片割れの呪術師   作:Haruyama

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第25話 人を〔呪い〕にする術

 

 明らかに人外の力による被害は、すべて〔呪い〕によるものと判断される。

 その対応を任されるのは、一級呪術師・七海建人と、呪術高専1年の虎杖悠仁だった。

 

 現場は映画館。

 七海は、館内に残る痕跡を指し示しながら説明する。

 

「見えますか。これが呪力の残穢です」

「いや、全然見えない」

 

 虎杖の率直な返答に、七海は表情を変えない。

 

「それは、見ようとしていないからです。私たちは普段、当たり前のように呪いを視認しています」

 

 術式の行使によって残る痕跡――それを残穢と呼ぶ。

 

「ただし、残穢は呪霊そのものよりも薄い。目を凝らして、よく見てください」

「んー……?」

 

 言われた通り集中すると、虎杖の視界に、ぼんやりとした違和感が浮かび上がる。

 

「おぉっ! 見える見える!」

「当然です。見る前に“気配”で悟って一人前ですから」

「もうちょっと褒めて伸ばすとかさぁ……」

「褒めも貶しもしません。事実に即し、己を律する。それが私です。――追いますよ」

「押忍! 気張ってこーぜ!」

「いえ。そこそこで済むなら、そこそこで」

「(なんか噛み合わねぇ……)」

 

 2人は残穢を辿り、映画館の外へ出る。

 

「監視カメラには何も映ってなかったんだよね?」

「ええ。被害者以外に確認できたのは、少年が1名のみです」

 

 やがて辿り着いた先は、裏手の駐車場。

 そこに、呪霊が2体佇んでいた。

 

「こちらは私が片付けます。虎杖くんは、もう一体を。勝てないと判断したら呼んでください」

「いやいや、さすがにナメすぎじゃない?」

「ナメるナメないの話ではありません。私は大人で、君は子供です。私は君を、自分より優先する義務があります」

「ガキ扱いなら、ナメられた方がマシだよ」

「君はいくつかの死線を越えてきた。ですが、それで大人になったわけではない」

 

 七海は淡々と告げながら、スーツのジャケットのボタンを外す。

 

「枕元の抜け毛が増えたり、お気に入りの総菜パンが突然店頭から消えたり――」

 

 呪具を手に取る。

 

「そういった小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです」

 

 

 

 

――

 その様子を、屋上から静かに見下ろす影があった。

 ――葉月。

 

 本来、この案件に関与するつもりはなかった。

 だが、映画館に残されていた残穢を調べた際、どうしても拭えない違和感を覚えたのだ。

 

「……ありゃ、ただの呪霊じゃないな」

 

 葉月は体内に呪霊を宿している。

 さらに、右顔面を覆う仮面の下には、〔人〕と〔呪い〕を識別できる特殊な器官がある。

 呪霊が、どのような経緯で生まれたものなのか――

 それを、直感的に見抜くことができた。

 

「まぁ……気付くまで様子見、かな」

 

 自分が出る場面ではない。

 そう判断し、戦いの行方を見守る。

 

 

 

________________________________________

 

「私の術式は、どんな相手にも強制的に“弱点”を作り出すことができます」

 

 七海の声が、駐車場に響く。

 

「7:3。対象の長さをこの比率で分割した“点”に攻撃を当てれば、クリティカルヒットです。格上相手にもそれなりのダメージを与えられる。呪力の弱い相手なら、このナマクラでも両断できる」

「……聞いていますか、虎杖君」

「あっ! 俺に言ってたの!?手の内をバラしていいの?」

「バレても問題のない術式、問題のない相手。あるいは、ミスリードを誘える場合です」

 

 七海は一拍置き、続ける。

 

「“手の内を晒す”という縛りは、術式の効果を底上げします。――例えば、こんな風に」

 

 

一閃。

 

 呪霊の四肢が、無造作に切り落とされた。

 

「私からは以上です」

「すんげ……」

 

 虎杖が感嘆する、その瞬間。

 呪霊が反撃に転じる。

 

「余所見は感心しませんね」

「話しかけたのだぁれ!?」

 

 虎杖は意識を切り替え、拳に呪力を込める。

 

 

〈逕庭拳〉

 

 

瞬発力に遅れて到達する呪力。

二重の衝撃が、呪霊を打ち抜く。

 

 

「五条さんが連れてきただけはありますね……」

 

 そう呟き、七海は先ほど四肢を断った相手へと視線を戻す。

 

「失礼、止めを――」

 

 その瞬間、七海の目に映ったのは。

――腕時計の付いた、人間の腕。

 

 

「……嘘でしょう」

 

 咄嗟に携帯電話を取り出し、撮影する。

 

「虎杖君!」

「今度はなに!?」

「止めは待ってください。これを見てください」

 

 画面に映っているのは、どう見ても人間の一部だった。

 

「呪霊って、こういうの写らないんじゃ……」

「落ち着いて聞いてください。私たちが戦っていたのは――」

 

 

 

 

「人間だよ」

 

 背後から、淡々とした声が割り込む。

 振り返ると、白装束を纏った葉月が立っていた。

 

「……葉月さん。いつから、そこに?」

「まぁまぁ。とりあえず――」

 

 葉月は軽く肩をすくめる。

 

「硝子の意見も聞きましょう。私がここにいる理由は、その時に話すから」

 

 こうして3人は、一度高専へ戻ることになった。

 

 

 

 

――――

〈……葉月の言う通りだ。人間だよ〉

 

 高専の安置室で“それ”を確認した家入硝子は、携帯電話に向かってそう告げた。

 通話の相手は七海建人である。

 

〈いや、正確には“元人間”と言うべきだな。映画館の3人と同じだ。呪術によって、無理矢理身体の形を変えられている〉

「それだけなら、初めに気付けます」

 

 七海は即座に返す。

 

「我々が戦った2人には、呪霊のように呪力が漲っていた」

〈それについては……私より、葉月の方が詳しいんじゃないか?〉

 

 そう言って、家入は葉月に話題を振った。

 

「……どうですか、葉月さん」

 

 七海はスマホのマイクを葉月の方に向ける。

 

「んー……」

 

 少し間を置き、葉月は言葉を選ぶ。

 

「呪力そのものは、せいぜい三級程度。でも――この2人に使われた術式は、私の知る限り、相当面倒極まりない」

「……?」

〈どういう意味?〉

「私が知る“呪霊を人の肉体に宿らせる方法”とは違う。人を“呪霊に変える”のは、術式としてもかなり特殊だよ」

 

 葉月は淡々と続ける。

 

「犯人と直接対面すれば分かるだろうけど……この呪霊、発生してからまだ間もない」

「……発生したばかり?」

 

 七海が眉をひそめる。

 

「つまり、まだ呪術界に把握されていない存在だと?」

 

 葉月は小さく息を吐いた。

 

「憶測の域は出ないけどね。でも確実に言えるのは――」

 

 少しだけ声を低くする。

 

「放っておけば、多大な被害を生む“脅威”になる可能性が高い、ってこと」

〈……そうだな〉

 

 家入が短く同意する。

 

〈虎杖、聞いてるか?〉

 

 思い出したように、家入が名を呼んだ。

 

「あ、ウス」

〈こいつらの死因は、ざっくり言えば“身体を改造されたことによるショック死”だ〉

〈君が殺したんじゃない。その点、履き違えるなよ〉

「……はい」

 

〈葉月は、そのままそっちに合流するのか?〉

「そうだね。状況が変わったから」

「え? 葉月先生、そうなんですか?」

〈……まだ話してなかったのね。まぁ、葉月の判断に任せるわ〉

 

 そこで通話は切れた。

 

 

 

 沈黙を破ったのは、虎杖だった。

 

「……どっちもさ。俺にとっては、同じ重さの“他人の死”だ」

 

 拳を握りしめる。

 

「それでも、これは……趣味が悪すぎだろ」

 

 その表情には、はっきりとした怒りが浮かんでいた。

 

「(……この子は、他人のために本気で怒れるのだな)」

 

 七海は内心でそう評価する。

 一方、葉月は――理解できなかった。

 

「(……命の重さ。尊さ。そんなもの……私のいた世界には存在しない)」

 

 

生と死の価値が歪んだ世界。

そこから来た自分が、日の当たる場所に居続けることは難しい。

 

 

 葉月は、どこか醒めた確信と共にそれを悟っていた。

 

「残穢自体がブラフだったのでしょう」

 

 七海が口を開く。

 

「我々は誘い込まれています。相当なやり手です。これは“そこそこ”では済まない」

 

 立ち上がり、続ける。

 

「葉月さんも合流してくれたことですし――」

「気張っていきましょう」

「おう!!」

「……そんなに期待しないでよ」

 

 2人との温度差に、葉月は肩をすくめた。

 

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