一日休みを挟み、今日。
生徒たちは姉妹校対抗の野球をしていた。
「――ストライッ! バッターアウト! チェンジ!」
「加茂ォ!! 振らなきゃ当たんねぇぞ!!」
「葉月~、いくよ~!」
「……投げればいいの?」
ノリノリな教師2名を他所に、葉月と二階堂はグラウンドの端でキャッチボールをしていた。
右肩の傷は塞がっているものの、完治とは言えず、リハビリを兼ねた軽い運動だ。
「葉月先生、野球経験ないんですか?」
伏黒が声をかける。
「ないね。というか、やったことない」
そう言う割に、投球フォームは無駄がなく、球速も十分だった。
「……本当ですか、それ」
「まともな生活してないから。娯楽には疎いんだよ」
「!!」
「陽の差さない世界が、私の全部だったからね」
伏黒と虎杖は言葉を失う。
時折見える彼女の影――その正体を、初めて垣間見た気がした。
「剛速球ですなぁ」
「うるさい」
少し離れた場所では、楽巖寺と夜蛾が並んで座っていた。
「……まだ、虎杖が嫌いですか」
「好き嫌世嫌の問題ではない」
東堂の顔面に直撃したボールを介抱する虎杖を眺めながら、楽巖寺は即答する。
「呪術規定に基づけば、虎杖悠仁は存在すら許されん。生きておるのは五条の我がままだ。個のために集団の規則を歪めてはならん。何より、彼奴が生きることで、他が死ぬ可能性がある」
杖を地面に打ちつける。
「……だが、彼のおかげで救われた命もある」
夜蛾が静かに異を唱えると、白い眉が僅かに動いた。
「学生に限った話ではありませんが、彼らはこれから後悔を積み重ねる。ああすれば良かった、こう言えば良かった……」
――誰もが、それを抱えて生きる。
史上最悪のテロリストと、その親友。
そして――無実の罪で追放された少女と、その片割れ。
「虎杖についての判断が正しいかは、私にも分かりません。ただ……今は見守りませんか。大人の後悔は、その後でいい」
「……後悔、か」
楽巖寺は低く呟き、視線をある一人へ向ける。
「12年前の真相を聞かされ、ようやく腑に落ちた。彼奴は……初めから高専を去るつもりだった」
「……!」
「殺害を計画していたのも事実。『久禮田家殲滅』を極秘任務として命じたのも事実。だが……我々は、手のひらの上で踊らされていたに過ぎん」
夜蛾は黙って聞いている。
「全て分かっていた。全て見越していた。……九十九が認めるだけのことはある」
「九十九が……?」
「12年という歳月が、彼奴の価値観を歪めた。集団を守るため、個を切り捨てた結果だ」
他人思いで優しかった少女は、亡者になった。
キィィン――。
「おっし!」
虎杖の打球が、場外へと伸びる。
30年度交流会――勝者、東京校。
「……夜蛾。まずは五条をどうにかしろ」
「……」
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後片付けをする生徒たちを遠目に、葉月は空を見上げていた。
二階堂は庵に呼ばれ、姿がない。
「葉月~? 右肩の調子はどう?」
五条が左手に触れようとした瞬間――
バチッ!!
「……!?」
「うっ……!」
五条の手が弾かれ、葉月の手の甲が焼け爛れる。
「……何で……? 何で触れないんだ……?」
今度は葉月が触れようとして――
バチッ!!
「……っく……」
同じように弾かれ、掌が焼ける。
「……どうして……」
葉月は、分かっていた。
「……大丈夫。大丈夫だから」
俯き、呪文のように繰り返す。
――それは12年前、覚悟を決めた時と同じ姿だった。
「……私は、もう決めた。だから……大丈夫」
焼け爛れた手が、音を立てて治癒していく。
「……よし。治った」
葉月は迷いなく手を差し出す。
「握って」
「……傷つかない?」
「大丈夫」
五条が恐る恐る握ると、確かな温もりがあった。
「……大丈夫だね」
葉月は笑った。
だが五条は納得できなかった。
(……拒絶なら、葉月が傷つくのはおかしい)
その瞬間、視界が切り替わる。
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――鵠沼の生得領域
「五条悟は、君を傷つける存在だ」
「……」
「それでも傍にいるのか」
「……それが、【睦月の望み】だから」
「君自身の意思は?」
「……睦月のいない世界を、生きたいとは思わない」
「……」
「彼らの前では、私は〔人〕でいられる。それだけで、十分」
沈黙。
「……次、五条悟が君を傷つけたら、殺す。それでいいね」
「……うん」
葉月は同意し、現実へ戻った。