片割れの呪術師   作:Haruyama

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第21話 呪物を生み出す場所

 

 神社の前には、1人の神主が立っていた。

 その男は葉月の姿を認めるなり、はっとした表情で駆け寄ってくる。

 

「……あ、あの……あなたもしかして……12年前、呪霊対峙に来てくださった……呪術師の方ですか?」

「……そうですが」

「よ、よかった……! 無事だったんですね……!

 あの時、あまりにも……死に急ぐような表情をされていたので、ずっと気になっていたんです」

 

 

 その言葉に、葉月の表情が一瞬だけ曇る。

 それを七海は見逃さなかった。

 

「……それより、今回は別件で。この村の住人は、現在あなたお一人ですか?」

「いえ。この村の住人は……12年前、呪霊の“実験体”にされて以降、私を含め、生き残っていた者は皆、他の町へ移りました」

「……呪霊の…“実験体”?」

 

 現実離れした話に、五条と七海は思わず息を呑む。

 だが、心当たりのある葉月だけは、黙したままだった。

 

 神主は続ける。

 

「近くに、新興宗教団体の施設がありました。当時、この村の住人の多くが信者だったのです。……ですが、帰ってきた者は一人もいませんでした」

 

 帰ってきた者は皆、呪霊となって人々に襲いかかっていた。

 私は、ただ耐えることしかできなかった。

 

「……活動が再び活発になったのは、いつ頃ですか?」

「一か月前です。それまで、この村には呪霊すら現れなかったのに……ある日突然、湧き出したのです」

「……一か月前」

 

 

 それは、葉月が日本に戻ってきた時期と重なる。

――まさか。

 

 

(……私の帰国を皮切りに、再び“奴”が表に出てきたとでもいうの?)

 

 だが、それを確かめる術はない。

 駅前にいた連中も、すでに拠点を移しているだろう。

 

 今できることはただ1つ。

 大本を断ち、これ以上の悲劇を生まないこと。

 

 

「……葉月。大本って、どんな存在なの?」

 

 五条の問いに、葉月は言葉を詰まらせる。

 それを語れば、彼らを巻き込むことになる。

 

「……それは、呪霊ではありません」

 

 代わりに、神主が口を開いた。

 

「肉体に呪霊を宿らせるための実験室……そう表現するのが近いでしょう。ただし、呪力を持たぬ人間は宿すどころか、支配されてしまう」

「……そんな感じ」

「……それって、葉月の過去と――」

「あながち、同じものだと思っていいよ」

 

 それ以上、葉月は語らなかった。

 だが2人には、十分すぎるほど伝わっていた。

 

「神主さん。その実験室は、どこに?」

「この神社の地下です。……案内しましょう」

 

 神主に導かれ、3人は神社の裏手へ回り、地下へと続く階段を下りていく。

 

「……いかにも、って感じだね」

 

 葉月は、五条たちの背を見つめながら歩く。

 この先に広がる光景を、彼女は知っていた。

 

 階段を二層分降りた先。

 そこに広がっていたのは、言葉を失う惨状だった。

 

 

床、壁、天井――至るところに黒く乾いた血痕。

見慣れない器具。固定具。鎖に繋がれた枷。

 

 

「……これは……」

 

 五条と七海が絶句する中、葉月は神主に静かに声をかける。

 

「神主さん。ここを……破壊しても、いいんですね」

「……お願いします。ここで犠牲になった方々の無念を……どうか、晴らしてください」

「……わかりました」

 

 葉月は頷き、2人を振り返る。

 

「悟、七海君」

「ん?」

「私は、これからこの建物を破壊する。2人は神主さんを連れて、外へ」

「……葉月が、やるの?」

「うん。過去の遺物は、自分で終わらせないと」

 

 その覚悟に満ちた表情は、五条の胸をざわつかせた。

――12年前と、同じ目だ。

 

「……僕がやっちゃダメなの?」

「ダメだよ」

 

 即答だった。

 

「君たちは、外で待ってて」

 

 大丈夫だから、と微笑みながら背中を押す。

 階段を上っていく足音を確認し、葉月は仮面に手をかけた。

 

 

「……本当に、12年前と何も変わらない」

 

 この光景は、彼女の日常だった。

 

「他にも、きっと同じ場所がある。だから――鵠沼も、手伝って。もう二度と……私たちみたいな“呪物”を生み出さないために」

 

 仮面が外れ、左眼が紅く染まる。

 

〈……葉月が望むままに〉

 

 その声と同時に、

 地の底を揺るがす爆音が、神社を包み込んだ。

 

 

 

――

 葉月に言われるまま、渋々地下室を離れ、神社から距離を取る。

 正直、納得なんてしていない。

 

 次の瞬間だった。

 足元から伝わる地鳴り。空気が震え、神社全体に亀裂が走る。

 

(……葉月……)

 

 さっきまで、確かに“在った”建物が、音を立てて崩れていく。

 粉塵が舞い上がり、視界が白に塗り潰された。

 

 周囲にいた呪霊たちが、一斉に動きを止める。

 恐怖を察したように、逃げ惑い始めた、その――次の瞬間。

 

 

ザシュッ!!

 

 

「――っ!!」

 

 崩壊した建物の内部から、棘のような“何か”が突き出した。

 それは逃げる呪霊を選別するかのように、正確に、無慈悲に貫いていく。

 串刺しにされ、断末魔すら上げられず消えていく呪霊たち。

 

「……何だ、あれ……」

 

 理解が追いつかない。

 ただ、嫌な予感だけが、喉の奥に張り付いていた。

 砂煙がゆっくりと晴れていく。

 

 その向こうに――人影が、立っている。

 

「……!?」

 

 息が詰まった。

 そこにいたのは、葉月だった。

 だが、僕の知っている葉月じゃない。

 

 仮面は外れ、瞳は血のように赤く輝いている。

 右の顔面を侵食するように、呪いが深く刻まれていた。

 

 

――あれは。

 

「……五条さん、あれは一体……」

 

 七海の声も、どこか遠い。

 

 僕は、答えられなかった。

 答えたくなかった。

 あれは呪いだ。

 

 封じてきたもの。見せないようにしていた“本性”。

 葉月は、何も言わず空を見上げていた。

 そして静かに目を閉じ、右手を顔に添える。

 

 次の瞬間、仮面が“生まれ”、その異様な姿を覆い隠した。

 

 

 再び目を開いた時には――

 いつもの、葉月だった。

 

 

「……ふぅ。終わったみたいだね」

 

 瓦礫を掻き分け、こちらへ歩いてくる。

 

「葉月……」

 

 声をかけるより早く、彼女は言った。

 

「怪我はない?」

 

――その瞬間、何かがブチッと切れた。

 

「あー!!もう!!それはこっちの台詞!!」

「?」

 

 訳が分からない顔の葉月の頬を、思い切りつねる。

 

「葉月は!? 怪我ないの!?あんなの、建物ごとドカーンってやってたんだよ!?」

「ないよ」

 

 あっさり言い切って、今度は七海を見る。

 

「七海君も大丈夫?」

「ええ、問題ありません」

「だーかーら!!他の男と話すの禁止って言ったでしょー!!」

 

 完全に八つ当たりだ。分かってる。

 でも止まらない。

 僕は葉月の腰を引き寄せ、ぐっと抱き寄せる。

 

「悟、どうしたの?」

 

 呆れたような声。

 でももう、どうでもいい。

 

「……今夜は離さない」

「え?」

「なんでもない。ほら、もう夜遅いし、泊まるところ探そう」

 

 すると神主が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「それでしたら、私の屋敷へどうぞ。少し距離はありますが、車を出します」

 

 御礼をしたいので、と言われてしまっては、断る理由もない。

 何より――葉月と一緒にいられる。

 

 

「七海君も、行こう」

「……」

「お前は外で寝ろよ」

「悟、七海君を苛めないで」

 

 即、庇われる。

 この人は、本当に無自覚だ。

 

 誰にでも優しくて、

 それがどれだけ男を惑わせるか、分かってない。

 

 

(……今夜は、本当に、絶対に離さない)

 

 そう心に決めて、

 僕は葉月を見下ろした。

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