片割れの呪術師   作:Haruyama

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第16話 強者の視線

 

 2年生との挨拶を終えた葉月は、五条に言われた通り、虎杖育成のため彼のいる部屋を訪れた。

 中ではちょうど、五条が説明を終え、映画鑑賞を始めたところだった。

 

 

「あー、懐かしいね」

「葉月も昔、よくやってたよね~」

 

 高専時代、呪力コントロールがうまくできず、呪骸を使って練習していた日々を思い出し、五条が懐かしそうに言う。

 

「えっ!? 葉月先生も、そうだったんですか……ゴフッ!」

 

 思わぬ事実に驚いた虎杖は、同時に呪力を乱し、呪骸に殴られる。

 

「……呪力操作、苦手だったからね」

 

 そう言いながら、葉月は差し入れだよ、とポテトチップスとコーラを机に置いた。

 

「あ、今もら――ブボッ!!」

「喋らなくていいのに……殴られてばかりだよ」

 

 苛立ちを隠さず、虎杖は呪骸を抱えたまま放り投げる。

 

「……話しかけるタイミングを、見事に間違えたな。虎杖君、平気かい?」

「何で葉月先生が謝るんすか。こんくらい、平気っすよ!」

 

 親指を立て、ウインクする虎杖。その様子を見ていた五条が、即座に割って入った。

 

「僕の葉月に色目使わないで」

 

 そう言って、葉月を引き寄せる。

 

「しばらく葉月接近禁止令かな、悠仁は」

「はぁ? 別に色目なんて――」

「使った。ウインクは大罪だから」

「……いやいや、相手は高校生だよ」

「関係ないの。僕の葉月だから」

 

 独占欲を隠さない五条に、虎杖はもちろん、葉月も苦笑する。

 ふと、葉月は何かを思ったように、虎杖の頭に手を置いた。

 

「? どうしたんすか、葉月せ――」

 

 その瞬間だった。

 葉月の意識が途切れ、身体が崩れ落ちる。

 

「葉月!」

 

 五条が慌てて抱き留めるが、呼びかけに反応はない。

 葉月は、突然深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 虎杖の頭に触れた瞬間、精神が別の世界へ引きずり込まれた感覚があった。

 気づけば、目の前には宿儺が立っている。

 

「ほう……この《伏魔御厨子》まで侵入するとは。面白い気配を持っているな。実に興味深い」

 

 葉月は、宿儺を前にしても恐れを抱かなかった。

 

「……ねぇ。君なら、“私たち”を殺せると思う」

「なんだ、お前。殺されるために、わざわざ侵入したのか」

 

 宿儺の目が、明らかな興味を帯びる。

 

「久禮田を、知っているよね?」

「……!!まさか、久禮田家の人間がまだ生きていたとはな。しぶとく、血が千年先まで続いていたか」

 

 大きく息を吐き、宿儺は続ける。

 

「……12年前に、殲滅しましたが」

「!! 宗家も分家も、全てか」

「そう。目障りだったから」

 

 あまりに淡々とした返答に、宿儺は疑念の目を向ける。

 

 

 

 

――こいつは、違う。

 人を殺すことに、一切の躊躇がない。

 どこか、自分と似た気配すら感じる。

 その時、宿儺は違和感を覚えた。

 

 この女の身体から――別の呪物 の気配がする。

 

 

「……お前、肉体に何を宿している?」

 

 葉月は答えず、ただ微笑む。

 

「……妙だ。別の呪物の気配がする……どういうことだ」

「私は臓器不全で生まれた異形児だった。生まれた直後、首を折られて殺され、人体実験の被験者(サンプル)として《鵠沼の心臓》を受肉させられた」

「!!」

「結果、その赤子は蘇生した」

 

 宿儺の目が見開かれる。

 

 

 呪術全盛の時代ですら封印されたはずの呪物――それを久禮田家が隠し持っていたとは。

 

 

「鵠沼は基本、表に出ない。私が望んだ時だけ、肉体の主導権を渡す契約。手足をもがれても、心臓を抜かれても肉体は死なない。“彼”が乗っ取れば、私の意思に関係なく生き続ける」

「……それで、お前は俺に殺されることを望むわけか」

「そうだ」

 

 宿儺は、明確に“強者”として葉月を見る。

 

 

《鵠沼の心臓》を宿す器。

 この生得領域に入っても尚、姿を現さない傲慢な呪物。

――それを、自分の手で殺せるのなら。

 

 

「……いずれ、望みを叶えてやる。だが、お前は俺のモノだ」

「?」

 

 初対面の呪物に所有を宣言され、葉月は困惑する。

 どうやら鵠沼とは、正反対の性格らしい。

 

 思考を巡らせる間もなく、宿儺が目の前に立つ。

 

 

「契約を結ぶ。邪魔が入ると面倒だ」

 

 頬に手を添え、視線を合わせる。

 

「“お前を傷つける者は、容赦なく殺す”。そして“復活した暁には、真っ先にお前を殺す”」

 

 

 葉月は、その条件を即座に受け入れた。

 

「ほう……。もう少し渋ると思ったが」

「一つ、確認したい」

 

 葉月は前から気になっていたことを問う。

 

「虎杖蘇生の際、彼とどんな契約を?」

「俺が《契闊》と唱えたら1分間肉体を明け渡す。その間、誰も殺さず、傷つけない」

「……」

「そして、この契約を小僧は忘れる」

「!!」

 

 葉月は、虎杖の振る舞いを思い出し、静かに納得した。

 

「お前は自由に相手の領域に出入りできるようだな。また用があれば、引き込んでやる」

 

 

 葉月は苦笑し、頷く。

 視界が歪み、宿儺の姿が遠のいていく。

 そして葉月は、再び現実へと引き戻された。

 

 

 

 

―――…

 目を覚ました時、葉月は五条に抱きかかえられていた。

 

 

「……? あれ、どうしたの?」

「葉月先生!! 頭とか打ってないっすか!?」

 

 あまりにも慌てた2人の様子に、葉月は首を傾げる。

 五条の説明によると――虎杖の頭に触れた瞬間、葉月は意識を失ったらしい。

 時間にして、ほんの3分も経っていない。

 

「……え?」

 

 葉月は思わず言葉を失う。

 

(……宿儺と話していた感覚では、もっと時間が経っていた気がしたけど……)

 

 

「……葉月? 何かあった?」

「いや、何もないよ。……虎杖君、呪力乱れてる」

「ブホッ!!」

 

 容赦なく、呪骸の拳が虎杖に飛ぶ。

 

「……貧血じゃない?」

「それならいいけどさー」

 

 五条は相当心配なのか、葉月を椅子に座らせた。

 虎杖が再び映画に集中し始めるのを、少し後ろから2人で見守る。

 

 

「葉月、まだここにいる?」

「そうだね。虎杖君の様子見かな」

「僕、今日学長に呼び出されてさ。何時に戻れるかわかんないから、部屋で待ってて」

「……自室、だよね?」

「もちろん」

 

 独占欲を隠そうともしない言い方に、葉月は呆れたように息を吐く。その時。

 

「ボブーッ!!」

 

 ちょうど感情が大きく揺れる場面で、呪骸に殴られた虎杖が口からコーラを噴き出した。

 

「コーラ飲んでる時はやめろや!!」

「飲むなよ。何余裕こいてんの」

「お家映画にはポテチとコーラでしょ!!」

 

 四つん這いになり、今にも泣きそうな虎杖。

 

「じゃ、僕はそろそろ行くね。その調子で頑張って」

「こんなんで強くなれるんすか?」

「なれるよ。悠仁なら」

「そっかなぁ……」

 

 不安げな虎杖に、五条がふと思い出したように口を開く。

 

「そうだ。死んでる時、宿儺と話した?」

「……」

「心臓を治す条件とか、契約とか、何か言われなかった?」

「あー……話した気はするんですけど、思い出せないっす」

(……本当に忘れてる)

 

 俯く虎杖に、五条は「……そうか」とだけ返し、葉月を見る。

 

「葉月、絶対に無理しちゃダメだよ」

「君は保護者か」

「そうだよー」

「否定してほしいわ……」

 

 呆れつつも、葉月は五条を見送った。

 

 

 

 

________________________________________

 

「……葉月先生ってさ」

 

 しばらくして、葉月が持参した本を読んでいると、映画を見ていた虎杖が振り返る。

呪骸の動きは安定している。

 やはり呑み込みが早い、と葉月は内心感心した。

 

「五条先生と、付き合ってるんすか?」

「唐突だね。12年前に告白された返事を、つい最近返したばかりだから……付き合い始めたのは浅いかな」

「え!? もっと前からだと思ってました」

「色々あったからね。でも12年も空いたのに、よく諦めなかったと思うよ」

「……確かに」

 

 虎杖も、五条の異常な独占欲を思い出して納得する。

 

「……あの、どうして12年間、姿を消してたんですか? 呪詛師……だったから?」

 

 葉月がかつて呪詛師だったことは、1年生にも伝えられている。

 だが、12年という空白の理由までは語られていなかった。

 

「……そうだね。呪詛師は追われる身だから、国外に逃げてた」

「……12年も?」

「12年も経てば、消息不明になる。誰も私のことなんて、忘れると思ってた」

 

 その表情は、一瞬だけ影を落とす。

 

「でも……ここにいる人たちは、誰一人忘れてなかった。それに、目的もあったから……彼らの前に出ることを選んだ」

 

 すぐに笑顔に戻る葉月を見て、虎杖は彼女の別の一面を知った気がした。

 

 

「……葉月先生って、めちゃ努力家っすよね」

「人目につかないところで、努力はするかな。同期が最強だと、嫌でもそうなる」

「五条先生って、昔から強かったんすか?」

「そうだね。何度も“最強の僕が守る”って言うくらいには」

 

 冗談か本気かわからなかったけど、と葉月は笑う。

 

「それより虎杖君。呪力、安定してるよ」

「おうっ。バッチリっす」

 

 虎杖は満足そうに笑い、再び映画に向き直った。

 その時、階段を下りてくる足音がする。

 入口に視線を向けると、少し前に見送ったはずの五条が立っていた。

 

 

「あ、葉月」

「……どうしたの?」

「未登録の特級が出た。しかも、僕を狙ってる」

「は?」

「詳しくは後で。いい機会だから、悠仁に領域展開を見せようと思ってね」

 

 五条は口角を上げ、悠仁を見る。

 

「悠仁」

「!! 五条先生!? 用事は!?」

「出かけるよ」

「えぇ!?」

「課外授業。呪術戦の頂点――《領域展開》について」

 

 そして、ちらりと葉月を見る。

 

「あ、葉月も来るよ?」

「……はい?」

「嫌な予感がしてね。相手の顔と能力、覚えておいた方がいい」

 

 珍しく、冗談の混じらない声音だった。

 

「それに、宣戦布告もしておきたい」

 

 五条は静かに言う。

 

「僕の彼女に、手を出すなって。この先、何が起きようと――僕が絶対に葉月を守るから」

「……」

 

 葉月は、その言葉を否定も肯定もせず、ただ意味深な表情を浮かべていた。

 

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