片割れの呪術師   作:Haruyama

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第7話 過去編_まだ、こちら側にいる

 五条が任務報告のため職員室を訪れると、夜蛾の口から思いがけない言葉が返ってきた。

 

「……葉月は?一緒じゃなかったのか」

「先に帰ったものだと思っていた」

「いや、まだ来てないぞ」

 

 その返答に、五条は眉をひそめる。

 確かに任務は別れて行動したが、葉月が何も言わずに戻らないなど、これまで一度もなかった。

 

 夜蛾は腕を組み、低く続けた。

 

「最近、あいつの行動には不審な点が多い。三級であるにもかかわらず、上を介さず、完全に別経路で単独任務を受けている形跡がある」

「……葉月が?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 葉月は合同任務では常に後方支援に徹し、前線に立つタイプではない。

 慎重で、計画的で、無茶を嫌う――それが五条の知る彼女だ。

 

 そんな葉月が、単独任務を?

 しかも夜蛾だけでなく、上層部すら関与していない様子だという。

 

 胸に引っかかるものがあった。

 先ほどの任務中、呪霊を祓う葉月の表情――あれは、明らかに“いつもの彼女”ではなかった。

 

 強い憎悪。

 そして、呪霊を前にして浮かべた、笑み。

 

 その時――。

 

「あれー?悟も来てたんだ」

「「……!」」

 

 振り返ると、着替えを済ませた葉月が、何事もなかったかのように夜蛾達の元へ歩み寄ってきた。

 

「どこに行っていた」

「制服が血だらけになっちゃって。寮に戻って着替えてたんです。

 汚れ、落ちなくなっても困るし」

「怪我は?」

「してませんよー」

 

 元気だと言わんばかりに、親指を立ててみせる。

 だが、その軽さが、余計に不安を煽った。

 

「……葉月。あの呪霊は何だ」

 

 五条の問いは、先ほど彼女を襲った“それ”を指していた。

 

「知らないよ」

「嘘だ。そんな風には見えなかった」

 

 何かがある。

 理由は分からないが、そう直感していた。

 

「うーん……大したことじゃないんだけどなぁ」

 

 葉月は困ったように笑う。

 

「最近、増えてきたんだよね。呪霊の襲撃」

「……!」

「命を狙われてるってことか?」

「さぁ……何でだろ。よく分からない」

 

 あまりに無頓着な返答に、五条と夜蛾は言葉を失う。

 

「……ていうか、任務の報告に来ただけなのに、なんで尋問みたいになってるの?」

 

 肩をすくめる葉月に、二人は何も返せなかった。

 

「夜蛾先生、明日休みもらっていいですか?最近任務続きで、さすがに疲れちゃって」

「あぁ、構わん」

「よし」

 

 見事に話題を切り替え、ガッツポーズをする葉月。

 

「悟、悪いんだけど寮まで運んでくれない?」

「……は?」

「呪力、使いすぎたみたい」

 

 そう言って、葉月は五条の背に体を預けた。

 次の瞬間、完全に意識を手放す。

 

「おい……」

 

 慌てて身体を支え、背負い直す。

 

「……夜蛾先生、何か知ってるんすか」

「葉月の素性か?非術師の家系だということくらいだ。だが……進級直後から単独任務が多いのも、呪霊の襲撃も、確かに異常だ」

 

 夜蛾は静かに言った。

 

「個人的に調べてみる」

「……よろしく頼みますわ」

 

 五条はそう言うと、眠る葉月を背負い直し、寮へと向かった。

 

 

 彼女の体温は確かにそこにあるのに、

 どこか、遠くへ行ってしまったような――そんな嫌な予感だけが、胸に残っていた。

 

 

 

――…

 

 葉月が目を覚ました時、そこが自分の部屋だと気づくまで、そう時間はかからなかった。ただし――状況が、明らかにおかしい。

 

「あー、起きた」

「もう朝だよ」

「……?」

 

 視界に飛び込んできたのは、添い寝するように布団に入り込んでいる五条と、ベッドのすぐ脇に腰を下ろし、こちらを覗き込む夏油の姿だった。

 

「何事?」

 

 思わずそう口にすると、

 

「暇つぶし」

「悟、嘘はよくないよ。葉月が心配だったんだろう?」

「?」

「眠れないって、私の部屋に来たのは誰だったかな」

「うるせーぞ傑」

「悟こそ、いつまでも中学生みたいな態度はやめた方がいいと思うよ」

 

 今にも小競り合いが始まりそうな空気に、葉月は小さく苦笑した。

 

「……喧嘩するなら他所でやって。悟も傑も、心配してくれたんでしょ。ありがとう」

「私は何もしてないよ」

 

 そう言いながらも、どこか満更でもなさそうな夏油。五条はというと、何を思ったのか、急に葉月に抱きつこうとしてくる。

――が、葉月はするりと布団を抜け出し、鏡の前に立った。

 

「ということで、葉月」

「ん?」

「今から出かけようか」

「は?」

「何か用事でも?」

「特にないけど」

「じゃあ決まりだね。どうせ、出かけるつもりだったんだろう?」

 

 夏油は、すべてお見通しだと言わんばかりに微笑む。

 

「1人より、3人の方が楽しいよ」

「……硝子には内緒でね」

 

 人差し指を唇に当てる夏油に、葉月は小さく笑った。

 

 

 

 

――とある公園

 

「……何してんの? あいつ」

「悟、葉月と出かけるの初めて?」

「お前は知ってたのかよ」

 

 なぜか葉月の用事に付き合わされる形になった俺たち。公園に着くや否や、子供たちが葉月の元へ駆け寄り、自然と輪ができていく。

 

「……葉月は、人に好かれるみたいだね」

 

 普段とは比べ物にならないくらい、柔らかい表情。俺たちの前では決して見せない笑顔を、子供たちに向けている。

 

(……なんだよ、あんな顔)

 

 胸の奥が、妙にざわつく。

 

(俺には、見せたことないくせに)

 

 

「悟も、余計なちょっかい出さなければ、ああやって笑ってくれるよ」

 

 図星を突かれ、言い返せない。そこへ、

 

 

「悟、傑」

「なんだい?」

「なんだよ」

「付き合わせてごめんね。もう終わったから、帰ろう」

 

 子供たちは葉月に手を振り、名残惜しそうに見送っている。

 

「じゃあ、パフェ奢って」

「アイスならいいよ」

「私はいらないかな」

「付き合わせたから、傑も好きなの選んでね」

 

 そう言って先を歩く葉月の後ろを、夏油が自然に追う。

 

「あー……嫉妬するわ」

 

 思わず漏れた言葉を、誰も拾わない。

 俺は少しだけ足を速め、二人の後を追った。

 

 

 

 

――――――

 それから数日が経ち、誰もいない教室で葉月はぼんやりと外を眺めていた。窓から差し込む光に目を細めていると、不意に視界に蒼い色が入り込む。

 

「何やってんだよ」

 

 顔を覗き込んできた蒼い瞳に、葉月は反射的に視線を逸らした。

 

「そちらこそ」

「暇つぶしに来た」

 

 ガタガタと音を立て、椅子を引き寄せて正面に座る五条は、じっと葉月を見つめ続ける。

 

「……なに?」

「……いや、なんかさ」

「サングラスは?」

「サングラスしてた方がいい?」

 

 普段から葉月は、サングラスを外した五条と目を合わせようとしない。視線を逸らすか、こうして窓の外に逃がすか――それが常だった。

 

「どっちでもいい」

「……でも、目合わせてくれないじゃん」

 

 渋々と五条がサングラスをかけるのを横目で確認してから、ようやく葉月は彼を見た。

 

「葉月」

「なに」

「……悩みあるなら聞くぞ」

「明日、槍でも降るの?」

 

 即座に返され、五条は眉をひそめる。

 

「人が真剣に言ってんだよ」

「悟が悩み相談なんて、明日の天気が心配になるね」

「……おい」

 

 葉月は小さく肩をすくめた。

 

「何もないよ。悩みなんて」

「じゃあ聞き方変える」

 

 五条の声が、少しだけ低くなる。

 

「葉月。あの時、何をした?」

 

 一瞬、教室の空気が張り詰めた。

 

「……もう終わった話でしょ」

 

 葉月はそう言って、話を切ろうとする。

 

「俺より先に奇襲に気づいた」

「……」

「しかも、何の前触れもなく呪霊を祓った」

「……」

「そのあと、お前は倒れて、そのまま眠った」

 

 五条は言葉を区切り、続ける。

 

「正直……もう目、覚まさないんじゃないかって思った」

 

 いつもとは違う声色。葉月はそれを受け止めきれず、わずかに目を伏せた。

 

「……ごめんね」

「は?」

「足手纏いで」

 

 責めるつもりはなかった。

 なのに、そう言われると、どう言葉を返せばいいのか分からない。

 

「……まだ、コントロールできてないんだろ」

「そのうち出来るようになるよ」

「……いつもと違って、正直戸惑った」

 

 

沈黙。

 

 

「――だからさ」

 

 五条は急に、いつもの軽い調子に戻る。

 

「早く強くなれって話」

「……え?」

「プライスレスなんだよ、俺は」

 

 何を言われているのか分からず、葉月は首を傾げる。

 

「どういう意味?」

「頼ってくれてもいい、ってこと」

 

 その言葉に、葉月は一瞬だけ目を見開いた。

 そしてすぐに、柔らかく笑う。

 

「大丈夫だよ」

「……」

「君たちは、何も心配しなくていい」

 

 その笑顔は、明確な拒絶だった。

 

「!!……葉月」

「自分のことくらい、自分で対処できるよ」

 

 わざわざ聞きに来て、こんな答えを引き出した自分を、少しだけ馬鹿にしたように。

 

「悟も、随分暇だね」

 

 五条は言葉を失う。

 

「……本当に、何もないのか?」

「ないよ」

 

 葉月は立ち上がり、振り返らずに言った。

 

「……うん。大丈夫。私は、まだ……大丈夫だから」

 

 それは誰に向けた言葉なのか。

 自分か、五条か、それとも――。

 

 用事を思い出したと言い残し、葉月は教室を出ていった。

 引き留めようとした五条の声は、空の教室に虚しく残るだけだった。

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