ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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「Xの自動化システムは違反に該当しないと判断したため、アカウントの機能制限が解除されました。」→「メールを受け取りましたが、まだ凍結が解除されていません。」と返信したら「ご連絡ありがとうございます。残念ながら、ご返信いただいたメールアドレスは監視対象外となっております。」とぬか喜びさせやがって。
まあ、あの運営はバッシングされても当然ですよね!
というわけで怪物アラクと遭遇しますが、ヴァージニアは平気ですよー平気平気。


第16話 アラクとの遭遇

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは、

 ジョーカーですら想像もつかなかった場所にいて、困難に直面していた。

 五人はリーフの計画に従って、オーロン族のドームの脇に突き出た洞窟の壁を登っていた。

 筏の住人が所有する、古くて継ぎ接ぎのボートが五人の下を漂っていた。

 笛吹きの男は船尾に座っていた。

 ペンも笛吹きの男と共に、不安そうに見上げていた。

 五人の足元には、長く巻いた縄の残骸が転がっていた。

「……随分と高い場所だね」

 五人が危険な登攀を続けるにつれ、縄はゆっくりとほどけていた。

「手掛かりがどんどん離れていく」

「うぅ、辛い……」

 バルダは息を切らしながら、新たな岩棚へと体をよじ登った。

「もう止めて。もうドームの高さを超えているのよ。私が先に進んでロープを繋ぐわ」

 ジャスミンは縄を引きずりながら、軽快にバルダの上を登りながら言った。

 彼女は登り続け、洞窟の壁が天井へと繋がるカーブの先、高く突き出た岩塊を目指した。

 バルダの傍らの岩に体を押し付け、リーフは下を見下ろした。

 遥か下、やや右寄りに、子供のおもちゃのように小さなボートが海藻の帯の脇で揺れていた。

 大きな縄の輪は完全に解けていた。

 縄は岩肌に垂れ下がり、結び目の端が揺れながら、

 ジャスミンが登るにつれて着実に上昇していた。

 そしてリーフの目の前に、緩やかな乳白色の水面から浮かび上がる、

 ぼんやりと輝く丸いドームがそびえ立っていた。

 アラクはドームの底に積み重なった暗い汚物の中を這い上がり、

 餌を食べ、回転し、見守っていた。

 ピラの笛の音がリーフの耳に響いた。

 リーフは目を閉じ、音を抑えようとした。

「わかった。できる限りしっかり固定するわ」

 ジャスミンが上から囁き、リーフは顔を上げた。

 薄暗い中、ジャスミンが腰から縄を引っ張り、

 突き出た岩にしっかりと結び付けているのが見えた。

 ジャスミンはロープを引っ張って確かめた。

 そして、恐れる様子もなく、恐ろしい崖に身を乗り出し、

 体を反らせて足を岩壁につけ、縄を手から滑り落としながら下へ駆け下り始めた。

 あっという間に、リーフ、バルダ、ヴァージニア、ワソが立っている岩棚に辿り着いた。

「準備はいい?」

 バルダは縄を掴み、ジャスミンのすぐ下をしっかりと掴んだ。

「リーフ、約束してくれ

「もしこれがうまくいかなくなったら、どんな手段を使っても、筏に戻ってデルに戻るよ。

 危険は冒せないの?」

「リーフの計画に従えば、間違いはないわ。縄は十分長く、固定もしっかりしているはずよ。

 一番大事なのは、崖面をできるだけ強く蹴って、素早く遠くまで飛び出して隙間を越える事よ。

 そして、私が『飛び降りて』と言ったら、すぐに飛び降りて!」

「もしドームの頂上に無事に着地できたとしても、もしその場に留まれなかったら?」

「だったら、底まで滑り降りてアラクと戦う事になるわ」

「でも、もしそうなら、わたくし達と戻るまで待つだけですわ」

 バルダはそれ以上何も言う事はなかった。

 厳しい表情で頷き、縄をしっかりと握りしめ、

 片膝を曲げてブーツの底を崖の壁にしっかりと押し付けた。

 そして、三つ数えて、バルダとジャスミンは宙に舞い上がった。

 リーフは息を呑み、二人はドームに向かって大きな弧を描いて揺れた。

 縄の先には、信じられないほど弱々しい二つの小さな人影があった。

 時間が止まったようだった。

 乳白色の海がヴァージニア達の下を這い回っていた。

 ドームの鈍い輝きを背景に、二人の姿は暗く浮かび上がり、揺れ続けていた。

「今よ!」

 ジャスミンが叫び、その声が岩に不気味にこだました。

 バルダは縄を放し、宙を舞い上がり、ドームに腹ばいになって着地した。

 ドームの表面は揺らめいていたが、撓む事はなかった。

 ジャスミンは既に後ろに揺れ始め、小さな体は恐ろしい速さで壁に向かって突進していた。

 リーフはジャスミンを受け止め、岩にぶつかって粉々に砕け散らないよう、

 衝撃を和らげようと立っていた。

 ヴァージニアとワソも、何とか飛び上がったが、着地に失敗して怪我をしてしまった。

 

 全ては数秒で終わった。

 数秒後、ジャスミンは岩棚に戻り、意味ありげに指示を口にした。

 その後、リーフはバルダの代わりに縄を掴み、壁に足を押し付け、

 ジャスミンの合図で体を前に突き出した。

 そしてリーフは飛び上がり、冷たい風が顔に吹きつけ、ジャスミンの呼びかけに耳を澄ませた。

 ヴァージニアとワソも後に続く。

 ドームは巨大で、視界を埋め尽くした。

 リーフは自分が上へと舞い上がっていくのを感じた。

 笛の音色が脳裏に響いた。

「今よ!」

 ジャスミンが叫ぶと、リーフはロープを放した。

 リーフの体は上へと舞い上がった。

 虚空を突き抜け、ドームの上空へと。

 隣でジャスミンの服がはためくのが目に留まった。

 下ではバルダ、ヴァージニア、ワソがじっと横たわっているのが見えた。

 そしてリーフは落下していく。

 ドームの薄暗い光がリーフに向かって急上昇してきた。

 暖かく揺らめく霞が、リーフを包み込んだ。

 リーフは音以外何も感じなかった。

 甘美で純粋な音楽がリーフの中に流れ込み、リーフを虜にした。

 ヴァージニアとワソも只管に続く。

 ジャスミンの手を掴み、バルダの肩にしがみついたのは、盲目的な本能だった。

 リーフは霞を抜け始め、ピラの笛の魔法に引き込まれていった。

 

 

 リーフの足元の草はビロードのように柔らかだった。

 頭上には、完璧な青空が弧を描いて広がっていた。

 柔らかな紫色の丘が地平線を霞ませていた。

 空気は暖かく、銀色の小川のほとりに咲く花々の香りが漂っていた。

 木々の下の影は、陽光に煌めいていた。

「ここが、ピラか?」

 鳥達はその名を歌っているようだった。

 小川はそれをせせらぎ、葉はそれを囁き、魔法を吹き込むようなそよ風に騒めいていた。

 リーフは腕を引っ張られるのを感じた。

 遠くからジャスミンとヴァージニアの声が聞こえた。

「リーフ! 起きて!」

「どうやらわたくし達は、ドームの中にいるみたいですわ!」

 空の青は水のように不安定に揺らめいていた。

 木々は揺れていた。

 

「リーフ、後ろを見て!」

 ジャスミンの声は鋭く、切迫していた。

 最早無視する事はできない。

 リーフは思わず振り返った。

 大勢の人々が静かにヴァージニア達を見守っていた。

 一人は、高くて硬い笛吹きの頭巾を被り、純白の衣を纏っていた。

 残りの者達は、柔らかく淡い色の、ひらひらと舞うローブを纏っていた。

 髪には花を飾った者も多かった。

 彼らは筏のオーロン族に似ていたが、背が高く、顔はそれほど鋭くなく、肌は黄金色だった。

 そして彼らの背後には、最も高い木々の梢から高く聳え立ち、

 今にも空に届きそうなほどの、煌めくガラスの尖塔があった。

 それは陽光に眩しく輝き、リーフは最初、巨大な揺らめく柱にしか見えなかった。

 やがて目が冴えてくると、それが形を持っている事に気づいた。

 それは巨大な女性の像だった。

 笛吹きの頭飾りをかぶったピラの民の女だ。

 そしてリーフは、その女がかつて、

 聴衆を涙させるほど美しい音楽を奏でた美しきオーロン族である事を確信した。

 像の長いローブは、剃刀のように鋭い、

 きらめくガラスの襞を無数に作り、まっすぐに地面に落ちていた。

 見ようともしないその目は、紫色の丘を静かに見つめていた。

 背の高い頭飾りは、青い空を背景に白い炎のように輝いていた。

 そして、その白い炎の中心には完璧で触れる事のできないピラの笛の胴体が埋め込まれていた。

 リーフは愕然として見つめた。

 あの巨大な像は、どんな人の手で形作られてもおかしくない。

 魔法が創造したに違いない。

「島の端ではなく、中心にいるのも無理はないな」

「笛の吹き口が、私達を目的の場所へと引き寄せたんだ」

「あの像に登る事なんて絶対にないわ。登ろうとしたら、たちまちバラバラにされてしまうわ。

 リーフ、ドームの住人達を説得して、笛の胴体を喜んで渡してもらうしかないわ。

 彼らはとても優しそうに見えるわ。きっとあなたの言う事を聞いてくれるわ」

 しかしリーフは黙っていた。

 絶望と戦っていた。

 この像は明らかに、笛の胴体をあらゆる危険から永遠に守るために作られたものだった。

 それを作った者達は、決して自ら進んでその宝を手放すような事はなかった。

 

「ようこそ、余所者どもよ」

 リーフは眩しい目を伏せ、目の前に立つ人物に焦点を合わせようとした。

 白い服を着た男は、両手を広げて歓迎の意を表していた。

 背後の人々も微笑み、ローブはそよ風に揺らめく花びらのように揺れていた。

「私は笛吹き、オーリスだ。

 君がどのようにしてこの地に来たのかは見当もつかないが、

 善良で美しい目的のためである事は間違いない。

 ここには邪悪なものは住めない。民を代表して、ピラへようこそ」

「まるでトーラみたいですわね」

 リーフはヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンを一瞥した。

 全員、無表情を保つのに苦労していた。

 オーリスは丁重に待っていた。

 リーフは乾いた唇を濡らした。

 この状況がどれほど絶望的に見えても、ドームの住人達がリーフの願いに激怒し、

 決して聞き入れないであろうと確信していても、リーフは試みざるを得なかった。

「笛吹きよ、温かい歓迎に感謝いたします。僕はデルトラ国王リーフと申します。

 仲間のバルダ、ジャスミン、ジニー、ワソと共に、あなたにお願いをするために参りました」

 オーリスは眉を僅かに潜め、リーフには甘く晴れやかな空気が揺らめいたように見えた。

 するとオーリスの表情が晴れた。

「ああ」

 オーリスは頭を下げ、微笑みながら言った。

「もちろんです。デルトラ、山の向こうの王国です。陛下、お許しください。

 少しの間、名前が思い出せませんでした。

 我々ピラの民は旅をする必要性を感じていません。陛下もよくご承知の通りです」

 オーリスは優雅な手を挙げ、周囲の美しい景色を身振りで示した。

「なるほど」

「頼み事?」

 リーフは深呼吸をし、もう一度にヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンに視線を向け、

 四人に辛抱強く待ってくれるよう願い、心の中で幸運を祈った。

「我らピラの民の多くは、影の大王に捕らえられている。

 影の大王は我々の敵であると同時に、君達の敵でもある」

 オーリスは低く落ち着いた声で言った。

「彼らを救えるのは、あなたが持っているピラの笛の胴体です。

 僕達は既に吹き口を持っています。プリューム族が喜んでくれたものです。

 それで僕達は、あなたの魔法のドームに入る事ができました」

「止まれ!」

 オーリスの目は虚ろになった。

 背後の人々は、あまりにも必死に飛び回り、ぼやけているように見えた。

 そして光光はちらつき、弱まっていた。

「恐れる必要はありません!」

 リーフは慌てて叫んだ。

「たとえ望んだとしても、力ずくで胴体を奪う事はできませんでした。

 ですが、どうか聞いてください。

 僕達は洞窟を遠くまで旅し、幾多の恐ろしい危険に直面し、あなたの島に辿り着きました」

 遠く雷鳴のような低い轟音が響き渡った。

 木々、草、花々が震え、そして垂れ下がり始めた。

 まるでその色と形が震える空気に溶け込んでいくようだった。

 オーリスは両手で耳を覆い、目をぎゅっと閉じた。

「支離滅裂な事を!」

 オーリスは叫んだ。

 息が荒く、顔は魚の腹のように白くなっていた。

 オーリスの背後の群衆は荒れ狂う海のように押し寄せていた。

「奴らの言う事を聞くな! 奴らは騙された愚か者だ!」

 オーリスは息を切らしながら、人々にも自分自身にも、率直に語りかけた。

「洞窟などない。危険などない。島もドームもない。あるのはピラだけだ。

 そこは全てが美しく、全てが平和で、全てが真実だ」

「ちょっと! あなたこそ、支離滅裂な事を言ってるんじゃない!?」

 ジャスミンは、最早沈黙を保つ事ができず、思わず声を上げた。

「この場所には真実など何もない」

「違う!」

 オーリスの目がぱっと見開かれ、まるで飛び出してきたかのようだった。

「止めろ?」

 轟音はますます大きくなった。

 リーフは辺りを見回した。

 至るところで木々、花々、草、空が震え、溶けていくようだった。

 全てが溶け合い、変化していく。

 しかし、これはきっと、オーリスの怒りだけの結果ではない。

 もっと深刻な何かだった。

(まるで……)

 恐ろしい考えがリーフを襲い、心の底から震えた。

 突然、ペンが見せてくれた羊皮紙を思い出した。

 羊皮紙について、リーフを困惑させていた一つの事を思い出した。

 ペンの苦悩に満ちた目、ペンの言葉を思い出した。

(ペンは、故郷の民の追放の歴史を語る以外に、一体何をしたんだろう?)

「オーリス、いくら雷鳴を轟かせても構わないわ。でも、私の言う事は聞きなさい!

 ここはピラじゃない! 魔法が守る幻の島よ。あなたも分かってるでしょ!」

 まるで天空が裂けるかのような、裂けるような音が響いた。

 オーリスは悲鳴を上げた。

 リーフはついに理解し、身震いした。

 ペンは嘘をついていなかったが、真実を全て話したわけでもない。

 オーリスが何を言おうと、ペンはそれが嘘と同じだと知っていた。

「……」

 オーリスとその仲間達は、まるで身を守るかのように、像に向かって後ずさりした。

「お前の口には汚い言葉が宿っている!」

 オーリスはジャスミンに向かって怒鳴った。

「お前の心は粗野で、卑しく、臆病だ。お前はピラの美しさを見るに値しないケダモノだ!」

「ジャスミン、答えないで!」

 ワソは切迫した声で叫んだ。

「どういう事?」

「ジャスミン、筏の住人達はこうなる事を知っていた。

 彼らは僕達を利用して、幻想を打ち砕き、ドームを破壊するつもりだ!

 ドームは信念にかかっている! 疑いはそれを打ち砕く」

 しかしジャスミンはリーフの言葉に耳を貸さなかった。

 ジャスミンは怒りに我を忘れ、オーリスに向かって叫びながら、オーリスを追いかけていた。

「私はケダモノじゃないし、ここはピラじゃないわ!

 あなたは知らないふりをしているけれど、あなたは知っているのよ!

 あなたのこの美しい夢の外には、怪物が汚物の中で這いずり回り、繁殖しているのよ!

 洞窟があり、広大な海があり、何千もの人々があなたのせいで闇の中で暮らしているのよ?」

 雷鳴が彼らの頭上で轟き、轟いた。

「あなたは不信心者達に遣わされたのよ!」

 オーリスは叫び、恐怖で見開かれた目は暗くなった。

「あなた達は邪悪で不誠実なもののためのスパイよ! 私を滅ぼすために来たのよ!」

 そして、その最後の言葉と共に、オーリスの周りでうねり、

 薄れていく群衆は消え去り、ちらつく色と形は、幻影のように草むらの中に消えていった。

 オーリスは叫んだ。

 純粋な苦悩の叫び声はリーフの血を凍らせた。

 

「何が起こったんだ?」

 雷鳴にかき消されそうになる中、バルダは怒鳴った。

「消えちゃったの?」

「どこにもいなかった」

 リーフは恐怖で胃がひっくり返りながら叫び返した。

「あいつらは……幻の一部だった。オーリスはここに独りぼっちだ。

 どれくらい続くかは誰にも分からない」

「一人ずつ、最後の一人が私を裏切り、死んでいった」

 オーリスは叫んだ。

「だが私は信念を貫いた!

 一人でピラを生かし続け、何千もの魔法を操り、その美しさを完璧なまま保ってきた。

 そこにお前達が来た。スパイと裏切り者め!

 決して口にしてはならない事を、決して認めてはならない事を口にしたのか?」

 眩い閃光と、耳をつんざくような衝撃音が響いた。

 空にギザギザの黒い亀裂が開き、震える地平線へと稲妻のようにジグザグに落ちていった。

 オーリスは悲鳴を上げて像の台座に倒れ込んだ。

 必死に両腕を伸ばし、骨ばった指で空を掻きむしった。

 ドームの中に長きに渡り閉じ込められていた魔力が、

 激しい怒りと共に噴き出し始めると、裂け目は呻き声を上げ、大きく広がった。

 外の洞窟の壁が爆発的に活気づき、何世紀もの間薄れていた色が輝き出すと、

 隙間から虹色の光が輝いた。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは地面に倒れ込み、周囲の力が唸りを上げ、

 木々のぼろぼろ、花の枯れた破片、草、遠くの紫色の丘を引き裂く中、必死に地面を掴んだ。

 そして突然、完全な静寂が訪れた。

 しかし、それは終わりの静寂でも、疲れ果てた静寂でもなかった。

 重苦しく緊張した静寂で、まるで全てが息を呑んでいるかのようだった。

 肌がチクチクするのを感じながら、リーフは慎重に頭を上げた。

 ピラの幻は消え去っていた。

 巨大なガラス像だけが、色を抜かれたかのような重く静かな空気の中に浮かび上がっていた。

 オーリスは像の台座にうつ伏せになり、

 指先が地面に接するローブのナイフのような襞に僅かに触れていた。

 全てが奇妙な薄明かりに包まれていた。

 地平線の丘は消えていた。

 かつて木々が立っていた場所には、古木のように高く茂った、

 枝分かれした菌類の大きな群落が蹲っていた。

 小さなシダや苔が粘土質を覆い、深く静かな小川の岸辺に群生していた。

 遠くで、ドームの生地にできたギザギザの裂け目は、今や大きな傷跡となっていた。

 頂上は虹色に輝いていたが、下の方は真っ黒だった。

 奇妙だ、とリーフはゆっくりと思った。

「リーフ!」

「えっ?」

 リーフは驚いて振り返ると、バルダが慌てて立ち上がり、

 一番近くの菌類の群落に背を向けて後ずさりしていた。

 バルダの目はドームの裂け目に釘付けになっていた。

 ジャスミンもまた、飛び上がり、短剣に手を伸ばしていた。

 ヴァージニアとワソも慌てて身構える。

「何だって!?」

 リーフは思わず声を上げた。

 すると四人の顔色が変わり、背後から遠くで引っ掻くような、引き裂くような音が聞こえた。

 リーフは振り返ると、ドームの穴の下部から光が見えなかった理由が分かった。

 何かがそこに押し付けられていたのだ。

 何か巨大で黒いものが、今、棘だらけの脚を一本一本、隙間から引き裂いて突き進んできた。

 

「アラクですわ!」

 低い唸り声と共に、アラクはドームの隙間から力ずくで体を押し出した。

 後ろ足で立ち上がったアラクは地平線に点在する巨大な菌類の塊を矮小化するほど巨大だった。

 アラクは急に前に飛び出し、リーフは恐怖に襲われ、

 背後の隙間からもう一匹のアラクが押し寄せてくるのを見た。

 絡み合った黒い脚と膨らんだ体の間から、虹が一瞬だけ輝いた。

 そして二匹目のアラクが穴を抜けたが、すぐに三匹目のアーラクに遮られた。

「こいつら、光に弱いんですの?」

 アラクは洞窟からやって来た。

 彼らは薄暗い場所で暮らし、繁殖する。

 明るい光には耐えられない。

 洞窟が再び魔法で照らされた今、アラクが隠れられる場所はドームだけとなった。

 

 ドームは、裂け目の奥から輝く虹色の輝きによって照らされていなかった。

 まるで島の上に垂れ込めた薄暗い光が、より明るい光を遮り、

 島への侵入を阻んでいるかのようだった。

 今、地平線に五体のアラクが姿を現した。

 そして、さらに多くのアラクがやって来る。

 最初の到着者達は前進し始めた。

 長く棘のある脚で巨体を揺らしながら、

 見慣れない固い地面の上をぎこちなく手探りで進んでいた。

「こっちへ来るわ。もしかしたら、あの像が彼らを引き寄せているのかもしれないわね。

 あるいは、獲物の匂いを嗅ぎ分けられるのかもしれない」

「それは愉快な考えではないな」

 バルダは厳しい表情で言い、考え込むように自分の剣を見つめた。

 大きく重い剣だったが、迫り来る獣達に比べれば針のように小さく見えた。

「ウネウネしてないのが幸いですけど、わたくし達が相手をするのは無理ですわ。

 うごめく砂の怪物とか、後……」

「魔物の洞窟のグルーとかと同じだ。一瞬たりとも持ちこたえられない!」

「立って戦う以外に何ができるの? リーフ、奴らが逃げるのを見たでしょ?

 逃げようとすれば、たちまち捕まるわ!

 ただ伏せて、奴らに食べられるのを待つしかないの?」

「隠れなきゃ。光が乏しい。

 隠れて、奴らが通り過ぎてくれるのを願って、こっそり逃げるしかない」

「やれやれ、また忍者みたいな事をするんですのね」

「でも、隠れるの? 隠れる場所なんてどこにもないわ!」

 ジャスミンは低いシダやまばらに生えている菌類を見ながら叫んだ。

「これがあるじゃないか」

 リーフは姿を消す力を持ったマントを脱いだ。

「つい最近、はばひろ川でアクババが頭上を飛んでいた時のように。

 うごめく砂で影の憲兵団が近づいてきた時のように。そんなに早く忘れたのか?」

 ジャスミンの緑色の目が光った。

「何も忘れてないわ。でも、忘れたと思っていたわ」

 リーフは傷つき、混乱した様子でジャスミンを見つめた。

 ジャスミンの言っている事が理解できなかった。

 バルダは咳払いをした。

「隠れるなら、すぐに逃げるべきだ。あいつらはゆっくりと動いているが、歩幅は大きい。

 すぐにこちらに迫ってくるだろう。オーリスはどうするんだ?」

 リーフはジャスミンから視線をそらし、像に横たわるオーリスの方を見た。

 オーリスはバルダの手にマントを押し込んだ。

「君とジャスミンは隠れろ。まだ生きていたら、迎えに行く」

「身を低くして! 気をつけて!」

「……ごめんなさい」

 ジャスミンはバルダが走り出すと、そっと声をかけた。

 リーフは素直に頭を下げた。

 少なくともジャスミンは自分が生きようが死ぬまいが気にかけてくれる、とリーフは思った。

 オーリスは硬直したまま、目を閉じていた。

 しかし、リーフが像に近づき、奇妙な温かさが肌に伝わってくるのを感じた時、

 ドームの住人の最後の一人は死んでいない、いや、意識を失ってさえいない事に気づいた。

 オーリスは小声で詠唱していた。

 あまりにも小さく、そして速く、リーフには言葉が聞き取れなかった。

「オーリス、一緒に来るんだ。ここは危険だよ」

 リーフはオーリスの腕に触れながら促した。

 オーリスはさらに目をぎゅっと閉じたが、他に聞いたという素振りは見せなかった。

 彼は頭を上げず、彫像のローブの裾から指を離さなかった。

 狂乱した声は、一瞬たりとも止めなかった。

 リーフは近づいてくるアラクを不安そうに一瞥した。

 怪物は今や近づいてきていた。

 少なくとも10匹が楔形の群れをなして這い回っており、先頭を走るのは一番大きな一匹だった。

「オーリス!」

 リーフは鋭く言った。

 彼は笛吹き男を彫像から引き離そうとしたが、

 その細い指はすぐに剃刀のように鋭いガラスを掴み、強く握りしめた。

 血が流れ落ちて地面に落ちたが、声は途切れなかった。

 リーフはさらに身を乗り出し、耳を澄ませた。

「我を守れ、我を守れ」

 一つの呪文を、果てしなく繰り返す。

 まるで、ヴァージニアがウネウネした生き物をみた時と同じような反応をしたように。

「リーフ!」

 ヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンは、

 身を隠していた菌類の陰から、慌てて手招きしていた。

 リーフにはほとんど見えなかった。

 いつものように、リーフのマントは周囲の色を帯びていた。

 完璧にヴァージニア達の姿を隠していたのだ。

 振り返ると、アラクがどれほど近くにいるのか、

 ほんの数瞬でどれほど遠くまで這い上がってきたのかを見て、リーフは衝撃を受けた。

 彼らは足元の固い地面にすぐに慣れ、着実に、そして自信に満ちて動いていた。

(まだ気づいてないけど、きっと……)

 リーフは必死に、警告と命令を囁きながら、再びオーリスを引きずり出そうとした。

 しかし、オーリスの血を流す指は、温かいガラスを鋼鉄のバンドのように掴み、

 オーリスの早口の詠唱は止まらなかった。

 絶望したリーフはオーリスを置いて、

 ヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンが不安そうに蹲っている場所へと這い進んだ。

「オーリスは……」

「動かないで」

 リーフはそう言いながら、ヴァージニア達と一緒にマントの陰に潜り込んだ。

「それはオーリスが決めた事。

 もしかしたら、像の魔法の方が隠れ場所よりも守ってくれると思っているのかもしれない」

 リーフは首を横に振った。

 喉につかえがあって、話すのが難しかった。

「そうは思わない。オーリスは最後の力、そして笛の力を使って、

 残された世界の全てを掴もうとしているのだと思う」

 口の中に酸っぱく、焼けつくような味がした。

 敗北、怒り、そして罪悪感の味だ。

 ペンと笛吹きの男の事を思った。

(まだ、まだ海藻の帯の向こうの笛から様子を見ているのだろうか?

 それとも、長く見なかった光と魔法を民のために取り戻した喜びに浮かれ、

 既に筏へと急いでいるのか?)

「筏の笛吹き男が知る限り、ドームの中には何千人もの人々がいた」

 リーフは近づいてくるアラクに視線を向けながら呟いた。

「何千人もの人々が、オーリスの行いによって、

 あるいは僕達が無知のうちに行った事で、人生を破滅させられていただろう」

「奴は自らの民の命のために戦っていた。優れた指揮官らしく、奴は勝利のチャンスを掴んだ」

 リーフは、ペンに訪問者について語りながら、笛吹きの輝く瞳を思い浮かべた。

 彼らは我々の救いになるかもしれない。

「そして、優れた指揮官なら誰でもそうであるように」

 バルダはさらに静かに続けた。

「大義のためには犠牲を払わなければならない事を、奴は知っていた。

 残念ながら、今回の犠牲は俺達のようだ。怪物達は俺達を通り過ぎようとはしないだろう」

 アラクはもうすぐヴァージニア達に迫っていた。

 像に近づくにつれて速度を落とし、そして今、完全に立ち止まっていた。

「暖かさのせいよ」

 ジャスミンは息を呑んだ。

「彼らがドームの傍に留まったのは、食べ物のためだけじゃなくて、暖かさのためよ。

 像が好きなのも同じ理由。恐らくその周りに巣を作ろうとするでしょう」

 リーフは吐き気がした。

「じゃあ、わたくし達はオーリスを助けられないんですの!?

 ピラの笛の胴体がなくなった事を知りながら!?」

 リーフは、アラクの最大の怪物が、動かないオーリスの体に近づいていくのを、

 恐怖の眼差しで見つめていた。

 その怪物は巨大だった。

 光沢のある黒い甲羅から、赤く光る目が飛び出していた。

 牙はゆっくりと開いたり閉じたりしながら、毒液を垂らしていた。

 二本の前脚がそっと伸び、オーリスを掴み、引っ張った。

 オーリスの手はガラスに強く握りしめられ、は身動きもしなかった。

「助けなきゃ!」

「駄目だ!」

 リーフは苦痛に呟き、立ち上がろうと身構えた。

 バルダの手がリーフの手首をしっかりと掴んだ。

「じっとしていろ! オーリスはもう助からない! だが、少なくとも君は助かるんだ」

「もうどうでもいい」

 リーフは息を切らして言い返した。

「大切なのは?」

 その時、アラクは我慢の限界を迎えた。

 低い唸り声と共に、オーリスを像から引き剥がし、空高く持ち上げた。

 オーリスの恐怖と絶望の叫び声は、リーフの骨まで凍り付いた。

 額に冷や汗が滲み、激しく震え始めた。

 耳を塞ぎたいのに、手は硬直したままだった。

 目を逸らしたいのに、動けなかった。

「……私なら、オーリスを助けられるかもしれない」

 ワソはこっそりと一丁の拳銃を取り出し、サイレンサーの術をかけた。

 怪物は後ろ足で立ち上がり、獲物を引き寄せた。

 オーリスは叫び声を上げ、恐怖の苦痛に身もだえした。

 怪物の赤い目は、まるで恐怖を楽しんでいるかのように、オーリスをじっと見つめていた。

「今だ!」

 そして三発、アラクに向かって撃つ。

 銃弾は正確に、アラクの身体に穴を開けていく。

 しかし、銃弾の威力はワソの筋力に左右されない一定のものだったらしく、

 アラクに致命傷を与えるには至らなかった。

 そして突然、牙が突き出し、首筋に突き刺さり、オーリスの抵抗に終止符を打った。

 棘と爪の生えた脚は、たちまち力なくしたオーリスの体をバラバラに引き裂き始めた。

 船を引き裂いたのと全く同じように、それを引き裂いた。

 もう一体のアラクが近づき、獲物の分け前を奪い合い、

 リーダーの顎から滴り落ちる肉片を一つ一つ奪い合っていた。

 吐き気がしたリーフは、ようやく目を逸らす事ができた。

 そしてその時、オーリスが空中に持ち上げられた瞬間から

 目の前にあった光景が目に飛び込んできた。

 像の腕が上がっていく。

 リーフが驚いて見守る中、その手は穏やかな顔を覆った。

 ガラスは最早透明で輝いておらず、どろっとした白に変わっていた。

 リーフは叫び声を堪えるために口に手を当てた。

 横目で見ると、ヴァージニア、バルダ、ジャスミンも驚いて見つめていて、

 ワソはアラクを銃で仕留められなかった事に落胆していた。

 奇妙な、耳障りな音がした。

 そして、何の前触れもなく、像は崩れ落ちた。

 耳をつんざくような、轟音のようなガラスの破片が降り注ぐ。

「気をつけろ!」

 リーフは叫び、バルダとジャスミンを地面に引きずり下ろした。

 ヴァージニアとワソも何とか転がる。

 五人はマントの下に横たわり、ぎざぎざの破片が舞い上がり、再び降り注ぎ、

 まるで死の雹のように地面を叩きつける中、目を固く閉じていた。

 アラクの咆哮と、飛び散るガラスがダーツのように怪物の殻を砕く音が聞こえた。

 そしてついに、全てが再び静まり返った。

 リーフは慎重に頭を上げた。

 彼の心はピラの笛の音で満たされ、響き渡っていた。

 笛の胴体は、砕けたガラスの奥深くに埋もれていた。

 笛はリーフを呼び、手招きしていた。

 しかし、リーフは身動きできない事を悟り、硬直したままだった。

 像に最も近かった二匹のアラクは、倒れた場所に横たわり、足を蹴り、無駄に絡み合っていた。

 しかし、他のアラクは、甲羅に小さな切り傷やひび割れはあったものの、

 激怒させる程度の怪我で済んでいた。

 唸り声を上げて後ろ足で立ち上がり、前足で空を掻いた。

 バルダは小声で呪いの言葉を吐いたが、ジャスミンとヴァージニアは見上げていた。

 ドームは霧のように溶けて消え去った。

 虹に満ち、煌めき、眩いばかりだった。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは腕に顔を埋めた。

 アラクは悲鳴を上げて必死に逃げ出し、負傷した二体をその場に残して死んでいった。

 そしてペンは、かつてドームの隙間だった場所に、骨の槍をぎこちなく握りしめ、

 息を切らしながら立ち尽くし、苛立ちと安堵の入り混じったすすり泣きを漏らした。

 もう、彼女にできる事は何もないのだから。




次回で秘密の島編はおしまいです。
ワソなら何とかできると私も思ったのですが、ダイスの結果はこうなったのです。
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