片割れの呪術師   作:Haruyama

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第35話 陽の当たらない者たち

 生徒たちに事情を説明した上で、丸一日の休みが与えられた。

 そして翌日――なぜか、野球をすることになった。

 

「……野球?」

「打って、投げてやるスポーツ」

「蹴球?」

「それはサッカー」

「……排球?」

「バレーボール」

「……庭球?」

「テニス」

「何の話してんだよ。スポーツの漢字当てクイズか?」

 

 庵が思わず突っ込むと、葉月と二階堂は揃って首を傾げる。

 

「葉月が野球分からないって言うから、説明してただけ」

「打って投げて、で?」

「点を多く取った方が勝ち」

「排球や蹴球と同じじゃん」

「道具使うか使わないかの違い」

「……何だろ。昔から世間知らずだったけど、相変わらずね」

 

 庵は高専時代を思い出す。

 会話を交わした回数は多くない。だが、不思議と記憶に残る後輩だった。

 

 だからこそ、12年前の事件は衝撃だった。

 そこへ、打ち合わせを終えた楽巖寺と夜蛾が戻ってくる。

 冥、五条の姿もあった。

 

 

「……なんか揃ってるけど、これから何かある?」

 

 二階堂が周囲を見回す。

 

「12年前の真相を聞かせてもらおうか」

 

 冥の言葉に、葉月は首を傾げた。

 

「学長は当時の関係者でしょ?でも、あの事件……不可解な点が多すぎる」

「……」

「話していいんですか?下手したら、信用失いますよ」

 

 葉月の言葉に、楽巖寺は一拍置いて答えた。

 

「今は事情が違う。お前が呪詛師に狙われる理由を、我々は知る必要がある」

「……分かりました」

 

 葉月は視線を落とす。

 

「……どこから話せばいいかな」

「そもそもだ。なぜ入学当初から、上に目をつけられていた?」

 

 五条の問いは、核心だった。

 

「……久禮田家が、呪詛師を輩出する一族だったから?」

「そう」

「……それだけ?」

「……それだけ、だよ」

 

 

――高専は久禮田家について、ほとんど何も知らなかった。

 それが、正しい認識だった。

 

 

「前に悟には話したけど――。久禮田家は200年前、呪術界を追放された一族」

 

 葉月の声は淡々としている。

 

「以降、新興宗教団体を名乗り全国で布教。呪霊を“神の使徒”と崇め、非術師を信者として集め、肉体に呪霊を宿らせていた」

「……」

「最終目的は、呪霊が支配する世界」

 

 場が静まり返る。

 

「表向きには“呪詛師を輩出した一族”という情報だけを流し、宗教団体そのものは、呪術界から完全に見落とされていた」

「……!!」

 

 楽巖寺が息を呑む。

 

「私が入学した頃、久禮田の名は非術師の家系として通っていた。200年も前の話だし、衰退していると思われてた」

 

 だが、呪詛師の間では違った。

 

「ある呪詛師が、“久禮田葉月は呪詛師を輩出する一族出身”という情報を流した」

「それを真に受けた保守派が、入学してきた私を危険因子と判断した」

「……それが本格化したのが、高専二年」

「三級術師だったのに、夜蛾先生や上を通さず、直接任務が来るようになった」

「……上を通さず?」

「高専関係者の“誰か”でしょうが」

 

 葉月は、まるで他人事のように言う。

 

「単独任務は、本来二級以上。当時の私は、呪力制御も不十分で、戦力外だった」

 

 それでも、任務は止まらなかった。

 

「……殺すつもりだったんだろうね」

 

 五条は、その光景を今も覚えている。

 

「そして、ある日」

 

 葉月は一度息を整える。

 

 

「上層部から、極秘任務を命じられた」

「……久禮田家、殲滅」

「!!」

「私は次期当主だった。物心ついた頃から命を狙われ、懸賞金は数億円規模」

「どうして……そこまで?」

「私は――久禮田家歴代で、最も優秀で、最高傑作だった」

 

 

人体実験により、

この肉体は半永久的に呪霊を取り込める。

 

 

「現在、体内には約650体」

 

 

沈黙。

 

 

「だから、私の肉体は価値がある。呪詛師にも、呪霊にも」

「……それが事件とどう繋がる?」

「次期当主継承式に、極秘任務を被せた」

「……」

「結果、私は追放された」

「じゃあ、一級術師が殺されたって話は――」

「あ、それ俺」

「は?」

 

 二階堂が、あっさり言う。

 

「俺、葉月の死刑執行人」

「!!」

 

 幼馴染だったからこそ、“身内の始末は身内で”という判断。

 

「……そして、私が追放されたことで」

 

 葉月は、楽巖寺を見る。

 

「呪詛師界隈は、歓喜した。後ろ盾を失った“最高傑作”は、完全な獲物になったから」

 

 鼻で笑う。

 

「……今も、それは変わらない」

 

 葉月は、軽く肩を叩く。

 

「ざっと、こんな感じ」

 

 冥が息を吐く。

 

「……重い話ね」

「葉月。12年間、どうだった?」

 

 庵の問いに、葉月は少しだけ目を伏せる。

 

「失望、その一言に尽きる」

 

 その瞬間、五条が後ろから葉月を抱きしめた。

 

「……もういい。話してくれてありがとう」

 

 触れられた肩が疼く。

 それでも、葉月は何も言わなかった。

 

 

「……学長は、本当に何も知らなかったんですね」

 

 夜蛾の問いに、楽巖寺は答えない。

 だが、誰もが理解した。

 

 

上層部は――何も知らなかった。

 

 

 やがてその場には、葉月、五条、二階堂、夜蛾だけが残った。

 

 

 

________________________________________

 

 葉月は五条の手をそっと外し、静かに席を立った。

 

「……ねぇ、弥生」

「ん?」

 

 二階堂は顔を上げる。

 葉月は確かに彼を見ていた。けれど、その視線は焦点を結ばず、どこか遠くを漂っている。

 

 

「悟みたいに御三家の家系だったら――……あの子は、死なずに済んだのかな」

「……っ」

 

 二階堂の目が見開かれる。

 

「……非術師の家系だったら、私たちは……陽の当たる場所で、一緒に生きられたのかな」

 

 答えは返らない。

 

「……なんで、あの子のいない世界に、私だけがいるんだろうね」

 

 葉月は視線を逸らし、左手で右肩を強く掴む。

 そのまま窓際へ歩き出した。

 

 五条には「あの子」が誰なのか分からない。

 だが、二階堂と夜蛾には分かってしまう。その事実が、胸の奥を重く圧した。

 

 

「……ごめんな、葉月」

 

 二階堂は、背中に向けて声を投げる。

 

「あの時、間に合わなくて……ずっと……一人にして、ごめん」

 

 返事はない。

 その瞬間、右肩から滲み出た赤が、床に落ちた。

 

「……葉月」

 

 夜蛾が気付いた時には遅かった。

 傷口が開いている。

 葉月は一瞬遅れて我に返り、自分の左手が血に染まっているのを見下ろす。

 

「あ、……ありゃ」

「それ以上動くな。傷口が――」

「……?」

 

 ようやく事態を理解したように、葉月は肩を押さえた。

 

「その傷、誰にやられた? 呪詛師か?」

「うん。呪術で、がっつり貫通」

 

 二階堂は葉月を椅子に座らせ、タオルで止血を始める。

 

「葉月の身体を貫通させるなんて、相当腕の立つ呪詛師だぞ」

「……肩を粉砕されなかっただけ、マシかな」

 

 そう軽く笑った直後だった。

 

「……ん……?」

 

 葉月の視界が揺らぐ。

 

「葉月?」

 

 返事はなく、そのまま意識が落ちた。

 

 

 

________________________________________

 

――伏魔御廚子

 

 目を覚ますと、そこは宿儺の生得領域だった。

 そして――膝枕。

 

 

「……どういう状況?」

「その傷は、あの男……五条とかいう奴にやられたな」

「……何で分かるの」

「契約を忘れたか」

「あー……」

 

 思い出す。

 

「【お前を傷つける者は、容赦なく殺す】」

 

 そういう内容だった。

 

「だが、奴は自覚していない」

「私の位置情報、感知できないからね」

 

 宿儺が目を細める。

 

「帳の中に私がいるとは思ってないし、自分の術が当たったことにも気付いてない。他者の感知能力を無効化できるから、無下限に似た干渉を、常に周囲に張っている」

「……それでも直撃したか」

「高専敷地内っていうのが、最大の盲点だった」

 

 宿儺は無言で右肩に触れた。

 

「……っ」

「この状況でも、アイツは出てこないか。随分と傲慢だな」

 

 指先についた血を舐め取る。

 

「……その傷、塞がるのか」

「応急処置は済んでる。あとは“彼”が内部から治療するはず。ただ――」

「?」

「五条悟の呪力で、しかも高出力。完全に塞がるまで、最低でも一日はかかる」

 

 宿儺は包帯を外す。

 風穴の奥で、何かが蠢いていた。

 

「……間抜けな呪霊が、たまに飛び出そうとするんだよね」

「……」

「右顔面の呪いとは別系統。厄介極まりない」

 

 葉月は傷口を押さえ、身体を起こす。

 

「現実世界でも同じことが起きてる。今頃、五条たちは慌ててる頃かな」

「……目覚めれば収まるのか」

「いや。“彼”に制裁される」

「……ほう」

「私は“器”を提供してるだけ。主導権は、あくまで“彼”」

 

 

 それでも――

 葉月自身は、鵠沼諸共の破壊を望んでいる。

 

 

「……傷が治った頃、また引きずり込んでやる」

「君も十分気まぐれでしょ」

「アイツと同類扱いは癪に障る」

 

 宿儺が笑った瞬間、視界が歪む。

 

 

________________________________________

 

――五条 side

 

 

 突然、葉月が眠りに落ちた。

 同時に、右肩の傷口から“何か”が這い出そうとする。

 

 

「……呪霊だ」

 

 弥生が即座に抑え込む。

 

「意識を失っている時間が長いほど、肉体の主導権を奪われる」

「……どうすればいい」

 

 触れようとした瞬間、弾かれた。

 

「……っ!」

 

 触れられない。

 理由も分からない。

 苛立ちが、胸を焼く。

 

 その時――

 

 

 葉月の手が、右顔面の仮面に掛かった。

 

 

「……目障リナ呪イだ」

 

 声が、違う。

 

「従ワナイモノハ、不要ダ」

 

 その言葉と同時に、右肩の風穴が急速に塞がる。

 

「……?」

 

 そして――

 

 

「あ、塞がった」

 

 葉月が目を開けた。

 

「……葉月、だよね?」

「そうだけど? 何、その顔」

 

 3人は言葉を失う。

 

「……呪霊、出た?」

「……いや」

「じゃあ問題ないよ」

「……痛みは」

「筋が痛い。数日は肩、回らないな」

「……そっか」

「心配かけたね。たまにあるんだ、意識飛ぶの」

 

 それでも大丈夫、と葉月は笑った。

 

 

 

――その笑顔が、ひどく不安定だった。

 

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