交流会は無事に終わった。
そして12年前の事件について語ったことで、葉月は様々な意味で関係者たちの信頼を得ることになる。
「……これで、最低限の信用は確保できた。あとは――」
葉月の視線の先には、これから任務へ向かう五条悟の姿があった。
彼らに話した内容は、すべてが真実というわけではない。
自身が双子であることも、高専に在籍していた“葉月”とは別人であることも、あえて
伏せている。
――不要だと判断した。
その事実を知る人間は、ごく限られていればいい。
これ以上、余計な情報を差し出す必要はない。
「葉月〜! おっまた〜!」
軽快な声と共に、五条が意気揚々と駆け寄ってくる。
「葉月も一緒に行くことになったよ!」
「……どこへ?」
「九州!!」
あまりにも大雑把な答えに、葉月は一瞬言葉を失う。
「それでね、葉月は呪詛師にも狙われやすい立場だから、基本的に僕と行動を共にするって」
「……はい?」
すでに上層部で決定済みだ、と五条は軽い調子で付け加える。
反論は受け付けない、と言外に含ませて。
「葉月ってさ、ふらっとどこにでも行くでしょ? だから最強の僕と一緒なら安心、って考えたんじゃない?」
「……どこが安泰なのか」
自由を奪われたことを悟り、葉月は不満を隠さない。
(……鵠沼が黙っているはずがない)
五条と行動を共にするということは、自分だけでなく鵠沼にまで影響が及ぶ。
距離を保とうとしていた目論見は、早々に崩れ去った。
「僕的には、超嬉しいんだけどね」
「悟的にはね」
「葉月は? 嬉しくない?」
問い詰めるような視線に、葉月は苦笑する。
――どちらとも言えなかった。
「いっそ一緒に住んじゃう?」
「それは絶対に嫌」
即答だった。五条は露骨に拗ねる。
「じゃあ今日は飲みに行かない?」
「酒を飲まない人に誘われても」
「飲まなくても、葉月と一緒なら問題なし」
本気で言っているのだと、葉月は理解してしまう。
「……二人だけ?」
「伊地知、硝子、七海を呼ぶつもり」
「忙しそうな面子ね」
店と時間が決まったら教えてほしい、とだけ告げ、葉月は仮眠室へ向かった。
「相変わらず気まぐれだなぁ……猫みたい」
背後で五条が笑う。
仮眠室に入った葉月は、深く息を吐いた。
「……〔呪い〕の侵食は、避けられないか」
常に五条と行動を共にする。
それは護衛であると同時に、監視でもある。
彼の呪力に日々蝕まれている身にとって、それは決して安らぎではない。
「……相変わらず、人使いが荒い」
そう呟き、呼ばれるまでの短い眠りに身を委ねた。
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――居酒屋
五条に叩き起こされて店へ向かうと、すでに伊地知、家入、七海が揃っていた。
「葉月と飲めるなんてね」
家入はどこか楽しげだ。
「葉月、見かけによらず酒豪らしいから」
「そんなに強いんですか?」
「潰れたこと、ないかな」
淡々と答えながら「とりあえずビールを」と注文する。
「海外でも、よく挑まれたわ。潰そうとして、失敗した連中に」
その一言で十分だった。
酒が進む中、顔色ひとつ変えない家入と葉月とは対照的に、伊地知と七海は徐々に酔いが回っていく。
五条は相変わらずソフトドリンクだというのに、葉月にべったりだった。
「シラフでこれか」
「シラフだよ〜」
挙げ句、店内で葉月の膝枕を要求する始末だった。
身長190の男が。
そのとき。
「あれ? アキじゃねぇか。おーい、アキ!」
店内の一角から声が飛ぶ。
葉月はそちらを見て、露骨に顔を歪めた。
「……?」
「仮面のままかよ。こっち来いって」
七海も気付き、葉月に小声で尋ねる。
「……知り合いですか?」
「……」
答えないまま、葉月は五条を下ろし、立ち上がった。
「少し席を外す」
そう言って男の元へ向かう。
しばらく二人が話す様子を、残された三人は訝しげに眺めていた。
「……同業者、ではなさそうですね」
「五条は……寝てるし」
肝心な時に眠るとは。
三人が呆れた頃、葉月が戻ってくる。
「……用事、思い出した。先に帰る」
「何か、言われたんですか?」
七海の問いにも、葉月は答えない。
「悟には、朝帰りするって伝えて」
そう言い残し、支度を始める。
「葉月? どうし――」
その言葉を遮るように、男が入口に立った。
「アキ、忘れんなよ?」
「……私を、誰だと思っている?」
振り返った葉月の表情は、彼らの知る彼女とは別人だった。
「はは……それでこそ、俺の知るアキだ」
舌打ちひとつ。
「硝子、悟を頼む」
それだけ告げ、フードを深く被り、店を出ていった。
「……」
七海は、去り際の表情が頭から離れなかった。
「七海」
「はい」
「葉月を……頼んだ。こっちは任せて」
家入は眠る五条を見下ろし、静かに言う。
「分かりました」
七海は上着を掴み、店を飛び出した。
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路地裏
葉月は受け取った紙を開く。
記されたのは、場所と時間。
「……残党が多い」
“アキ”――それは、12年間呪詛師として生きていた頃の名。
「五条が寝てて良かった……本当に」
もし起きていれば、接触そのものを許されなかっただろう。
紙を握り潰し、ライターで燃やす。
灰が落ちる。
その背後。
「葉月さん」
七海だった。
「何があったんですか。教えてください」
葉月は背を向けたまま、深く息を吐く。
「……ごめん、七海君」
仮面に手を掛ける。
「悟を、よろしく」
その瞬間――
葉月の姿は、夜の闇に溶けるように消えた。
――…
皆で飲んでいる最中、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
葉月の膝の上――それだけは覚えている。
目を覚ましたとき、そこに彼女はいなかった。
加えて、七海の姿も見当たらない。
「……あれ? 葉月は?」
「アンタが気持ちよく寝てる間に、色々あったのよ」
硝子の声は、露骨に刺々しい。
「……何?」
そのとき、七海が戻ってきた。
「七海、葉月は?」
「……逃げられました。申し訳ありません」
「逃げた……?」
空気が、明らかにおかしい。
硝子も七海も、視線を逸らす。
「ねぇ、2人とも。葉月に何があった?」
硝子は短く息を吐き、僕が眠っていた間に起きたことを話した。
聞き終えた瞬間、胸の奥が冷たくなる。
――寝ていた自分が、ひどく愚かに思えた。
「……そいつは?」
「もう店を出たわ」
「……」
スマホを持たせていないことを、初めて後悔する。
「葉月は、何て?」
「朝帰りするって」
明日には任務だ。
それなのに、この状況。
「……葉月を探す」
ここにいる中で、唯一のシラフ。
全力で探せば、きっと――
「五条さん。たしか、葉月さんの呪力を感知できないでしょう」
「……っ」
交流会での襲撃。
あのとき、はっきりした事実。
――彼女だけが、僕の“感知”の外にいる。
「……くそ」
探す手段すら、ない。
「葉月の言う通り、朝まで待つしかないわ」
硝子の声にも、悔しさが滲んでいた。
分かっている。
でも、それでも。
(……これじゃ、12年前と同じじゃねぇか)
守れない。
気付けない。
何も出来ない。
“最強”という肩書きが、ひどく空虚に感じられた。