片割れの呪術師   作:Haruyama

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2018年7月
第15話 触れられない距離


2018年7月――

 

 

 目を覚ました翌日、病室に現れたのは五条だった。

 

「おはよ。体調どう?」

「悪くないよ」

 

 そう答えると、五条はどこか楽しそうに笑った。

 

「じゃあさ、面白い話していい?」

「……嫌な予感しかしない」

「悠仁、死んだ」

「……は?」

 

 一拍置いて、理解が追いついた瞬間。

 

「……何それ、面白すぎる」

 

 思わずそう言うと、五条は満足げに頷いた。

 

「でしょ? 一回死んで、普通に生き返った」

「雑に言うね……」

「この事実を知ってるのは、僕と硝子、伊地知くらい。恵も野薔薇も知らない」

 

 そして、少しだけ声色が変わる。

 

「葉月に話したのはさ、悠仁の訓練相手になってほしいから」

「……なるほど」

 

 葉月は少し考えてから、あっさり言った。

 

「いいよ。彼が強くなりたいなら、手伝うさ」

「助かる」

 

 そう言いながらも、五条は葉月の様子をじっと見ていた。

 どこか上の空だ。

 承諾したはずなのに、思考は別の場所にある。

 

「それとさ」

 

 五条が続ける。

 

「恵たち、結構心配してたから。顔見せてあげてよ。何だかんだで信用を得られたね」

「……そうだね」

 

 返事が、少し曖昧だった。

 五条はそれを見逃さない。

 

 

「葉月」

「何?」

 

 呼ばれて顔を上げると、蒼い瞳が真正面から向けられていた。

 逃がさない、という意思がはっきり見える視線。

 

「今更だけどさ」

 

 五条は、ゆっくり言った。

 

「どうして12年前、一度も僕と目を合わせてくれなかったの?」

「……」

 

 その問いに、葉月は即答しなかった。

 

 

嫌だったのか。

怖かったのか。

それとも――別の理由か。

 

 

「今は平気なの?」

「……そうだね」

 

 葉月は視線を逸らさずに答えた。

 

「嫌ではないよ」

 

 けれど、その言い方はどこか不自然で、何かを伏せているのが分かる。

 

「……どうして、隠すの?」

「……隠す?」

 

 五条は一歩近づき、葉月の頬に手を添えた。

 逃げられない距離。

 無理に触れているわけじゃない。ただ、逸らさせない。

 

「悟は、私の何を知りたいの?」

「全部」

 

 即答だった。

 

「それは無理だよ」

「どうして?」

「12年間の溝は、埋められない」

 

 淡々と、事実を告げる声。

 

「今更、どう頑張ってもね」

 

 葉月は五条の手をそっと外すと、ベッドから降り、窓辺に向かった。

 背中越しに続く言葉。

 

 

「私はね」

 

 少し間を置いて、呟く。

 

「君みたいに――〔人〕を好きになることはできないよ」

 

 小さな声だった。

 だから五条の耳には、届かなかった。

 

 

 それでも、何かが決定的に遠ざかった感覚だけは、確かに残った。

 触れられる距離にいるのに、

 心だけが、どうしても追いつかない。

 

 

 五条は何も言えず、ただ葉月の背中を見つめていた。

 

 

――その距離が、

 これ以上縮まらないことを、まだ認めきれないまま。

 

 

 

 

 

 

―――……

 

 五条に1年生たちの居場所を聞き、葉月は彼らのもとへ向かった。

 

「やぁ、どうも」

 

 声をかけると、2人は驚いたように顔を上げ、すぐにこちらへ近寄ってくる。

 

「もう動いて大丈夫なんですか?」

 

 特級呪霊を複数相手にしていたと五条から聞かされている2人にとって、目の前の葉月が多少の怪我で済んでいるとはいえ、心配になるのも無理はなかった。

 

「心配しました……五条よりも」

 

 虎杖が死んだと思っている彼らにとって、立て続けに死者が出るなど耐えられるものではない。

 

「すまないね」

 

 葉月が少し笑うと、ようやく2人は肩の力を抜いた。

 

 

「誰だ、そいつ?」

「噂の副担じゃね?」

「ツナツナ」

「……?」

「あー、2年の先輩です。禪院先輩、パンダ先輩、狗巻先輩」

 

 伏黒に説明され、葉月はそちらへ視線を向けた。確かに、2年生たちが立っている。

 

「どうも。1年副担の久禮田 葉月です」

「ほー、アイツと同期の人か」

「おう、よろしく。ところで何級なんだ?」

「私?……一級かな」

「ほー、そうかー」

 

 

(夜蛾の傀儡呪術学……感情を持つタイプ。突然変異呪骸、か)

 

 

 人語を話すパンダを一目見て、葉月は即座にその正体を見抜いた。

 

「しゃけ」

 

 伏黒によれば、狗巻は呪言師であるため語彙を制限しているらしい。

 

「アンタ、強いの?」

 

 突然、禪院が喧嘩腰に問いかけてくる。

 

「人並み程度かな。……でも、相手してもいいよ」

「ちなみに禪院先輩」

 

 伏黒が間に入る。

 

「葉月先生は以前、虎杖を含めた3人で組み手をした際、30分弱で全員瞬殺されています」

「!!」

「ほう……。尚更、やる気が沸くわ」

「……お手柔らかに」

 

 葉月は軽く腕を回し、禪院と向き合った。

 

 

 そこから先は互角の攻防だった。葉月はすべてを受け流すのではなく、必要なところでは確実に攻めに転じる。

 

 

「そこまでだな」

 

 見ていたパンダが、2人を制止した。

 

「アンタ凄いな。武具なしで、そこまで動けるなんて」

「君自身も、なかなかだと思うよ」

 

 葉月は軽く伸びをしているが、禪院と違い、息が乱れている様子はない。

 

 

 その後、残る2年の2人とも軽く手合わせをし、葉月は1・2年生のおおよその実力を把握した。

 だが、自身の手の内を明かすことはなく、「用事を思い出した」と言って、その場を離れる。

 

 

 

「……あの人、本当に一級呪術師か?」

 

 禪院は、先ほどの手合わせを思い返しながら呟いた。

 明らかに――手を抜かれていた。

 

 武具を使わず、あの余裕。どう考えても実力が見合わない。

 

 

「そういえばあの人、元・呪詛師って話は本当なのか? 伏黒」

 

 パンダの問いに、伏黒は静かに頷く。

 

「……12年間、無実の罪で呪術界から追放されていた、と説明がありました」

「12年!?」

 

 あまりにも長すぎる時間に、2年生たちは言葉を失う。

 どんな経緯で、今ここに教員として立っているのか。

 彼らは久禮田 葉月という存在に、否応なく興味を抱かされていくのだった。

 

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