片割れの呪術師   作:Haruyama

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第4話 刻印の仮面

――翌日。

 

 五条に連れられて教室へ入ると、3人の視線が一斉に向けられた。

 直接面識があるのは伏黒だけ。他の2人とは一度顔を合わせた程度だ。

 

 どうやら五条が事前に話していたらしく、露骨な警戒はない。

 

「今日から1年の副担任を務めることになった、久禮田葉月です。よろしく」

 

 腰に回された五条の手を無言で外す。上から小さく舌打ちが落ちてきた。

 

「五条先生とは、高専2年まで同期でした」

「そうだったんですねー」

「じゃ、自己紹介お願いしてもいいかな?」

 

 順に名乗っていく。

 

「釘崎野薔薇。……あんた、本当に呪詛師だったの?」

「12年間名乗ってただけ。呪詛師は嫌いだけどね」

 

 あまりにあっさりした返答に、釘崎は言葉を失う。

 

「俺、虎杖悠仁っす。この前、宿儺がどうとか言ってましたけど……関係あるんすか?」

「あるよ。宿儺が人間だった頃、久禮田家は生贄を捧げてた側だから」

 

 教室が静まり返る。五条ですら目を見開いた。

 

「……どういうこと?」

「そのままの意味。宿儺と久禮田家は昔から縁が深い」

 

 それ以上は語らず、伏黒へ視線を向ける。

 

「……伏黒恵です」

「よろしく」

 

 微妙な空気のまま自己紹介が終わった直後、

 

「よし! 今から組手しよっか!」

「「「は?」」」

 

 葉月すら聞いていなかった。

 

 

 

――

 場所は高専の道場。

 

 葉月1人に対し、1年3人。

 敵意と不信。伏黒だけが静かに警戒している。

 

「ルールは簡単。どちらかが片膝ついたら終了。術式も体術もあり。やりすぎたら僕が止めるから」

「先生! 質問!」

 

 虎杖が手を挙げる。

 

「葉月先生って、どんくらい強いんすか?」

「身体能力は抜群だよ。昔、僕から一本取ったし」

「……12年前の話でしょ」

「じゃあ始めよう! スタート!」

 

 号令と同時に動く3人。

 虎杖が距離を詰め、伏黒が式神を展開し、釘崎が呪力を込める。

 

 一瞬で把握する。

 

(虎杖は近接、伏黒は後衛寄り、釘崎は直線的)

 

 拳を紙一重で避け続ける。

 掠りもしない。

 

「なんで当たんない!?」

「完全に見切られてる……?」

 

 苛立ちが滲んだ瞬間。

 虎杖の拳を受け止め、背負い投げ。

 

「はい、次」

 

 振り向きざま裏拳。釘崎が吹き飛ぶ。

 

「ほい、最後」

 

 伏黒の背後へ回り、足払いから腹へ一撃。

 

 

 数十秒。

 3人とも動けなくなった。

 

 

「はい終了~」

「……術式じゃないよね?」

「使ってないよ。基本、いらない」

 

 伏黒が口を開く。

 

「この前の特級呪霊の時は……」

「ああ、見てたんだっけ…。手の内、明かす必要ある?」

 

 軽く手を振って遮る。

 

「特級相手だったから、少し本気出しただけ」

 

 五条が静かに言う。

 

「……戦い方、知らないんだよね。僕」

「実力あると動きにくいから、ずっと抑えてた。後方支援に徹してたのもそのため。話すより、見た方が早いよ。任務に呼んでくれれば同行する」

「ということで、副担任に異論ある人?」

 

 誰も手を挙げない。

 

「改めて、よろしくお願いします」

 

 組手は幕を閉じた。

 

 

 

――

「……相変わらず隠し事多いね」

 

 職員室へ向かう途中、五条が呟く。

 

「あの頃は、お互い何も知らなかっただけ」

「どうして相談してくれなかったの?」

 

 足を止める五条。

 葉月は振り返り、淡く笑う。

 

「相談する必要がないと思った」

「頼りなかった?」

「違うよ」

 

 首を振る。

 

「信じてたから、言わなかっただけ。……過信だったかもね」

 

 12年間、誰も疑わなかった事実は変わらない。

 

「じゃ、任務あるから」

「は?」

「また数日後」

 

 それだけ言って、背を向ける。

 

――距離は縮まらない。

 けれど完全には離れていない。

 

 その曖昧な間隔だけを残して、葉月は去っていった。

 

 

 

 

 

別の日――

 

 

 1年生3人と五条、そして葉月は、二級呪霊討伐任務のため廃ビルを訪れていた。

 帳が下りるのを確認しながら、葉月は振り返る。

 

「……で? 今回は私1人でやるから。3人と悟は手出し不要」

 

 あくまで今日は“実力確認”の任務だ、と釘を刺すと、4人は素直に頷いた。

 

「万が一の時は参戦するから」

「必要ないと思うけどね」

 

 葉月はそれだけ言うと背を向け、ゆっくりと右顔面を覆う仮面を指で叩いた。

 

 

「……《雨堤(あまつ)》、数と場所を」

 

 呟いた瞬間、葉月の頭上に鳥型の呪霊が顕現する。

 

「一階、三級4体。二階、二級2体。三階、四級3体。計9体」

「……なるほど。《菰唱(こしょう)》《樟葉(くずは)》。一階と三階を」

 

 命じると同時に、獣型の呪霊が両脇に現れ、躊躇なく走り出した。

 後方にいた4人は、言葉を失う。

 

 あまりにも自然で、あまりにも唐突だった。

 術式展開の兆しも、呪力の流れも、何一つ感じ取れなかった。

 

(……いつ、展開した?)

 

 五条ですら、目を細める。

 

「……じゃあ、二階に行こうか」

 

 葉月は淡々と双刀を抜き、呪力を纏わせた。

 

 

――ギァアアアアア!!

 

 

 現れたのは二級呪霊、そして――。

 

 

「……情報と違うな」

 

 そこには、一級呪霊が混じっていた。

 

「まあ、いいか。大差ないし」

 

 軽く首を傾げ、仮面に手を掛けた瞬間。

――呪力が、爆発的に膨れ上がる。

 量が違う。質も、圧も、常識の枠を逸脱している。

 

 

(……何だ、これは)

 

「《夜兎(やと)》《玄兎(くろど)》――出番だよ」

 

 葉月の両脇に現れたのは、人型の呪霊だった。

 次の瞬間、2体は躊躇なく一級呪霊へと襲い掛かる。

 盾となり、刃となり、葉月の動きと完全に同期する。

 

 既に五体の呪霊が召喚されているにもかかわらず、すべてに均等な呪力が供給されている。

 

「……呪霊操術?」

 

 伏黒が呟く。

 だが、違う。夏油のそれとは、決定的に。

 

 術式ではない。

 “管理”でも、“支配”でもない。

――共存だ。

 

 

 

 

 数分後。

 廃ビル内に残っていた呪霊は、一体残らず消えていた。

 

「……こんな感じ。ざっと、ね」

 

 振り返った葉月に、誰もすぐには反応できなかった。

 五条が、ゆっくりと近づき、葉月の両肩を掴む。

 

「……どういうことだ。葉月」

 

 声音は低い。

 

「その肉体そのものが……媒介なのか?」

「正解」

 

 即答だった。

 

「私は久禮田家の中でも、最も優秀で――最高傑作」

「……それは、一体……」

 

 葉月は、淡々と告げる。

 

「生後間もない頃から行われた人体実験によって、この身体は半永久的に呪霊を取り込めるようになった」

 

 静寂。

 誰も、すぐには言葉を見つけられなかった。

 

 人体実験。それが、過去の話ではなく、目の前に立つ“人間”に施されていたという事実。

 葉月は、ただ静かにそこに立っていた。

 まるでそれが――特別でも、不幸でもないかのように。

 

 

 

「この右顔面を覆う仮面は、呪霊の召喚に使う。同時に、呪力の抑制もね」

 

 葉月は、両肩を掴んでいた五条の手を、そっと外した。

 

「……幻滅した?」

 

 見上げて首を傾げる仕草は、あまりにも穏やかで。

 

「悟。これが私の実力で、戦い方」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「同期の前で隠していた理由は――当時、制御できなかったから」

「……制御?」

「一部の呪霊は、呪力の相性で主従関係を結べなかった。術式も使えたけど、反動が大きすぎてね」

 

 淡々とした口調のまま、

 

「呪霊に肉体の主導権を奪われることも、あった」

「……!」

 

 その言葉に、五条の表情が強張る。

 

「だから仮面は外せなかった。暴走したら……君たちを巻き込む」

 

 それだけは、絶対に避けたかった。

 

「だから、悟たちには明かせなかった」

 

 次の瞬間。五条は何も言わず、葉月を強く抱き寄せた。

 

「……悟?」

「話してくれりゃあ、解決法だって探せたじゃねぇか」

 

 声が、低く震えている。

 

「なんで一人で抱え込むんだよ……そんなもん」

 

 葉月は一瞬、言葉を失う。

 

「僕がどれくらい強いか、分かってるくせに」

 

 抱き締める腕に、力が籠もる。

 

「葉月が暴走しても、止められた。絶対に」

「……」

「もう、二度と離さない」

 

 あまりにも真っ直ぐで、子どもみたいな独占欲に、葉月は小さく息を吐いた。

 

(……生徒の前なんだけどな)

 

 心の中でそう突っ込みながらも、五条の背中をぽん、と軽く叩く。

 

「……そっか」

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 

 こうして任務は終わり、1年生3人と五条、そして葉月は高専へと帰還するのだった。

 

 

 

――…

 

 部屋に戻った葉月は、棚の奥から一冊の書物を取り出した。

 ゆっくりと頁を開く。

 

 そこに並んでいるのは――この12年間で、葉月自身の手で殺してきた人間の名前だった。500を、優に超える。

 その中には、血の繋がった親族の名も含まれている。

 

 葉月は書物を閉じ、手元に置かれた双刀へと視線を落とした。

 

 

「……随分と重宝してるよ。貴女から受け取った呪具は」

 

 小さく、独り言のように。

 

「ねぇ、九十九さん」

 

 その名と共に、記憶が遡る。

 

 

 

 

――あれは、すべての始まりとなった日の朝のこと。

 

 

 

 

***

 

 

 呪術高専を訪れていた九十九は、当時2年だった葉月と向かい合っていた。

 

《……アナタが、呪詛師を輩出する家系の人間ね?》

 

 初対面にもかかわらず、その一言で正体を言い当てられる。

 

《……何の話ですか?》

《実力を隠すのが上手ね。……その仮面、何か秘密があるでしょう》

《……っ》

 

 葉月は一瞬息を呑みながらも、九十九から視線を逸らさなかった。

 

《武器を持ってないみたいだから――これ、あげる》

 

 そう言って、九十九は何かを放る。

 受け取ったそれは、脇差ほどの長さの双刀だった。

 柄を握った瞬間、不思議なほど手に馴染む。

 

《……え?》

《呪詛師を輩出する家系の人に聞くのも変だけど》

 

 九十九は、探るような視線を向ける。

 

《アナタは、呪霊被害をどう見ている?》

 

 葉月は一瞬考え、正面から答えた。

 

《呪霊を狩るだけでは、被害の根本解決にはならない》

《呪霊は、非術師から漏れ出た呪力が澱のように積み重なり、形を成すもの》

《その発生を防ぐには――非術師を滅ぼす、という選択も、間違いではない》

 

 九十九は目を見開く。

 

《……続けて》

 

《呪術師も非術師も、特別扱いしない》

《全人類が呪力を持つ世界か、あるいは完全に持たない世界》

《どちらかを作れるなら、私は今の狂った世界を変えたい》

 

《……意外ね》

 

 九十九は軽く肩をすくめる。

 

《何年生?》

《……2年です》

《2年でそこまで現実的なことを言えるなんて》

 

 一拍置いて、冗談めかして言う。

 

《久禮田家で洗脳でもされなかったのかしら?》

《……洗脳は、ありました》

 

 葉月は静かに言った。

 

《でも、今日で――それとも決別できそうです》

 

 その言葉に、九十九は悟る。

 目の前の高専生は、ただの優等生ではない。強烈な覚悟を抱え、すでに何かを決断している。

 

《……そう》

 

 九十九は小さく笑った。

 

《アナタなら、そのうち有望な呪術師にでもなれそうね》

《将来が、楽しみだわ》

 

 そう言い残し、背を向けて歩き出す。

 

 

 

***

 

 

 

 

そして――その2日後。

 

久禮田家宗家および分家、総勢130名。

葉月は、呪術によってその全員を殺害した。

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