片割れの呪術師   作:Haruyama

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第5話 叶わない願い

―数日後―

 

 

 任務の準備をしていると、不意に名を呼ばれた。

 

「葉月」

 

 振り返ると五条が立っている。

 何も言わずに抱き寄せられ、そのまま小さな包みを差し出された。

 

「これ、あげる」

「……何これ。君の呪力を感じるけど」

「お守り。葉月に何かあったら、僕に分かるようにしてある」

 

 先日の話が相当堪えたのだろう。

 急に過保護になったな、と葉月は思う。

 

「へえ。落とさないようにするよ」

 

 ポケットにしまう。

 

「今日の任務、余裕だとは思うけど油断しないで」

「君も任務じゃないの?」

「そうだよ。本当は一緒にいたいのに」

 

 絡みつく腕をどうにか外す。

 

「……気をつけて」

「君もね」

 

 軽く手を振り、部屋を後にした。

 

 

 

---

―――――

 任務は滞りなく終わるはずだった。

 

「久しぶりだね、葉月」

 

 その声に、葉月は目を見開く。

 

「……夏油、傑……?」

 

 そこにいたのは、かつての同級生――呪詛師となった夏油傑だった。

 変わらぬ笑みで歩み寄ってくる。

 

「12年ぶりだ。君もこちら側に来たと聞いて、すぐ会えると思っていたよ」

 

 少し寂しそうな声音。

 

「迎えに来た。悟の元から逃げよう」

 

 差し出された手。

 何を言っているのか理解できず、葉月は固まる。

 

「葉月はここにいる人材じゃない。君と私なら世界を変えられる。呪術師だけの世界を作れる。悟に見つかったと知ってから、ずっと準備していたんだ」

 

 微笑みは、あの頃のままだった。

 

 

「……変わったね、傑」

 

 経緯を知らない。だから彼の言葉は届かない。

 

「葉月は追放された身だ。立場を選べる」

「そうだね。もう呪術師にはなれない」

「なら尚更、共に行こう」

 

 葉月は小さく首を振る。

 

「嬉しいよ。でも……もう手遅れなんだ」

 

 その瞬間、夏油は異変に気付く。

 空気が歪むほどの呪力放出。

 

「……葉月?」

「私は、君たちの知る“久禮田葉月”じゃない」

 

 身体が軋み、呪霊の気配が溢れ出す。

 

「誰だい……葉月を乗っ取ったのは――」

「傑」

 

 声だけは変わらない。

 

「今回は見逃す。だから今すぐ離れて」

「……!」

「早く。奴らが来る」

 

 掌を向け、呪力で距離を弾き飛ばす。

 

「またね」

 

 その言葉を最後に、葉月の姿は呪霊の奔流に飲み込まれた。

 

---

 

――報告

 

二級呪霊と交戦後、特級呪霊複数体を確認。

一級呪術師・久禮田葉月が単独で対峙。

帳解除後、血まみれで倒れているところを発見。

現在、意識不明の重体。

 

――同時刻、虎杖悠仁 死亡。

 

---

 

 

 

 

 

 高専の空気は張り詰めていた。

 発端は五条悟の苛立ちだ。

 

 

 本日の任務はどれも自分でなくても済む内容ばかり。

 違和感を抱えつつ終えた直後、お守りが弾けた。

 

 戻れば、虎杖死亡の報。

 意図的に仕組まれたとしか思えない。

 

 

「上の連中、全員殺してしまおうか?」

 

 伊地知が凍りつく。

 

「珍しく感情的だな」

 

 家入硝子が現れる。

 

「宿儺の器か。好きに解体していい?」

「役立てろよ」

「誰に言ってんの」

 

 他愛ない会話の最中――

 

「……!」

 

 死んだはずの虎杖が蘇生した。

 安堵と呆れと笑いが入り混じる。

 

 

 虎杖は死亡扱いとして、密かに鍛え直されることとなった。

 

---

 

――医務室。

 

 

 扉が勢いよく開く。

 

「家入さん! 至急治療を!」

「どしたの、そんな慌てて」

「久禮田一級呪術師が、特級複数体と交戦して意識不明です!」

 

 空気が変わる。

 家入は無言で準備に入った。

 

---

 

「治療は終わった。命に別状はない」

 

 廊下の五条に告げ、ベッドへ案内する。

 

「……五条」

 

 家入の声がわずかに震えている。

 

「葉月の仮面の下、見たことあるかい?」

「ないけど……何かあった?」

「身体の構造が……解体しないと分からない」

 

 本来あるべきものがなく、

 あってはならないものが存在していた。

 

 五条は眠る葉月を見る。

 

 

「……特級複数体相手に、生きて帰った。それで十分だ」

 

 家入はベッドの傍に立つ。

 

「……12年間、ずっと一人にしてごめんね、葉月」

 

 

 

 

 

―目覚め―

 

 目を覚ますと、白い天井が視界に入った。

 消毒液の匂い。病室だと気付く。

 

「……?」

 

 腹のあたりに重みを感じ、視線を落とす。

 五条がベッドに突っ伏して眠っていた。

 

「……葉月、起きたのね。丸2日よ」

 

 声の主は家入硝子だった。

 

「……心配、かけた」

「右顔面、とりあえず包帯で覆ってる」

 

 葉月はそっと右手を上げ、顔に触れる。

 

「……そう」

 

 小さく息を吐き、指先に呪力を集めると、包帯に手をかけた。

 

「硝子、見ない方がいい。……治療の時に見たと思うけど、“呪力を持つ者”が直視すると精神に来るから」

「……わかった」

 

 家入は背を向ける。

 五条が深く眠っていることを確かめ、葉月は静かに包帯を外した。

 

 

 数分後。

 

「……終わったよ」

 

 振り返った家入の視界に、右顔面を覆う仮面が戻っている。

 

「怖い思いをさせてごめん」

「……葉月」

 

 家入は思わず抱きしめた。

 

「無茶しすぎ。ここには私たちがいるんだから、もっと頼りなさいよ」

「……昔から言われてるのにね。不器用でごめん」

 

 背を軽く叩くと、家入は離れる。

 葉月が他に傷がないか確かめていると、背後から腕が回された。

 

「……生きてて、よかった……」

「……」

 

 

 

「特級複数体なんて、無謀すぎるだろ」

 

 確かに無謀だ。五条ですら滅多に相手にしない数だ。

 だが葉月の声は落ち着いていた。

 

「……仕方なかったんだよ」

「仕方ない?」

「自分で招いた結果だから」

 

 2人の表情が固まる。

 

「特級呪霊にとって、私の肉体は“器”と同じ。主導権を奪えば人間社会に紛れ込める。だから襲撃された」

「……奴らって?」

「久禮田家が生み出した、失敗作」

 

一拍の沈黙。

 

「……私以外の、被験者だよ」

「まさか……人体実験の?」

 

 五条が低く呟き、家入へと説明を補う。

 

「葉月は、そいつらに追われてる?」

「そう。言ったでしょ。両者から追われてるって」

 

 

 

両者――呪術師と呪詛師。

そして、特級呪霊。

 

 

 

 五条は抱きしめた腕を緩めない。

 

「……なあ、葉月。もう一人でどこか行かないでくれ。僕を頼ってよ。僕が強いの、知ってるでしょ」

「……」

「どうしても離れるなら、“縛り”を付けてもいい」

「それは困るな」

「なら傍にいて。僕が守るから」

 

 葉月は答えない。ただ、困ったように笑うだけだった。

 

 

《葉月》

 

 

 気付けば家入の姿はなく、部屋には二人きりの静けさが落ちている。

 顔を背けていた葉月の頬に五条が手を添え、そのまま口づけた。

 

 

「……絶対に、葉月は誰にも渡さない」

 

 

 

強い決意の言葉。

葉月はどこか哀しげな目で五条を見る。

 

 

 

 

 

 

――もう、叶わない願いだと知っているから。

 

 

 

 

 

12年前。

 

 

彼らと共に学生時代を過ごしていた

【久禮田 葉月】は、すでに殺されている。

 

 

 

 

 

その事実を――

まだ、誰も知らない。

 

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