片割れの呪術師   作:Haruyama

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久禮田 葉月という呪詛師は有名だ。
高専二年次、術式を使い人を殺した。

傑の「非術師をすべて殺す」という愚かな理想とは違う。
彼女は、別の信念で人を殺した。

だが、呪術師が一般人を殺すことは違法だ。
呪詛師は見つけ次第、殺さなければならない。



――それが、たとえ初恋の相手であっても。


2018年6月
第1話 12年ぶりの再会


――…

 

 その報せは、あまりに唐突だった。

 

「葉月が任務先で、一般人を殺した」

 

 8月にしては珍しく、涼しい雨の日だった。

 2日前に任務へ出たきり連絡が途絶えていた彼女を探しに行こうとしていた五条悟に、担任の夜蛾正道が淡々と告げた。

 

 五条は即座に夜蛾の胸倉を掴んだ。

 家入と夏油が割って入らなければ、教室の机も壁も無事では済まなかっただろう。

 

 

――あいつが? 葉月が、人を、殺す?

 

 

 信じられるはずがなかった。

 

 入学時から呪術師としての信念を誰よりも強く持っていたのは彼女だ。任務では常に後方に回り、五条と夏油の視野を補い、的確に指示を飛ばす。実力は突出していなくとも、判断の速さと洞察の鋭さは誰もが認めていた。

 

 御三家出身の五条を、ただの同級生として扱う数少ない人間でもあった。

 

 

「久禮田 葉月は、見つけ次第殺せ」

 

 抑えられたままの五条に、夜蛾は最後にそう言い放った。教師としてではなく、組織の人間としての声だった。

 

 

 

【三級呪術師・久禮田 葉月の一般人殺し】

 

 

 

 その一文は瞬く間に呪術界を駆け巡った。そして、すぐに続報が付いた。

 

 

【応援に駆けつけた一級呪術師を、交戦から三十秒で戦闘不能にした】

 

 

 噂は尾ひれを付けて広がる。

 だが現場に残っていたのは、焼け焦げた護符の匂いと、術式の痕跡だけが抉り取られた地面だった。倒れた一級術師は、まるで術式だけを抜き取られたように、何も使えなくなっていたという。

 

 そこで初めて、誰もが疑い始めた。

――本当に三級なのか、と。

 

 

 

 五条は思い出す。

 

 

 等級に見合わない任務を度々言い渡されていたこと。

 彼女の周囲だけ、不自然に呪霊の出現率が高かったこと。

 そして――彼女自身が、それを一度も不満に思わなかったこと。

 

 

 理由もなく人を殺す人間ではない。

 だとすれば、理由がある。

 

 

 

 その理由が、自分たちの側にないだけだ。

 

 

 

 12年前の謎を抱えたまま、

 初恋の人であり、殺すべき対象となった女に、五条は街中で遭遇した。

 

 

 

 

―――…

 道を歩いていると、かつての同級生に遭遇した。

 

 

 だがそれは、懐かしさの欠片もない再会だった。

 

 

 視界に入った瞬間、腕を掴まれる。

 反射で振りほどこうとしたが、その必要はなかった。

 力ではない。立ち位置と導線を読まれている。気づけば人通りの少ない路地へと誘導されていた。

 

 

「……久しぶりだね、葉月」

 

 黒い目隠しの下で、五条悟はわずかに笑う。

 12年ぶりだというのに、声音は当時と変わらない。

 背丈だけが、不自然なほど伸びていた。

 

「12年間、どこに行ってたの? 呪詛師さん」

 

 軽い調子の言葉に、空気だけが鋭くなる。

 周囲の音が一段、遠のいた気がした。

 

「……葉月。どうして一般人を殺した」

 

 問いは静かだった。

 だが選択肢は一つしか残されていない響きだった。

 

 葉月は一瞬、言葉の意味を測るように五条を見る。

 

 

「……は?」

 

 呆れでも挑発でもない。

 本気で理解できていない顔だった。

 

「私が、一般人を殺した? 何の話?」

「とぼけるなよ。12年前、任務先で術式を使って殺しただろ」

「……何それ」

 

 そこで初めて、五条の中で何かが引っかかった。

 

 嘘をつく人間の間ではない。

 知らない事実を聞かされたときの、思考の間だった。

 

 葉月は小さく息を吐く。

 

「12年前、私が殺したのは呪詛師だよ。一般人に手をかけた覚えはない」

「……嘘だ」

 

 即答だった。

 そう言い切らなければ、自分の立場が崩れると知っている声だった。

 

「嘘でもいいよ。でもさ、突然追放された人間が、他にどうやって生きるの」

 

 淡々とした言葉に、感情は乗っていない。

 事実だけが置かれる。

 

 五条が言葉に詰まった、その一瞬。

 立ち位置が入れ替わる。

 

 気づけば背中が壁についていた。

 押し付けられたというより、逃げ道を塞がれていた。

 

「……あぁ」

 

 葉月は小さく声を漏らす。

 何かの計算が合ったときの音だった。

 

「上が情報を作ったのか。私に“一般人殺し”の札を貼って、追い出した」

 

 怒りでも絶望でもない。

 理解の表情だった。

 

「……今回は見逃すよ。私も調べたいことができたから」

「待て、葉月!」

「じゃあね」

 

 ひらりと手を振る。

 追いかけたときには、もう人波に紛れていた。

 結界の気配だけが、薄く残っている。

 

「……情報操作?一体、12年前に何があった……?」

 

 問いは独り言の形をしていた。

 答えを知る場所が一つしかないと分かっている声だった。

 

 五条は踵を返す。

 報告のためではない。

 確かめるために。

 

 高専へ向かう足取りだけが、やけに速かった。

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