ジンクスを毒殺した犯人は誰なのか? そんなミステリー。
一方、デルでは、シャーンとマリリンがベッドに横たわる小さな遺体を見下ろしていた。
ジンクスの遺体を自分の部屋まで運ぶのは大変な作業だったが、
二人は必要だと意見が一致していた。
「彼が自白したほど重症ではなかった事は、私達だけが知っています」
シャーンは恐ろしい顔をシーツで覆いながら言った。
「みんな、彼が怪我で死んだと思うでしょう」
「毒殺犯は真実を言い当てるかもしれないわ」
マリリンは真剣な顔で言った。
「さて、その人物が誰なのか考えてみましょう。
私がここにいる事、そして何らかの形で私が誰なのかを知っている人物。
そして、私の料理に毒を盛る機会を得た人物。もしかして、料理人のアマランツかしら?」
「アマランツはあなたの存在を知りません!」
シャーンが口を挟んだ。
「アマランツは、あなたのお盆は、
階段を上れなくなった年老いた城の使用人のためのものだと思っています。
いずれにせよ、私はアマランツを命懸けで信頼するつもりです。
アマランツは決して影の大王に仕えるつもりはありません」
マリリンは疑わしげな表情を浮かべたが、ついに頷いた。
「それなら、この階か図書館の衛兵の誰かね。
衛兵達は私が特別な秘密の訪問者である事を知っているはずよ。
だって、私は決して階下には行かないんだから」
「でも、マリリン、彼らも階下には行きませんよ」
シャーンは指摘した。
容疑者が実際にはどれほど少ないかに気づき、マリリンは心が沈んでいった。
「バルダは、以前あったように、
彼らが噂話をしたり薬漬けにされたりする危険を冒す事を拒んだの。
彼らはキャンプ用の食料で暮らし、この階で交代で寝ているのよ」
マリリンは苛立ちながら首を振った。
「じゃあ、スパイは誰なの?」
「ジョーカーがトレイを持ってきたわ。でも、ジョーカーは疑われない。ジョセフもきっと……」
「何ですって? 教えなさい!」
マリリンの眉間に皺が寄り、シャーンは問い詰めた。
「ジョセフは……今朝の図書室で、いつもと様子が違っていたわ。
ジョセフは不機嫌で不安そうな顔をしていたわ。
急いで出て行ってラネッシュにキッチンで大事な話をしようと言ったの。こんな事は初めてよ」
シャーンには、嫌な考えが頭をよぎった。
「マリリン、気にしないでください。でも、私はどうしても知りたいんです。
あなたとラネッシュは……良い友達になりましたね。
もしかして、あなたがここにいる理由をラネッシュに少しも教えてくれたでしょうか?」
マリリンは髪の根元まで赤くなった。
「そんな事はないわ! ラネッシュは私がトーラの子だと知っているわ。
でも、私を見たら誰でも分かるはずよ。
ラネッシュは私がどうしてここにいるのか、私の将来がどうなるのか一度も尋ねた事がないわ。
私も一度もラネッシュに話した事がないしそうしない理由はいくらでもある!」
最後の言葉が耳に残る中、シャーンは傷つき、
悩める少女の目を見つめ、マリリンが真実を語っている事を悟った。
シャーンは溜息をつき、胸が重かった。
「マリリン、あなたを苦しめてしまってごめんなさい。でも真実と向き合わなければなりません。
容疑者の中で、あなたがここにいる事を知っているのはラネッシュとジョセフだけです。
二人はあなたのお皿が準備されている時にも厨房にいたのです」
「それなら、どんなに信じがたい事があっても、ジョセフが有罪に違いないわ」
「ジョセフのはずがありませんよ、マリリン」
シャーンは囁いた。
「どうして?」
マリリンは鋭く言い放ち、シャーンは突然ジャスミンの事を鮮明に思い出した。
「ジョセフが年老いて弱々しいから? デルトラ年鑑を救ったと言っているから?
デルトラの人間なら、悪は微笑みを浮かべ、
人を欺く仮面を被る事もあると、もう知っているはずでしょう?」
確かに、シャーンはそう思いながら死の部屋を出て、鍵をかけた。
しかしマリリンは、自分の心がその教訓を忘れさせてしまったのかもしれない。
階段の方へ振り返ると、図書館の衛兵の一人がこちらに向かって急いでくるのが見えた。
彼の手には、蝋で重く封印された、折りたたまれた一枚の紙が握られていた。
「持ち場を離れて何をしているのですか、フォリン?」
「休憩時間でございます、奥様」
衛兵はそう言った。
安堵した様子でシャーンの手に紙を押し付けた。
「奥様、お嬢様と図書館を出た直後に、あの老司書がこれを私に渡しました」
衛兵はそう言って、マリリンの方へと気を取られたように頭を下げた。
「至急、届けなければならないとおっしゃっていました」
「ジョセフからの伝言ですか?」
シャーンがかすかに尋ねると、衛兵は頷いた。
「それ以来、奥様、ジョセフにはそれを届けるよう、ずっと頼まれ続けてきました。
しかし、何度も何度も申し上げたように交代要員が来るまでは持ち場を離れる事はできません。
それが命令だったのです、奥様」
衛兵は不安げにシャーンを見た。
明らかに、自分が間違った決断をしたのではないかと心配していた。
「その通りです、フォリン」
シャーンは無理矢理笑顔を作った。
「ありがとうございます。さあ、役目を終えたあなたは、安らかにお眠りください」
衛兵はぎこちなく頭を下げ、振り返って重々しく立ち去った。
シャーンは硬く冷たい指でメモの封を破り、広げた。
奥様
先程図書館で、あなたがとても親切で勇敢なお姿を拝見しました。
もう黙っていられないと悟りました。
心は深く傷ついています。
すぐに、あなたにお話ししなければなりません。
どうか、遅れる事はありません。
あなたの哀れな召使い、ジョセフ
シャーンは図書館への階段を駆け上がりながら、心臓が激しく鼓動していた。
ジョセフが何を言うのか、聞くのが怖かった。
すぐ傍にいたマリリンもメモを読んでおり、置いて行かれるなどと断言していた。
「罠かもしれないわ、シャーン。一人で行かせちゃダメ!
いずれにせよ、ジョセフと顔を合わせたいののよ」
マリリンは図書館の扉の傍で、勤務中の衛兵達の厳しい視線の中、
マリリンを待っていたジョセフを見つけた。
ジョセフはマリリンが近づいてくるのを見て、安堵の表情を歪めた。
そしてマリリンの姿を見て、ジョセフの目に涙が浮かんだ。
少女がジョセフの挨拶に冷たく答えた事に、ジョセフは気づいていないようだった。
「図書館の向こう側でラネッシュに仕事を頼んだんだ。彼には私達の声が聞こえない方がいい」
ジョセフは二人の女性を、反響する巨大な部屋へと導きながら、囁いた。
彼は二人を自分の小さな部屋に案内し、扉を閉めた。
二人の方へ向き直ったジョセフの手は震えていた。
明らかに、その時が来たのに、ジョセフはどう切り出せばいいのか分からなかった。
「ジョセフ、何を悩んでいるのですか?」
シャーンは静かに尋ねたが、心は恐怖で沸騰していた。
ジョセフの口元が震え、深呼吸をした。
そして、シャーンが聞きたくない言葉を口にした。
「信頼を裏切ってしまった。旧友であり守護者でもあった者への憐れみに流されてしまった。
そして、そのせいで大きな過ちを犯してしまったのじゃ」
ジョセフは悲しみに暮れ、頭を下げた。
「何故です、ジョセフ! どういう意味ですか?」
シャーンは叫んだ。
マリリンが息を詰めているのをよく分かっていた。
「私はただ、可哀想なアマランツを慰めたかっただけなのじゃ。
リーフは必ず城に戻ってくると伝えたかったのじゃ。
だから、アマランツの石板に、リーフは必ず戻ってくる、
トーラの花嫁がここにいるからには必ず戻ってくると書いたのじゃ」
ジョセフの証言に、マリリンは息を詰まらせた。
「何ですって?」
シャーンは息を呑み、少女の腕を掴んだ。
ジョセフの目に突然涙が溢れた。
「あの伝言はアマランツにだけ向けたものだったのじゃ。
じゃがその時、突然、坊主頭の大女リンダルが、男のジンクスと一緒に部屋に飛び込んできた。
メッセージを見たかもしれない。見たと思う」
「ジョセフ、ラネッシュもキッチンにいたでしょう?」
「ラネッシュ?」
シャーンは慌てて尋ねた。
マリリンの顔は真っ赤になった。
ジョセフは困惑し、怯えているように見えた。
「私がした事を隠したからといって、ラネッシュを責めるでない。ラネッシュは何も知らぬ!
ラネッシュが来るまでに私は潔白を証明し、その後は何も言わなかった。
あまりにも恥ずかしくて、私達を裏切った事でラネッシュが怒るのが怖かったのじゃ」
「リーフが自らマリリン様の世話を私達に託したんです。
もちろん、彼女が誰なのかは明かしませんでした。
でも、リーフがトーラへ花嫁を探しに行ったというニュースが城で飛び交っていて、
ラネッシュと私がマリリンに会った時、私達は二つの事を結びつけて考えました」
「当然です」
シャーンは頭がくらくらした。
マリリンの頬の赤みは徐々に消え、顔は真っ青になった。
「寝室に行くわ」
マリリンはシャーンにぎこちなく言った。
「覚えているだろうけど……片付けがあるわ」
マリリンはジョセフに軽く頭を下げ、足早に部屋を出て行った。
ジョセフは苦悩に満ちた目でマリリンの後を見つめた。
「マリリンは逃げるだろうか? トーラのところへ?」
「もしかしたら」
シャーンはゆっくりと言った。
「マリリンは大きなショックを受けています」
「ああ、自分のした事を取り返すためなら何でも差し出す!
私はずっと苦しみ、マリリンに何か危害が及ぶのではないかと酷く恐れていた。
じゃが、少なくともそれは起こらなかった」
シャーンは何も答えなかった。
「もう行く準備はできている」
ジョセフが小さな布の包みを手に、シャーンの前に立っていた。
シャーンは初めて、この小さな部屋から私物が全て奪われている事に気づいた。
「ジョセフ?」
シャーンは口を開き、ジョゼフは頭を下げた。
「もし私が二度と恥をかかないと信頼できるなら、私は古巣へ戻る。
地下牢よりはましだが、どちらを選ぶかはさほど重要ではない。
じゃが、お主の言う事なら何でもする」
「ジョセフ、馬鹿な事を言わないでください! あなたが出て行くなんてあり得ません」
「何じゃと……私を引き留めるじゃと……?」
ジョセフは信じられないといった様子でシャーンを見つめた。
「もちろんです! 確かにあなたは間違いを犯しました。
ですが、誰にだって一度くらいは失敗は許されるでしょう?」
ジョセフの唇が震えた。
「私の……失敗は……深刻な結果を招く可能性がある。ジンクスという男は信用できないと思う。
それにリンダルも……」
「ジンクスは死にました。リンダルはジョーカーのところにいます。
この件を解決しなければならないのは、ただ一人だけです」
シャーンは唐突に言った。
部屋を急いで出て行くシャーンを、ジョセフはぽかんと見送った。
シャーンは台所のドアに着いた時、息を切らしていた。
彼女はしばらくじっと立ち尽くし、ノブに手をかけて落ち着こうとした。
すると、驚いた事に、アマランツのくぐもった声と、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「シャーンは2階にいますが、すぐに戻ってくるでしょう。ここで待っていてください。
それから、これを一つか二つ、私を喜ばせるために試してみてください。
これは新しいレシピです。きっと旅でお腹が空いているでしょう」
「そうだな」
別の声が響いた。
シャーンがよく知っている声だった。
「キャラバンを引っ張るのに使わなくて済むなら、あの老馬でも食べてもいいです。
さあ、行きましょう!」
椅子が擦れる大きな音がした。
シャーンはドアを勢いよく開け、一瞬で周囲の光景を目に焼き付けた。
テーブルには二人の大柄な人物が座っていた。
一人はジョーカーの友人、ルーカス。
平原族の奇妙な行商人で、
影の大王がデルトラを支配していた時代には頼りになる強力な味方だった。
もう一人はブルーム村の大女、リンダルだ。
そして、彼らの隣にはジョーカーが座り、疲れた様子でコートを脱いでいた。
しかし、シャーンには、ジョーカーとリンダルが何故戻ってきたのか、
ルーカスがどうして彼らと一緒にいるのかを考える時間も心の余裕もなかった。
シャーンの視線は、三人が手を伸ばしている皿に釘付けになっていた。
銀色の紙ケースに入った、小さな黄金色のケーキを山盛りにした皿だ。
「駄目!」
シャーンは飛び出した。
三人が驚いて叫ぶと、シャーンは腕をテーブルに叩きつけ、皿を払いのけた。
皿は床に落ち、石にぶつかり、ケーキは跳ねて転がり落ちた。
羊皮紙のように青白い顔のアマランツは膝から崩れ落ち、ケーキを拾おうと必死に抵抗した。
「シャーン! どうした?」
ジョーカーは驚き、ほとんど怒り狂ったように叫んだ。
もう少し遅ければ、彼らの命はなかっただろう。
シャーンは震える手で、割れた陶器と散乱したケーキの残骸を指差した。
「これに、毒が盛られていました」
シャーンの声は、か細く震えていた。
ルーカス、リンダル、そしてジョーカーは、
信じられないという顔でシャーンと、床に散らばったケーキを見比べた。
アマランツはまだ床に膝をついたままだった。
「毒だと? シャーン、何を言っているんだ?」
ジョーカーは、シャーンに詰め寄った。
彼の顔には困惑と怒りが入り混じっていた。
「マリリンが、あと少しでこれを口にするところでした。マリリンの命が危なかったのです。
ジンクスは毒殺されたのです」
シャーンは深呼吸をして、心を落ち着かせようとした。
リンダルがぎょっとしたように息を呑んだ。
「ジンクスが死んだだと? まさか!」
シャーンはゆっくりと頷いた。
「私はマリリンの部屋で、ジンクスの死体を発見しました。
マリリンは、これを口にする寸前で、毒が入っている事に気づきました」
ルーカスが腕を組み、真剣な表情で言った。
「マリリンとは、トーラの娘の事ですか?」
シャーンはルーカスを見つめ、ルーカスがマリリンを知っている事に驚きながらも、
今はそれどころではないと判断した。
「そうです。
マリリンがいなければ、私も、そして恐らく皆さんも、この毒に気づく事はなかったでしょう」
「しかし、一体誰が? 何故、マリリンを狙う?」
ジョーカーが再び口を開いた。
シャーンは顔をしかめた。
「それが、今まさに解決しようとしている問題です。
この城には、影の大王のしもべが紛れ込んでいる。
マリリンがここにいる事、マリリンが誰であるかを知っている者、
そしてこのケーキに毒を盛る機会があった者が犯人です」
リンダルがハッと息を呑んだ。
「まさか、ジョセフが?」
「ジョセフは私達に、ある事を打ち明けました。
彼が、マリリンの存在と彼女がトーラの娘である事を記したメッセージを
誤ってアマランツに渡してしまったと。そして、その場にはリンダルとジンクスがいた、と」
リンダルは青ざめた顔でシャーンを見た。
「メッセージを見たかもしれない、だと? あたしはただ、ジョーカーに用があって……」
「ですが、ジンクスもリンダルもそこにいました」
シャーンはリンダルから目を逸らさず、まっすぐに言った。
「そして、今、ジンクスは死んでいます。
ジンクスがそのメッセージを見て、マリリンを狙ったのかもしれない。
あるいは、ジンクスが何らかの理由で毒を口にしたのか……」
「では、容疑者は誰だ? 誰がこのケーキに毒を盛った?」
ジョーカーが冷静な声で尋ねた。
シャーンは目を閉じ、深く息を吸った。
「ジョセフの話からすると、ラネッシュも厨房にいました」
この言葉に、ジョーカーとリンダルは顔色を変えた。
ルーカスは眉を潜めていた。
「ラネッシュは、ジョセフがアマランツに渡したメッセージを見ていないと主張しています。
彼は、ラネッシュが来る前にその証拠を隠したと。
しかし、マリリンはラネッシュを疑っているようです。
ラネッシュはマリリンがトーラ族の娘である事は知っている。
マリリンを心配するあまり、何か無謀な行動に出てしまうのではないかと、
マリリンはラネッシュにこの件を知られたくないと言いました」
「だが、ラネッシュがマリリンを傷つけるはずがないだろう!」
ジョーカーは、信じられないといった様子で言った。
シャーンは静かに首を振った。
「毒を盛ったケーキをマリリンの部屋に運んだのはジョーカーです。
そのケーキはジョセフがアマランツに準備させたものです。
そしてラネッシュの証言によれば、彼はケーキに一度も触れていませんでした」
シャーンは三人の顔を一人ずつ見つめた。
「以上から、マリリンのケーキに毒を盛ったのは……」
シャーンが自分の推理から犯人を言おうとすると、アマランツの目がシャーンと合った。
そして突然、シャーンはあの見慣れた、薄れた青い瞳の向こうから、
何かが自分を見つめているように感じた。
異質で、狡猾で、邪悪な何かを見たシャーンは、吐き気で胃がむかむかした。
シャーンが身震いしながら後ずさりすると、アマランツは恐ろしいほどに笑い始めた。
「とうとうばれたか!」
アマランツは甲高い声で言った。
「おい、俺に勝てない事を知らないのか?」
ジョーカーは誓いの言葉を吐き、椅子が後ろで崩れ落ちるのを聞きながら飛び上がった。
ルーカスはテーブルの端を掴みながら、ゆっくりと立ち上がった。
腕と首の筋肉は、まるで大きな重荷を持ち上げているかのように膨れ上がり、全身が震えた。
体内に宿る獰猛な兄、スカールが自由を求めてもがくたびに、
ルーカスの目は金色から茶色へと揺らめいた。
「駄目だ! スカール、お前はここには必要ない。戻れ!」
リンダルは大きな手をルーカスの肩に置いて命じた。
恐ろしい震えは静まり、止んだ。
肩を上下に揺らし、アマランツはヒキガエルのように蹲り、シャーン達を見守った。
「貴様を哀れなジョーカーの元へ送り届けられたらどんなに良かった事か!」
アマランツはしわがれた声で言った。
「そして、貴様の仲間や、あの醜い自然の怪物達も、貴様と共に。
でも、まあ、この弱々しい器はもう必要ない。ジョーカー、また別の場所で会おう」
アマランツは握りしめた拳を口元に押し当てた。
「お願いです、止めてください!」
シャーンは切迫した声で叫んだ。
すぐに理解したジョーカーは、前に飛び出した。
しかし、遅すぎた。
毒入りのケーキは既にアマランツの喉に詰まっており、
アマランツはそれを丸呑みしようとしていた。
「もうすぐ、どこにでも行けるわ!」
アマランツの顔色が変わり、目が白目を剥いた。
恐ろしい悲鳴を上げながら、アマランツは腹を押さえ、横に倒れた。
足はバタバタと動き、頭を石に激しく打ち付けた。
ジョーカー、リンダル、そしてルーカスが恐怖に凍りついたように立ち尽くす中、
シャーンは駆け寄った。
シャーンはどうする事もできなかった。
アマランツにどんな恐ろしい力が宿っていたにせよ、
アマランツはシャーンの若い頃の友人だった。
シャーンは、アマランツを一人で惨めに死なせるわけにはいかなかった。
「お願い、アマランツ……」
シャーンは痙攣するアマランツの体を抱きしめ、しっかりと抱きしめた。
しばらくの間、何も変化がなかった。
すると突然、目が元に戻った。
シャーンをぼんやりと見つめ、そして焦点が合ったように見えた。
「アマランツ、私はここにいます」
「……シャーン? ああ、シャーン、恐ろしい夢を見たんです。本当に恐ろしい夢を」
シャーンが言うと、アマランツの目は困惑した様子になり、ひび割れた唇が開いた。
アマランツの言葉にシャーンは頷き、濡れた額を撫でた。
目には涙が溢れていた。
「影の憲兵団が陶器工場にやって来て、皆、連れ去られる夢を見たんです」
アマランツの目は突然大きく見開かれ、恐怖に満たされた。
「大丈夫ですよ、アマランツ」
シャーンは急いで言った。
「夢は終わりました。終わったんです」
「ああ」
かすんでいた瞳は再び安らぎを取り戻した。
唇は半笑いに歪み、呼吸が止まった。
アマランツにとって、悪夢はついに本当に終わったのだ。
「『可哀想な小さな花嫁』って、何て言ったんだ?」
ジョーカーは焦って尋ねた。
「アマランツはマリリンに毒を盛ったと思っていましたが、それは間違いでした」
シャーンはアマランツの頭をそっと横たえ、
血まみれの頬に散らばる灰色の髪の毛を払い落とした。
そして考えた……地面に垂れ下がった髪の毛の中に何かが動いているのを見たような気がした。
涙で目が霞んでいた。
目をこすり、もう一度見たが、恐怖の叫び声を上げて目を逸らした。
赤い頭を持つ灰色の長い虫がアマランツの耳から這い出ていた。
それは粘液を垂らしながら床に這い出し、激しく尾を振り回しながら身悶えした。
嫌悪感に顔を歪め、ジョーカーは闊歩して邪悪な怪物を踏みつけ、石に叩きつけた。
「何だ?」
「影の大王が、恐らく異世界から来た鬼――ワソという奴にやったのと同じ目に遭わせているな。
アマランツはやはり、影の王国に連れて行かれたようだ。
そしていつだったか――恐らくそれほど昔の事ではないが――
あの忌まわしいものをアマランツの脳に植え付けて送り返したのだ」
「要するに、洗脳したのか?」
「そうなるな」
ジョーカーはアマランツの崩れ落ちた体を見下ろした。
「少なくとも、ここで何が起こっているのかは分かった。
どうして、俺達は暗殺者やスパイを気にしているんだ? 皆、かつては善良な人間だったのに」
短く、恐怖に満ちた沈黙が訪れた。
皆の心には一つの考えが浮かんでいた。
「何千人もいるかもしれないな」
リンダルはようやくその考えを言葉にして、荒々しく言った。
ジョーカーは考えに眉を潜めた。
「いや。その言葉は、『間もなく我々はどこにでもいるだろう』だった。
どういうわけか、本当の侵略はまだ始まっていない」
「そう思いますか? まだ完璧ではないと思いますが……それでも、傷ついています」
シャーンは震える声を必死に抑えていた。
ジョーカー達が困惑したように見つめる中、シャーンは震えるように深く息を吸った。
「アマランツは殴られて耳が聞こえなくなったと言っていましたが、それは嘘でした。
最後に、アマランツが元に戻り、用済みと悟った虫がアマランツから離れ始めた時、
アマランツは私の言葉をはっきりと聞く事ができました。
虫はアマランツの聴覚を遮断し、同時に精神も支配していたのです」
「そうだ!」
ジョーカーの目が燃え上がった。
「これで色々説明がつくな。ナイフを持ったお喋りな女。歩けない老衛兵。
そしてリーフの寝室にサソリを仕込んだピーターという男は激しい頭痛に悩まされていたんだ」
「ピーターもワソと同じ目に遭ったのかもしれませんね」
「ああ。影の大王は、きっと計画を修正しようとしているだろう」
リンダルが呟いた。
「そして、あいつが満足したら……」
「あなたはスカールと同じくらい陰気だ! 私達の希望を全て失わせようとしているのですか?
あなたの塗り潰された頭蓋骨には虫が棲んでいるんじゃないかと思います」
「あたしの頭痛の種はあんただけだよ、ルーカス!」
リンダルが言い返した。
「ただ現実的に考えているだけだ。影の大王だって?」
台所のドアが勢いよく開くと、リンダルは言葉を切った。
マリリンは頬を赤らめ、頭を高く上げて入ってきた。
ジョーカー、二人の大柄な人物、そして床に倒れたアマランツの体を見て、
反抗的な目を見開いたが、躊躇う事はなかった。
他の皆を無視して、シャーンに直接話しかけた。
「私がここにいるからといって、衛兵を責めないでください。
彼らには私を止める命令などありませんでした。皆さんは私の従順さを頼りにしていたのです。
もう、従順でいるのはうんざりです!」
「マリリン……」
シャーンは驚いて言い始めた。
しかし、マリリンはまだ言い終えていなかった。
「あなたがどう思おうと、ラネッシュには何の罪もないと確信しています。
それをお伝えするために来たので。
それから、どんな未来が訪れようとも、私はここに留まる決意です。
でも、もう二階に隠れて、城で何が起こっているのか知らずに蹲るのはやめます」
リンダルは鼻で笑った。
「これが『可哀想な花嫁』なのか? 筋肉が少しついたみたいだな」
マリリンの顔色はさらに明るくなったが、マリリンは首を振り、ジョーカーの方を向いた。
「私に何かあっても、あなたにもリーフにも責任はありません。
これは私が決める事。私だけのもの」
「マリリン、お前が決める事じゃない。
お前の身の安全を心配しているのは、お前の父親だけじゃない」
ジョーカーは厳しい口調で言った。
しかし、マリリンは怯む事なく、ジョーカーの目を見つめた。
「ジョーカー、決めるのは私です。もう囚人になるのはやめましょう。これで決定です!」
マリリンはルーカスとリンダルを一瞥し、それからジョーカーを見つめて顎を上げた。
「もしよければ、父と話し合ってください。父とゼアンがデルに来ます」
マリリンは紛れもない勝利の表情で付け加えた。
シャーンはくぐもった息を呑んだ。
ルーカスとリンダルは不思議そうにマリリンを見た。
「手紙は今朝届きました。すぐに読むべきでしたが?」
マリリンは再びルーカスとリンダルを一瞥した。
「でも、何かが起こって、その手紙の事を忘れてしまったんです。
ゼアンと父は一両日中にここに来るでしょう」
「ああ」
ジョーカーは表情を読み取れないまま言った。
「彼らに会うのに間に合ってよかった」
「ジョーカー、何故戻ってきたんです?」
シャーンは突然思い出して叫んだ。
「リーフもバルダも、ヴァージニアもワソも、もう骸骨山にはいない。
ジャスミンを追って地底の洞窟へ入った」
シャーンはジョーカーを見つめた。
喜びと恐怖が顔に混じっていた。
「ジンクスは嘘をついているの?」
「もちろんです!」
「私が話したじゃないか?」
「母さんの蜂が話を持ってきたんですよ」
ルーカスが口を挟んだ。
「話が彼らに伝わるまでには時間がかかりましたが、
どうやら骸骨山の蔓を編む鳥から始まったらしいです。
リーフがトーラにいると聞いていたので、私にはさっぱり分かりませんでした。
それで確かめに来たら、なんと道でジョーカーとリンダルに出会いました」
「土の下……」
シャーンは首を横に振った。
「ジャスミンは本当に影の王国への秘密の道を探しているのですね!
リーフ、バルダ、ヴァージニア、ワソも一緒にいますか?」
「そうみたいですね」
ルーカスは頷いた。
「でもジョーカー、あなたはリーフ達を追いかけなければなりません!
リーフ達を止めなければなりません! リーフ達だけでは囚人を救う事はできません!
リーフは自らを――そしてデルトラのベルトを――ジョーカー!
影の大王の手に引き渡すだけです!」
「ベルトはデルトラの国境の外には持ち出せない。それは分かっている。リーフも分かっている」
シャーンはジョーカーをじっと見つめた。
ジョーカーの冷静さが理解できなかった。
「でも、ピラの笛はどうなりましたか?
リーフは、自分の地で影の大王を倒す唯一の方法だと確信していたんです」
「リーフは私達が知らない何かを知っているのかもしれません」
「もしかしたら、知っているのかもしれない」
ジョーカーは少しの間、思案しながら少女を見つめ、それからシャーンの方を向いた。
「デルのところに戻るのは容易な決断ではなかった、シャーン。俺の本能は、続ける事だった。
その時、リーフ、バルダ、ジャスミンが、
異世界から来た二人の女と共にデルトラのベルトを直し、
俺達の助けも保護もなく、独力でそれを成し遂げたのだ、と気づいた」
シャーンの目は涙で潤んでいた。
「あなたは、彼らを信頼すべきだと言っているのですか?」
「俺は、彼らを信頼しなければならないと言っている。俺達の居場所、俺達の使命はここにある。
特に今、俺達にできるのは、信じ続ける事だけだ。
そして、リーフ、バルダ、ジャスミンと、異世界から来た二人の女がどこにいようとも、
奴らの幸せを祈る事だ」
まさかデルトラクエストで殺人事件の犯人捜しをするとは。
なので、ダンガンロンパよろしくノンストップ議論を入れようと思いましたが、
長くてグダグダになるので没になりました。