片割れの呪術師   作:Haruyama

10 / 38
第10話 過去編_彼女は、何も残さなかった

-----

 

「葉月、大丈夫か?」

「何が?」

「最近、痩せた」

「いつも通り三食、健康的な食事を心がけてるけど」

 

 そう答えた葉月の肩に、後ろから男がもたれかかる。

 

「あと」

 

 私は消しかすを指で弾き、五条に投げつけた。

 

「それ、うざくない?」

 

 ここ最近、葉月の傍には必ず五条がいる。

 それも“たまたま”ではなく、意図的に、べったりと。

 

 本人は気にした様子もなく、適当にあしらっているようだが、傍から見ていても異常だった。

 

「……あぁ、これ?」

 

 五条は悪びれもせず、葉月の肩に腕を回したままだ。

 

 最近、葉月は怪我をして帰ってくることが増えた。

 さらに三級であるにもかかわらず、単独任務を任されるようになっている。

 

 理由がある、と夜蛾先生は言っていた。

 だが、本人は何も語らない。

 

 

「五条。心配なのは分かるけど、近づきすぎだ。離れろ」

「何のことだか」

「その顔、ほんとにうざい」

 

 私を煽っているのか、無意識なのか。

 後者だと分かっているから、これ以上は言わない。

 

「……葉月、こいつと夏油、チェンジするか?」

 

 五条も夏油もクズだが、間違いなく夏油の方が常識人だ。

 この距離感は、心配しかない。

 

「チェンジ料金、かかりますけどー」

「なんだよそれ」

 

 意図せず、ため息が漏れる。

 

「……五条がうざいから、行くわ。煙草も吸いたいし」

 

 そう言って腰を上げた瞬間、

 

「硝子」

「ん?」

「ありがとう。心配してくれて」

 

 あまりにも唐突な言葉に、私は一瞬言葉を失う。

 

「……私は大丈夫だよ」

 

 そう言う葉月は、進級してからそれを口癖のように繰り返していた。

――嫌な予感がした。

 

 その目が、私ではなく、もっと先を見ているように思えたからだ。

 

「……葉月?」

「もう、決めたから」

 

 いつになく柔らかく笑う葉月に、私は困惑しながら近づき、耳元に口を寄せる。

 

「……五条がいれば大丈夫だとは思う。でも、もし何かあったら連絡しろ。夏油とすぐ行く」

 

 葉月は小さく頷いた。

 

 

 

―――…

 それから2ヶ月間。

 葉月は、ある目的のために秘密裏に動いていた。

 

 

 合同任務の多くは五条や夏油と一緒だったが、その間に呪力操作は格段に安定し、呪霊との戦闘にも実用レベルで使えるようになっていた。

 

 目覚ましい成長。

 その一方で、彼らと過ごす時間を、葉月は確かに大切にしていた。

 

 

(……継承式まで、あと3日。現地入りするなら、明日には)

 

 

 ふと夏油の姿を見つけ、葉月は歩み寄る。

 

「傑」

「なんだい?」

「私、傑のこと好きだよ」

「……!」

 

 あまりにも唐突な言葉に、夏油は思わず彼女を見つめた。

 

「この先、何があっても、私はみんなの味方でいたい」

「……葉月?」

「だからね。傑が自分で決めたことなら、それでもいいと思う」

 

 胸の奥に、嫌な想像が広がる。

 

「……葉月。君はいったい、いつも何を考えているんだい?入学した頃からずっとだ。ずっと、妙な顔をしている」

「……私? うーん、大したことじゃないよ」

 

 そう言って、葉月は空を見上げた。

 

「どうすれば、この世界から〔呪い〕がなくなるのかなって。ずっと考えてる」

「……!」

「呪霊は非術師からしか生まれない。それは分かってる。でも、理不尽だなって思うんだ」

 

 淡々と、言葉を重ねる。

 

「だったらいっそ、非術師を殺してしまえばいい。そうすれば、呪霊は生まれない世界になる」

「葉月……」

「非術師だって、呪霊と同じ。人を殺して、人の死を見て笑ってる。そんな連中を守る意味、ないよ」

 

 空に向かって、手を伸ばす。

 

「だから私は、この狂った世界を変えたい」

 

 あまりに静かな口調に、夏油は言葉を失った。

 

 

「……どうして、そこまで考える?」

「助けたい人がいるの」

「……助けたい人?」

 

 今まで自分のことを語らなかった彼女が、初めて口にする。

 

「〔呪い〕がなくなれば、一緒に陽の下で笑って生きられるのになって」

「……」

「だから、強くならなきゃ。その人を守れるように」

 

 その横顔に宿る決意を、夏油はただ見つめることしかできなかった。

 

「傑も、その中の一人だよ」

 

 そう言って、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

――…

 その夜。

 任務を終えた五条は、葉月の部屋を訪れていた。

 

「任務続きなんだから、少しは休めばいいのに」

 

 葉月が傷を負うたび、五条の心は確実に削られていく。

 だからこそ、できる限り行動を共にしていた。

 

「……葉月」

 

 五条は、会うたびに彼女を抱きしめる。

 

「俺さ……お前のこと、好きなんだ」

「……?」

「好きなやつを守りたいって思うのは、当然だろ」

 

 葉月は答えない。

 

「それ、告白ってことでいいの?」

「あぁ。もう、お前を手放すなんてできねぇ」

 

 

――でも、葉月は受け入れなかった。

彼らと決別する覚悟は、すでに決まっていたから。

 

 

 拒めば、彼は認めない。

 だからせめて、わずかな希望だけを残す。

 

 

 

 たとえ、それが叶わない未来だとしても。

 

 

 

 

「……3日後でもいい? 返事」

「なんで先延ばしにするんだよ。今言え」

 

 苛立つ五条を前に、葉月は首を振る。

 

「……そんなに考えることか?」

「うん。返事するのにも、勇気がいるんだよ」

 

 ふっと笑い、他愛もない会話を交わして、彼と別れた。

 

 

 

 

 

 

その日を最後に――

葉月は、彼らの前から姿を消した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。