―鳥取駅―
山陰新幹線に乗り換え、鳥取に到着する。
改札を抜けた瞬間だった。
「――お久しぶりです。教祖様」
不意に掛けられた声に、葉月は足を止め、眉を顰める。
その一言に、背後の五条と七海は同時に首を傾げた。
「……」
返答のない葉月を気にも留めず、男は恭しく頭を下げる。
「12年間、消息不明と伺っておりました。ご無事で何よりです。本日は――」
「今更、何の用ですか」
葉月の声は低く、冷えていた。
「12年もの間、死体が見つからなくて焦った……その間違いでは?」
棘を含んだ言葉に、男は一瞬だけ表情を強張らせる。
五条と七海は、この2人が決して友好的な関係ではないことを即座に理解した。
「とんでもございません。貴女様の生存が確認できた以上、これまで以上に尽力し――」
「……まだ、やっていると?」
言葉を遮った葉月の声に、空気が変わる。
「当然です。我々の野望のためです」
男は、笑った。
それは信仰と狂気が溶け合った、歪な笑みだった。
そのまま男は、当然のように葉月を車へ誘導しようとする。
だが、応じる気など毛頭ない葉月は、伸ばされた腕を振り払った。
「貴女様のお力添えが、不可欠なのです」
「あっそう」
一拍置き、葉月は静かに言う。
「――喰われる覚悟は、あるのね」
「……っ!」
舌をペロリと出した一瞬。
それだけで男は、理解した。
――“格”が違う。
男は震え、無意識に一歩、後退る。
「……これから貴女様が向かわれる場所は、既に我々の支配下にあります」
「――!」
葉月の表情が、完全に変わった。
「……アンタら、まさか――」
「さぁ……どうでしょう?」
男は愉快そうに肩を竦める。
「ここで我々を仕留めたとしても、野望は止まりません。
破壊は――もう、始まっているんですよォ」
狂ったように笑い出した男は、最後にこう言い残した。
「さぁ……ショーの始まりだァ!!」
車は急発進し、駅前の雑踏へ消えていった。
沈黙。
「……葉月?」
最初に口を開いたのは五条だった。
「一体、どういうこと?」
「悟、七海君」
葉月は即座に振り返る。
「急いで現場に向かおう。一刻を争う」
その声色から、ただ事ではないことが伝わる。
「ですが、現場までは車でも一時間以上――」
「私の腕を掴んで」
「……?」
「振り落とされないように」
葉月はそう言うと、人目のない場所まで移動し、2人の腕に自分の腕を絡ませた。
「何をするの、葉月」
「印を付けた場所に、瞬時に移動する」
「印……?」
「到着次第、戦闘になると思う」
葉月の声が、僅かに硬くなる。
「……連中の言葉が本当なら、私たちが行く村は、既に――堕ちている」
「……!」
葉月は目を閉じ、深く息を吸う。
そして、瞼を上げた。
その瞳は――赤く染まっていた。
次の瞬間。
世界が、歪んだ。
視界が反転し、地面が引き裂かれるような感覚。
そして――
「……っ!」
目の前に広がっていたのは、呪霊に支配された村だった。
数も、質も、異常だ。
「……これは……」
七海は言葉を失う。
当初の任務内容など、もはや意味を成さない。
だが、呪霊が存在する以上、放置はできない。
「悟、七海君」
駆け出そうとする2人を、葉月が呼び止める。
「目の前にいる呪霊は全員――元、人間だよ」
「……?」
「……どういうことですか」
七海の問いに、葉月は一瞬だけ視線を伏せ、首を横に振った。
「今、この場で話すことはできない」
そして、静かに告げる。
「連中がここに到着するまで、あと一時間。それまでに大半を祓わないと、隣町まで拡散する」
そう言って、葉月は右顔面を覆う仮面に手を掛けた。
五条と七海は、それを見て理解する。
――戦闘態勢だ。
「悟、無茶しないこと」
「どうして君は、いつも僕より先に言うの」
五条が口を尖らせる。
「守られる側の台詞じゃないでしょ、それ」
「私を守りたいなら」
葉月は真っ直ぐに言った。
「無茶をしないことも、重要だよ」
軽口なのか、本気なのか。
相変わらず分かりづらい2人のやり取りだが――
七海は、理解した。
(……この人は、戦場の“中心”に立つ存在だ)
七海は2人の背を一瞬だけ見つめ、
そして目の前の惨状へと意識を切り替えた。
――…
それからしばらく経ち、七海と行動を共にしていた葉月は、
ある一体の呪霊に苦戦を強いられていた。
何度も分裂を繰り返す厄介なタイプ。
確実に大本を仕留めなければ、いくら祓っても意味がない。
「……厄介だね、これ」
「そうですね。図体の割に、よく動く」
五条は2人とは正反対の位置で戦っているようだが、
――最強だし、放っておいても問題ないだろう(適当)。
ケタケタと笑う呪霊に、一級呪霊・樟葉も苛立ちを隠せずにいた。
「……コイツ、嫌イ」
「大本が、別にある」
葉月は周囲を鋭く見回す。
七海にはまだ見えていない“何か”を、彼女は探しているようだった。
その時――
「!!」
突如、視界を炎が覆い尽くす。
だが、領域展開ではない。
直感的に、七海はそう判断した。
「……っ!」
「久禮田さん!」
背後から首を掴まれ、葉月はそのまま地面へ叩きつけられる。
樟葉が即座に飛びかかるも、片腕だけで吹き飛ばされた。
――力が違う。
「コロス!! コロス!!」
「七海……逃げ――」
「しません」
即答だった。
七海は呪霊の腕を狙って鉈を振るうが、紙一重で躱される。
呪霊は葉月の首を掴んだまま、高く跳躍し、不快な笑い声を上げる。
「悟と…、…合流――」
「それは、あなたを助けてからです」
葉月の言葉を遮り、七海は呪霊を睨み据えた。
「この状態で五条さんの元へ向かえば、あなたが死ぬ前に、私が五条さんに殺されます」
「……確かに」
苦笑する余裕すら、葉月には残っていた。
「だから――必ず助けます」
その声音に迷いはなかった。
(……成長したか)
葉月は、そう思った。
12年という時間は、確かに彼らを“大人”にしていた。
やがて、七海の一撃が決定打となり、呪霊は祓われ、葉月は解放される。
「……っ、は……」
長時間首を圧迫されていた反動で、葉月は膝をつき、呼吸を乱す。
「大丈夫です。ゆっくり呼吸を」
七海はすぐに彼女の横に膝をつき、背中に手を当てた。
「吸って……吐いて。私に合わせて」
葉月は七海の指示通り、必死に呼吸を整える。
「……っ……」
「大丈夫です。意識ははっきりしています」
数十秒後、呼吸が落ち着いてきたのを確認し、七海は手を離す。
「……落ち着きましたね」
「……うん。ありがとう」
葉月は小さく礼を言い、七海の手を借りて立ち上がる。
その瞬間――
「葉月ー!! やっと見つけたぁ!!」
「!」
聞き慣れた声と同時に、七海は即座に一歩距離を取った。
「どこ行ってたのさ、君」
五条は文句を言いながら、葉月に抱きつく。
「ずっと探してたんだけど!? 寂しかったんだけど!?」
「……七海君と一緒に行動してた」
「そうです。五条さんが先に突っ走るから」
「呼んでも行っちゃうし」
2人に同時に責められ、五条は露骨に不貞腐れた。
それでも、3人は合流できた。
周囲の呪霊も、ほぼ祓い終えている。
「……で? これからどうするの?」
五条の問いに、葉月は視線を巡らせる。
「……大本を探す」
「もう全部ぶっ壊せばよくない?」
確かに非術師は残っていない。
五条の提案も合理的だ。
だが――
「ここに、神社があるはず」
葉月は鞄から古い地図を取り出し、地面に広げた。
「今、ここ」
「……神社は、ここですね」
七海が指差した場所に、葉月は頷く。
「そこに、答えがある」
「えー、七海に行かせればいいじゃん」
面倒くさそうに言う五条に、葉月は即答する。
「悟は待っててもいいよ。元々、私と七海君の任務だし」
「冷たっ!!」
「一緒に来たいなら、文句言わない」
「……むぅ」
「三十路の拗ね方じゃないですよ」
七海の一言に、五条は露骨に睨み返す。
「オイ七海。僕の葉月と行動するの禁止」
「意味が分かりません」
「今から七海は、葉月の半径3メートル以内立ち入り禁止」
「会話できない距離ですよ」
大人2人は、同時に溜息をついた。
そして3人は、
葉月の指し示した“神社”へと歩き出した。