片割れの呪術師   作:Haruyama

36 / 38
第36話 条件付きの隣

 一日休みを挟み、今日。

 生徒たちは姉妹校対抗の野球をしていた。

 

「――ストライッ! バッターアウト! チェンジ!」

「加茂ォ!! 振らなきゃ当たんねぇぞ!!」

「葉月~、いくよ~!」

「……投げればいいの?」

 

 ノリノリな教師2名を他所に、葉月と二階堂はグラウンドの端でキャッチボールをしていた。

 

 右肩の傷は塞がっているものの、完治とは言えず、リハビリを兼ねた軽い運動だ。

 

 

「葉月先生、野球経験ないんですか?」

 

 伏黒が声をかける。

 

「ないね。というか、やったことない」

 

 そう言う割に、投球フォームは無駄がなく、球速も十分だった。

 

「……本当ですか、それ」

「まともな生活してないから。娯楽には疎いんだよ」

「!!」

「陽の差さない世界が、私の全部だったからね」

 

 伏黒と虎杖は言葉を失う。

 時折見える彼女の影――その正体を、初めて垣間見た気がした。

 

 

「剛速球ですなぁ」

「うるさい」

 

 

 

 

 少し離れた場所では、楽巖寺と夜蛾が並んで座っていた。

 

「……まだ、虎杖が嫌いですか」

「好き嫌世嫌の問題ではない」

 

 東堂の顔面に直撃したボールを介抱する虎杖を眺めながら、楽巖寺は即答する。

 

「呪術規定に基づけば、虎杖悠仁は存在すら許されん。生きておるのは五条の我がままだ。個のために集団の規則を歪めてはならん。何より、彼奴が生きることで、他が死ぬ可能性がある」

 

 杖を地面に打ちつける。

 

「……だが、彼のおかげで救われた命もある」

 

 夜蛾が静かに異を唱えると、白い眉が僅かに動いた。

 

「学生に限った話ではありませんが、彼らはこれから後悔を積み重ねる。ああすれば良かった、こう言えば良かった……」

 

 

――誰もが、それを抱えて生きる。

 史上最悪のテロリストと、その親友。

 そして――無実の罪で追放された少女と、その片割れ。

 

 

「虎杖についての判断が正しいかは、私にも分かりません。ただ……今は見守りませんか。大人の後悔は、その後でいい」

「……後悔、か」

 

 

 楽巖寺は低く呟き、視線をある一人へ向ける。

 

「12年前の真相を聞かされ、ようやく腑に落ちた。彼奴は……初めから高専を去るつもりだった」

「……!」

「殺害を計画していたのも事実。『久禮田家殲滅』を極秘任務として命じたのも事実。だが……我々は、手のひらの上で踊らされていたに過ぎん」

 

 夜蛾は黙って聞いている。

 

「全て分かっていた。全て見越していた。……九十九が認めるだけのことはある」

「九十九が……?」

「12年という歳月が、彼奴の価値観を歪めた。集団を守るため、個を切り捨てた結果だ」

 

 他人思いで優しかった少女は、亡者になった。

 

 

 

キィィン――。

 

 

「おっし!」

 

 

 虎杖の打球が、場外へと伸びる。

 

 

 30年度交流会――勝者、東京校。

 

 

 

「……夜蛾。まずは五条をどうにかしろ」

「……」

 

 

________________________________________

 

 

 後片付けをする生徒たちを遠目に、葉月は空を見上げていた。

 二階堂は庵に呼ばれ、姿がない。

 

「葉月~? 右肩の調子はどう?」

 

 五条が左手に触れようとした瞬間――

 

 

バチッ!!

 

 

「……!?」

「うっ……!」

 

 五条の手が弾かれ、葉月の手の甲が焼け爛れる。

 

「……何で……? 何で触れないんだ……?」

 

 今度は葉月が触れようとして――

 

 

バチッ!!

 

 

「……っく……」

 

 同じように弾かれ、掌が焼ける。

 

「……どうして……」

 

 葉月は、分かっていた。

 

「……大丈夫。大丈夫だから」

 

 俯き、呪文のように繰り返す。

――それは12年前、覚悟を決めた時と同じ姿だった。

 

 

「……私は、もう決めた。だから……大丈夫」

 

 焼け爛れた手が、音を立てて治癒していく。

 

「……よし。治った」

 

 葉月は迷いなく手を差し出す。

 

「握って」

「……傷つかない?」

「大丈夫」

 

 五条が恐る恐る握ると、確かな温もりがあった。

 

「……大丈夫だね」

 

 葉月は笑った。

 だが五条は納得できなかった。

 

 

(……拒絶なら、葉月が傷つくのはおかしい)

 

 

 

 その瞬間、視界が切り替わる。

 

 

________________________________________

 

――鵠沼の生得領域

 

 

「五条悟は、君を傷つける存在だ」

「……」

「それでも傍にいるのか」

「……それが、【睦月の望み】だから」

「君自身の意思は?」

「……睦月のいない世界を、生きたいとは思わない」

「……」

 

「彼らの前では、私は〔人〕でいられる。それだけで、十分」

 

 

沈黙。

 

 

「……次、五条悟が君を傷つけたら、殺す。それでいいね」

「……うん」

 

 葉月は同意し、現実へ戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。