片割れの呪術師   作:Haruyama

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第20話 堕ちた村の人々

―鳥取駅―

 

 山陰新幹線に乗り換え、鳥取に到着する。

 改札を抜けた瞬間だった。

 

「――お久しぶりです。教祖様」

 

 不意に掛けられた声に、葉月は足を止め、眉を顰める。

 その一言に、背後の五条と七海は同時に首を傾げた。

 

「……」

 

 返答のない葉月を気にも留めず、男は恭しく頭を下げる。

 

「12年間、消息不明と伺っておりました。ご無事で何よりです。本日は――」

「今更、何の用ですか」

 

 葉月の声は低く、冷えていた。

 

「12年もの間、死体が見つからなくて焦った……その間違いでは?」

 

 棘を含んだ言葉に、男は一瞬だけ表情を強張らせる。

 五条と七海は、この2人が決して友好的な関係ではないことを即座に理解した。

 

「とんでもございません。貴女様の生存が確認できた以上、これまで以上に尽力し――」

「……まだ、やっていると?」

 

 言葉を遮った葉月の声に、空気が変わる。

 

「当然です。我々の野望のためです」

 

 男は、笑った。

 それは信仰と狂気が溶け合った、歪な笑みだった。

 そのまま男は、当然のように葉月を車へ誘導しようとする。

 だが、応じる気など毛頭ない葉月は、伸ばされた腕を振り払った。

 

「貴女様のお力添えが、不可欠なのです」

「あっそう」

 

 一拍置き、葉月は静かに言う。

 

「――喰われる覚悟は、あるのね」

「……っ!」

 

 舌をペロリと出した一瞬。

 それだけで男は、理解した。

 

――“格”が違う。

 男は震え、無意識に一歩、後退る。

 

「……これから貴女様が向かわれる場所は、既に我々の支配下にあります」

「――!」

 

 葉月の表情が、完全に変わった。

 

「……アンタら、まさか――」

「さぁ……どうでしょう?」

 

 男は愉快そうに肩を竦める。

 

「ここで我々を仕留めたとしても、野望は止まりません。

 破壊は――もう、始まっているんですよォ」

 

 狂ったように笑い出した男は、最後にこう言い残した。

 

「さぁ……ショーの始まりだァ!!」

 

 車は急発進し、駅前の雑踏へ消えていった。

 

 

沈黙。

 

 

「……葉月?」

 

 最初に口を開いたのは五条だった。

 

「一体、どういうこと?」

「悟、七海君」

 

 葉月は即座に振り返る。

 

「急いで現場に向かおう。一刻を争う」

 

 その声色から、ただ事ではないことが伝わる。

 

「ですが、現場までは車でも一時間以上――」

「私の腕を掴んで」

「……?」

「振り落とされないように」

 

 葉月はそう言うと、人目のない場所まで移動し、2人の腕に自分の腕を絡ませた。

 

「何をするの、葉月」

「印を付けた場所に、瞬時に移動する」

「印……?」

「到着次第、戦闘になると思う」

 

 葉月の声が、僅かに硬くなる。

 

「……連中の言葉が本当なら、私たちが行く村は、既に――堕ちている」

「……!」

 

 葉月は目を閉じ、深く息を吸う。

 そして、瞼を上げた。

 その瞳は――赤く染まっていた。

 

 次の瞬間。

 世界が、歪んだ。

 視界が反転し、地面が引き裂かれるような感覚。

 

 

 そして――

 

「……っ!」

 

 目の前に広がっていたのは、呪霊に支配された村だった。

 数も、質も、異常だ。

 

「……これは……」

 

 七海は言葉を失う。

 当初の任務内容など、もはや意味を成さない。

 だが、呪霊が存在する以上、放置はできない。

 

「悟、七海君」

 

 駆け出そうとする2人を、葉月が呼び止める。

 

「目の前にいる呪霊は全員――元、人間だよ」

「……?」

「……どういうことですか」

 

 七海の問いに、葉月は一瞬だけ視線を伏せ、首を横に振った。

 

「今、この場で話すことはできない」

 

 そして、静かに告げる。

 

「連中がここに到着するまで、あと一時間。それまでに大半を祓わないと、隣町まで拡散する」

 

 そう言って、葉月は右顔面を覆う仮面に手を掛けた。

 五条と七海は、それを見て理解する。

 

――戦闘態勢だ。

 

 

「悟、無茶しないこと」

「どうして君は、いつも僕より先に言うの」

 

 五条が口を尖らせる。

 

「守られる側の台詞じゃないでしょ、それ」

「私を守りたいなら」

 

 葉月は真っ直ぐに言った。

 

「無茶をしないことも、重要だよ」

 

 軽口なのか、本気なのか。

 相変わらず分かりづらい2人のやり取りだが――

 七海は、理解した。

 

(……この人は、戦場の“中心”に立つ存在だ)

 

 七海は2人の背を一瞬だけ見つめ、

 そして目の前の惨状へと意識を切り替えた。

 

 

 

――…

 それからしばらく経ち、七海と行動を共にしていた葉月は、

 ある一体の呪霊に苦戦を強いられていた。

 

 何度も分裂を繰り返す厄介なタイプ。

 確実に大本を仕留めなければ、いくら祓っても意味がない。

 

「……厄介だね、これ」

「そうですね。図体の割に、よく動く」

 

 五条は2人とは正反対の位置で戦っているようだが、

――最強だし、放っておいても問題ないだろう(適当)。

 

 ケタケタと笑う呪霊に、一級呪霊・樟葉も苛立ちを隠せずにいた。

 

「……コイツ、嫌イ」

「大本が、別にある」

 

 葉月は周囲を鋭く見回す。

 七海にはまだ見えていない“何か”を、彼女は探しているようだった。

 その時――

 

「!!」

 

 突如、視界を炎が覆い尽くす。

 だが、領域展開ではない。

 直感的に、七海はそう判断した。

 

「……っ!」

「久禮田さん!」

 

 背後から首を掴まれ、葉月はそのまま地面へ叩きつけられる。

 樟葉が即座に飛びかかるも、片腕だけで吹き飛ばされた。

 

――力が違う。

 

「コロス!! コロス!!」

「七海……逃げ――」

「しません」

 

 即答だった。

 七海は呪霊の腕を狙って鉈を振るうが、紙一重で躱される。

 呪霊は葉月の首を掴んだまま、高く跳躍し、不快な笑い声を上げる。

 

「悟と…、…合流――」

「それは、あなたを助けてからです」

 

 葉月の言葉を遮り、七海は呪霊を睨み据えた。

 

「この状態で五条さんの元へ向かえば、あなたが死ぬ前に、私が五条さんに殺されます」

「……確かに」

 

 苦笑する余裕すら、葉月には残っていた。

 

「だから――必ず助けます」

 

 その声音に迷いはなかった。

 

 

(……成長したか)

 

 

 葉月は、そう思った。

 12年という時間は、確かに彼らを“大人”にしていた。

 

 やがて、七海の一撃が決定打となり、呪霊は祓われ、葉月は解放される。

 

 

「……っ、は……」

 

 長時間首を圧迫されていた反動で、葉月は膝をつき、呼吸を乱す。

 

「大丈夫です。ゆっくり呼吸を」

 

 七海はすぐに彼女の横に膝をつき、背中に手を当てた。

 

「吸って……吐いて。私に合わせて」

 

 葉月は七海の指示通り、必死に呼吸を整える。

 

「……っ……」

「大丈夫です。意識ははっきりしています」

 

 数十秒後、呼吸が落ち着いてきたのを確認し、七海は手を離す。

 

「……落ち着きましたね」

「……うん。ありがとう」

 

 葉月は小さく礼を言い、七海の手を借りて立ち上がる。

 

 

 その瞬間――

 

「葉月ー!! やっと見つけたぁ!!」

「!」

 

 聞き慣れた声と同時に、七海は即座に一歩距離を取った。

 

「どこ行ってたのさ、君」

 

 五条は文句を言いながら、葉月に抱きつく。

 

「ずっと探してたんだけど!? 寂しかったんだけど!?」

「……七海君と一緒に行動してた」

「そうです。五条さんが先に突っ走るから」

「呼んでも行っちゃうし」

 

 2人に同時に責められ、五条は露骨に不貞腐れた。

 それでも、3人は合流できた。

 

 周囲の呪霊も、ほぼ祓い終えている。

 

 

「……で? これからどうするの?」

 

 五条の問いに、葉月は視線を巡らせる。

 

「……大本を探す」

「もう全部ぶっ壊せばよくない?」

 

 確かに非術師は残っていない。

 五条の提案も合理的だ。

 だが――

 

「ここに、神社があるはず」

 

 葉月は鞄から古い地図を取り出し、地面に広げた。

 

「今、ここ」

「……神社は、ここですね」

 

 七海が指差した場所に、葉月は頷く。

 

「そこに、答えがある」

「えー、七海に行かせればいいじゃん」

 

 面倒くさそうに言う五条に、葉月は即答する。

 

「悟は待っててもいいよ。元々、私と七海君の任務だし」

「冷たっ!!」

「一緒に来たいなら、文句言わない」

「……むぅ」

「三十路の拗ね方じゃないですよ」

 

 七海の一言に、五条は露骨に睨み返す。

 

「オイ七海。僕の葉月と行動するの禁止」

「意味が分かりません」

「今から七海は、葉月の半径3メートル以内立ち入り禁止」

「会話できない距離ですよ」

 

 大人2人は、同時に溜息をついた。

 

 

 

 そして3人は、

 葉月の指し示した“神社”へと歩き出した。

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