――…
ひとつ上の学年に、不思議な雰囲気を纏った先輩がいた。
2年生には、憧れの夏油さんと、自他ともに認める“最強”の五条さんがいる。
けれど、その2年生4人の中で、僕が一番親近感を覚えていたのは―― 三級呪術師の久禮田さんだった。
非術師の家系出身。
身体能力が高く、問題児揃いの2年生の中で「一番の常識人」とまで言われている人。
僕は、毎日のように鍛錬をする久禮田さんを見かけていた。
任務がない日でも欠かさず身体を動かし、努力を惜しまない。その背中が、いつの間にか僕の憧れになっていた。
〈久禮田さんって、日々努力されてますよね! 憧れます!〉
ある日、鍛錬を終えて休憩している彼女を見かけ、思わず声をかけた。
〈どうしたの? 灰原君〉
〈あの……どうして、呪術師になろうと?〉
不躾な質問だったのに、久禮田さんは少しも怪訝そうにせず、すぐに答えてくれた。
〈大切な人を救うため、かな〉
〈……大切な人?〉
〈うん。その人を救えるなら、この命を捧げたっていい〉
その言葉を聞いた時、はっきりと分かった。
久禮田さんは、強い信念を持って呪術師をしている人なんだ、と。
〈君にも、大切な人がいるでしょ?〉
僕は、呪いが見える妹の顔を思い浮かべた。
〈もし、その人が呪霊に襲われそうになったら……戦うよね〉
想像しただけで、身体が熱くなる。
守らなきゃ、と思う。
〈だから私は強くならなきゃいけないの。大切な人を救うために〉
――そんな人が。
人を殺しただなんて、どうしても信じられなかった。
あんなに他人思いで、優しい人が。
そんなことをするはずがない、と。
――――――
葉月が任務に出て、2日が経っていた。
遠方での任務。
俺と傑の任務が重なり、単独で向かったと夜蛾先生は言っていた。
――どうして俺がいない時に。
どうして俺が傍にいない時に。
どうして、守ってやれない時に。
任務を終えて戻った俺と、昨日帰ってきていた傑、硝子。
その3人を前に、夜蛾先生は重く口を開いた。
「……少し、話さないといけないことがある」
「俺たちに?」
先生は一度、深く息を吐いた。
「……落ち着いて聞け。――葉月が、任務先で一般人を皆殺しにした」
「は?」
思わず零れた声は、自分でも驚くほど冷たかった。
「……え、葉月が……?」
硝子も、傑も、理解が追いついていない顔をしている。
「繰り返す。葉月は地区住民を殺害し、合流予定だった一級呪術師も殺した。その後、行方をくらませた」
一言一言が、重い。
冗談じゃないことが、嫌というほど伝わってくる。
――認めたくない。
葉月が一般人を皆殺し? ふざけんな。
「……んな訳ねぇだろ!!」
「悟」
今度は、覇気を帯びた声だった。
「葉月が人を……あんなに他人思いで、優しい奴が……!人を殺せるわけねぇだろ!!」
気づけば、夜蛾先生に掴みかかっていた。
傑が必死に止めに入る。けれど、その手も震えている。
「俺も……何が何だかわからん」
先生の声が、苦しそうだった。
わかってる。
先生だって信じたくない。
それでも、事実は突きつけられる。
魂が、全力で拒絶しているだけだ。
堪えきれず、俺は寮へ走った。
葉月の部屋のドアを開ける。
綺麗だ。
いつも通り、きちんと整えられている。
――いや、違う。
まるで、最初から戻らないつもりだったみたいに。
何度も来ているからわかる。
この部屋には――彼女の私物が、一切なかった。
「……葉月、どこ行ったんだよ……!!」
壁を殴る。
遅れて、硝子と傑も入ってきた。
「……悟」
「……これは……」
2人も、すぐに異変に気づいた。
「信じたくないけど……葉月、最初から覚悟してたのかもね」
「お前……葉月が人を殺したって、信じてんのかよ!!」
「私だって信じたくないわよ……!でも、これはおかしいでしょ」
硝子は、ここ数ヶ月の葉月の様子を挙げていく。
単独任務。怪我の増加。
――俺たちも、気づいてた。
だからこそ、1人にしないようにしてたのに。
「……なんでだよ……何も言わずに、いなくなるなよ……」
そこへ夜蛾先生が来て、部屋を見て言葉を失う。
「なぁ先生……頼む……葉月の居場所、教えてくれ!!」
肩を掴み、揺さぶろうとした――その時。
プルルルル……
傑の携帯が鳴った。
ディスプレイに表示された名前に、傑の目が見開かれる。
【葉月】
通話を取った傑は、やがて言葉を失った。
静かに聞き入り、気づけば涙を流している。
通話が切れる。
「傑……? 何か言ってたか?」
「……音声メモだ。3日前の」
「3日前……?」
それ以上、傑は何も言わなかった。
――嫌な予感が、胸を締めつける。
「…先生。葉月が行ったやつは、どんな任務だったんだ」
「…大変な任務じゃない。合流予定の一級もいた」
なのに、結果はこれだ。
「…先生。明日、俺たちで任務先に行く」
「……俺も行く」
「先生?」
「葉月が悩んでいて、気づけなかったなら……それも俺の責任だ」
こうして、翌日。
俺たちは、葉月の任務先へ向かうことになった。