―継承式 当日―
葉月は宗家の人間に促され、静まり返った広間の壇上へと上がった。
正装に身を包み、指示通りに待機していると――
「……ここで待っていなさい」
その声が響いた直後だった。
「――!!」
足枷の音と共に、睦月が連れてこられる。
引きずられるような歩調。衣服の隙間から覗く肌には、暴行の痕が生々しく残っていた。
「……次期当主を継ぐにあたって、まずは手始めだ」
現当主が、冷然と言い放つ。
「コイツを殺してもらおうか」
「……なっ……」
葉月の目が大きく見開かれる。
――妹を。実の妹を、殺せと?
「17まで生かしてやっただけでも慈悲だ。久禮田家に“落ちこぼれ”は不要。名を汚す汚点に過ぎん」
俯いたままの睦月が、葉月の視界に映る。
「……葉月。こいつの頸を刎ねなさい」
有無を言わせぬ力で、刀が手渡される。
葉月は睦月の前へと引き出された。
「殺せ」
「殺せ!!」
宗家、分家――無数の声が飛び交う。
葉月の手は、はっきりと震えていた。
「……でき、ない……」
「ほう……出来ないか」
必死の拒絶。
その瞬間――
「――なら、お前が死ね」
「!!」
背後に気配を感じた時には、もう遅かった。
刃が、葉月の身体を貫く。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
遅れて、全身を焼くような痛みが押し寄せる。
「人を殺せぬ者に、価値はない」
「……っ……」
「残念だ。見込みはあったのだがな」
吐血と共に、葉月の力が抜ける。
引き抜かれた刃。崩れ落ちる身体を、睦月が咄嗟に抱き留めた。
「さぁ、次はお前だ。双子揃って、同じところへ逝け」
睦月は、息も絶え絶えな姉を抱きしめる。
怒りが、静かに、しかし確実に臨界を越えた。
「……死ぬのは、アンタら全員だ」
右顔面の仮面に手を掛け、外す。
解放された瞬間、場を満たす呪力が空気を歪ませた。
その異常さに、誰もが言葉を失う。
「……なっ……呪霊を……!?」
睦月の両隣に、人型の特級呪霊が顕現する。
明確な主従関係。
「……夜兎、登尾戸、鵜赫、玄兎。全員、喰い殺せ」
号令と同時に、地獄が始まった。
悲鳴、血飛沫、断末魔。
抵抗は悉く潰され、広間は屍で埋め尽くされていく。
「……まさか……」
血に塗れた現当主を、睦月は見下ろす。
腕の中には、変わらず葉月を抱いたまま。
「……〔睦月〕を傷つける者は、血縁だろうと認めない」
「何故だ!!お前なら久禮田家を――」
「興味ない」
睦月は葉月を壁に寄りかからせ、足元の刀を拾う。
「待ってくれ……!今まで悪かった!だから――」
「黙れ」
一閃。腕が落ちる。
助けを求める声は、もう誰にも届かない。
「呪術師が
「……だから何?」
睦月は、薄く笑った。
「私は〔睦月〕の野望を叶えるだけ。その一つ目が―― 一族殲滅」
首が落ちる。
同時に、呪霊たちの殺戮も終わりを告げた。
「登尾戸。逃げ遅れを探して、見つけ次第殺して」
「オッケー」
「ボクハ?」
「地下牢を破壊して」
指示を終え、睦月は葉月の元へ戻る。
「……〔葉月〕……ごめん……」
急所を呪術によって貫かれている。
助かる見込みは、ない。
「……一緒に……、生きたかった……」
「……〔睦月〕……」
震える手が、睦月の手を握る。
「……皆……、ごめんね……」
脳裏に浮かぶ同期、教師、仲間たち。
高専での日々は、確かに幸せだった。
「……ごめんね、悟……告白の返事……できないや……」
「……傑……本当に……好きだったよ……」
「……硝子……また……ご飯……」
脈が弱まり、瞼が落ちる。
「……〔葉月〕……」
「……私は……ここにいるよ……」
頬に触れる手。
――これを伝えれば、最悪の“呪い”になる。
それでも。
「……どんな姿になっても……ずっと――……」
その言葉を最期に、葉月は息を引き取った。
「――――」
声にならない叫び。
睦月は、姉の亡骸を強く抱きしめた。
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2006年8月
○○県○○市○○町○○地区
高専2年 久禮田 葉月 派遣から2日後
住民130名死亡を確認
呪霊被害および無差別殺傷事件との混合と判断
残穢より、久禮田 葉月の術式と断定
途中合流した一級呪術師を殺害後、逃走
呪術規定第9条に基づき
久禮田 葉月を呪詛師として処刑対象とする