それから単独任務が続き、同時に強い呪霊の襲撃が相次いでいた。
しかもよりによって、相手は二級呪霊――葉月の階級を明らかに逸脱している。
「……どう考えても、連中の差し金としか思えない」
任務は夜蛾を通さず、直接言い渡される。
内容も、階級に見合ったものではない。
“連中”が本格的に動き出している――そう悟るには十分だった。
躱すだけでも精いっぱいの状況で、呪霊は容赦なく距離を詰めてくる。
「……っ、やば……!」
咄嗟に手元の金属棒を構え、直撃だけは防ぐ。
だが衝撃は殺しきれず、そのまま壁へ叩きつけられた。
「……かっ……」
喉の奥が鉄臭くなる。
軽く咳き込むと、口元から血が零れた。
――あばら、数本いったかもしれない。
「(……仕方ない)」
葉月は覚悟を決める。
まだ完全に制御できていない術式を、解放した。
「……あ、あ゛ッ……!!」
発動と同時に、反動が全身を貫く。
内側から削り取られるような痛み。
それでも――攻撃は、確実に呪霊を捉えていた。
右腕が吹き飛ぶ。
続いて左脚。
四肢を順に削ぎ落とし、呪霊の動きが鈍る。
「……次で……終わり……」
最後の一撃を放とうと、呪力を練り上げた、その瞬間。
「葉月」
聞き覚えのある声に、反射的に振り返る。
トン、と。
軽い感触が額に落ちた。
「……さ、と……る」
「寝てろ」
それだけ言われた次の瞬間、意識がすっと遠のく。
「……え……?」
葉月はそのまま、闇に沈んだ。
――
補助監督から居場所を聞き出し、現場へ急行した。
目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑む。
「……!!」
壁に叩きつけられ、血に塗れた葉月。
その前に、二級呪霊がじりじりと歩み寄っている。
葉月は術式を発動していた。
だが、そのたびに身体が耐えきれず、吐血を繰り返している。
――ふざけるな。
階級も、戦術も、状況も。
何もかも無視した配置。
それでも一人で、逃げずに、戦っている。
胸の奥に、言葉にならない怒りが込み上げた。
俺は葉月の元へ踏み込み、指を伸ばす。
「……無理すんな」
眠らせると同時に、呪霊を一掃した。
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心地よい体温に揺られ、葉月はそっと瞼を開ける。
視界いっぱいに映ったのは――広く、がっしりとした誰かの背中。
「……悟?」
「あ? 起きた?」
「……なんで……?」
「なんでって、お前。寝たまま起きねーから」
「……いや、そこじゃなくて」
なぜ五条がここにいるのか。
葉月には、まるで心当たりがなかった。
「……なぜ単独任務なんか引き受けた」
低く、真剣な声。
その一言で、葉月は言葉を失う。
三級呪術師の自分が、単独任務に就く異常さ。
ろくに戦力にもならない自分が、なぜ前線に立たされるのか。
「断らないよ。強くなりたいから」
「だからって、術式を使うたびに反動を受けてたら、身体がもたない」
「……っ」
――見られた。
術式を、悟に。
人前で使わないと決めていた。
誰にも知られてはいけない。
そう、誓っていたはずなのに。
「……葉月」
「……どうして、私は弱いんだろう」
言葉が零れ落ち、葉月は五条の肩に顔を埋めた。
「強くならなきゃ、ダメなのに……。足手まといになんて、なりたくない……」
悟と傑がいれば、自分はいなくてもいい。
そんな考えが、頭を離れない。
それでも――計画を成し遂げるには、強さが必要だった。
たとえ、自分の身体を犠牲にしてでも。
無意識に、五条の肩を掴む手に力がこもる。
それを感じ取った悟は、何も言わず、ただ寮へと足を運んだ。
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それからしばらくして。
葉月は上層部へ呼び出されていた。
「……以下の極秘任務を言い渡す」
口頭ではなく、差し出された資料。
そこに記されていたのは――
【久禮田家 殲滅】
「お前の手で、久禮田家に終止符を打て。手段は問わない」
「……目的は何ですか」
下級任務の裏で、何度も仕組まれてきた“事故”。
葉月は、すでに気づいていた。
「目的?お前が呪術師として使命を果たせるかを見極めるためだ」
「……自分の手で、身内を殺せと」
「そうだ」
即答だった。
血の繋がった家族。
憎しみがなかったと言えば嘘になる。
だが、それでも――認められるために、一族を滅ぼせというのか。
拒否権など、最初からない。
「……分かりました」
「期限は半年だ」
「はい」
「この件は、ここにいる者のみが知る」
――口外するな、ということだ。
彼らの狙いは分からない。
だが、考えれば考えるほど、自分の立場が危うくなるだけだった。
「(……彼らと過ごせる時間も、残りわずか……)」
同期の顔が、脳裏に浮かぶ。
迫りくる別れを悟り、葉月は静かに覚悟を決めた。