片割れの呪術師   作:Haruyama

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第22話 命を削るぬくもり

―屋敷―

 

 神主の厚意に甘え、屋敷に一泊させてもらうことになった。

 部屋割りは七海が一人部屋、そして葉月と五条が同室。

 

 夕食を終えると、七海は先に部屋へと下がっていった。

 

 葉月は神主から渡された日本酒を手に、窓辺に腰掛ける。

 膝の上には、当然のように五条が収まっていた。

 五条は下戸で、酒は一滴も飲めない。

 対して葉月は、酒を水のように口にするが、ほとんど酔わない質だ。

 

「ねぇ……葉月。今日はさ、すっごく頑張ったから慰めて」

 

 甘えるような声。

 葉月は盃を傾けながら、首をかしげる。

 

「慰める、って何。褒めるんじゃなくて?」

 

 問いに答える代わりに、五条は言葉少なに距離を詰めてくる。

 その手つきに、葉月は小さく息を吐いた。

 

「……疲れてるなら、寝ようよ」

 

 正直なところ、今日はそんな気分ではなかった。

 酒を片手に、夜風に当たっていたい。それが本音だ。

 

 葉月は五条を膝から降ろし、布団まで連れて行く。

 そのまま寝かせ、子どもをあやすように頭を撫でた。

 不満げに何か言いかけた五条も、結局はその手に負ける。

 

 ほどなく、規則正しい寝息が部屋に落ちた。

 

「葉月も一緒に寝ようよ」

 

 眠りに落ちる直前、そんな言葉が零れる。

 

「今日はまだ起きてる。お酒も美味しいし」

 

 そう答えて、葉月は身を屈め、彼の耳元に囁いた。

 

「今日はお預け。帰ったら、ワガママ聞いてあげるから」

「……本当?」

「うん。今日は色々あったでしょ。少し、整理したいんだ」

 

 しばらく黙ったあと、五条は小さく頷いた。

 

「……なら、我慢する」

 

 不貞腐れたその横顔に、内心でため息をつきながらも、

 葉月は表情には出さない。

 やがて完全に眠りに落ちたのを確認して、葉月はもう一度だけ、その頭を撫でた。

 

 

「……効果抜群、だね」

 

 小さく呟き、音を立てないように部屋を出ていった。

 

 

 

 

――

 夕食を済ませて先に部屋に戻った私は、神主のご厚意で用意していただいたウイスキーを少量だけ口に含んでいた。

 

 静かな屋敷だ。夜の音が、やけに大きく感じられる。

 そこに――。

 

「七海君、起きてるかな?」

 

 控えめなノックと、聞き慣れた声。

 扉を開けると、久禮田さんが立っていた。酒の匂いはほとんどしない。顔色も普段と変わらない。

 

「どうぞ」

 

 そう言うと、彼女は遠慮なく部屋に入り、私の隣に腰を下ろした。

 

「お酒の相手、付き合ってもらえないかな」

「構いませんが……五条さんは?」

「悟は下戸だし、先に寝かせたよ」

 

 その言い方は、あまりに自然だった。

 あの五条悟を“寝かせた”と言える立場に、彼女がいるという事実が、改めて胸に引っかかる。

 

「……珍しいですね。何もないなんて」

 

 自分で言っておいて、少し後悔した。

 彼女は一瞬だけ笑って、窓の外に視線を投げる。

 

「疲れてたんじゃない?」

 

 それ以上、五条さんの話はしなかった。

 

 

 沈黙が落ちる。

 重くはない。だが、軽くもない。

 やがて私は、ずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。

 

「あの村で行われていたこと……あなたの過去と、関係があるのではと五条さんが言っていました」

「……あれは、ごく一部だよ」

 

 即答だった。

 そして彼女は、淡々と語り始めた。

 

 

 呪力を持たない人間の身体に、呪霊を無理やり宿らせること。

 それを“神の使徒”と呼び、信仰の対象にしたこと。

 そして、その成れの果てが、あの村だったこと。

 

 

「この村だけじゃない。全国に、同じような場所がある」

 

 彼女の声には、怒りも憎しみもなかった。

 ただ、知っている者の声音だった。

 

「だから、壊さなきゃいけない。全部」

 

 その言葉の重さに、私は息を呑んだ。

 

「……ずっと一人で戦ってきたんですね」

 

 そう言った瞬間、失言だったと気づいた。

 だが彼女は否定しなかった。

 

「一人じゃない」

 

 小さく、しかしはっきりと。

 

「少なくとも、12年前までは2人だった。私たちは……2人で一人前だ」

 

 誰のことか、聞けなかった。

 聞くべきではない、と直感した。

 彼女の頬を、一筋の涙が伝っていたからだ。

 

 私は考えるより先に、手を伸ばしていた。

 肩に触れ、そっと引き寄せる。

 彼女は抵抗しなかった。ただ、静かに体重を預けてきた。

 

「……それでも、あなたは生きてる」

 

 慰めでも、励ましでもない。

 事実を置いただけだった。

 

「優しいね、君は」

 

 そう言って彼女は、かすかに笑った。

 

――その距離が、近すぎると分かっていた。

 五条さんの顔が脳裏をよぎる。

 越えてはいけない線が、確かにそこにある。

 それでも私は、彼女の頬に触れた。

 

 

「……嫌だったら、拒んでください」

 

 彼女は驚いたように目を瞬かせたが、避けなかった。

 代わりに、私の袖を掴む。

 その仕草が、決定的だった。

 

 私は衝動を抑え、額を彼女の額に軽く触れさせるだけに留めた。

 唇が触れることはなかった。

 だが、その距離は、もう“安全”ではない。

 

 長い沈黙のあと、彼女が小さく呟く。

 

「……悟とは、違う」

 

 それは比較ではなく、事実の提示だった。

 だからこそ、胸が痛んだ。

 私はゆっくりと彼女から離れ、立ち上がる。

 

「……今日は、ここまでにしましょう」

 

 それが、私にできる最後の理性だった。

 彼女は何も言わず、ただ頷いた。

 

 

――この夜を境に、

 私たちの関係は“戻れない位置”に移動した。

 

 

 

触れてはいない。

だが、理解してしまった。

それだけで十分すぎるほどだった。

 

 

 

――…

 

 隣で眠る七海の寝顔を、葉月はじっと見つめていた。

 呼吸は規則正しく、眉間の皺も消えている。起きている時の理知的な厳しさとは違い、無防備で、どこか幼さすら残る顔だった。

 

 成り行きで同じ部屋に留まり、同じ時間を過ごしただけだ。

 身体を重ねたわけではない。けれど、こうして人のすぐそばで夜を越すという行為そのものが、葉月にとっては珍しかった。

 

 葉月には、五条に対する背徳感はない。

 それは葉月自身が、「他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かない」というアセクシャルの面を持つからだ。

 

 基本的に人には興味を抱かず、人の愛情も知らずに育った。ただし、睦月という双子の姉の存在だけは例外で、それは恋でも欲でもなく、確かな家族愛として葉月の中に根付いている。

 

 加えて、13年間ほとんど他者との関わりを持たずに生きてきたこと、そして睦月とは正反対の性格であるがゆえに、人としての感性そのものが欠落している自覚もあった。

 

「……本当に、心地いいんだよ――五条以外は」

 

 小さく呟いたその言葉に、意味を込めるつもりはなかった。

 ただ、事実としてそう感じてしまうのだから仕方がない。

 

――五条の呪力は、呪霊を体内に抱える葉月にとって、決して相性が良いものではない。

 彼の圧倒的な存在は、葉月の力を最大限に引き出すどころか、常に抑制し、身体を内側から蝕む〔呪い〕として作用する。

 

 それは同時に、五条という存在が呪術界のパワーバランスを一変させ、呪詛師や呪霊の活動そのものを制限していることの裏返しでもあった。

 

 本来であれば、葉月は五条と共に行動してはいけない。

 近くにいるだけで、命を削られていくのだから。

 

 それでも彼と行動を共にするのは、睦月の言葉があったからだ。

 

 

――「人のぬくもりを、誰かと一緒にいる喜びを知ってほしい」

 

 

 睦月が望んだことを叶えるためなら、たとえ五条の呪力によって自分の身体が蝕まれようとも構わない。

 その覚悟だけは、最初から揺らいでいなかった。

 

 

 葉月は静かに時間を確認すると、七海を起こさないよう細心の注意を払って立ち上がる。

 そして簡単な置手紙だけを残し、何事もなかったかのように部屋へと戻っていった。

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