片割れの呪術師   作:Haruyama

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第9話 過去編_約束は、地下で破られる

三週間後――

 

「……悟と一緒か」

「嬉しいだろ?」

 

 単独任務が続いていたせいか、久しぶりの合同任務にどこか気が緩んでいた。

 深夜の地下街。客はもちろん、従業員の姿もない。無人の空間に、2人分の足音と声だけが響く。

 

「今日は何だっけ?」

「お前、資料見てねーの?」

「んー、忘れたかな」

「珍しいな。読まないなんて」

 

 極秘任務を言い渡されて以降、葉月は高専のやり方そのものに疑念を抱くようになっていた。

 資料に目を通すこともなく、行き当たりばったりで任務をこなす日々。

 そんな様子を軽く皮肉りながら、五条は任務内容を告げる。

 

「今日は行方不明者の捜索と、三級呪霊の討伐だ」

「行方不明者?」

「2人消えてるらしい」

「2人……」

「たかが三級だ。すぐ終わる」

 

 ポケットに手を突っ込んで先を行く五条の背を追いながら、葉月は眉をひそめた。

 至る所に漂う呪霊の気配が、肌にまとわりつく。

 

「……群れてるね」

「雑魚だろ」

「早く終わらせよう。私は――」

「今日は単独行動なし」

「え? 手分けした方が早いよ」

「いいから」

「疲れてるんでしょ。だったら――」

「俺から離れるな」

 

 語気が強い。

 思わず足を止める。

 

「……今日の悟、変だよ。三級くらいなら私でも――」

「葉月」

「もう行くね。終わったら外で――」

「葉月」

 

 腕を掴まれ、動けなくなる。

 サングラス越しではない視線が、真正面から突き刺さった。

 

「俺は最強だ」

「……それは知ってるけど、今言う必要ある?」

「聞け」

「……それで?」

「俺は最強だけど、お前は違う」

 

 言葉が刺さる前に、葉月は自嘲気味に笑った。

 

「はいはい。弱くてごめんなさい。足手まといだって――」

「黙って聞け」

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「お前は最強じゃない。だから――俺が守る」

 

 あまりに唐突で、理解が追いつかない。

 葉月は呆然としたまま、視線を逸らすことしかできなかった。

 

「え、何それ。頭でも打った?」

 

 五条は構わず言葉を続ける。

 

「この前みたいに、予定外の呪霊が出たら応戦するな。

 すぐ俺を呼べ。いいな?」

 

 葉月は困ったように口元を緩め、小さく頷いた。

 

 

 

――その約束が、

どれほど重い意味を持つのかも知らずに。

 

 

 

 

 

――

 五条と別れて、数分後。

 

「……君達、ここで何をしているんだい?」

 

 自販機の陰に、身を寄せ合うようにして隠れている2人の子供がいた。

 兄妹だろう。――おそらく、この子達が行方不明者。

 

「……」

「おにいちゃん……」

 

 怯えた声で妹が兄の袖を掴む。

 

「大丈夫。君達、名前は?」

「……弘樹。妹は、真華」

 

 2人の頭を軽く撫でると、強張っていた表情がわずかに緩んだ。

 

「どうして、こんなところに?」

「「……」」

 

 再び黙り込む2人。

 

「私が守る。だから話して」

 

 しばらくして、真華が小さく口を開いた。

 

「……あのね、お父さんが」

「お父さん?」

「“こっちおいで”って、言ってて……」

 

 弘樹が遮るように首を振る。

 

「真華ちゃん、お父さんは――」

「いたもん!」

「真華……」

「手、振ってたもん! 真華とおにいちゃんに!」

 

(……なるほど)

 

 葉月は、そこで全てを察した。

 父親はすでにこの世の人ではない。

 “父親”に化けた呪霊が、この子達をここまで誘い込んだのだ。

 

「真華ちゃん。その“お父さん”、今どこ?」

「……」

「弘樹くんは?」

「……たぶん、あそこ」

 

 指差す先は、洗面所。

 

「トイレ?」

「うん……ずっと、出てこない」

 

「わかった。見てくる。2人はここで待ってて」

 

 男子トイレの奥から、微かに呪霊の気配。

 葉月は2人が頷いたのを確認し、足を踏み入れた。

 

――三級程度。

 

 そう判断した矢先。

 

 個室を一つずつ確認し、最後の扉に手をかける。

 距離を取り、足で蹴り開けた瞬間。

 

――呪力が、跳ね上がった。

 

(……違う)

 

「こんばんは」

 

――特級呪霊。

 

 

 

 

 次の瞬間、首を掴まれ、個室に引き摺り込まれる。

 

「……っ!」

「君が、久禮田 葉月だね?」

 

 人型。

 異様なまでに“人”を保った姿。

 

「……離して」

 

「久禮田家の次期当主……随分、弱そうだ」

 

 締め上げられる首。視界が揺れる。

 掴まれた腕に呪力を込めようとした、その時。

 

「おっと。今ここで攻撃したら、君も巻き込まれるよ?」

 

 嘲る声。

 

 次の瞬間、首を解放されたと思えば、羽交い絞め。

 

「目的は?」

「次期当主が、どんな奴か見に来た」

 

 便器に叩きつけられる。

 陶器が砕け、破片が肌を裂く。

 

「その程度の呪力で、当主になれると?」

「……」

「認めない。久禮田の名が廃れる」

 

 蹴り飛ばされ、壁を突き破る。

 背中に走る激痛。

 

 再び、首を掴み上げられる。

 

「継承式で恥を晒すくらいなら、今殺してもいい」

 

 葉月は、黙って相手を見下ろした。

 

 

 

 ――その目が、変わる。

 

「……何か言えよ。雑魚」

「――言いたいことは、それだけ?」

 

 空気が、歪む。

 異常な呪力が放出され、特級呪霊は思わず手を離した。

 

「……な、何だ……?」

 

 葉月は崩れ落ちるように一度膝をつき、

――ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「口が達者だね。目障りだよ……アンタ」

 

 特級呪霊は気づいた。

 右腕が、もう存在しないことに。

 

「……〔睦月〕の身体を傷つける者は、許さない」

 

 

 指を鳴らす。

――左半身が、吹き飛んだ。

 

「……弱すぎる。特級のくせに」

 

 完全に立場が逆転する。

 

「……誰だ、お前……!」

 

「久禮田 葉月。……今は、身体を借りてるだけ」

 

 逃走を選んだ特級呪霊は、姿を消した。

 近づく術師の気配。

 葉月は壁に背を預け、そのまま意識を手放す。

 

 

 

 五条が辿り着いた時、

 そこにいたのは――

 血に塗れ、壁に寄りかかったまま眠る葉月だけだった。

 

 

 

――――――

 行方不明者の痕跡も、呪霊の気配もない。

 一通り地下街を確認し、葉月のいる方へ向かう途中だった。

 

「……あ?」

 

 自販機の横に、ガキが2人。

 

「「……」」

 

 怯えた目で俺を見上げる。

 この時間、この場所。どう考えてもおかしい。

 

「なぁ」

 

 小さな肩がびくりと跳ねた。

 

「ここに女、来なかったか?」

 

 背丈、髪の長さ、特徴を簡単に伝える。

 2人は顔を見合わせてから、ゆっくり頷いた。

 

「マジで?」

「……うん」

 

 嫌な予感が背中を這う。

 

「どこ行った」

「……あっち」

 

 指差す先は、トイレ。

 

「……トイレ?」

「お父さんが……」

 

 その一言で、理解した。

 

 

――もう時間がない。

 

 

 俺は走った。

 

 壊れる音。

 直後に感じた、特級レベルの呪力。

 

「……くそっ!!」

 

 扉を蹴り開ける。

 

 

破壊された便器。

飛び散った血痕。

壁を突き破った向こう――特級呪霊と対峙する葉月の姿。

 

 

 一目で分かった。

 傷だらけだ。

 術式を、無理やり使ってる。

 

「葉月……!」

 

 駆け出した瞬間、呪力が跳ね上がる。

 次の瞬間、視界から呪霊が消えた。

 

……いや、逃げた。

 

 

 壁に寄りかかる葉月が、その場に崩れ落ちる。

 

 

床に溜まる血。

落ちている、特級呪霊の右腕。

 

「……何があった」

 

 揺らすと、微かに瞼が動く。

 

「……悟?」

 

 生きてる。

 それだけで、胸が詰まった。

 

 

 

 

――――…

 補助監督にガキ2人を任せ、葉月を背負って高専へ戻る。

 

「最近、お前のこと背負ってばっかだな」

「……ごめん」

 

 声が弱い。

 嫌な予感が消えない。

 

「今度メシ奢れ」

「……うん」

 

 軽すぎる返事に、イラつく。

 

「……痩せたか?」

「……どうだろ」

 

 それ以上、会話は続かなかった。

 

 

 

――

 葉月の部屋に連れ込み、ベッドの縁に座らせる。

 

「さっさと吐け」

「何もないよ」

「じゃあその手は?」

 

 震える指先を指摘すると、葉月は目を逸らした。

 

「大丈夫だから」

「……俺、言ったよな」

 

 サングラス越しに睨む。

 

「俺は最強だけど、お前は違う。だから俺が守るって」

「……」

「でもな、黙られると守れねぇんだよ」

 

 葉月は何も言わない。

 

「俺の1番はお前だ」

 

 その瞬間、葉月の肩が小さく震えた。

 

「守りたいのは、お前だけだ」

 

 大きな手で包むと、葉月の目が潤む。

 

「言いたくねぇなら言わなくていい」

「……」

「ただ、俺の傍にいろ」

 

 それだけ言って、俺は部屋を出た。

 

 

 

-----

 扉が閉まった瞬間、葉月は床に崩れ落ちる。

 

「……ごめんね、悟」

 

 仮面に触れ、静かに息を吐く。

 

 

 

 あの時――

 意識が遠のく直前、精神の奥で“もう一人”の声がした。

 

 

 

《〔睦月〕、代わるよ》

《ダメ……反動が――》

《大丈夫。〔睦月〕が傷つく方が、ずっと嫌》

 

 

 温かい手。

 そして、意識は闇に沈んだ。

 

------

 

 目を覚ました時、全ては終わっていた。

 

「……強くならなきゃ」

 

 

 

 

 

――それは願いじゃない。

逃げでもない。

 

“覚悟”だった。

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