片割れの呪術師   作:Haruyama

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第26話 こちら側の人間

 

 伊地知とも合流し、資料を広げながら七海が説明する。

 

「最近の失踪者、変死者。“窓”による残穢の報告をまとめました。これで、ある程度は犯人のアジトを絞れます」

「よっし! 乗り込むか!!」

「いえ、まだ“ある程度”です」

 

 七海は即座に否定する。

 

「私は調査を続けます。虎杖君には別の任務を。葉月さんは?」

「七海君の調査に付き合うよ」

「分かりました」

 

 七海は虎杖に視線を向ける。

 

「映画館にいた少年――吉野順平。被害者と同じ高校の同級生です。佇まいから、彼が呪詛師である可能性は低いと考えていましたが……被害者との関係があるなら話は別です」

「……呪詛師?」

 

 虎杖が葉月を見る。

 

「一般人を殺したり、悪質な行為をして追放された呪術師。簡単に言えばね」

「手順は伊地知君に任せています。2人で、吉野順平の調査をお願いします」

 

 虎杖と伊地知は部屋を出て行った――が、伊地知は途中で足を止めた。

 

「“ある程度”ではなく……もう分かっているんですよね。犯人の居場所」

「……」

「犯人は、その気になれば残穢など残さず立ち去れる。私たちは、また誘い込まれている」

 

 七海は淡々と答える。

 

「単身で乗り込むリスクと、虎杖君を連れて行くリスク。

 ――前者を選んだまでです」

 

 

その時。

 

「七海先生ー!!」

 

 戻ってきた虎杖が、顔を出す。

 

「気を付けてね」

「虎杖君。私は教職ではありません。“先生”はやめてください」

「じゃあ……ナナミン」

「……ひっぱたきますよ?」

「(……なんだかんだで、相性は悪くなさそう)」

 

 2人のやり取りを眺めながら、葉月はそう思うのだった。

 

 

 

――――

 

 伊地知たちが去った後、七海は葉月を伴って部屋を出た。

 歩きながら、現在までに把握している情報を簡潔に伝える。

 

「……なるほど。地下水路、ね。確かに人目につかない」

「捉えどころが、そこですか」

「よく使ってたから」

 

 淡々と返しながら、2人は目の前に現れた呪霊へと視線を向ける。

 

「葉月さんは下がっていてください。この程度なら、私一人で対処できます」

「……じゃ、よろしく」

 

 葉月は一歩引き、戦況を見守った。

 

 

――終わるのは、あっという間だった。

 

 

「……出てくるなら、さっさとしてください」

 

 七海が低く告げる。

 

「異形。手遅れとはいえ……人を殺めるのは、気分が悪い」

 

 すると、闇の奥から拍手が響いた。

 

「いやぁ、よかった、よかった」

「!」

「……」

 

 現れたのは、継ぎはぎだらけの人型の呪霊だった。

 

「五条悟が来ても困るしさ。でも、あんまり弱いと実験にならないから」

 

 軽薄な声。だが、その奥に濃い悪意が滲んでいる。

 

「しかも――葉月を連れてきてくれるなんて。探す手間が省けたよ」

「……!」

 

 七海が驚愕する一方で、葉月は一切反応しない。

 

「残業は嫌いなので。手早く済ませましょう」

「分かった」

 

 葉月は応じ、双刀を構えた。

 

 

 

________________________________________

 

(似ている……。絵に描いたような軽薄さ。その奥にある、どす黒い強さ)

 

 七海と呪霊の戦闘を見ながら、葉月は距離を取っていた――というより。

 

「……目障り」

 

 

ザンッ。

 

 周囲に現れた複数の一級相当の呪霊を斬り伏せる。

 

「ヒャヒャヒャ……ヒト、ヒトダァ」

「弱いくせに、口答えしないでくれないかな?」

 

 葉月は苛立ちを隠さず、召喚した呪霊を従える。

 

「私はね、そこの呪術師と違って……殺すことに躊躇しない」

 

 笑みを浮かべ、

 

「――喰らい尽くせ。《柘榴》、《黒蜥蜴》」

 

 周囲の呪霊が喰われていく。骨が砕け、肉が裂ける不快な音の中で、葉月はちらりと七海の方を見る。ちょうど呪霊の腕が切断されたところだった。

 

 

「俺、ちゃんと受けたよね? 呪力でさ。そういう術式?」

 

 再生途中の腕を振り回し、呪霊が笑う。

 

「抽象的な質問は嫌いです」

「よかった。おしゃべり嫌いじゃないんだ」

「相手によります」

 

 七海は冷静に構え直す。

 

「ねえ、アンタさ。魂と肉体、どっちが先だと思う?」

「……卵が先か、鶏が先か、って話?」

 

 そこに葉月が割って入る。

 

「前者」

「違う。後者だ」

 

 呪霊が笑みを深める。

 

「葉月、正解。魂が先。肉体は魂の形に引っ張られる」

 

 再生していく腕。

 

「治癒じゃない。魂の形を保つ……それが君の術式」

「その通り。俺の術式は“魂に触れ、その形を変える”――無為転変」

 

 呪霊の手から、改造人間が生まれる。

 葉月は舌打ちした。

 

「……人間を小さくして、ストックか」

「一般人はすぐ死ぬけどさ。呪術師はどうかな?」

 

 七海は腕時計に目を落とす。

 

「17時半。今日は10時から働いているので……何が何でも18時には上がります」

 

「(相変わらずだな……)」と葉月は内心で思った。

 

 

 

________________________________________

 

「葉月は見ててよ。あとで連れて帰るから」

「……どこへ?」

「それは来てからのお楽しみ」

 

 馴れ馴れしい声色。

 会話の最中、改造人間が襲いかかる。

 

「……質量は関係ない、か」

 

 葉月は分析する。

 

「(私の術式とは、相性が最悪だ)」

「……たす、け……」

 

 改造人間の声。

 

 

《一度改造された人間は助からない。迷わず殺せ》

 

 

 家入の言葉が、七海の脳裏をよぎる。

 

 

「俺は『あの人』みたいにまだ、感覚をつかめてないけど。――…気にせず続けよう」

「気にしてなんかいません」

 

 七海は、改造人間から流れた涙を指で拭う。

 

「仕事に私情は持ち込まない主義なので」

「嘘が下手だね!!魂が揺らいでるよ。葉月と違って」

 

 七海が視線を向けても、葉月は動じない。

 

 

「アンタ、何級?」

「一級です」

「葉月は?」

「……一級」

「うそだぁ」

 

 次の瞬間、呪霊が七海の腹に触れた。

 

「感謝するよ」

 

 

激痛。

 

 それを見た葉月は右手を前に出す。気配が変わる。

 次の瞬間――

 

 

「…!」

 

 呪霊が振り向く。

 

「…あれ?何で葉月が傷を負ってるの?」

 

 

 七海の傷が消えている。

 代わりに、葉月の右腹から血が流れていた。

 

 次の瞬間、葉月は呪霊の懐へ。

 

「気に喰わない」

 

 消えたかと思えば、刃が閃く。

 かわされるが、確実に捉えていた。

 その反動で七海の近くに降り立つ。

 

「…葉月さん……、一体何が…?」

「今は目の前のことに集中して」

 

 血が流れ出ているというのに、痛がる様子もなく。葉月は双刀を持ち直すと、

 

「動ける?」

「……いつでも」

 

 2人は並び、構えた。

 

 

________________________________________

 

「残念ですが」

 

 七海がネクタイを外す。

 

「ここからは――時間外労働です」

 

 呪力が跳ね上がる。

 

「私の術式は、7:3の点を弱点とする」

「生物以外にも有効です」

 

 

 術式の開示。

 駆け出す七海の背後で、葉月は嗤う。

 その身体から血黒い棘が湧き出し、呪霊を拘束する。

 

「……任せるよ」

「はい」

 

 瓦礫が降り注ぐ中、七海は歩みを止めない。

 動けない呪霊に、七海が一閃。

 

「お互い生きていたら、また会いましょう」

 

 去り際。

 葉月の口が、何かを告げる。

 呪霊は――それを読んで、笑った。

 

 

 

 そして、瓦礫がすべてを呑み込んだ。

 

 

 

 

――

 

「ええ!? 吉野順平の自宅に!? それはちょっと……!」

 

 私は虎杖君からの電話に、思わず声を上げた。

 

〈大丈夫、大丈夫! じゃあ俺、これから映画だから〉

「映画って!? 私もすぐに向かいます。何か違和感を覚えたら、すぐに逃げてください!」

 

 そう言って通話を切る。

 

(たとえ吉野順平が、この事件に加害者として関わっていたとしても――今の虎杖君なら、そう簡単にやられることはない)

 

 そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥がざわつく。

 

(とはいえ……これは監督役として完全に失態だ。チャランポランな五条さんならともかく、“大人オブ大人”の七海さんに叱られたら……私は、たぶん泣く!!)

 

 冷や汗が頬を伝う。

 

(急げ、私!! この年で人前で泣きたくないでしょう!!)

 

 ハンドルを握りしめた、その時だった。

 

 

着信音。

画面に表示された名前は――七海 建人。

 

 

(あああ!! 定時より早い連絡!! はい、叱られる!!)

 

 

「は、はい! ごめんなさい!!」

〈? 位置情報を送ったので、ピックアップをお願いします。一度、高専に戻ります。葉月さんを家入さんの治療を受けさせます〉

「……治療、って……!」

〈こんなの、大したことないって〉

〈……そんなわけないでしょう〉

 

 七海さんの低い声に、葉月さんの声が重なる。

 

〈大丈夫。死ぬような傷じゃないよ〉

 

 落ち着いた声。

 

(……よかった)

「すぐに虎杖君と合流して、そちらへ向かいます!」

 

〈……一緒にいないんですか?〉

「……っ」

(私の、馬鹿!!)

 

 言葉を返す前に、通話は切れた。

 

 

 

 

________________________________________

 

 通話を終えた七海は、タオルで葉月の傷口を押さえていた。

 

「……一体、どういうことですか。確か、あの時……私が負傷したはずですが」

 

 葉月は七海の負った傷を、自身の身体へと“移した”のだ。

 呪術による転移。

 それによって七海は回復し、葉月が傷を負う。

 

 

「硝子の治療を受けなくても、勝手に治るから問題ないんだけどね」

 

 呑気に言う葉月に、七海は深く息を吐く。

 

 

――この人は昔から、そうだった。

 他者が傷つくことを嫌い、自分が傷つくことを厭わない。

 

 ツギハギの呪霊との戦闘中、葉月自身は一切傷を負っていなかった。

 それなのに、七海を庇うために――あえて、この選択をした。

 

(……危険すぎる)

 

 それに――

 

(あの呪霊は、葉月さんのことを知っている様子だった。本人は軽く流していましたが……)

 

 

「あの呪霊……」

 

 七海の思考を断ち切るように、葉月が口を開いた。

 

「発生してから、そこまで時間は経っていない。……でも、領域展開を会得するのに、そう時間はかからないだろうね」

「……同感です」

「それに、予想を超える被害者数。一秒でも早く祓わなければ、取り返しのつかないことになる」

 

 葉月は、傷口を押さえる七海の手に、そっと自分の手を重ねた。

 

「……意外と深かったんだね。七海君の傷」

「…………」

「でも、君が無事なら――よかったよ」

 

 そう言って、彼女は笑った。

 

 

 

________________________________________

 

 

―地下水路―

 

 瓦礫に潰されたはずのツギハギの呪霊は、形を変えながらも生存していた。

 

「あっはっは! 見かけによらず、無茶するなぁ……あの術師」

 

 

 そこへ――

 

「随分、派手にやったな」

「夏油!!」

 

 夏油傑が姿を現す。

 

「面白い奴だったよ。いろいろ勉強になった」

「へぇ」

「バラバラにすり潰されても、魂の形さえ保てば死にはしない。呪力の消費も、自己補完の範疇だ」

 

 今回の戦いで、ツギハギの呪霊は多くを学んだらしい。

 

「それに、自分の魂の形はいくら弄ってもノーリスクみたいだ。次は、思い切って色々やってみるよ」

「それは何よりだ」

 

 夏油は感心したように頷く。

 

 

「それと……葉月もいた」

「葉月に会ったのかい?」

 

 懐かしむように、夏油は尋ねた。

 

「うん。予想をはるかに上回る強さだ。《あの人》が欲しがるのも、分かる気がする」

「……《あの人》は、葉月に異常なほど執着しているからね」

「次に会ったら、今度こそ連れて帰るつもりだよ」

「そうだね」

 

 夏油は静かに言った。

 

「彼女は――生まれた時から、こちら側だ」

 

 葉月には、陽の当たる場所は向いていない。

 

 

――そう囁くように、

 再び彼女を闇へ引き戻そうとする者たちが、動き始めていた。

 

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