「や、やめ――」
「いやぁぁぁ!!」
鈍い音。
肉が裂け、潰れる感触。
「さすがだねぇ。血の涙もない殺戮者だ、アキ」
「……くだらないことで私を呼び出すな」
男は笑いながら、一般人を鉈で斬り捨てた。
「別にアンタらに言われなくても、勝手にやってる」
「呪術師に戻れて良かったねぇ」
12年間の所業を高専に流せば終わりだ、という含みを込めた声。
葉月は男を睨む。
「目的は何だ」
「アキが輝く姿を見たくてさ」
人を殺しているときが、一番生き生きしている――
そう言われるたび、胸の奥が冷える。
「君は生まれながらにこっち側だ」
血に染まった手が、頬に触れる。
「さっさと縁を切ればいいのに。あんな連中と」
「……」
「まぁ、本性を知れば、向こうが君を切るだろうけど」
男は屍を蹴り飛ばし、去っていった。
「……くだらない」
葉月は呪霊を呼び出し、後処理を始める。
咀嚼音だけが、廃屋に響いた。
落ちていた臓を拾い、口に運ぶ。
《味覚》も《嗅覚》も鈍い身体には、生肉への抵抗はない。
硬い部分だけを吐き出し、呪霊と共に喰らう。
処理を終え、血を拭う頃には、夜が明け始めていた。
協力者の元を訪ね、風呂を借りる。
血を洗い流し、用意された着替えに袖を通す。
「……今は、呪術師では?」
「昔の腐れ縁だ」
生き残りがいたことに、溜息が漏れる。
「始末できますか?」
「……さぁね。顔が割れてる以上、簡単じゃない」
「不都合なことはこちらで処理します」
《光》を示したのはあなたですから、と。
「……私は、残酷で最低な人間だ」
――他人のために生きることでしか、自分を保てない。
「そうは思いません」
協力者は静かに首を振る。
「あなたには、目的がある。大切な人を奪われた者だけが知る真実がある」
だから協力するのだ、と。
「彼らに知られない一面があってもいいじゃないですか」
葉月は、差し出されたコーヒーを飲む。
「情報が入り次第、送ります」
手渡されたのは、通話機能のないタブレット。
「高専用と、我々用。使い分けてください」
「……分かった」
「そろそろ戻らないと。あなたは、こちら側に留まるべきじゃない」
コートを受け取り、裏口へ。
「……感謝する」
一礼し、葉月は陽の当たる世界へと歩き出した。
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朝六時。
九州へ向かう飛行機まで、まだ時間はある。
葉月は人目につきにくい場所で公衆電話を見つけ、受話器を取った。
ワンコールで繋がる。
〈はい、伊地知です〉
「伊地知君、おはよう」
〈……!! 葉月さん、今どちらに!?〉
途中で席を外したことが、相当気に掛かっていたらしい。
五条もかなり心配している、と説明される。
葉月はそれを受け流すように、淡々と告げた。
「これから言うことを、至急このアドレスに送って」
要件を伝えると、案の定、電話口が静まる。
――全国の呪詛師の情報をすべて、という無茶な要求だ。
〈……こちらには、戻られないんですか?〉
「高専には戻らない。直接、羽田に向かう」
〈葉月さん!〉
「悟にはそう伝えて。じゃ、また後で」
受話器を置く。
それ以上の説明は、必要ない。
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葉月の行方が分からないまま、朝を迎えた。
何も出来ないまま時間だけが過ぎていく感覚に、苛立ちが募る。
彼女の部屋で待っていると、着信が入った。
――【伊地知】
「……どったの?」
〈先ほど、葉月さんから連絡が〉
「……!」
嫌な予感が、確信に変わる。
〈高専には戻らず、直接羽田空港へ向かうそうです〉
「他には?」
〈全国の呪詛師の情報を送ってほしいと〉
……なぜ、今それが必要なんだ。
居酒屋の男。
あれが呪詛師だった可能性が、脳裏をよぎる。
「硝子と七海には?」
〈これから連絡します〉
「分かった。僕も空港に行く」
〈飛行機までは、まだ余裕があります〉
「先に待ってても問題ないでしょ」
電話を切り、立ち上がる。
「……葉月、一体何してる」
無意識に、拳を握り締めていた。
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―羽田空港―
葉月はすでに空港に到着し、伊地知から送られてきたデータを確認していた。
「……把握してるだけでも、相当な数だね」
喫茶店でコーヒーを飲みながら、タブレットを操作する。
(……そろそろ、来る)
五条は葉月の気配を感知できない。
だが、葉月は彼の位置を把握できる。
空港ロビーに五条が入ったのを確認し、店を出る。
搭乗口のソファに腰を下ろし、何事もなかったかのように振る舞う。
「葉月」
「おはよう、悟」
次の瞬間、腕を掴まれ、人の少ない場所へ引き寄せられる。
非常階段。
五条は無言のまま、彼女を抱きしめた。
「……何してくれんだよ」
「ごめん。ちょっと立て込んでて」
「また、消えたと思ったじゃねぇか」
胸が、僅かに痛む。
12年前の記憶が、頭をかすめた。
「……何があった」
「ここじゃ話せない」
葉月は彼を離し、低く囁く。
「向こうに着いたら話す」
「……?」
五条の口を、そっと手で塞ぐ。
「付けられてる」
「……!」
「今は、私の言う通り動いて」
真剣な声に、五条は何も言えず頷いた。
「……で? 朝ごはんは?」
「まだ」
「じゃあ、こっち」
何事もなかったように、葉月は彼の手を取り歩き出した。