ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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いなくなったはずのあいつが、何故ここに……? なお話。
ポイ活ゲームの報酬がだんだん下がるのは最早宿命なのか……?
私だったらユーザーの気持ちに寄り添ってどんどん上げていくんだけどネ。


第22話 怪物だと思ったら

 硬い地面を無力に掻きむしりながら、リーフは足に石が擦れるのを感じた。

 パニックに襲われ、リーフは岩の下に開いた穴に足から引きずり込まれている事に気づいた。

 必死に両腕を前に突き出した。

 驚きで息を呑むリーフは、ヴァージニア、ワソ、ジャスミン、エムリス、

 バルダが掴みかかり、リーフを引き止めようとしたが、無駄だった。

 リーフは蹴ろうとしたが、足首を掴んだ鱗の爪は、

 ますます強く締め上げ、さらに強く引っ張った。

ぐあぁぁぁぁぁっ!

 リーフはまるで真っ二つに引き裂かれるような感覚に襲われ、苦痛と恐怖に叫び声を上げた。

「黙れ、さもないと皆殺しにするぞ!」

 荒々しい声が吠えた。

 下から呻き声と罵声が聞こえた。

 その時、突然、リーフは別の手が足を掴み、激しく動いた。

 ヴァージニア達の掴んでいた腕が滑り落ち、

 リーフは岩の下に潜り込み、ドスンと硬い地面に倒れ込んだ。

 たちまちリーフは持ち上げられ、壁に叩きつけられた。

 巨大な手がリーフの首を絞めていた。

 呆然とし、半ば絞め殺されたリーフは、その岩が単なる丸石ではなく、

 大きな洞窟の天井の一部である事に気づいた。

 松明が岩壁と床で揺らめいていた。

 影の中を水が滴り落ちていた。

 奇妙に雑多な存在達の小集団がリーフをじっと見つめていた。

 髭を生やした案山子のような男がいて、その手は猛禽類の爪のような鱗状の爪だった。

 彼の隣には女が立っていた。

 若く背が高いが、やつれて目は窪み、影の大王の印が額に残酷に焼き付いていた。

 そしてリーフを壁に押し付けていたのは――グロックだ。

 

(グロックはダークと戦って死んだはずなのに……プリューム島の墓で眠ってるはずなのに……。

 まさか、オルがグロックに変身してるのか?)

 リーフは、自分のすぐ近くで唸り声を上げる野蛮な顔に唖然とした。

 もしオルがグロックに変身していたとしたら、オルはきっとリーフだと認識したふりをして、

 グロックの声で名前を呼んで挨拶するだろう。

 しかし、この男の目には、リーフを認識する気配は全くなかった。

 ジャスミンが洞窟の天井の穴からドスンと音を立てて飛び込んでくると、

 リーフの喉を締め付ける巨大な手を払った。

 すぐ後ろからヴァージニア、ワソ、バルダ、エムリスが続いた。

 ヴァージニア達は武器を手にしていた。

「リーフを放しなさい!」

 ヴァージニア達は飛び出し、リーフが壁に押し付けられているのを見て、凍りついた。

「一歩でも動けば、首を小枝のように折ってやる!」

 グロックに似た存在が唸り声を上げた。

「武器を捨てろ。俺達は友達だ!」

 鉤爪の男は前に出て、パチンと鳴らした。

 しかし、ヴァージニアはメイスを構えながら、こう言った。

「あなた、グロックじゃありませんわね」

「仲間をこんな場所に引きずり込むのは友達の行為だと言うかもしれないが、俺達は違う」

 バルダは剣を少し振り上げ、唸り声を上げた。

 男は頭を傾け、不思議そうに男を見た。

「ブリアンヌ、落とし戸を閉めろ!」

 男は肩越しに命じた。

 背の高い女は怒りに眉をひそめ、男の命令に従おうとした。

「奴らをここに連れてきたのはバカだったよ、鉤爪!」

 洞窟の明かりが突然暗くなると、女は鋭く言った。

「言ったはずだが?」

「奴らをあいつらに任せろというのか?」

 鉤爪の男はゆっくりと言った。

「平原を彷徨っていた時、お前は助かったと喜んでいただろう、ブリアンヌ。

 いいか、奴らの会話を聞いたんだぞ! 奴らは無害だ」

 グロックに似た男は嫌悪感を込めて唾を吐いた。

「無害だって? 正気か! 良くても囮、悪く言えばスパイだ。

 見てみろ! 逃げ出した奴隷に見えるか? 悲しみの気配など微塵もない」

「そして東から来たんだ、鉤爪。奴隷は全員西にいる。あたし達の目で見たんだ。

 奴らが鎖に繋がれ、厳重な警備の下、頭上をアクババが飛び交う中、平原を横切っていくのを。

 耳で聞いたんだ。憲兵団が奴らを嘲り、『影の王国の闘技場へ行くぞ』と叫ぶのも。

 一体どうやってこの四人が逃げ出したんだい?」

 ジャスミンは息を呑んだ。

 リーフはブリアンヌと呼ばれた女が何を考えているのか想像できたが、

 無表情を保つのに精一杯だった。

 彼の考えは正しかった。

 奴隷達は全員、影の王国の闘技場に追い込まれている。

 何か恐ろしい計画が進行中だ。

 ここから逃げ出さなければならない。

 それも一刻も早く。

 リーフはバルダと目を合わせ、瞬きをした。

 バルダの口元がほんの少し引き締まった。

 

「さて、よそ者ども? 仲間の意見は聞いただろう。説明しろ!」

 鉤爪は歯切れよく言った。

「あなた達に説明する必要はありませんわ。

 あなた達の助けも、あなた達と一緒の道も望んでおりませんわ。

 ただ、自分の道を進みたいだけですわ……ってブリアンヌ、まさか、あなたは……」

「まったく! どうしてお前達にそんな事をさせなければならないんだ?」

 鉤爪は嘲るように頭を下げた。

 数秒後、彼は答えを出した。

 瞬きする間もなく、バルダが飛び出し、その剣を鉤爪の喉元に突きつけたのだ。

 リーフの首を掴んでいた力強い手が、凶暴に締め上げられると息詰まるような呻き声が漏れた。

 バルダはただ微笑んだ。

「では、命には命を払うのか?」

「あの坊主は不要だ。価値に見合わないほど厄介者だ。お前達の仲間はお前なしでやっていけるんだ?」

 リーフを襲った男は怒りを込めて唸り声を上げた。

 ブリアンヌは無表情で、震えを隠すために腕を組んだ。

「その通りだ。坊主を放せ!」

 鉤爪は言ったが、全く動揺していないようだった。声を荒げた。

 リーフは締め付けるような締め付けが緩むのを感じた。

 すると、捕らえていた男がリーフから離れていく。

 リーフは洞窟の床に滑り落ちた。

 目の前に光の点が踊り、傷ついた喉は息を切らしていた。

 エムリスとジャスミンが駆け寄ると、バルダは鉤爪を押し倒して二人の元へと向かわせた。

 他の洞窟の住人達はヴァージニア達と向き合い、動こうとしなかった。

「俺達の関係はまずいものになりそうだ」

 鉤爪は、まるで上品な社交の場で会話をしているかのように冷静に言った。

「残念だ。すぐに助け合わなければならないと思う。

 お前達は逃げ出した奴隷のような振る舞いはしていない。

 だが、影の大王のしもべでもないと思う」

「じゃあ、一体何なんだい?」

 突然、ブリアンヌは手を口元に当て、目を見開いた。

 鉤爪はバルダから目を離さずに頷いた。

「赤い雲が山々を覆い改造人間が敵の猛威に叫び、震え上がったあの日、俺が言った事の証拠だ。

 デルトラは影の大王から解放された。デルトラのベルトは何とか直り、世継ぎも見つかった。

 デルトラから山を越えて我々の訪問者がやって来たのだ」

 バルダの顔は無表情のままだった。

 鉤爪の口角が、何か面白がっているように歪んだ。

「お前は俺達を信用していないようだな。自己紹介すれば状況は好転するかもしれない。

 俺は鉤爪と呼ばれているが、理由は明白だろう。だが、本当の名前はデルのマイカルだ」

「よろしくお願いしますわ、鉤爪」

 リーフは目を見開き、ジャスミンとエムリスが素早くマイカルの爪に視線を向けるのを見た。

 鉤爪は冗談めかして微笑んだ。

「驚いたな。俺を遠い国から来た変わり者だとでも思ったのか? いや、とんでもない、友よ。

 俺はデルトラの住人だ――いや、デルトラに忘れられる前はそうだった。

 陶器工場で暮らし、働いていた。もしかしたら、お前も知っているかもしれないな?」

「……」

「家族とここに来た時、奴は俺の外見を少し――改良したんだ。奴はそういう実験が好きなんだ」

 マイカルは爪を伸ばし、考え込むように曲げた。

「これは強くて、俺にはよく役に立つ。奴が俺の脳を完全に改造する前に工場から逃げ出した。

 俺達は奴らを改造人間と呼んでいる」

「バッタのヒーローみたいですわね」

「ほぉ、悪くはないな」

 ヴァージニアの言葉に、鉤爪は苦笑した。

 リーフはエムリスが小さくすすり泣くのを聞き、バルダの緊張を感じ、

 ジャスミンの手が自分の手を求めているのを感じた。

 ヴァージニアとワソの震えは止まっていた。

 恐怖に苛まれ、リーフは鉤爪を見つめ、恐ろしい真実に向き合う事を強いられた。

 エムリスに重傷を負わせた怪物――乾燥した平原を徘徊する、

 あの醜悪な半獣半人の怪物は、デルの民だった。

 影の大王の実験の犠牲者となり、狂気に駆られた、救いようのない存在だったのだ。

 自分の言葉に満足した鉤爪は、ブリアンヌと呼ばれた背の高い女性に手を振った。

「ブリアンヌは俺達のグループの新入りだ。ブリアンヌを連れてきた事を何度も後悔している。

 ロバのように頑固で、最初から俺の悩みの種だった」

 背の高い女性は睨みつけ、肩を竦めた。

「あたしは小悪魔ブリアンヌ」

「……ブリアンヌって、まさか……」

「ブリアンヌは影の王国の闘技場から脱走した。

 デルトラの出身者としては三人目だと言われている。

 一人目がどうなったのかは知らない。だが、二人目はここにいる」

 鉤爪は、ブリアンヌの隣で顔をしかめている巨漢の男を指差した。

「これが俺達の最後の仲間だ。本人の証言によると、最後で、そして最も偉大な人物だ。

 ジャリス族のグルスだ」

「グルス!」

 ジャスミンは目を凝らしながら、思わず声を上げた。

 鉤爪がグルスと呼んだ男は顎を突き出し、巨大な拳を握りしめた。

「名前が面白いのか? ならば、俺と戦ってみろ、弱虫め。

 戦いが終わった後もまだ笑っているか試してみろ!」

「あなたの名前には何の問題もないわ!

 ただ、あなたは……そっくり……私達の……友達に似ているだけよ」

「グロックという名のジャリス族だ」

 バルダは鉤爪の喉から剣を離さずに付け加えた。

 グルスの顔がすっかり動かなくなった。

「俺にはグロックという兄がいた」

「奴らの言う事を聞くんじゃないよ、グルス!

 奴らは影の大王のしもべだ! あんたを騙そうとしている!」

 グルスは目を細めた。

「騙されない。俺には一つ上の兄貴がいた。だが、とっくに死んでしまった。

 ジャリス族が敵に最後の抵抗を仕掛けた時、戦場でグロックが倒れるのを見た。

 俺達が捕まる前に」

「グロックは倒されたかもしれないけど、その時は、死んではいませんでしたわ」

「そして、グロックは生き延びて、

 デルトラから影の大王を追い出すという大きな役割を果たし、英雄として――」

 バルダが咳払いをすると、ジャスミンは言い過ぎたと気づき、言葉を切った。

「――私達の腕の中で」

 ジャスミンはぎこちなく言った。

 グルスが疑わしげに眉をひそめると、

 彼女は素早く首からグロックのお守りを外し、彼に差し出した。

「グロックが死ぬ直前にくれたのよ。何だか分かる?」

「これは……ジャリス族のお守りじゃないか!」

 グルスは目を見開き、小さく色褪せた袋を見つめながら、唇をほとんど動かさずに呟いた。

「祖先の一人が殺した小鬼のお守り、ダイヤモンドの蛇の腹から取った石一つ、

 竜の巣から取った石二つ、強力な力を持つハーブ、ガブリ草の花。

 まさか、また見る事になるとは思わなかった」

 ジャスミンはヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダを一瞥した。

 少なくともジャスミンの表情は、確信に満ちていた。

 ジャスミンは再びグルスに手を差し出した。

「受け取って。グロックもあなたに渡したいはず。

 他に誰もいなかったし、共に戦ったから、グロックは私にくれたのよ。もう完全ではないわね。

 あなたが小鬼のお守りと呼んでいたものは、もうなくなってしまったのよ。

 いずれにせよ、喜んで受け取ってくれるかもしれないわ」

 グルスは、小さな袋を受け取ろうとはせず、じっと見つめた。

「グロックはこれをお前に渡した時、何と言った?」

「『お前はジャリス族の心を持っている。俺の首からお守りを受け取れ。

  今はお前のものだ。それがお前の役に立つ事を祈る』」

「兄貴はお守りを渡す時、必ずそう言っていたんだ。やっぱり、嘘じゃなかった!

 この女は兄貴と一緒に戦った。この女はジャリス族の心を持っているんだ」

「私は『この女』じゃなくて、ジャスミンよ」

 グルスはジャスミンに向き合い、深く頭を下げ、ジャスミンの手からお守りを受け取った。

「いつか、俺もお前と一緒に戦える事を願う」

 グルスはジャスミンに最高の賛辞を贈り、ジャスミンは微笑んだ。

「それじゃあ、一緒に西へ行きますわよ! 捕まったみんなを助けるために!」

 

 一時間も経たないうちに、ヴァージニア達は再び西へと向かっていた。

 しかし、ヴァージニア達は予想していたような陸路ではなく、

 地下のトンネルを這って進んでいた。

 そして、最早孤独ではなかった。

 グルスだけでなく、鉤爪とブリアンヌも同行していた。

 リーフは洞窟の住人達の助けと仲間の存在に十分感謝していたが、

 まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。

 洞窟の住人達は、まだ訪問者の名前さえ知らなかったのだ。

 ジャスミンが劇的な発表をした後、グルスに伝えたのは、

 ヴァージニア達が影の王国の闘技場にいる奴隷達を解放しようとしているという事だけだった。

 彼女はピラの笛については何も語らなかったため、その探求は実に無謀に聞こえた。

 リーフはグルスが興味を持つかもしれないことは理解していたが、

 鉤爪とブリアンヌはもっと慎重だろうと思っていた。

 しかし、リーフが考えていなかった事があった。

「洞窟はもう安全じゃない。

 デルトラから来たばかりだとは認めないだろうが、俺はそう確信している」

 鉤爪は、洞窟は最早安全ではないときっぱりと言った。

 ワソは、この世界に安全な場所はどこにもないと思っているため、頷いた。

「山々を守る閉ざされた呪文を突破したのだ。敵は警戒している。

 今にも影の憲兵団が群れをなしてここにやって来て、お前らを嗅ぎつけてくるだろう。

 一刻も早くここを離れるに越した事はない」

 グルスは唸り声で同意したが、

 ブリアンヌは怒りと絶望に満ちた表情で水袋に水を汲みに行くために背を向けた。

 エムリスは同情に満ちた表情で、

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンを脇に引き寄せた。

「どうして鉤爪に、僕達が影の王国に来たって言わないの?」

「そんな事を言ったら十中八九、影の大王にバレちゃいますわよ」

「でも、鉤爪なら信用できるよ!」

「いや、ベラベラ喋るかもしれないな」

 バルダは厳しい表情で首を振った。

「だが、俺達と来るにせよ、ここに留まるにせよ、いつ捕まるか分からない。

 捕虜に喋らせる方法はいくらでもあるし、影の大王はそれを全て知っている」

 バルダの言葉に、エムリスは恐怖に怯えた表情を浮かべた。

「だからグルスには何も話さなかったのね」

「ああ。誰にもバレなければ、それだけ安全になる。

 知らない事は無理に口にさせる事はできないからな」

 ジャスミンはリーフを一瞥した。

 ヴァージニアは、リーフがまだ口を開かない事に驚いた。

 リーフは頭を下げていた。

 何か強い感情に囚われているようだった。

「リーフ、あなたもそう思わないの?」

「もちろんだ」

 リーフは顔を上げてジャスミンの目を見つめた。

「あの人達に話したら少しは楽になるかもしれないが、裏切り者として死ぬかもしれない。

 僕達は黙っていなくちゃいけない。

 だが、エムリスの言う事には賛成だ。それは難しい事だ」

「うーん、どうしますの? やっぱりメモとか……?」

 ヴァージニアが答える前に、

 グルスは重々しくヴァージニア達の横を通り過ぎ、洞窟の奥の影へと姿を消した。

 鉤爪は松明を持って後を追った。

 ヴァージニア達は岩が動く軋む音を聞いた。

 そして鉤爪が松明を高く掲げると、グルスが大きな石をどかし、

 小さく暗いトンネルを出現させたのが見えた。

「このトンネルは、さらに西にある別のレジスタンスの拠点へと続いている。

 影の大王が地上を襲った日から使っていないが、地上よりは安全だろう」

「でも……またウネウネした生き物がいるんじゃないですの?」

 ヴァージニア達が躊躇しているのを見て、彼は眉を上げた。

「もしよければ、俺達が先に行こう」

「まずはグルスとブリアンヌから。鉤爪、君が間に入るんだ」

 鉤爪は短く頷き、グルスとブリアンヌをトンネルへと導いた。

 二人は慣れているようで、躊躇う事なく、中に入っていった。

 次にヴァージニア、ワソ、ジャスミン、そしてエムリスとバルダが入った。

 鉤爪の番になると、鉤爪は洞窟を最後に一瞥し、苦笑した。

「この場所に来た時は、岩の下のただの空洞で、

 傷ついた獣のように隠れられるくらいの大きさだった。

 その時、下から水が滴る音が聞こえた。喉の渇きに苛まれ、掘り進めた。

 洞窟と水を見つけた。水はデルトラから、恐らく恐怖の山から地下に流れ込んでいる。

 影の王国の絶望、悲しみと俺達が呼ぶものに対して、

 この場所は長い間、俺にとっての避難所だった」

「君達がここを去る原因を作ってしまった事をお詫びする」

 リーフは、良心がリーフを刺すように痛めた。

 鉤爪の笑みが広がった。

「何も残念な事はない。

 鉱山を放棄し、民が西に逃げるのを見た瞬間、隠れる時間はもう終わりだと悟った。

 隠れる事に意味があると偽る事はできる――数人の命を救い、

 数人の憲兵団を殺せば敵に打撃を与えると偽る事はできる――俺は耐えられる。さあ……」

 鉤爪は松明を消し、リーフのすぐ後ろについてバルダの後を追った。

 

 トンネルは暗く狭かった。

 鉤爪はほとんど口を利かず、狭苦しくカビ臭い暗闇の中を果てしなく続く旅路の途上で、

 リーフは自分達が罠にかけられているのではないかと疑う余裕があった。

 しかし、ついに前進は止まった。

 またしても、トンネルを塞いでいた石を押し退ける、軋む音がした。

 それから、長く低い呻き声がトンネルに木霊した。

「どうしたの?」

 リーフはブリアンヌの声を聞いた。

「グルス!」

 返事はなかった。

 前進を再開し、まずブリアンヌが、続いてブリアンヌに続く者達が、

 石の向こうの洞窟でグルスに合流した。

 リーフはくぐもった叫び声と囁き声の奔流を聞いたが、それから何も聞こえなかった。

 恐怖を感じながら、リーフは鉤爪の後を追って狭い開口部を這っていった。

 誰も松明に火をつけていなかったが、洞窟は暗くはなかった。

 卵の殻のように割れた天井から、冷たく白い光が差し込んでいた。

 床に散らばった、いくつかの哀れな所持品は、厚い埃の層に覆われていた。

 焦げた寝具、割れたボウル、衣服の切れ端。

 血しぶきが飛び散った岩壁には、影の大王の印が焼き付いていた。

 ここで何が起こったのかは明白だった。

 空気そのものが恐怖の匂いを漂わせているようだった。

 リーフは、屋根の穴の下、焼け落ちた粗末な梯子の残骸の近くに、

 身動き一つせずに立っているヴァージニア、ワソ、バルダ、

 ジャスミン、エムリスへと、ぎこちなく歩み寄った。

「ヘレナ」

 ブリアンヌは嘆き、膝をつき、

 ぼろぼろになった青いショールを頬に押し当て、悲しみに打ちひしがれた。

「ピ・バン。ティップ。モス。ピーター。アレクシ……」

 鉤爪は薄い唇を固く結んでいた。

 彼はあまりにも動かず、ほとんど息をしていないようだった。

 グルスは影の大王の印に唾を吐いた。

「影の憲兵団が破壊に忙しくて捜索する暇がなかったのは、俺達にとって幸運だった。

 トンネルは見つからなかった。岩はまだ元の場所にあった」

「だからといって、見つからなかったわけではない。

 これは明らかに数ヶ月前の出来事だが、彼らはまだ上の空で、

 ネズミの穴に隠れている猫のように待っているかもしれない」

 鉤爪は厳しい表情で言った。

 ブリアンヌは背筋を伸ばして立ち上がった。

 やつれ、傷だらけだが、それでも美しい顔は氷のように冷たかった。

「そうであってほしいよ」

 ブリアンヌはそう言って、ベルトの短剣を指で撫でた。

 その時、リーフは突然、ブリアンヌの名前をどこで聞いたかを思い出した。

 リスメアへの道中だった。

 小悪魔ブリアンヌは、一年前のリスメアの競技会で優勝した人物だった。

 ブリアンヌは勝ち取った富を村に分け与えるのを避けるために、身を隠したと言われていた。

 その話は嘘だった。

 そのせいで、ブリアンヌは自分の民から憎まれていたのだ。

 きっと、苦しみを与える事に躍起になっている影の憲兵団からそう聞かされたのだろう。

 リーフは、ジャスミンの民が今やブリアンヌに何が起こったのかを知り、

 ブリアンヌの死を悼んでいると伝えたいと思った。

 しかし、まだ何も言えなかった。

 ジャスミンは屋根の穴に舞い上がったクリーに囁いた。

 ヴァージニア達は、空に浮かぶ黒い鳥の姿と、黄色い目が光るのを見た。

 それからクリーはジャスミンの肩に戻ってきて、低い鳴き声を何度も上げた。

 ジャスミンは警戒した。

 グルスは小声で悪態をつき、お守りを探った。

「あれが見えるか?」

「おい、鳥がジャスミンに話しかけている!」

「そうらしいな」

 鉤爪の鋭い目が、ジャスミンとクリーを興味深そうに見つめた。

「クリーには影の憲兵団は見えないわ。でも、少し西に大きな建物があるの」

「あれが工場だ。影の王国の闘技場に行くには、そこを通らなきゃいけない」

 鉤爪の声は低く、落ち着いていたが、

 そう言うと目の横の神経がぴくっと動き、無意識に爪を伸ばした。

 グルスは鉤爪を一瞥した。

「それなら、まだ夜のうちに始めた方がいいな」

 グルスが唸ると、鉤爪は短く頷いた。

 それから、何も言わずに大股で屋根の穴の下に立ち、飛び上がった。

 爪で穴の縁を掴み、空中へと引き上げられた。

 ヴァージニア、ワソ、ジャスミン、バルダ、リーフ、ブリアンヌもそれに続き、

 グルスが持ち上げたエムリスをすぐに捕まえて持ち上げた。

 グルス自身は、大きな手で体を支え、重い足で洞窟の壁を蹴りながら、

 唸り声や悪態をつきながら、最後に到着した。

 彼が罅割れた粘土の上にぶつぶつと倒れ込むと、ヴァージニア達は西へと方向転換し、

 遠くにそびえ立つ長く暗い塊を思う存分眺める事ができた。

「随分と高いですわね」

 工場は山の端までほぼ伸びていた。

 高く細い煙突から炎が噴き出し、頭上の沸騰する雲を真紅に変えていた。

 その光景を見るだけで、リーフは恐怖に襲われた。

 ジャスミンの方を向くと、ジャスミンは前方の影をじっと見つめていた。

 緑色の目は計算高く、口元は決意に満ちていた。

 リーフは不安がこみ上げてきた。

「どうしてジャスミンはあんな顔をしているんだろう?」

「さあ……よく分かりませんわ」

 

 ヴァージニア達は一列になって歩き始めた。

 身を低くし、散らばる岩の間の隙間を素早く進んだ。

 前方の煙突の炎は高く燃え上がり、ヴァージニア達の行く手を導いていた。

 危険な音に耳を澄ませたが、聞こえるのは鈍く低い轟音だけで、

 一歩踏み出すごとにその音は大きくなっていた。

 炎は近づいてきた。

 轟音は次第に耳を突き刺すようになり、

 空気が震えるほどになり、足元の大地が震えるようだった。

 風に乗って、酷く甘酸っぱい匂いがヴァージニア達の方へと吹き込んできた。

 リーフは今、すぐ近くに工場の残忍な姿を目にした。

 工場の脇を西へ続く広い道路が走り、大きな丘の周りを抜けていくのが見えた。

 そして、あの酷い悪臭の源も見えた。

 道路と山々の間には、巨大な、影のようなゴミの山が横たわっていた。

「あの山がいい隠れ場所になるだろう」

 バルダがリーフに呟くと、鉤爪は振り返った。

 顔は汗で光り、目は潤んでいた。

 唇は冷笑にも似た笑みを浮かべていた。

「いい隠れ場所だ」

「うん、そう思ったよ」

 その時、突然、鉤爪は目を見開いた。

「グルス! ブリアンヌ!」

 鉤爪は荒々しい声で叫んだ。

 ヴァージニアとリーフが振り返ると、

 巨大な緑色の人型の怪物がこちらに向かって飛びかかってくるのが見えた。

 巨大な弓状の肩、鉤爪の生えた手、そして振り回せるような尻尾を持つ。

 蛇のような鱗が輝き、唇のない醜悪な口は獰猛な笑みを浮かべ、

 オレンジ色の瞳は燃えるように輝いていた。

 リーフはそれが何なのか分かっていた。

 以前、恐怖の山で似たようなものを見た事がある。

 影の大王が作った殺人怪物、ブラールだ。

「わっ!」

 ブラールは恐ろしい、ナイフのような湾曲した爪を広げていた。

 尻尾を振り回し、分かれた蹄の裏側から砕けた粘土が飛び散りながら、突進してきた。

 数秒のうちに、ブラールは彼らの前に現れるだろう。

「逃げろ!」

「そうですわね!」

 グルスはジャスミンに向かって叫んだ。

 ジャスミンはリーフ、バルダ、ヴァージニア、ワソと同様に、警告を必要としなかった。

 ブラールは痛みなど気にせず、恐怖や退却の意味も知らなかった。

 ジャスミンとヴァージニアは踵を返し、ゴミ捨て場へと駆け出した。

 リーフとバルダはエムリスを挟み込み、ジャスミンとヴァージニアを追った。

 ワソも大急ぎでヴァージニアに追いつこうとした。

 敵が立ち上がって戦おうとしない事に怒りを露わにし、ブラールは追いかけた。

 鉄の首輪にまだぶら下がっている錆びた折れた鎖がガタガタと音を立てたが、

 ブラールは気にしなかった。

 その音に慣れていたのだ。

 捕らわれの身から逃げ出して以来、ずっとその音と共に生きてきたのだ。

 ブラールにとって、折れた鎖の音は自由の象徴だった。

 主の命令ではなく、好きな時に好きな場所で殺し、食べる自由。

 影の王国の闘技場の地下にある狭い檻とは一線を画す、開けた平原を徘徊する自由。

 這いずり回る甲虫を食べる獣人、地面に穴を掘るぼろぼろの奴隷、

 そして味は悪いが爪と牙に叫びながら倒れるまではそれなりの楽しみを与えてくれる、

 捕食する自由……これらの敵は異なっていた。

 ブラールは彼らの行動だけでなく匂いからも、最近戦わされてきた敵とは違うと分かった。

 彼らの血管にはまだ鮮血が流れていて、彼らの心には炎が燃えていた。

 彼らは殺す価値のある敵だった。

 かつての影の王国の闘技場の敵のように、強く生き生きとしており、

 毎日新しく連れてこられては戦って死んでいく。

 しかし、これらの敵は戦っていなかった。

 彼らは逃げていた。

 ブラールが飢えた時にだけ食べる、

 ずっと前に死んだ肉のような悪臭を放つ丘の中へと逃げていた。

 

「……!」

 ブラールの鼻は鋭く繊細だった。

 人間と同じくらい、彼らは不快な匂いを嫌っていた。

 ほぼあらゆる地面に適した蹄が、崩れかけた土塁では役に立たない事もブラールは知っていた。

 しかし、ほんの一瞬躊躇うと、ぬかるみの中へと飛び出した。

 敵は長く隠れる事はできない。

 結局、ブラールは彼らを見つけるだろう。

 まもなく辺りは明るくなり、

 不気味な丘の脇にうずくまる建物――火を噴く建物――は、最早隠れ場所とはならない。

 ブラールは経験から、人間はそこに入るくらいなら死んだ方がましだと知っていた。




次回は、ヴァージニアとワソが何故こうなったのかを明かします。
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