―高専 医務室―
家入の治療を受ける前に、葉月の傷はすでに消えていた。
「……一体どういうこと?服に血が滲んでたんだから、怪我をしてたのは事実でしょう」
「そもそも、私の身体に傷をつけること自体、無理な話だけどね」
「?」
家入と七海は、葉月の言葉をすぐに理解できない。
「それに――体内に呪霊を飼っていると、勝手にやってくれるのさ。中から」
葉月は、さも当然のように言った。
「だから、ある程度の傷なら瞬時に治る」
家入は眉を寄せる。
「……犯人の術式、厄介だったね」
「魂に触れ、その形を変える……」
「七海君とは、相性が悪い術式だった」
葉月は、自分の仮面に指先を当てた。
「あの……葉月さん」
「ん?」
「……あの呪霊と、何か面識が?」
七海は言葉を選びながら続ける。
「あなたのことを知っているようでしたし……どちらかというと、親しげに見えました」
「……」
一拍の沈黙。
「君達が知る必要のないことだよ」
葉月は首を横に振った。
それ以上、踏み込ませない明確な拒絶。
「大丈夫。君達が心配することじゃない」
その言葉に、家入の胸がざわつく。
――12年前と同じだ。
「大丈夫」と言って、距離を置く。
それはいつしか、別れの前触れのように聞こえるようになった。
「……どうして?」
「?」
「どうして私達は、頼りない?」
家入の声は低かった。
「いつも……葉月は“大丈夫”って言って、私達を遠ざける」
しばし沈黙の後、葉月は答えた。
「そうすることでしか、君達を守れない」
「「……!!」」
葉月は仮面から手を離し、椅子を立つ。
「私が〔人〕であり続ける限り――私は、君達の味方だよ」
それ以上は語らず、医務室を後にした。
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吉野順平の自宅から、母――吉野凪の遺体と、むき出しの宿儺の指が発見された。
吉野凪は、指に引き寄せられた呪霊によって殺害されたと推定される。
「……俺は足手纏いかよ、ナナミン」
虎杖は拳を握る。
「次はちゃんと連れてってくれ。『仲間が死にました。でも僕はそこに居ませんでした。子供だからです』……そんなの、御免だ」
「ダメです」
即答だった。
「!」
「敵は改造した人間を使う。どうしようもない人間は存在します」
七海は静かに続ける。
「この仕事をしていれば、君もいつか人を殺す。……でも、それは今じゃない」
――子供であることは、罪ではない。
七海はそう、言外に告げていた。
「虎杖君」
「! 葉月先生……」
「君には、吉野順平の監視を任せる」
七海は歩き出す。
葉月は虎杖の肩に手を置いた。
「?」
「大丈夫。足手纏いなんかじゃない」
それだけ言って、七海の後を追った。
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里桜高校に、事前告知のない帳が下ろされたと“窓”から報告が入る。
「里桜高校ね……」
葉月は公衆電話で伊地知の説明を聞いていた。
〈それと、虎杖君が――〉
「だろうね。まあ、修行の成果が見られるなら悪くないけど」
〈現場へ向かってください〉
「了解」
受話器を置いた葉月は、ふと視線を感じて振り返る。
「……誰かに見られてた?」
気のせいか、と首を振り、思考を切り替えて現場へ向かう。
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「……」
その視線の主――建物の屋上。
男は、葉月のいた場所を見下ろしていた。
「……流石だねぇ、アキ」
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―里桜高校―
体育館には、生徒の大半が倒れていた。
意識があるのは、ステージ上の男子生徒と太った教師、そして――
「おい!! どうしたお前ら!!」
「死にはしないよ」
吉野順平。
「何が起きてるんだ……」
「先生」
前髪を上げる。
露わになった額には、煙草を押し付けられた痕。
「ちゃんと、見てて」
「!! お前……その傷……!」
「これまでのことも、これからのことも」
吉野は、男子生徒へ歩み寄る。
「……アレを家に置いたの、お前か?」
「? 何の話――」
ドチュ
悲鳴。
男子生徒の左腕に、発疹のような異変。
「なってないな」
バキッ
殴り、蹴る。
「まだ質問を質問で返せる立場だと思ってる?お前は死ぬんだよ。
答えがイエスでもノーでも」
宙に浮かせる。
「最期くらい、誠意を見せて」
「ごめ"んなっざい!!」
「……で?」
バァン
扉が開く。
「何してんだよ!! 順平!!」
「引っ込んでろよ、呪術師」
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―里桜高校周辺・帳前―
公衆電話から七海へ。
「七海君、着いたよ」
〈早いですね〉
「先、行っていい?」
〈……ツギハギの呪霊がいる可能性が高い。私も急ぎます。無理はしないでください〉
「……ありがとう」
通話を切り、葉月は帳の中へ踏み込んだ。