片割れの呪術師   作:Haruyama

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第17話 理解不能のまま、隣で眠る

―――…

 

「見学の虎杖悠仁君に、僕の彼女の久禮田 葉月ちゃんでーす!」

「先生、俺……10秒くらい前まで高専にいましたよね。どうなってんすか?」

「んー、飛んだ」

「あ、説明する気ないな」

「これも彼の術式だよ、虎杖君」

「そーなの!?」

 

 五条の術式によって、3人は特級呪霊・漏瑚の眼前へと転移していた。

 状況が呑み込めず騒ぐ虎杖をよそに、葉月は一言も発さず、相手を見据えている。

 

「なんだそのガキは。盾か?」

「盾? 違う違う。言ったでしょ、見学だって。今ちょうど、授業中でね」

 

 水面の上に立っていることに驚く虎杖へ一瞬だけ視線を向けた後、漏瑚は葉月の存在に気づいた。

 

 

「……お前か。久禮田 葉月という女は」

「やはり、名は知られているか」

 

 葉月の声は静かだった。

 呪霊に名を知られていることに、驚きも動揺もない。

 

「ククク……感動の再会、というわけではなさそうだな。久禮田 葉月」

 

 

沈黙。

 

 

 漏瑚が合図を送ると、空間が歪み、もう一体の特級呪霊が姿を現した。

 警戒を強める五条と虎杖。

 だが――葉月は、その姿を見た瞬間、言葉を失う。

 

「!…ま……さか……」

「……葉月?」

「ほう。やはり血の繋がりというものは、切れぬものだな」

 

 漏瑚の勝ち誇った声音に、葉月の表情が歪む。

 

「…何をした」

 

 低く、押し殺した声。

 

「何をした、だと? 引き込むのに随分と苦労したさ。だが――所有権は我々に移った。特級呪霊としてな」

「……ふざ……けるな……!!」

 

 怒号と同時に、葉月は駆け出していた。

 

「葉月!」

 

 五条が止めようとした瞬間――

 

「おっと。五条悟の相手は、私だァ」

 

 漏瑚が行く手を塞ぐ。

 五条は歯噛みしつつも、目の前の敵に集中せざるを得なかった。

 

 

「……まあいい。あやつは時間の問題だ。にしても、自ら足手纏いを連れてくるとは愚かよ」

「アハハ。大丈夫でしょ。だって君、弱いもん」

 

 挑発に、漏瑚の怒気が爆発する。

 

「舐めるなよ小童が!! そのニヤケ面ごと、飲み込んでくれるわ!!」

 

 噴き上がる火炎に、虎杖の身体が震える。

 

「大丈夫。僕から離れないでね」

「領域展開――蓋棺鉄囲山」

 

 

 

 灼熱の石室。

 火山の火口を思わせる領域に閉じ込められる2人。

 

「なっ……なんだよコレ!!」

「これが領域展開だよ」

 

 余裕の五条は、なおも解説を続ける。

 

「それとね。領域内で付与された術式は――絶対に当たる」

 

 放たれた攻撃を、五条は容易く弾いた。

 

「絶対!?」

「ずぇ~ったい」

 

 圧倒的な力の差。

 漏瑚の矜恃は、無残に踏み潰される。

 

「灰すら残さんぞ!! 五条悟!!」

 

 目隠しを外す五条。

 

 

「領域展開――無量空処」

 

 

知覚も、思考も、行動も。

無限の情報に押し潰され、漏瑚は沈黙した。

 

 

 

 

________________________________________

 

 一方。

 葉月は、もう一体の特級呪霊と対峙していた。

 

 

 地形を抉る衝突。

 互いに譲らぬ応酬の中、葉月は冷静に相手を見据える。

 

「……遅くなって、ごめんね。睦月」

 

 手を伸ばす。

 

「……ハヅキ……」

「……まだ、理性が……」

「ハヅキ……コチラヘ……」

 

 誘うような声。

 

「……オネガイ……ワタシト……」

 

 変わり果てた姉を前に、葉月は右顔面の仮面に手を掛ける。

 その瞬間――

 

「睦月!!」

 

 別の特級呪霊が現れ、呪霊・睦月を拘束した。

 角のような枝を生やした呪霊が、漏瑚の頭部を掴んでいる。

 

「……ひゃっひゃっひゃ!! じゃあな」

 

 笑い声と共に、睦月は連れ去られていった。

 

 

 三体の特級を逃すという大失態。

 だが葉月は、ただ静かに思考を巡らせる。

 

(……睦月の肉体を使って、呪霊を……やはり「奴」は――)

 

 

 

――12年前の記憶が、鮮明に蘇る。

虫の息だった睦月。

奪われた肉体。

危惧していた未来。

 

 

――それが、現実になった。

 

 

 そこへ、戦いを終えた五条が戻ってくる。

 変貌した地形を見渡し、言葉を失う。

 

「……葉月」

 

 呼びかけても、反応はない。

 

「……あの特級呪霊と、関係があるの?」

 

 五条は彼女の前に立つ。

 その時、ようやく気づいた。

 今まで見たことのないほど、悔しさが滲んだ表情。

 

(……何も話してはくれないんだね)

 

 頬に触れても、心は遠い。

 

(いつか、話してくれるまで……僕は待つよ)

 

 手を握られ、葉月はようやく我に返る。

 

 

「……あのさ」

「ん?」

「夜蛾先生のところに行ってもいいかな。話がしたい」

「……いいよ。葉月が望むなら」

 

 2人は、本来の目的地へと向かうのだった。

 

 

 

―――…

 

 屋敷の広間には、待ちくたびれた様子の夜蛾と伊地知がいた。

 伊地知は予定より遅れたことに対し、明らかに萎縮しているが、当の本人である五条はというと、反省の色は微塵もない。

 

「……葉月、お前も来たか」

 

 夜蛾の低い声に、葉月は一礼する。

 

「少し、夜蛾先生に用がありまして」

「そうか。……まあ、座れ。悟、お前もだ」

 

 促されるまま2人は席に着く。

 五条は自然な動作で葉月を引き寄せ、そのまま隣に腰を下ろす。葉月自身も、今さら気にする様子はない。

 

 酒が運ばれ、五条は勧められるがままに口をつけ――数杯も経たぬうちに、あっという間に出来上がった。

 

「……悟って、下戸なんですね」

 

 葉月が思わず漏らすと、夜蛾は呆れたように鼻を鳴らす。

 

「元から弱い」

 

 一方で葉月は、表情一つ変えずに酒を水のように飲んでいる。

 べったりと寄りかかってくる五条を引き剥がそうとするが、酔った本人は離れる気配もなく、結局なすがままだ。

 やがて葉月は小さく息を吐き、伊地知へと視線を向けた。

 

「……伊地知くん。夜蛾先生とお話があります。五条を送っていただけますか」

「え……あ、はい。わかりました……」

 

 伊地知は慌てて立ち上がり、夜蛾に一礼すると、完全に酔いつぶれた五条を支えながら部屋を後にした。

 

 

 扉が閉まり、室内に残ったのは夜蛾と葉月、2人きり。

 夜蛾は姿勢を正し、静かに問いかける。

 

 

「……で、葉月。要件は何だ」

「あなただけには、12年前に何があったのか……話しておこうと思いまして」

 

 その言葉に、夜蛾の目が大きく見開かれる。

 長い沈黙を保ってきた彼女が、ついに口を開いたのだ。

 

「……私は、術師も、高専の人間も、一切信用していません」

 

 淡々とした声だった。

 

「それでも、あなたに話すと決めた理由は一つ。――睦月が、あなたを信頼していたからです」

「……睦月? 誰だ、それは」

「……私の双子の姉です。高専に在籍していたのは、私ではなく――睦月でした」

 

 夜蛾の喉が、小さく鳴る。

 そして葉月は語り始めた。

 

 

高専入学以前のこと。

一族のこと。

睦月の資質と、運命と、そして――奪われた最期。

 

 

 全てを語り終えた時、夜蛾の頬には涙が伝っていた。

 

「……そして12年後。睦月は、特級呪霊として私の前に現れました」

「……まさか、肉体を……」

「ええ。外見上は呪霊です。ただ、微かに残る自我は、確かに睦月でした」

 

 夜蛾は言葉を失う。

 

「睦月の肉体を器に、呪霊を宿した。主導権は呪霊側にあります。……それでも、完全には消えていなかった」

 

 死してなお、尊厳を踏みにじられ、望まぬ戦いを強いられている現実。

 夜蛾は拳を握り締める。

 

「……悟には、話さないのか」

「必要ありません」

 

 即答だった。

 

「これ以上彼を惑わすことは必要ない。それに――六眼と相性が悪い」

「……どういう意味だ?」

「…睦月は彼に手の内を知られることを、恐れていた」

 

――だから睦月は、高専在学中、一度も五条と目を合わせなかった。

 

「それに……彼が好きなのは、睦月です。私ではない」

 

 《視覚》と《聴覚》を共有していた時代。

 彼が惹かれたのは、他人を想い、躊躇なく手を差し伸べる姉の姿だった。

 

 

――自分とは、あまりにも違う。

 

 

「……話を聞いてくださって、ありがとうございました」

 

 葉月は静かに立ち上がる。

 

「……家まで送ろう」

 

 夜蛾もまた席を立った。

 

「恐らくだが、悟は相当拗ねている」

「……?」

 

 葉月は首を傾げる。

 最愛の人を置いて、一人だけ帰されたのだ。しかも本人は酔いつぶれていた。

 その事実に、彼女はまだ気づいていない。

 

「帰れば分かる」

 

 夜蛾はそう言って歩き出す。

 

 高専時代から、悟が誰に心を向けていたかを知っている。

 そして今もなお、「葉月」に囚われ続けていることも。

――たとえ、それが12年前の「葉月」とは違っていたとしても。

 

 

「……なるほど?」

 

 葉月は曖昧に頷き、夜蛾の後を追った。

 2人は静かに、高専へと戻っていった。

 

 

 

――…

 高専近くの家に戻った葉月は、目の前の光景にしばし言葉を失っていた。

 ベッドの上では、五条悟が何事もなかったかのように熟睡している。

 

「……鍵、なんで持ってるの?」

 

 どうやらいつの間にか合鍵を作られ、自由に出入りできる状態になっていたらしい。

 問いかけても返事はない。当然だ。ぐっすり眠っている。

 

 葉月はクローゼットから毛布を取り出し、静かに彼の体に掛ける。

 その仕草には、ためらいも感情もない。ただ、必要だからそうしただけだ。

 酔いを醒ますため、冷蔵庫からお茶を取り出し、一口含む。

 

 それから部屋を見渡し、今夜の寝床を考えた。

 元々、ベッドと机しかない簡素な部屋だ。

 ベッドは五条に占領されている以上、選択肢は一つしかない。

 

 机、か。

 椅子を引き寄せたところで、ふと、夜蛾に語った12年前のことが脳裏をよぎる。

 

 

 

――睦月。

 睦月は、夏油傑のことが好きだった。

 任務に出る前、五条から告白されていたことも知っている。

 だから、12年越しに返事をした。

 

 だけどもし…

 あの任務から生きて帰ってきていたら。

 彼女は五条を、振っていたのだろうか。

 

 

 

 《視覚》と《聴覚》を共有していても、心の奥までは覗けなかった。

 彼女が五条に向けていた感情が、同情だったのか、友情だったのか、あるいは――。

 今となっては、迷宮入りだ。

 

 

「……私には、その感情が理解不能」

 

 

人に恋心を抱くこと。

誰かを好きになること。

 

 

 

 五条が自分に向けている感情が何なのか、葉月は正確に理解していない。

 ただ一つ分かっているのは――彼の視線の先にあるのが、今の自分ではない可能性だ。

 もし彼が見ているのが、12年前に共に過ごした彼女だけなら。

 

 ならば、それを演じるまで。

 殺された事実を、知らなくていい。

 特級呪霊として再び現れてしまったことも、葉月と夜蛾だけが抱えていればいい。

 

 

 葉月にとっては――

 死してなお、「彼女」を想い続けている五条が存在していること。

 それだけで、十分だった。

 

 

 やがて眠気が訪れる。

 葉月は椅子に座ったまま机に突っ伏し、そのまま静かに眠りに落ちた。

 

 ベッドの上では、何も知らない最強が、安らかな寝息を立てている。

 

 

 

―――

 学長の元で話を聞いているうちに、酒を勧められ、そのまま酔いつぶれた。

 意識が曖昧なまま、伊地知に送られて部屋へ戻った……はずだった。

 

 気づけば、足は勝手に葉月の部屋へ向いていた。

 

「……あれ? 葉月?」

 

 当然、返事はない。

 一緒に帰ってきたつもりでいた自分に、少しだけ苛立つ。

 そのまま彼女のベッドに倒れ込む。

 シーツには、彼女の匂いが残っていた。

 懐かしくて、落ち着いて、少し苦しい。

 この匂いに包まれると、考えることをやめられる。

 

――だから、眠ってしまった。

 

 

 

 どれくらい経ったのか。

 ふと目を覚ますと、視線の先に葉月がいた。

 机に突っ伏して、眠っている。

 

「……一緒に寝ればいいのに」

 

 独り言のように呟いて、ベッドを降りる。

 眠る彼女を起こさないよう、そっと抱きかかえた。

 

 

軽い。

記憶よりも、ずっと。

 

 

 ベッドに運び、横にならせる。

 酒が入っているせいか、葉月は目を覚まさない。

 右顔面を覆う仮面に、一瞬だけ視線が止まる。

 

 

――触れなかった。

触れたら、何かが壊れる気がした。

 

 

 腕枕をして、ただ彼女を見る。

 隣にいるだけで、胸の奥が満たされる。

 

「……柔らかいな」

 

 唇に、指先をそっと這わせる。

 12年前には、許されなかった距離。

 今なら、触れられる。

 拒まれない。

 傷ついていく彼女を見て、心の底から思う。

 

 

――守らなきゃ。

 

 最強の僕が傍にいれば、葉月は安全だ。

 そう、信じていた。

 

 

 でも、違った。

 彼女は僕に守られることを拒み続けた。

 

 その結果が、12年前の事件だ。

 上の命令に従い、一族をその手で葬り去り。

挙げ句、無実の罪で呪術界から追放された。

 

 

――ふざけている。

 理解する気もないし、したくもない。

 

 

 12年ぶりに再会した彼女は、

 あの頃と“同じ目”で、僕を拒んでいた。

 理由を訊いても、答えない。

 ただ、どこか哀しそうな顔で、僕を見る。

 

 

「……葉月。どうしたら、僕を認めてくれるのさ」

 

 いつも、のらりくらりと躱される。

 何かを隠しているのも分かる。

 それが、堪らなく気に喰わない。

 

 

 本当は、

 “縛り”をつけて、誰にも奪われないようにしてしまえばいい。

 それが出来ない理由も、分かっている。

 

 彼女は、そうされた瞬間に――消える。

 それだけは、耐えられない。

 

 眠る葉月の髪に、指を絡める。

 

 

欲しい。

葉月のすべてが。

最強の僕が、どうして手に入れられない?

どうして、触れることすら、こんなにも慎重になる?

 

 

「……嫉妬しちゃうわ。マジで」

 

 誰に、とは言わない。

 分かっているからだ。

 僕は、彼女の“過去”にすら、勝てていない。

 

 

 その事実を抱えたまま、

 葉月を強く抱きしめ、再び眠りに落ちた。

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