片割れの呪術師   作:Haruyama

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第18話 最強の弱さ

「夜蛾はまだかのぉ。老い先短い年寄りの時間は高くつくぞ」

 

 都立呪術高専・応接室。

 京都校学長・楽巖寺嘉信は、苛立ちを隠そうともせず杖を鳴らした。

 

「夜蛾学長は、しばらく来ないよ」

 

 静かな声とともに、ガラリと扉が開く。

 現れたのは五条悟――そして、その隣に久禮田葉月。

 葉月の姿を捉えた瞬間、楽巖寺の目が細くなる。

 

「嘘のスケジュールを伝えてあるからね」

 

 五条が肩を竦める。

 伊地知を“説得”した時のことを思い出し、葉月は小さく苦笑した。

 

「……アンタも一枚噛んでるんでしょ?」

 

 葉月が言った。

 真正面から、楽巖寺を射抜くように。

 

「何のことかね」

「虎杖悠仁の件だ。保守派筆頭のアンタらは、つくづく腹立たしい」

 

 一拍置いて、葉月は続ける。

 

「――12年前と、何も変わってない」

 

 楽巖寺は鼻を鳴らした。

 

「やれやれ、最近の若者は敬語も使えんのか」

「敬語なんて、必要ないでしょ」

 

 空気が、軋む。

 

「まぁまぁ、落ち着きなって」

 

 五条が葉月の隣に腰を下ろし、肩を引き寄せた。

 

「過去に確執があったのは分かるけどさ、この場でやり合う場所じゃないでしょ?」

 

 頭を撫でる。

 宥めるというより、囲い込む仕草。

 

「ほら、一回深呼吸」

「……」

 

 葉月は舌打ちを飲み込み、視線を逸らした。

 

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 それまで黙っていた三輪が、ようやく声を上げる。

 

「先ほどから楽巖寺学長への態度が悪すぎます!これは問題行動です!しかるべきところに――」

 

(やっべ……生五条悟……)

 

 内心の悲鳴とは裏腹に、三輪は必死で表情を保っていた。

 

 

「ご自由に」

 

 葉月が淡々と返す。

 

「ごめんね、手短に話すから」

 

 五条は笑いながら、本題に入った。

 

 

「昨晩、未登録の特級呪霊が3体現れた」

「ほう。それは災難じゃったの」

「勘違いしないでよ。僕にとっては、街でアンケート取られた程度の出来事さ」

 

 あまりにも平然とした口調。

 葉月は完全に興味を失ったように、窓の外へ視線を向けていた。

 

「そいつらは意思疎通が可能だった。同等級の仲間も、まだいるだろうね」

 

 五条は続ける。

 

「敵だけじゃない。秤、乙骨、京都の東堂――生徒のレベルも、ここ数年で急激に跳ね上がってる」

「……何が言いたい」

 

 楽巖寺が低く唸る。

 

「分かんない?」

 

 五条は笑った。

 

「アンタらが地位だの伝統だので抑え込んできた“力の波”、もう制御不能だよ」

「次の世代は、“特級”なんて物差しじゃ測れない」

 

 一歩、前に出る。

 

「牙を剥くのが僕だけだと思ってるなら――痛い目見るよ、おじーちゃん」

 

 楽巖寺の目が鋭くなる。

 

 

「……少し喋り過ぎじゃの」

 

 だが、五条は気にしない。

 

「用件は以上」

 

 席を立ち、扉へ向かう。

 その背中を他所に――

 

「楽巖寺学長」

 

 葉月が振り返る。

 そして楽巖寺を、見下ろす。

 

「呪術師としての地位を戻してもらったからって、許したつもりはない」

 

 声音は静かだが、冷たい。

 

「また信頼を損ねるような真似をすれば――次は、容赦しない」

「……それは宣戦布告かね?」

 

 殺意を含んだ視線が、葉月を射抜く。

 三輪は、ただ息を呑むしかなかった。

 

「そうだよ」

 

 葉月は微笑った。

 楽巖寺だけに向けた、妖しく歪んだ笑み。

 

「当然の報いでしょ?」

 

 一瞬、楽巖寺の表情が揺らぐ。

 

 

「葉月、行こ」

 

 五条が彼女を抱き寄せる。

 2人はそのまま踵を返し、応接室を後にした。

 

――残された空気だけが、重く沈んでいた。

 

 

 

 

―廊下―

 

「ねぇ、悟」

「ん?」

「夏油傑の件って……何?」

 

 その問いに、五条は一瞬だけ言葉を探した。

 葉月は12年間、国外で身を潜めていた。昨年起きた出来事を知らないのも無理はない。

 五条はそう思い至り、必要最低限だけを切り取って説明する。

 

 

呪詛師となったこと。

一般人を殺したこと。

そして――自分が、彼にとどめを刺したこと。

 

 

 話し終えた五条は、葉月の反応を窺った。

 だが返ってきたのは、予想していた動揺でも怒りでもなかった。

 

「へぇ……そうだったんだ」

 

 それだけだった。

 あまりに淡白な反応に、五条はわずかに眉を寄せる。

 

 一方で葉月は、それ以上何も言わず、視線を落としたまま考え込んでいた。

 

(夏油傑にとどめを刺したのは……五条悟)

 

 

 その事実を起点に、思考が静かに連なっていく。

――だとしたら、この前会った彼はいったい何者だったのか。

 そこで、ふとした違和感が引っかかった。

 

(……額の傷。あんなの、あったっけ?)

 

 記憶の奥にある夏油傑の顔には、額の傷などなかった。

 12年という歳月があれば、人の容姿が変わること自体は不自然ではない。

 けれど――。

 

 

 再会したあの時。

 確かに「夏油傑」という名前とは、別の気配を感じていた。

 

 それは、思い違いだったのか。

 それとも――。

 

(……お互い様、か)

 

 葉月は小さく、内心で呟く。

 

 

――自分自身も、12年前とは完全に別人だ。

 ならば、あの夏油傑もまた、五条が殺した彼とは別の存在なのだろう。

 そう考えると、妙な納得が胸に落ちた。

 何だかんだで、似た者同士なのかもしれない。

 

 その横顔を、五条は苛立ち混じりに見下ろしていた。

 

(また……何か考え事してる)

 

 その思考の輪に、自分が入れていないことが気に食わない。

 

 葉月は今、夏油のことを考えているのだろうか。

 同期の死――それも、自分が知らない12年の間に起きた裏切りと最期。

 

「……葉月ー。僕を無視しないでよ」

 

 呼びかけに、葉月ははっとして顔を上げる。

 

 

「悟」

「ん?」

 

 ほんの一瞬の間。

 それから葉月は、まっすぐ五条を見据えて言った。

 

「この先、何があっても――宿儺が虎杖くんの中に居続ける限り、私は君たちの味方でいよう。たとえ、この身が滅びようとも」

 

 五条の目が見開かれる。

 

「だから……私が君を守るね」

「……どうして葉月に言われなきゃいけないのさ」

 

 五条はそう言って、彼女の肩に顔を埋めた。

 

「僕、最強だって言ってるのに。僕に守られるのは嫌なの?」

「嫌だね」

 

 即答だった。

 

「なんでー? 僕、葉月のこと愛してるし、守りたいって何度も言ってるのに」

 

 拗ねた声色に、葉月はただ微笑む。

 

「最強であっても……時には、弱みを見せてもいいんだよ」

 

 その言葉に、五条の腕に力がこもった。

 強く、壊れものを抱くように。

 

「もう二度と、葉月を喪いたくない。だから……もう、どこにも行かないで……」

 

 その瞬間、葉月の表情が僅かに歪む。

 

 

 

――彼が呼んだ名前が、今ここにいる自分ではないことに、気づいてしまったからだ。

 

 

 

12年前の葉月。

高専時代を共に過ごした同期。

失われたまま、二度と戻らない存在。

 

 

五条悟は、親友と、愛した人――

2度の裏切りを、立て続けに経験している。

 

そして皮肉なことに、その2人はもう、この世にいない。

 

 

 葉月は何も言わず、五条の頭をそっと撫でた。

 彼の弱さも、執着も、罪悪感も、すべて汲み取るように。

 

「……時間の許す限り、君の傍を離れることはないよ」

 

 

 

――睦月の願いを叶えるため。

――人の世に馴染むための人格を生み出してまで。

 

たとえ私が、12年前とは別人であっても。

たとえ君が、私の死期を早める存在であろうとも。

 

 

 

 その決意は、言葉にせず、胸の奥に留める。

 葉月は静かに、五条を抱きしめ返した。

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