影の大王の軍勢がチュルナイを襲ったらそりゃそうなるよね、と思っていました。
ドアの向こうからは物音が聞こえなかった。
リーフはノブを回してみると、滑らかに回り、ドアを少し開け、奥の部屋を覗き込んだ。
最初は、ピンクがかった赤色の柔らかな光がかすかに漂うだけだった。
瞬きをすると、部屋の様子が徐々に明らかになった。
そこは、ずっと大きな、もう一つの作業室だった。
巨大で、静かで、誰もいない。
奇妙な赤い光が壁、天井、床から輝いていた。
リーフの正面の壁には、二つの巨大な扉がしっかりと閉ざされていた。
恐怖の波がリーフを襲った。
ジャスミンが後ろからリーフを押し、促していたが、リーフは長い間、抵抗した。
心の奥底から、ここにいろと叫んでいた。
服の下からピラの笛を掴み、ようやく力が抜けて部屋へとよろめきながら入った。
壁からはたくさんの作業台が突き出ており、
それぞれが部屋の三分の一ほどの長さで、幅広の革紐が取り付けられていた。
リーフの口が渇いた。
想像が突然部屋中に広がった。
ベンチに縛り付けられた無力な犠牲者達。
冷たく白い服を纏った人影が、彼らの上で影の大王の命令を実行する。
「一体、何をしているんだ?」
部屋の中央にある幅広の床は何もなかったが、硬い床面に残る傷跡は、
ずっとそうだったわけではない事を示していた。
何か重く、大きく、四角いものが、かつてはちょうど真ん中に立っていたのだ。
車輪の跡のような浅い轍はその物体が両開きの扉から部屋から引き出された事を物語っていた。
恐れるものは何もないように見えたが、リーフは床の跡に向かって歩きながら全身を震わせた。
この赤く照らされた部屋には、悪そのものが潜んでいた事を、彼は疑いなく知っていた。
ヴァージニア達もそれを感じていた。
エムリスはマントの中で縮こまり、
小さな顔が引きつり、かすかに歯をむき出しているようだった。
バルダはまるで走ってきたかのように、激しく息をしていた。
ヴァージニア、ワソ、ジャスミンの顔は青ざめていた。
フィリはジャスミンの襟の下に姿を消し、クリーはジャスミンの肩の上の黒い彫像のようだった。
本能的に、ヴァージニア達は皆、床の跡を踏まないようにした。
作業台の端に体を押し付け、視線を逸らしながら、そっと通り過ぎた。
両開きの扉に辿り着き、耳を澄ませて音も聞こえない事を確かめ、中へと足を踏み入れた。
邪悪な力が一気に押し寄せ、ヴァージニア達は足を止めた。
ヴァージニア達は薄暗く、赤く照らされた空間にいた。
壁一面に両開きの扉があった。
空間は、床のへこんだ跡の端、
中央に巨大な四角い金属製の箱が立っている以外は、何もなかった。
箱はジャスミンと同じくらいの高さで、底には車輪が、端には落とし戸がついていた。
蝶番の蓋は開いており、側面に平らにぶら下がっていた。
明らかに、それは作業室から運び出した物体だった。
邪悪な力が熱のようにそこから放射されていた。
しかし、その感覚は冷たく、血を凍らせ、骨まで凍らせるような死に至るような冷たさだった。
エムリスはすすり泣き始めた。
リーフは無理矢理手を上に上げ、ピラの笛を掴んだ。
指先からかすかな温かさが伝わってきた。
「やめて! リーフ、ダメ! 近寄らないで!」
ジャスミンはリーフの腕を掴みながら言った。
しかし、リーフは知る必要があった。
箱の中に何が入っているのか、見なければならなかった。
笛を強く握りしめ、リーフは前に進んだ。
後ろではジャスミンがよろめきながら、リーフを止めようとしていた。
リーフは箱に辿り着き、歯を食いしばって箱の縁から覗き込んだ。
最初は、蠢くピンク色の塊しか見えなかった。
そして、自分が何を見ているのかに気づき、喉が詰まった。
赤い頭を持つ何千もの長く青白いミミズが、赤い粘液の海の中で暴れ回っていたのだ。
ヴァージニアは好奇心から、箱を見ようとした。
「何ですの?」
「見ちゃダメだ、ジニー! 離れろ!」
ミミズはリーフの気配を感じ取り、後ろ足で立ち上がり、リーフに近づこうとした。
邪悪な赤い頭を上に突き上げ、尻尾を振り回した。
リーフは息を詰まらせながら後ろに飛び退き、
すぐ後ろにいたバルダ、ジャスミン、ヴァージニア、ワソにぶつかった。
四人が見たかどうか尋ねるまでもなく、愕然とした顔を見れば、四人が見たのは明らかだった。
「ここから出なければ」
バルダは息を切らして言った。
彼は右側の二重扉を指差した。
「あっちだ! 俺の計算では、ゴミの山はあっち側にある。
もしかしたら別の扉があるかもしれない……」
「駄目!」
ジャスミンは首を振り、前方の扉を指差した。
バルダはジャスミンを睨みつけ、青白い顔が真っ赤になった。
「進まなきゃ! ここには囚人がいるに違いないわ」
リーフは二人を交互に見回し、背後で縮こまるエムリスを見た。
ヴァージニアとワソは何が起きているのか分からず、混乱していた。
(ジャスミンはずっとここに来たかったんだ……)
その考えがリーフの心に浮かび、離れなかった。
リーフはそれが真実だと知っていた。
「ジャスミン? 誰だ、そいつは」
その時、どこかから声が聞こえた。
ジャスミンが驚き、罪悪感に苛まれた表情をしているのがやっと分かったその時、
作業室から物音が聞こえ、リーフは言葉を止めた。
それは人声と足音だった。
ティラ達は、リーフが予想していたよりもずっと早く視察を終えていた。
「仕方あるまい! 伝言を聞いただろう。私達はすぐに転換計画を実行する!」
「それで、私と同じ目に遭わせようとしているんだね……!」
「そうだ、ワソ! 貴様も再び引きずり込んでやる!」
「お断りだよ!」
ワソは歯を食いしばり、ヴァージニア達は慌てて周囲を見回した。
しかし、隠れる場所など、どこにもない。
バルダはリーフの腕を掴み、右側のドアへと向かった。
エムリスはその後をよろよろと追った。
ほんの一瞬躊躇った後、ジャスミンも続いた。
「ティラ! 私は絶対に、諦めないからね!」
「ワソを取り戻したように、あなたも絶対に取り戻しますわ!」
ヴァージニアとワソはティラに捨て台詞を吐きながら去っていった。
ヴァージニア達は凍えるような暗闇の中へと足を踏み入れた。
ドアが閉まるとすぐに、
ヴァージニア達がたった今出たばかりの部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。
「お前達の番が来たぞ」
軋む音がして、バタンと閉まり、カチッという音が何度かした。
箱の蓋が勢いよく閉まり、カチッと音がした。
「何が起こっているの?」
「静かにして、ジャスミン」
暗闇の静寂の中、シューという音が響き渡った。
ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミン、
エムリスは激しく飛び上がり、くるりと振り返った。
彼らの背後には、重たい布が絡み合った屋根に、車輪のついた鉄の檻があった。
檻の中で、何かが動いた。
「助けてくれ! 頼むから、解放してくれ!」
ヴァージニア達は静かに檻へと駆け寄った。
扉は重い南京錠で閉ざされていた。
鉄格子の間から、やつれ、狂気じみた目をしたグノメ族が顔を覗かせていた。
暗闇の中で、その顔が辛うじて見えた。
「俺はピ・バン。かつて恐怖の山にいた。犯人は君か? 鉤爪が送り込んだのか?
ブリアンヌとグルスはどこへ行った?」
バルダは檻の柵を二本掴み、力一杯に引っ張った。
しかし、バルダの強大な力でさえ、分厚く硬い鉄を曲げるには至らなかった。
「こうなったらわたくしが……」
ヴァージニアがメイスを振り下ろそうとすると、ジャスミンは無言で短剣を差し出した。
リーフはそれを掴み、その先端を使って重い錠を開けようとした。
「ピ・バン、鉤爪が僕達を送り込んだわけじゃない。でも、君の名前は知っている。
この場所の東にあるレジスタンスの洞窟からさらわれたんだろう?」
「仲間はどこにいるの? みんなはどこに閉じ込められてるの?」
バルダが再び鉄格子を修理し始めた時、ジャスミンは焦って尋ねた。
グノメ族はリーフの手をじっと見つめながら、呻き声を上げた。
「地下牢だ。だが、今は空っぽだ。
モス、ピーター、ティップ、アレクシ、ヘレナ……一人ずつ連れ去られた。残ったのは俺だけ」
「でも……でも、きっと他にも捕まっている人はいるわよね?」
ジャスミンの声は張り詰めていた。
「最初は他にもたくさんいた。若い者も年寄りも、大勢いた。地下牢に一緒にいる者もいた。
大人しく従順な彼らは、掃除や運搬をしていたものもいた。でも、彼らも今はもういない」
「中に若い女の子はいたの?」
「例えば、ティラという女の子とか?」
バルダは息を切らしながら、檻との格闘を少しの間、止めた。
グノメ族はやつれた顔を上げた。
「ティラが探しに来た人なのか? ああ、知ってたよ。優しい人で、空のような目をしていた。
チュルナイ――黒ずくめの奇妙で臆病な民――の一人で、
廊下を掃除したり、地下牢に食べ物や水を運んだりしていた。
最初は、彼らが影の大王に喜んで仕えていると思っていたが、そうではなかった。
彼らは俺達と同じように囚人だったのだ」
バルダは厳しい表情で頷き、再び鉄格子に襲いかかった。
まるで巨大な手で影の大王自身を掴もうとしているかのように。
リーフは錠前を見つめ、集中力を失い、眉を潜めていた。
最早、ヴァージニア達を見過ごす事に耐えられないかのように、
ピ・バンは振り返り、檻の奥へと歩み寄った。
ピ・バンは鉄格子を掴み、膝をつき、暗闇を見つめた。
ジャスミンはピ・バンに近づき、膝をついて顔を合わせた。
「ピ・バン、ここにいるかもしれない女の子がいるって聞いたの。
ティラより年下の、黒い髪と緑の目をした、フェイスという女の子よ」
ジャスミンの言葉に、ピ・バンが考え込むように眉を潜めると、ジャスミンは息を止めた。
「フェイス。その名前を口にするなんて、何て奇妙なんだ。
つい最近、影の憲兵団にここへ連れてこられた時に初めて聞いたんだ。
奴らはいつもより機嫌が悪かった。
奴らの群れの三人が、砂漠へ追いかけていたブラールに殺されたばかりだった。
奴らは俺を護衛するために、ブラールを見捨てるよう命じられていた。
俺はそれを聞いて喜んだと言った。そのせいで、痣が一つ、二つできたがな」
もつれた髭の間から、野蛮な白い笑みが一瞬浮かんだが、ピ・バンは再び冷静になった。
「影の王国の闘技場へ連れて行かれると言われた。フェイスが先に逝ったと。
奴らは俺がこの少女を知っているから、これが俺を苦しめると考えたようだ。
だが、俺は知らない」
「じゃあ、フェイスは……」
「だが、フェイスがお前にとって非常に重要な存在である事は明らかだ。
あいつは誰だ? 君と同じ黒髪と緑の目をしたこの女は?
ヴァージニア達に聞こえないのに、何故わざわざ、この女に尋ねようとするんだ?」
ジャスミンは頭の中がぐるぐる回り、慌ててピ・バンから背を向けた。
同時に、ヴァージニアはフェイスが影の大王の罠かもしれないと危惧した。
「無理だ、バルダ! 鍵が固すぎる。別の方法を見つけなくちゃ」
その時、ヴァージニア達が出たばかりの部屋から大きな音がした。
扉が勢いよく開け放たれ、行進する足音が響いた。
「影の憲兵団だ!」
「行け! 急げ! 檻の後ろにもう一つ扉がある。脱出口になると思う」
「駄目! 今は行けない!」
「行くんだ! もし死ぬなら、他人を巻き込む臆病者ではなく、
誇り高きグノメ族として死にたい。早く、行け!」
「ピ・バン……!」
しかし、時既に遅し、両開きの扉が揺れた。
鈍い赤い光が隙間から差し込んでいた。
影の憲兵団が通り抜けてきた。
ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、
ジャスミンは稲妻のように檻の天井へと飛び上がり、エムリスを後ろに揺らした。
五人は幾重もの布の下に潜り込み、
じっと横たわり、心臓を高鳴らせながら用心深く外を覗き込んだ。
「行く時間だ、クソ野郎!」
影の憲兵団の一人が嘲笑し、檻に近づき、重い棒を格子に突き刺した。
火花が散り、ヴァージニア達はピ・バンが呻き声を上げて倒れる音を聞いた。
影の憲兵団は大声で笑った。
白い服を着た二人の人影が扉から闊歩した。
ティラと、3-19と呼ばれるオルだ。
影の憲兵団は急に静まり返った。
「3-19、お前は檻と一緒に行け。私は計画と一緒に行く」
「囚人は一人だけだ。奴は鎖に繋がれても歩ける。檻は必要ない」
「必要な事を言うのはお前ではない。こいつはこの瞬間のために特別に監禁してある。
逃亡の危険を冒す事はできない。こいつに危害を加えるな。影の憲兵団を注意深く見守れ」
3-19は、痩せた顔をしかめて頷いた。
「俺達はオルに従う必要はないぞ」
「静かにしろ!」
ティラはくるりと振り返り、赤く照らされた部屋に戻った。
そこには、金属製の箱の両側に五人ずつ、別の影の憲兵団の小隊が立っていた。
3-19は咳払いをした。
「聞こえただろ? 配置に着け!」
影の憲兵団が不機嫌そうに檻の周りで距離を置くと、
3-19は影の憲兵団の横を大股で通り過ぎ、二組目の扉を勢いよく開け放った。
かすかな光が部屋に差し込み、塚の悪臭を漂わせていた。
リーフは今にも見つかるのではないかと怯え、硬直したが、警戒の声は聞こえなかった。
影の憲兵団は3-19を憤慨したように見つめていた。
3-19の目は前方を見据えていた。
「前進!」
「動け!」
「まずは毛布を下ろしておこう」
吐き気を催すような音が響き、リーフは自分達が隠れている布切れが、
檻の側面に引き下げるための垂れ幕である事に気づいた。
「毛布なんて必要ない、この馬鹿者! 夜だ! 囚人達は何も見えないぞ」
「移動用の檻には必ず覆いが必要だ。それが命令だ。俺達はいつも……」
「お前ら、処分場行きが遅れてるぞ。早く来れば来るほどいい! 動け!」
3-19は怒りに震えながら吐き捨てた。
暗い声で呟きながら、六人の影の憲兵団は檻に肩を預け、悪臭の漂う夜空へと放り投げた。
背後で巨大な金属の箱がゴロゴロと音を立てた。
ピ・バンは呆然としてぶつぶつと呟いていた。
ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミン、エムリスは、
がたがたと揺れる檻の天井に必死にしがみついていた。
影の大王のしもべ達は皆、恨みや勝利といったそれぞれの思いに囚われていた。
こうして、塚の陰から忍び寄り、後を追う影に気づいた者は誰もいなかった。
次回、いよいよ人質を助けに本格的に動きます。
フェイスの正体は……。