だ。

 シャーンは、マリリンはリーフの死の知らせについてだけ話し合いたいのだろうと思っていた。

 しかし、ジョセフとラネッシュは既にその事を知っていた。

(他に何を話せるというのかしら?

 どうして、特にラネッシュには知らせてはいけないと言うのかしら?)

 

 マリリンは自分の部屋のドアに辿り着き、鍵を取り出した。

 しかし、鍵を差し込むと、マリリンは後ずさりした。

「もう鍵がかかっていないわ」

 シャーンが止める前に、マリリンはノブを捻り、ドアを大きく開けた。

 一瞬、恐怖に満ちた沈黙が訪れた。

 それからマリリンは鋭い一言を発した。

 マリリンは泣き叫び、顔を両手で覆った。

 シャーンはただショックを受けて黙り込んでいた。

 ジンクスは割れた陶器と腐った食べ物の残骸の中に、大の字になって横たわっていた。

 彼の目は何も見えず天井を見つめ、口は苦痛に歪んでいた。

 ズボンのポケットからは、ロケットがぶら下がった立派な金の鎖の一部がこぼれ落ちていた。

 シャーンはそれを見下ろした。

「私のロケットです」

 シャーンはゆっくりと言い、自分が見ているものを理解しようとした。

 それから気を取り直してマリリンの横を通り過ぎ、

 ジンクスの傍に跪き、ジンクスの脈を確かめた。

 しばらくしてシャーンは立ち上がった。

「……ジンクスは亡くなっています。もしかして、刃物で刺されたのでしょうか?」

「違うわ。死因は毒殺よ」

 マリリンはかがみ込み、床に落ちていたくしゃくしゃになった銀色の紙箱を拾い上げた。

 そして、顔面蒼白になりながら、シャーンに差し出した。

 シャーンは唖然としてマリリンを見つめた。

「トレイの蓋を開けた瞬間、この食べ物を食べてはいけないと分かったの」

「でも? でも?」

 シャーンは震える手で額を撫でた。

 たくさんの疑問が頭をよぎった。

 シャーンは何とか一つを口にした。

「マリリン、どうして分かったんですか?」

「……」

 マリリンは身を縮め、まるで攻撃から身を守るかのように両腕を体に巻き付けた。

 そして、ようやく答える力を得たようだった。

 マリリンは両腕を広げ、顎を上げた。

「私はトーラの娘です」

「同じく」

 シャーンはマリリンをじっと見つめながら言った。

「少なくとも、私の先祖はトーラ族だといつも言われていました。

 でも、トーラ族の魔法で毒を感知できますか?」

「食事に毒が入っている事はすぐに分かったけど、食べなかったわ」

 マリリンは静かに答えた。

 彼女は床に倒れた硬直した体を指差した。

「ジンクスという男が盗みに来たの。何度も盗みを働いて、それが命取りになったの。

 でも、私が狙われたのよ」

 シャーンは、感じていない平静さを無理矢理顔に見せた。

 彼女の心は激しく駆け巡っていた。

「マリリン、ここを出て行きたいの? トーラのところに戻りたいの?」

 シャーンは緊張して答えを待った。

 しかし、マリリンは首を横に振った。

「いいえ、それは敵に屈する事になるわ。

 私を殺そうとした者は、私が誰なのか正確には知らないかもしれないけれど、

 少なくともデルトラの東西に問題を起こしたいのよ。

 まさか、影の大王のしもべじゃないでしょうね?」

「その通りです」

 シャーンは少女の勇気に感銘を受け、心を動かされながら呟いた。

「つまり、この中にスパイがいるのよ。どういうわけか、私がここにいる事を知ったスパイ。

 ジンクスだと思ったけど、どうやら違うみたいね」

 シャーンは息を呑んだ。

 数日のうちに強い女性へと変貌を遂げたこの少女を前に、シャーンは少しばかり臆病になった。

「疑っているの? ラネッシュ?」

 彼女は静かに尋ねた。

 マリリンは髪の根元まで赤くなった。

 まるで一瞬にして、少女に戻ったかのようだった。

「まさか!」

「どうしてそんな事を言えるの? ラネッシュは絶対に私を傷つけようとしないわ。

 それどころか、もし私の命が脅かされていると知ったら、きっと……何か愚かな事をする。

 だから、ラネッシュには知られてはいけないのよ」

 マリリンは腰のネクタイを直すふりをしながら、素早く背を向けた。

(これで事態はさらに複雑になった。リーフ、どこにいるのですか?)

 とてつもない疲労感がシャーンを襲った。




ついにジンクスが毒殺されてしまいました。
しかし、本当に狙われていたのは彼ではなく、マリリンだったようで……?
事件は次の次の回に明らかになるでしょう。
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