ヴァージニアとデルトラクエスト2   作:アヤ・ノア

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ヴァージニアとデルトラクエスト2、元々はその前に番外編を挟む予定でした。
しかし、規約違反になるため、没になりました。


第2話 謎の少女フェイス

 リーフは城の厨房にある大きなテーブルに座り、怒りを抑えながらバルダの話を聞いていた。

 ジョーカーはリーフの向かいに座り、いつものように無表情だった。

 隣にはワソとヴァージニアがいた。

 ジョーカーの隣にはジャスミンが頭を下げていた。

 バルダは、ヴァージニア、リーフ、ジャスミンと共に北を旅する途中で出会った奇妙な店主、

 トムからチュルナイの人々の運命を知った。

「街が廃墟になっているのを見て、トムのところへ行ったんだ。

 もし誰かに話せる人がいるなら、トムなら何が起こったのか教えてくれると思った。

 ネズヌクが人々を国境へ行進させているのを見たそうだ。

 影の大王を倒す、ほんの数日前の事だった」

 ジャスミンは頭を上げた。

「あの人達は無力だったわ。その中には、私達の命を救ってくれたティラという女の子もいた。

 なのに、私達は何もしないで、ただ座って話しているだけだなんて!

 デルトラ中の何千もの魂が、その意志と能力を持っているのに……」

「ジャスミン!」

 リーフの胃がむかむかした。

「影の王国に行くのはあまりにも危険だ。君達も分かっているだろう。

 影の大王の魔術はあまりにも強大で、影の王国で打ち破る事はできないんだ」

「だからといって、ここにずっと籠るわけにはいきませんわ! ベルトはどうしますの!?」

「ベルトは守るために作ったんだ。攻撃のためではない」

 ヴァージニアが口を開くと、ジョーカーが口を挟んだ。

「宝石はデルトラの国境の外へは持ち出せない。それを忘れたのか?」

「じゃあ、ベルトなしで影の王国に行くしかないんですのね」

「デルトラの人々はそこで奴隷として、もしかしたら拷問に遭っているかもしれない……」

「分かってるよ、ジニー、ジャスミン! 一時間たりともその事を考えない日はない!」

 リーフは叫び、飛び上がった。

「でも、何千人ものデルトラの民を救いようのない望みをかけて死に追いやるわけにはいかない。

 影の大王に対抗できる武器を見つけるまで、何もできないし、絶対にしない! 分かったか?」

 ジャスミンの口元は細く、冷たく結んであった。

「リーフ、よく分かっているわ。

 囚人達は諦めて、あなたはトーラに隠れて。私は一切関わらないわ!」

「……ジャスミン……」

 ジャスミンは背を向け、部屋から逃げ出しそうになった。

 バルダは呪いの言葉を呟きながら、ジャスミンの後を追った。

 ヴァージニアとワソはリーフの隣に残りながら、リーフは再び椅子に深く腰掛けた。

「ジャスミンは分かってないんだ。ジョーカー、君が伝えてくれないか」

「言うな!」

 ジョーカーはリーフの腕を掴み、身を乗り出した。

「影の大王に見つからないように、計画は極秘裏に進めなければならない。

 リーフ、これは一番重要な事だ。お前も分かっているはずだ!」

「いつだって、私達は忍者みたいに行動してたんだから。

 ……私は、影の大王の声が頭に響いて、リーフを邪魔していたんだ。

 リーフが助けてくれなかったら、今頃、私は……」

「もうこれ以上は何も言わないでくれ。分かったよ、隠れればいいんだろ?」

 ワソは、デルトラのベルトの宝石を取り戻そうとしていたリーフ達を邪魔していた。

 しかし、これは彼女の意志ではなく、影の大王がワソを洗脳したからであった。

 ワソの真剣な表情を見たリーフは歯を食いしばり、ゆっくりと頷いた。

 いつも身を隠しながら旅をしていた事を、リーフは思い出した。

 

 一方、ジャスミンはバルダが自分の名前を呼ぶ声が聞こえなくなっていた。

 バルダは、きっと外へ出るだろうと思って外に出たのだ。

 ジャスミンはそれが嬉しかった。

 見つかって宥められたくなかった。

 怒りのままでいたかった。

 少なくとも、怒りという感情は理解できる。

 ジャスミンは大きなダイニングルームへと向かった。

 この時間なら誰もいないだろうと確信していた。

 それ故、ダイニングルームが全く空っぽではない事に彼女は苛立った。

 巨大なテーブルの片側には、かつての宿敵グロックの、

 がっしりとした獰猛な姿がうずくまっていた。

 反対側には、ジャスミンがさらに嫌いな人物――かつて宮廷の曲芸師だった、

 意地悪な小男ジンクスがいた。

 二人とも片手に分厚い手袋を嵌めていた。

 それぞれ小さな木の檻とエールのジョッキ、そして肘のところに山積みのコインを持っていた。

 二人の間には、磨かれた木の上で格闘している巨大な蜘蛛が二匹いた。

 一匹は茶色の斑点模様だった。

 もう一匹はもっと黒っぽく、背中に黄色の斑点があった。

 扉が開く音に、グロックとジンクスは急に振り返ったが、それが誰なのか分かると安心した。

「なんと、国王の野生児の小さな友達で、デルトラのベルト探しの英雄だ。

 一体何の御用でしょうか、お妃様?」

 ジンクスがそう言うと、黄色い背中の蜘蛛は相手をひっくり返し、

 牙を剥き出しにしてその上に飛び乗った。

「キラメキに勝つか?」

「キラメキに勝つか!」

 グロックは興奮して叫んだ。

 ジンクスは不満げに同意する。

 彼はコインの山をテーブルのグロック側に押しやった。

 グロックは手袋をした手で勝ち蜘蛛を掴み、檻の中に押し込んだ。

 死を免れたばかりの蜘蛛は飛び上がり、檻の格子に体当たりした。

「じっとしてろ、イラダチ」

 ジンクスはそう言うと、あまり優しくなくそれを引き抜いた。

「すぐに復讐されますよ」

「蜘蛛と戦う賭けをするより、他にやる事ないの?」

 ジャスミンは嫌悪感を込めて尋ねた。

「俺達を見ているより、他にやる事がないのか、弱虫め。さっさと立ち去れ!」

「国王がトーラへ行くと聞きましたよ。お嬢様も同行しますのか?」

「ううん、行かないわ!」

 ジャスミンはきっぱりと言った。

 ジンクスは微笑みながらコートから羊皮紙の巻物を取り出し、それを調べるふりをした。

「この状況では驚きはしませんね」

 ジャスミンはジンクスの言葉の意味を知りたくてたまらなかったが、聞かない事にした。

「リーフはトーラに行くべきじゃないな」

 グロックは呟き、再びマグカップにエールを注ぎ込んだ。

「影の王国に侵攻するための軍隊を組織し、我が民を救う計画を立てているべきだ!」

「ああ、そうだな、お前はジャリス族の最後の生き残りだ、我がのろのろした友よ。

 ジャリス族は昔から戦うのは愚かだ」

 ジンクスは鼻で笑って言った。

「だが、お前は本当に部族の残りの者達と一緒に山を越えて奴隷として働きたいのか?」

「捕まるわけにはいかない。俺はグロック、ジャリス族の最強の戦士だ。

 俺は宝石が守っている。それは代々家系から受け継いだものだ」

「ああ、まったく!」

 ジンクスは嘲笑した。

 グロックは汚れたシャツの下を探り、首に紐で下げた小さな色褪せた布袋を取り出した。

「これだ!」

 グロックは叫びながら袋を開け、彫刻が施された木の塊、石三つ、小さな小枝数本、

 そしてしわくちゃになった紫色の布切れを巨大な手に放り込んだ。

「祖先の一人が殺した小鬼のお守りだ。

 ダイヤモンドの蛇の腹から取った石一つと、竜の巣から取った石二つ。

 強力な力を持つハーブ。そしてガブリ草の花だ」

「ああ、なるほど!」

 ジンクスの小さな目は楽しそうに輝いていた。

「影の王国では安全ですと? 我々の軍を勝利に導けますかね?」

「もちろんだ!」

 グロックは落ち着いた口調で言い、山積みになった物をそっと袋に戻した。

「リーフには何度も何度もそう言ったんだ。だが、奴は聞かない!」

「ああ、今はもっと大事な事を考えているんだね」

 ジンクスは、まるで全てを知っているかのような口調で言った。

 

「リーフの心の中を何も知らないのよ、ジンクス!」

 ジャスミンは酷く苛立ち、目を輝かせた。

 ジンクスはジャスミンの方を意地悪そうな目で見つめた。

「そこが間違っているよ、お妃様。俺には分かっている」

「馬鹿みたいに言うのよ! それから、『お妃様』と呼ぶのはやめて!」

 ジャスミンは叫んだ。

 ジンクスは唇を噛み締め、羊皮紙を見つめ直した。

 沈黙が長くなり、ついにジャスミンの好奇心がプライドを上回った。

「それで? 何を聞いたの?」

 ジャスミンが尋ねると、ジンクスは狡猾そうに微笑んだ。

「リーフが花嫁を探しにトーラへ行っている事は、みんな知っています」

 ジャスミンは顔が熱くなるのを感じた。

「馬鹿げているわ! リーフは結婚するには若すぎる」

 ジンクスは、もつれた黒髪から茶色の素足まで、ジャスミンを上から下まで見渡した。

「俺のように城じゃなくて森で育った奴は、あんまり知らなくて当然だ。

 でも、国王の仲間なのだから、お前なら知っていると思っていた。

 噂によると、お前の父さんが、花嫁のために王室の宝石を選ぶのを手伝っているらしいぞ」

 グロックは小声で何かを呟き、深々と酒を飲んだ。

 明らかに既にエールを飲み過ぎていた。

「デルトラの王と伴侶はいつも若くして結婚する。それが彼らの義務だ。

 リーフはできるだけ早く世継ぎを作らなければならない。

 もし自分が死んだ時のために跡を継ぐ子供を」

 ジンクスは説教じみた口調で続けた。

 ジャスミンは答えなかった。

 もちろん、ジンクスの言う事には一理あった。

 デルトラと影の大王の間に立ちはだかる、たった一つの命でさえ脆い。

 なのにリーフが結婚するなんて、何故ジャスミンに告げなかったのだろうか。

 ジンクスの鋭い視線に気づき、ジャスミンは感情を露わにしないように必死に顔を歪めた。

「信じられないなら、見てくれ」

 ジンクスは羊皮紙をジャスミンに押し付けた。

「これは我が国王が研究していた古い文書の一つだ。

 今朝、図書館から……あー……借りる手配をした。国事には常に気を配りたいものだ」

「噂話の事か?」

 グロックは再びエールに鼻を突っ込みながら、唸り声を上げた。

 ジャスミンは羊皮紙をちらりと見た。

 それは名前、線、記号で埋め尽くされていた。

 上部には流麗な筆記体で「トーラの偉大な一族」と書かれていた。

「ほらね? リーフはトーラの名家から王妃を選ぶんだ」

 ジンクスは高らかに言い、グロックは鼻で笑った。

「どうしてわざわざトーラまで妻を探しに行くんだ?」

「デルには可愛い娘がたくさんいる」

 ジンクスはグロックを軽蔑の眼差しで見つめた。

「リーフは古の慣習に従っているんだ」

「アディン自身もトーラ族と結婚し、子供達もそうだった。アディンは抜け目がなかった。

 東西の強い絆を保つ事の価値を知っていたんだ」

「トーラ族はアディンが愛のために結婚したと言うのよ」

 ジャスミンは言い返した。

 ジンクスは知ったかぶりをしてくすくす笑った。

「問題のトーラ族の女性は高貴な生まれで、博識で、とても美人だったに違いない。

 アディンは自分の選択に満足していただろう。リーフもきっとそうなるだろう」

 グロックはマグカップに大笑いし、テーブルに泡を飛び散らした。

 ジャスミンはもう彼らといるのに耐えられなかった。

 部屋を出てキッチンへ向かった。

 しかし、キッチンに着く前に、シャーンの声が聞こえて立ち止まった。

「ジャスミン! バルダがあなたを探していたのよ」

 シャーンは急いでジャスミンに駆け寄りながら叫んだ。

「バルダは一晩中、馬に乗っていたから、今は安息の地へ行ったわ。

 リーフ、ヴァージニア、ワソ、ジョーカーも別れを告げるように言ったの。

 四人は今、トーラへ向かったところよ」

 ジャスミンの眉を潜めた表情を見て、それを誤解したシャーンは優しく微笑んだ。

「あの人達なら大丈夫よ、ジャスミン。トーラの魔法が旅を早めてくれるわ。

 もしかしたら今頃、到着しているかもしれないわ。一、二日で戻ってくるわ」

「きっと誰かを連れているんでしょう」

 ジャスミンは厳しい声で答えた。

「高貴な生まれの若い女性よ」

「誰がそんな事を言ったの?」

「今は思い出せないわ。でも、本当なんでしょう?」

「何も言えないわ。ごめんなさい」

 ジャスミンにとってはそれで十分だった。

 彼女は小さく頷き、立ち去ろうとした。

 シャーンは唇を噛んだ。

「リーフに腹を立てないで、ジャスミン。

 リーフはただ、やらなければならない事をしているだけ。義務を果たそうとしているだけよ」

「ああ、分かったわ」

 ジャスミンは冷ややかに言った。

 

 ジャスミンは大階段に辿り着く頃には、決心していた。

 もう城にはいられないからだ。

「森へ帰りましょう。城にも、規則にも、そして王にも、もううんざりよ」

 階段を上り始めると、胸が締め付けられるような感覚と、胃の底に鈍い痛みが走った。

 何かがジャスミンを止め、下を見ると、階段には太い銀色の縄が張ってあった。

 考え事をしていたジャスミンは、寝室がある二階を通り過ぎてしまっていた。

 その先には図書室があった。

 リーフ、ジョーカー、シャーン以外には立ち入り禁止だった。

 ロープの柵を見るだけで、ジャスミンは苛立った。

 突然、反抗的な衝動に駆られ、ジャスミンはその下を潜り抜けた。

 ジンクスが規則に背く事ができるなら、自分にもできるはずだ。

 

 階段を上ると、広くて四角い空間があった。

 二人の巨大な宮殿警備員が奥の壁際に座っていた。

 二人の間のテーブルには、飲みかけのエールのジョッキが置いてあった。

 ジャスミンは半ば振り返り、退却しようとした。

 しかし、男達は動かず、口も開かなかった。

 眠っていたのだ。

 ジャスミンは苦笑した。

 そのエールはジンクスからの贈り物に違いない。

 ジンクスがリーフの羊皮紙を盗むために「手配」していたのだ。

 ジャスミンは辺りを見回した。

 左側には「図書館」と書かれた高いアーチ型の扉があった。

 しかし右側には、城の奥へと続く広い廊下があった。

 そこもまた銀色の縄で閉ざされていた。

 つまり、この階には図書館以上の秘密が隠されているという事だ。

 ジャスミンが警備員をすり抜け、縄をくぐり抜け、

 薄暗い廊下へと素早く入っていくのを見て、クリーは不安そうに身震いした。

 木々も生い茂らず空は窓からしか見えない、この薄暗い城を、

 クリーは一度も信用した事がなかった。

 そして、ここでクリーは特に不安を感じた。

 最初、ジャスミンは廊下にがっかりした。

 右側には倉庫があった。

 どこも本や書類でいっぱいだったが、最後の倉庫だけは黒焦げで空っぽだった。

 明らかに、ずっと昔に火事があったのだろう。

(きっと損したわけじゃないわ)

 ジャスミンは苦々しく思った。

 この場所には古い本が十分すぎるほどあるのに。

 左側の壁は全く何も書かれていないように見えた。

 しかし、一番奥で奇妙なものを見つけた。

 アーチ道の先には短い廊下があった。

 しかし、廊下の突き当たりは粗雑に積まれたレンガの壁で、そこには張り紙が貼ってあった。

 ジャスミンは奇妙な興奮を覚えた。

 壁まで駆け寄り、張り紙に書かれた言葉をゆっくりと綴った。

「王の命令により封印された。何よこれ」

 リーフの国王の秘密がまた一つ。

 説明できない衝動に駆られ、ジャスミンはレンガに耳を押し当てた。

―ドン! ドン!

 音は壁の向こうから聞こえてきた。

 ジャスミンは目を閉じ、耳を澄ませた。

 くぐもった鼓動は、まるで心臓の鼓動のように、どんどん強くなっていった。

 ジャスミンの頬の下で、ざらざらとしたレンガが温かくなってきた。

 音はジャスミンの心を満たし、体中を震わせた。

―ドン! ドン! ドン! ドン!

 通知書が落ちた。

 レンガの間から小さな膠泥の破片が落ち始め、雹のように床にパタパタと落ちた。

 レンガはどんどん熱くなっていった。

 突然、ジャスミンは音の源に辿り着きたいという衝動に駆られた。

 眠っている警備員の事や静寂を求める気持ちもすっかり忘れ、ジャスミンは拳で壁を叩いた。

 レンガが震えているようだった。

 レンガの間から膠泥が降り注ぎ、ジャスミンの足元に落ちた。

 クリーは警告するようにコッコッと鳴いた。

 フィリは怯えて甲高い声を上げた。

「大丈夫よ」

 ジャスミンは宥めた。

 しかし、短剣を取り出し、崩れかけた膠泥をさらに削り始めた彼女は、震えていた。

―ドン! ドン! ドン! ドン!

 レンガは震え、それぞれの場所で、耳障りなカチャカチャという音を立てながら動いた。

 レンガの一つが外れて床に落ちると、ジャスミンはよろめきながら後ずさりした。

「これが……リーフが隠していたもの?」

 レンガが残した穴の向こうには、重々しい真鍮のドアノブがあった。

 リーフとベルトはもういない、今がチャンスだ。

 その考えははっきりと、とてもはっきりとした。

 まるで声のように、その呼びかけは切迫していた。

 拒否する事はできなかった。

 刻一刻と膠泥が降り注いでいた。

 ジャスミンは短剣をしまい、レンガを一つ、また一つと引き剥がし始めた。

 ドアノブを取り囲む、深く彫った木材が見えた。

 壁の隙間は、ジャスミンがちょうど這って通れるくらいの大きさだった。

 ジャスミンはドアノブを捻った。

 ドアは滑らかに開いた。

 クリーの警告の叫びを無視し、ジャスミンは穴をすり抜けて奥の部屋へと入った。

 中に入ると、ジャスミンは立ち止まり、じっと見つめた。

「ここは一体何なの?」

 城でこれまで見てきたものとは全く違っていた。

 壁は滑らかで白く、輝いていた。

 床も同様だった。

 窓はないが、光が差し込んでいた。

 目に痛いほどの、強烈な白い光だった。

 突然、ジャスミンは自分がここにいるべきではないと確信した。

 フィリがすすり泣いた。

 廊下からクリーが警告の叫び声を上げた。

 ジャスミンは振り返ったが、既に背後でドアが閉まろうとしていた。

 彼女が手を伸ばす前に、ドアは小さく、最後のカチッという音と共に閉まった。

―ドン! ドン!

 ジャスミンは凍りついた。

 その音は深く、脈打つように、そして大きく、あらゆる思考を掻き消すほどだった。

 ジャスミンはゆっくりとドアから背を向けた。

 音は部屋の中央から聞こえてきた。

 重々しい黒い布に覆われた何かから。

 抵抗する意志のない力に引き寄せられ、

 ジャスミンはその黒い影へとよろめきながら近づき、手を伸ばして布を引き剥がした。

―ドン! ドン! ドン! ドン!

 布の下には小さなテーブルがあった。

 その表面は分厚く、湾曲したガラスで、水のように波打っていた。

 ジャスミンはじっと見つめた。

 その音がジャスミンの体と心を満たした。

 動く表面に引き寄せられるようだった。

 ジャスミンはその上にかがみ込み、その透明な深淵を見つめた。

 ゆっくりと脈打つ音は消えていった。

 波紋は渦を巻き、色づき始め、赤い縁取りのある煙のように灰色になった。

 波紋の中心には闇の核があった。

「ジャスミン! あなたよ!」

 渦巻く闇の中から、若々しく、甘く、温かい声が漂ってきた。

 ジャスミンは息を呑んだ。

「あなたは誰? どうして私の名前を知っているの?」

「ジャスミン、あなたが私の言う事を聞いてくれると分かっていたのよ。何度も呼び続けたのよ」

「あなたは誰? どこにいるの?」

 ジャスミンはテーブルに身を乗り出し、暗闇の向こうを見ようと目を凝らした。

「私が生まれた場所よ」

 声は溜息をついた。

「他の奴隷達はデルトラの死を悲しんでいるけれど、私はここしか故郷を知らないの」

 ジャスミンはテーブルの端を掴んで体を支えた。

「影の王国よ」

「ええ、もちろん。でも、急がないと。もし水晶を使っているのが見つかったら……」

 むせ返るようなすすり泣きが聞こえた。

 それから声は再び始まったが、前よりも震えていた。

「泣いちゃ駄目よ。ジャスミン、あなたのように勇敢でなきゃ。

 お母さんがそう言ってたの。森では何も怖くないって。あなたは……」

 ジャスミンの心臓は止まったようだった。

「何ですって? お母さん?」

 幼い声は続き、言葉が次々と飛び交った。

「お母さんは、あなたが私達を助けてくれるって言ったの。死ぬ前に、私にもそう言ったの。

 どうにかして水晶に辿り着いて、あなたに伝えなきゃいけないって。

 その時が来たら分かるって。そして、私は分かったの、ジャスミン! 分かったのよ!」

 ジャスミンはまるで走ってきたかのように息を切らしていた。

「どうして分かったの?」

「赤い雲が山々の上に渦巻いていた。雷鳴が轟き、恐ろしい怒りが燃えていた。

 生き物達は呻き声をあげ、歯ぎしりしていたわ」

「待って……教えて……」

 ジャスミンは激しく懇願した。

 しかし、声は今、興奮していた。

「あの怒りの意味が分かったわ」

 

―ジャスミン、影の大王を倒したな? お前と異世界から来た仲間と二人の友人。

 私の言う事を聞かない奴だ。水晶を封印したから、お前は私の言う事を聞けなかったんだ……。

 

「ああ、愛しい」

 ジャスミンは固く、動かしにくい唇で言った。

「ええ。あいつはあなたに私の事を知られたくないの。影の大王を恐れているの。

 でも、私は希望を捨てなかった。

 お母さんは、あなたが妹がいるなんて知らないだろうと言っていたわ。

 私が生まれたばかりの頃、あなたは森から連れ去られたのよ。

 でも、あなたに伝えたい事があるの……」

 ジャスミンは頭がくらくらしてテーブルから引き離した。

 彼女はこの現実を受け止める事ができなかった。

「ジャスミン、まだそこにいるの?」

 幼い声は、突然、パニックで鋭くなった。

 ジャスミンは深く、震える息を吸った。

 彼女は身を乗り出し、再びテーブルの渦巻く煙の表面を見つめた。

 ジャスミンは集中し、探し続けた。

 そして、黒い心の奥底に、一つの顔を見つけた。

 絡み合った黒い髪に囲まれた、少女の顔。

 尖った顎、見開かれた怯えた緑の目……まるで鏡を見ているようだった。

 だが、それは何年も前のジャスミン自身の姿を映し出していた。

「私はここにいるわ」

 ジャスミンは嗄れた声で言った。

「急がないと。私達は皆、もうすぐ処刑される。影の大王がそう命じたのよ。

 あなたとリーフとバルダとヴァージニアとワソと呼ばれる者への復讐のために。

 お願い……ああ!」

 暗闇の中の映像が揺らめき、薄れていった。

「行かなくちゃ。聞こえるわ」

「待って! あなたの名前は?」

「フェイス。私の名前はフェイスよ」

 声は今やとてもかすかだった。

 映像は渦巻く灰色の闇に飲み込まれ、消え去っていた。

 そしてその灰色の闇もまた薄れつつあった。

「フェイス、必ず見つけるわ! 絶望しないで! 必ず見つけるわ!」

 ジャスミンは必死に叫んだ。

 

「まさか、私に妹がいたなんて」

 ジャスミンはまだ震えながら、階段を駆け下りて一階へ行き、人混みをかき分けて歩き始めた。

 彼女が通り過ぎると、人々はじっと見つめていた。

 何人かがジャスミンを呼んだが、ジャスミンは聞こえなかった。

 浅黒い、利発な顔をした男がジャスミンの腕を掴んだ。

 ジャスミンはその手を振り払い、急ぎ足で進んだ。

 彼女は扉に辿り着くと、群衆が階段に溢れ、庭へと降りているのが見えた。

 ジャスミンは門に向かって走り、その先の道へと出た。

 彼女は冷静に考える事ができる静かな場所を見つけなければならなかった。

 どこに行けばいいのだろうか、ジャスミンは考えていた。

 その時、ある考えが浮かんだ。

 リーフの古巣、鍛冶屋の鍛冶場だった。

 城からそう遠くなく、ジャスミンが必要とする静けさを与えてくれるだろう。

 ジャスミンは出発し、道端の長い草むらを素早くかき分けていった。

 衝撃を受けたジャスミンの心は、突飛な計画で煮えくり返っていた。

 そのため、背後から忍び寄る足音も、尾行してくる者の視線も感じなかった。




フェイスの正体は一体何者なのか?
次回は影の大王に対抗するための知恵を探していきます。
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