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「葉月、大丈夫か?」
「何が?」
「最近、痩せた」
「いつも通り三食、健康的な食事を心がけてるけど」
そう答えた葉月の肩に、後ろから男がもたれかかる。
「あと」
私は消しかすを指で弾き、五条に投げつけた。
「それ、うざくない?」
ここ最近、葉月の傍には必ず五条がいる。
それも“たまたま”ではなく、意図的に、べったりと。
本人は気にした様子もなく、適当にあしらっているようだが、傍から見ていても異常だった。
「……あぁ、これ?」
五条は悪びれもせず、葉月の肩に腕を回したままだ。
最近、葉月は怪我をして帰ってくることが増えた。
さらに三級であるにもかかわらず、単独任務を任されるようになっている。
理由がある、と夜蛾先生は言っていた。
だが、本人は何も語らない。
「五条。心配なのは分かるけど、近づきすぎだ。離れろ」
「何のことだか」
「その顔、ほんとにうざい」
私を煽っているのか、無意識なのか。
後者だと分かっているから、これ以上は言わない。
「……葉月、こいつと夏油、チェンジするか?」
五条も夏油もクズだが、間違いなく夏油の方が常識人だ。
この距離感は、心配しかない。
「チェンジ料金、かかりますけどー」
「なんだよそれ」
意図せず、ため息が漏れる。
「……五条がうざいから、行くわ。煙草も吸いたいし」
そう言って腰を上げた瞬間、
「硝子」
「ん?」
「ありがとう。心配してくれて」
あまりにも唐突な言葉に、私は一瞬言葉を失う。
「……私は大丈夫だよ」
そう言う葉月は、進級してからそれを口癖のように繰り返していた。
――嫌な予感がした。
その目が、私ではなく、もっと先を見ているように思えたからだ。
「……葉月?」
「もう、決めたから」
いつになく柔らかく笑う葉月に、私は困惑しながら近づき、耳元に口を寄せる。
「……五条がいれば大丈夫だとは思う。でも、もし何かあったら連絡しろ。夏油とすぐ行く」
葉月は小さく頷いた。
―――…
それから2ヶ月間。
葉月は、ある目的のために秘密裏に動いていた。
合同任務の多くは五条や夏油と一緒だったが、その間に呪力操作は格段に安定し、呪霊との戦闘にも実用レベルで使えるようになっていた。
目覚ましい成長。
その一方で、彼らと過ごす時間を、葉月は確かに大切にしていた。
(……継承式まで、あと3日。現地入りするなら、明日には)
ふと夏油の姿を見つけ、葉月は歩み寄る。
「傑」
「なんだい?」
「私、傑のこと好きだよ」
「……!」
あまりにも唐突な言葉に、夏油は思わず彼女を見つめた。
「この先、何があっても、私はみんなの味方でいたい」
「……葉月?」
「だからね。傑が自分で決めたことなら、それでもいいと思う」
胸の奥に、嫌な想像が広がる。
「……葉月。君はいったい、いつも何を考えているんだい?入学した頃からずっとだ。ずっと、妙な顔をしている」
「……私? うーん、大したことじゃないよ」
そう言って、葉月は空を見上げた。
「どうすれば、この世界から〔呪い〕がなくなるのかなって。ずっと考えてる」
「……!」
「呪霊は非術師からしか生まれない。それは分かってる。でも、理不尽だなって思うんだ」
淡々と、言葉を重ねる。
「だったらいっそ、非術師を殺してしまえばいい。そうすれば、呪霊は生まれない世界になる」
「葉月……」
「非術師だって、呪霊と同じ。人を殺して、人の死を見て笑ってる。そんな連中を守る意味、ないよ」
空に向かって、手を伸ばす。
「だから私は、この狂った世界を変えたい」
あまりに静かな口調に、夏油は言葉を失った。
「……どうして、そこまで考える?」
「助けたい人がいるの」
「……助けたい人?」
今まで自分のことを語らなかった彼女が、初めて口にする。
「〔呪い〕がなくなれば、一緒に陽の下で笑って生きられるのになって」
「……」
「だから、強くならなきゃ。その人を守れるように」
その横顔に宿る決意を、夏油はただ見つめることしかできなかった。
「傑も、その中の一人だよ」
そう言って、彼女は微笑んだ。
――…
その夜。
任務を終えた五条は、葉月の部屋を訪れていた。
「任務続きなんだから、少しは休めばいいのに」
葉月が傷を負うたび、五条の心は確実に削られていく。
だからこそ、できる限り行動を共にしていた。
「……葉月」
五条は、会うたびに彼女を抱きしめる。
「俺さ……お前のこと、好きなんだ」
「……?」
「好きなやつを守りたいって思うのは、当然だろ」
葉月は答えない。
「それ、告白ってことでいいの?」
「あぁ。もう、お前を手放すなんてできねぇ」
――でも、葉月は受け入れなかった。
彼らと決別する覚悟は、すでに決まっていたから。
拒めば、彼は認めない。
だからせめて、わずかな希望だけを残す。
たとえ、それが叶わない未来だとしても。
「……3日後でもいい? 返事」
「なんで先延ばしにするんだよ。今言え」
苛立つ五条を前に、葉月は首を振る。
「……そんなに考えることか?」
「うん。返事するのにも、勇気がいるんだよ」
ふっと笑い、他愛もない会話を交わして、彼と別れた。
その日を最後に――
葉月は、彼らの前から姿を消した。