片割れの呪術師   作:Haruyama

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第11話 過去編_名前を替えた双子

 出発の朝、葉月は夜蛾のもとを訪れていた。

 

「葉月、今回の任務に悟や傑は同行できないが、問題なさそうか?」

「大丈夫ですよ。もし何かあれば、すぐ連絡します」

「……無茶だけはするなよ」

 

 夜蛾はそう言って、葉月を見送った。

 

 任務へ向かう途中、葉月は九十九と遭遇し、呪具として双刀を受け取る。

 その刃の重みを確かめるように、軽く柄に触れた。

 

 

 

 

―久禮田家 屋敷―

 

 屋敷に足を踏み入れるのは、高専に入学して以来だった。

 

 廊下には自我を持った呪霊が行き交い、

 久禮田家とは、術師が少数精鋭で実際のところ非術師(一般人)が大半の一族だ。

 それは――葉月にとって、幼い頃から慣れ親しんだ日常の光景だった。

 

 

「ご無沙汰しております、葉月様」

「……睦月は?」

 

 問いかけに、使用人は一瞬だけ言葉を詰まらせる。

 

「……さて、どなたのことでしょうか」

 

 白を切る態度に、葉月の表情が一変した。

 次の瞬間、呪力を込めた拳が壁に叩きつけられる。

 

「……睦月に、何をした?」

「……っ、い、いつも通り体罰を――」

 

 

バンッ!

 

 

 壁が砕け散る音が、屋敷に響いた。

 

「……手を出したの?」

 

 低く、冷え切った声。

 

「言ったよね。傷つけたら許さないって。今すぐ、上の連中を呼んで」

 

 殺意を隠そうともしないその気配に、使用人は青ざめ、慌てて人を呼びに走った。

 ほどなくして、宗家の人間が姿を現す。

 

「1年半ぶりに帰ってきたと思えば、“あの落ちこぼれ”に何の用だい?君には不要な心配だろう」

「……睦月に、何をした?」

 

 睨みつける葉月に、宗家の男は肩をすくめて笑った。

 

「少し抵抗したから、痛めつけただけだよ。次期当主である君の我がままを聞いて、17歳まで生かしているんだ。それなりに立場を弁えるのは当然だろう?」

「……」

「継承式は明日だ。君も準備をしなさい」

 

 それだけ言い残し、背を向ける。

 

「……継承式には、誰が来る?」

「宗家と分家の人間だ。君を次期当主として正式に認めるためにな」

 

 

――つまり、この屋敷には久禮田家の関係者が一堂に会する。

 

 

 宗家の人間はそう告げると、使用人に葉月を部屋へ案内させた。

 

「……睦月は、いつもの場所にいるの?」

「え……まさか、会いに行くおつもりですか?」

「最愛の妹に会いに行って、何が悪い?」

 

 圧を帯びた言葉に、使用人は完全に震え上がる。

 1年半前とは比べ物にならないほど、葉月は変わっていた。

 

 葉月はそのまま、地下へと向かった。

 

 

 

--------------

 そこは、屋敷の一部の人間しか知らない幽閉空間。

 

 地上の光も、声も届かない。

 むき出しのコンクリート、分厚い鋼鉄の扉――全てが無機質だった。

 

 さらに、特殊な術式によって呪力すら封じられた、完全な閉鎖空間。

 

 

――ジャラ……。

 

 

 少女の足には枷が嵌められ、わずかな動きでも金属音が響く。

 

 少女は、何日も食事を取っていなかった。

 配膳には虫が集り、簡易ベッドには使われた形跡すらない。

 

 部屋の隅に座り込み、壁に頭を預け、ただ闇を見つめている。

 

 壁や床に付着した血痕。

 無造作に置かれた拷問器具。

 

 少女は口を開かず、その時を待ち続けていた。

 

 やがて――足音が近づく。

 

 懐かしい、忘れるはずのない足音。

 

 

「……〔睦月〕」

 

 鉄格子の前に現れたのは、瓜二つの“もう一人の自分”。

 

「……迎えに来たよ」

「……〔葉月〕」

 

 仮面の色だけが、2人の違いだった。

 

「……何もされなかった?」

「私は大丈夫。それより〔葉月〕こそ……また傷、増えたね」

 

 鉄格子越しに、互いに手を伸ばす。

 触れられない距離が、痛いほどもどかしい。

 

「明日……継承式だよね」

「うん」

 

 2人は寄りかかりながら、静かに言葉を交わす。

 

 

 

――本来、双子は共に生きるはずだった。

 だが久禮田家に伝わる人体実験により、〔葉月〕が被験者として選ばれた。

 

 

 

――生まれながらに力を持つ〔葉月〕。

――それに劣ると判断された〔睦月〕。

 

 

 “無能”と決められた者には、呪霊に肉体を捧げる運命が待っていた。

 

 だから2人は、名前と立場を入れ替えた。

 

 〔葉月〕は地下に幽閉され、“落ちこぼれの睦月”として。

 〔睦月〕は地上で、“次期当主の葉月”として。

 

 

 継承式までの17年間――

 その条件のもと、〔睦月〕は高専で力を蓄えてきた。

 

 

 

「……どれくらいの人が来るの?」

「宗家も分家も……相当な人数になると思う」

「……そうか」

 

 〔葉月〕は静かに微笑む。

 

「ここを出たら、一緒にいろんなところへ行こう」

「……」

「外の世界は、とても綺麗だよ。〔葉月〕もきっと気に入る」

 

 悲しげな眼差しに、胸が締めつけられる。

 

「……〔葉月〕を傷つける人は、許さない。たとえ、この世界を敵に回しても」

「……それはお互い様だよ、〔睦月〕」

 

 〔葉月〕の右顔面には、生後間もない実験の痕が刻まれていた。

 そして度重なる人体実験の後遺症である“呪い”。

 

 仮面は、それを抑えるためのものだった。

 

「……〔睦月〕がいない世界なんて、考えたくない」

 

 2人は視覚共有を通して、世界を分け合ってきた。

 だからこそ――失う未来など、想像できなかった。

 

 日が昇るまで、2人はそこにいた。

 

 

 

 

 

―――共に生きることを、再び確かめながら。

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