片割れの呪術師   作:Haruyama

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第3話 白装の介入者

 都立呪術高専に内通者を置き、その情報を基に呪術師よりも先回りして呪詛師を始末する。

 同時に、放置すれば被害が拡大する呪霊も密かに排除する。

 

 やっていることだけを見れば呪術師と大差はない。

 だが地位を剥奪された以上、表向きには“呪詛師”として動くしかない――それが久禮田葉月の現在だった。

 

 

 

 廃ビルの屋上に降り立った葉月は、無言で下を見下ろす。

 そこには宿儺の器・虎杖悠仁と、その同期である伏黒恵、釘崎野薔薇の1年生3人組。

 相手は二級呪霊。帳も下りている。彼らなら対処できる範囲だと判断し、葉月は静観を決めた。

 

 だが数分もしないうちに、空気が変わる。

 

 

「……この気配は、特級」

 

 

 視線を落とせば、地面に叩きつけられている伏黒と釘崎の姿。

 虎杖も応戦してはいるが、3人だけでは明らかに分が悪い。

 特級呪霊が止めを刺そうと倒れた2人へ腕を振り上げた瞬間――

 

 葉月は小さく息を吐き、躊躇なく飛び降りた。

 

 

 

 

 二級呪霊との戦闘中、突如現れた特級により形勢は一変した。

 虎杖は吹き飛ばされ、俺と釘崎はほとんど瀕死。立ち上がろうにも骨が軋み、身体が言うことをきかない。

 

 このまま終わる――そう思った矢先。

 

「……っ!」

 

 目前に迫っていた特級呪霊の巨体が、横殴りに吹き飛んだ。

 代わりに視界を遮る白装束の背中。

 

「……アンタは、呪詛師の――」

「意識はあるようだね。巻き込まれると面倒だから、下がってもらうよ」

 

 軽々と俺と釘崎の身体を抱え、安全圏まで後退する。

 背後から呪霊が腕を振り下ろすが、見えない壁に弾かれたかのように届かない。

 

 運ばれた先には虎杖の姿もあった。眠っている。

 

「彼は宿儺と入れ替わられると厄介だから、少し寝てもらっている。君たちはここで待機」

「……アンタ一人で、やるのか?」

 

 相手は特級だ。

 しかも五条先生の話では、この呪詛師はそれほど強くないはず――だが白装束の人物はただ微笑した。

 

「大丈夫。任せて」

 

 その背中は、不思議なほど頼もしく見えた。

 

 

 

――

 特級呪霊を前にしても、葉月の表情に焦りはない。

 

「……さて、どうしたものか」

 

 背後には五条の教え子たち。戦い方を見せるのは本意ではない。

 しかし相手は特級。手加減すれば命取りになる。

 

「……まぁ、いいか」

 

 右顔面を覆う仮面に手を掛ける。

 

「時間がない。さっさと終わらせるよ――夜兎」

 

 駆け出す葉月の隣に、人型の呪霊が音もなく顕現する。

 双刀を抜き、一気に間合いを詰めた。

 

 

 

 後方で見ていた伏黒は目を見開く。

 呪霊操術――いや、違う。

 呼び出された呪霊は自我を持ち、葉月と呼吸を合わせて動いている。

 

 

 

 夜兎が腕を一振りするだけで敵の左半身が砕け散り、その隙を葉月の双刀が切り裂く。

遠距離主体の式神使いとも違う。体術、剣技、呪力操作、そのすべてが高水準で噛み合っている。

 

(……これが、五条先生の元同期の実力……?)

 

 意識が薄れていく中でも、伏黒はその光景を焼き付けようとした。

 

 

 

 決着は呆気なかった。

 夜兎の一撃が特級呪霊の核を貫き、巨体は塵となって崩れ落ちる。

 

「……手応えないな」

 

 葉月は夜兎を呼び戻し、体内へと収める。仮面を付け直し、伏黒のもとへ歩み寄った。

 

 

「……アンタ、名前は……?」

「久禮田葉月。特級相手にご苦労様。補助監督には連絡済み、後は任せるわ」

 

 背を向け、去ろうとする。

 

「……待ってくれ!」

「?」

「どうして……アンタ、呪詛師のはずなのに……」

 

 一瞬だけ振り返り、淡々と答える。

 

「五条悟の教え子なら助けるのは当然かと。たとえ私が、無実の罪で追放された身でもね」

「……!」

「じゃあ、またどこかで」

 

 その言葉と共に、姿は消えた。

 

 

 

報告書

 

虎杖悠仁・伏黒恵・釘崎野薔薇、二級呪霊との交戦中に特級呪霊を確認。

戦闘途中、呪詛師・久禮田葉月が介入し特級を祓除。

補助監督到着時には久禮田の姿はなく、負傷した3名のみ確認。

直ちに高専へ搬送した。

 

 

 

---

 

 伏黒の報告を受け、五条は現場を訪れていた。

 

「……ここに、葉月がいた」

 

 任務から戻った直後、伏黒たちが特級呪霊と遭遇し、さらに呪詛師・久禮田葉月に救われたという情報が入った。

 理由を尋ねたのかと聞けば、伏黒は短く答える。

 

 

〔五条先生の教え子なら、助けるのは当然だと〕

 

 

「……だったら、どうして僕から逃げるんだよ」

 

 距離を置かれているとしか思えない。

 偶然にしては出来すぎているが、明確な目的も見えない。

 

 地位を戻してやろうとしても、12年という空白はあまりに重い。

 葉月の存在は、今や虎杖や夏油に次ぐ“危険因子”として扱われているのだろう。

 

 

 

「……葉月」

 

 かすれた声で名を呼ぶ。

 

「……呼んだ?」

「!!」

 

 振り返ると、そこに白装束の彼女が立っていた。

 

「……どうして」

「呼ばれたから」

 

 首をわずかに傾げ、五条を見据える。

 

「……地位、戻せそうにないみたいだね。案の定」

「……っ」

「今さらだし、別に気にしてないよ」

 

 期待していなかったのか、軽く肩を回してみせる。

 

「久禮田一族を殲滅して、呪詛師と呪霊を排除する。やってることは君たち呪術師と大差ない。ただ立場が違うだけ。今のほうが、よっぽど楽」

 

 何にも縛られない自由。そう言って微かに笑う。

 

「……両方の立場から追われる、ってことか?」

「そうだね」

 

 一瞬だけ、寂しげに目を細めた。

 

「宿儺が虎杖悠仁の中にいる限り、私は味方だよ」

「……!」

「じゃ、また」

 

 背を向けた葉月の腕を、五条が掴む。

 

「……どこにも行かせない」

「……?」

「もう、葉月を手放したくない」

 

 だが葉月は驚きもせず、困ったように笑った。

 

「それは無理な話だ」

「なんでだよ……!」

 

 そっと手を外す。

 

「じゃあ教えてくれ。目的は何だ。12年間、姿を消してた理由は――」

「国外を拠点にしてただけ」

「……!」

「それだけ」

 

 飄々とした口調。だが表情の奥は読めない。

 

「それでも、僕の元を離れる理由にはならないだろ」

「一理ある」

「だったら――」

「私には、もう時間がないんだ」

「!!」

「……だから、ごめん」

 

 その言葉と同時に、葉月の姿は消えた。

 

《葉月!》

 

 五条の声だけが、虚しく空気に溶けていった。

 

 

 

---

 

 

―都立呪術高専・学長室―

 

 

 京都校学長・楽巖寺嘉伸。

 東京校学長・夜蛾正道。

 

 2人の前に、葉月は立っていた。

 

 

「……12年ぶりだな、久禮田葉月」

 

 入学当初から対立してきた保守派の一人。

 彼こそ、追放に関与した中心人物だった。

 

 

「どこにいたか、話してもらおうかの」

「話す必要がありますか?」

 

 葉月は露骨に眉をひそめる。

 

「返答次第で、お前の扱いを決める」

 

 短く息を吐く。

 

「国外を拠点にしていた」

「……ほう。何故だ」

「久禮田家を殲滅した後、あなた方の策略で追放された。同時に呪詛師側からも逆賊扱い。両方から追われる身になったから、国外に逃げた。それだけ。帰国したのは――虎杖悠仁が宿儺の器になった頃」

 

 パスポートを夜蛾に手渡す。

 

「……確かに。先月帰国しています。それ以前の記録はありません」

 

 楽巖寺が目を細める。

 

「我々より先回りして呪詛師を始末しているのは、お前だな」

「それが?」

「邪魔か。それとも別の目的か」

 

 葉月は薄く笑った。

 

「地位を奪われても、信念は奪えない。理由なんていらないよ」

 

 迷いのない声に、夜蛾は小さく息を呑む。

 根幹は何も変わっていない。

 

「……なるほどな」

 

 楽巖寺が口を開く。

 

「ならば役職を与えよう」

「……役職?」

「久禮田葉月。お前に一級呪術師の名乗りを、1年間のみ許可する」

「……は?」

「加えて、都立呪術高専1年の副担任を務めてもらう」

「はい?」

 

 突拍子もない決定だった。

 追放した張本人が、条件付きとはいえ地位を与える。

 

 こうして葉月は、楽巖寺の采配により呪術界での立場を一時的に取り戻し、高専の副担任として現場へ復帰することになった。

 

 

――…

 

「……一番喜ぶのは、悟だろうな」

 

 楽巖寺が去った後、夜蛾はぽつりと呟いた。

 

「一年縛り、というのが……あの人らしい」

「……理由、分かってるのか?」

 

 葉月は肩をすくめる。

 

「最終的には死刑執行でしょ」

「!!」

「楽に生かすはずがないよ。理由がどうであれ、12年間“呪詛師”を名乗っていた事実は消えない」

 

 淡々とした口調だったが、夜蛾の胸には重く落ちた。

 だが、このことを五条や家入に伝える気にはなれなかった。

――本人の口から語られるべきだと、そう思ったからだ。

 

 

「……夜蛾先生。副担やるなら、拠点くらいは欲しいんだけど」

「ああ、手配しよう……葉月」

「?」

 

 呼び止め、夜蛾は不意に葉月を抱き寄せた。

 

「……12年間、疑ってしまってすまなかった。生きていてくれて……よかった」

 

 意外な温もりに、葉月は一瞬だけ目を見開く。

 そして子どもをあやすように、彼の背を軽く叩いた。

 

 

「……で、挨拶は来週?」

「ああ。五条は今週遠方任務だ。それまでに部屋の準備を済ませてくれればいい」

「……分かった。先生が下の名前で呼ぶの、なんか久しぶり」

「苗字だと……嫌がるかと思ってな」

 

 不器用な気遣いに、葉月は小さく笑った。

 

 

 

――…

 

 任務報告のついでに学長室へ立ち寄った五条は、思わぬ話を聞かされる。

 

「……え? 葉月が1年の副担任? なんで急に」

「上の采配だ。手のひら返しもいいところだが、今は従うしかあるまい」

 

 夜蛾は手で追い払うように言った。

 

「……葉月は?」

「部屋の整理を終えて、休んでいる頃だろう」

「……どうも!」

 

 言い終わる前に、五条は駆け出していた。

 

 

 

――

 用意された部屋で荷物を片付け終え、葉月はベッドに身を沈めていた。帰国後はホテルを転々としていたため、日用品の多くは夜蛾任せだ。

 

 不意に、ノックもなく扉が開く。

 

「?」

 

 視線を向けると――

 

「葉月」

 

 五条だった。

 そのまま歩み寄り、ベッドの縁に腰を下ろす。

 伸ばされた手が、頬に触れる。

 

「……やっと、手元に置いておける」

 

 安堵と執着が混ざった声。

 

「12年前の返事、聞いてもいい?」

「……告白の?」

「そう」

 

 一拍置き、葉月は視線を逸らす。

 

「……好きだったよ。悟のこと」

「そっか。……嬉しい」

 

 目隠しを外し、額を寄せる。

 言葉にしきれない感情が、静かに重なった。

 

 

 

 

 やがて眠りに落ちた五条を横目に、葉月は小さく息を吐く。

 

 

「……悟」

 

 行為の最中も、右顔面の仮面だけは外さなかった。

 途中で外されそうになり、反射的に制したほどだ。

 

「……嘘、ついた」

 

 仮面の下は傷だらけだと説明した。

 だが本当は違う。

 

――そこに刻まれているのは、呪霊を呼び出すための呪い。

 この身体を宿主としている以上、戦闘時以外に外すことはできない。

 

 

「……ごめんね。嘘つきで」

 

 眠る五条には届かない声が、夜の静寂に溶けていった。

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