目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。   作:ヤッくん

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10話 森でゴブリンを狩っていただけなのに、なぜか暗殺者扱いされ始めた件

 朝。

 

 まだ空が白みきる前に、俺は稽古場に立っていた。

 

 理由は簡単だ。

 

「遅い」

 

 正面に立つ銀髪の美少女――シトラ・シトラスが、すでに剣を構えていたからである。

 

「……すみません」

 

「三十秒遅い」

 

「えっ」

 

 思わず空を見る。太陽はまだ出ていない。

 

(この世界の三十秒、厳しすぎない?)

 

 そんな疑問を抱く暇もなく、剣が振り下ろされた。

 

 次の瞬間、世界が反転した。

 

「がっ!?」

 

 床と再会。

 

(……俺の朝、床から始まりすぎる)

 

 受け身で転がり、起き上がる。

 

 痛い。でも、痛いのはもう普通になってきた。

 ブラック企業に長年いた俺の感覚では、意識ある→まだ行ける→倒れる、までがワンセットだ。

 

 シトラスが淡々と言う。

 

「今日は、速くする」

 

(やめてくれ)

 

 剣が振られる。

 一瞬だけ、ゆっくりに見えた。

 

 踏み込み。

 剣筋。

 重心。

 

 見える。

 

 身体が勝手に動いて、半歩ずれる。

 剣が空を切る。

 

 シトラスが小さく頷く。

 

「……見えてる」

 

「そんなことないです」

 

 そんな会話がありながら、上手くできたのは最初だけ。

 五分もしないうちに、俺は地面に転がっていた。

 何度も何度も同じ動きを繰り返した後、

 

「終了」

 

「……ありがとうございました」

 

「スポンジが楽しみ。」

 

「はい……?」

 

「また明日の朝」

 

 それだけ言って、シトラは去っていった。

 

(……何を考えているか分からない)

 

 朝稽古は、毎日こうして終わる。

 

 今日の稽古はそのまま終わり、俺は半分死んだ状態で寮へ戻った。

 

 周囲の学生が道を空けるのに気づいたが、たぶん俺が汗臭いせいだろう。

 

(ごめん、俺だって好きで汗かいてるわけじゃない)

 

 そう思った。

 

 

 昼。

 

 学園の廊下は、妙にざわついていた。

 俺の方を見て、学生たちがひそひそと話している。

 

「……あれが」

「最下位のはずなのに、毎朝シトラス様と稽古してる……」

 

「実は暗殺者らしい」

「いや、元傭兵だって聞いたぞ」

 

「最下位っていうのは偽装だ」

「序列を下げて、敵を油断させてる」

 

「ゴブリン狩りの速度が異常らしい」

「ゴブリンキラー……」

 

「いや、裏ランキングがあってそこでは一位だそうだ」

「あぁ。あの噂の裏ランキングだろ?」

 

「シトラス様が育ててるってことは、王家の隠し子かもしれない」

「血筋を隠してるのかも?……」

「おれは公爵家の隠し子って聞いたぞ?」

 

 誰もが好き勝手言っていた。

 

 だが――

 

 当の本人は。

 

 倉庫で木箱を運ばされていた。

 

「おい最下位。これも運べ」

 

「はい」

 

(物流学園め……)

 

 木箱を抱え、汗をかく。

 視線を感じる。

 

 だが俺は気づかない。

 気づくわけがない。

 

 

 俺は今、腰をやられそうになっているのだから。

 

(この世界、剣術より運搬技術のほうが大事なんじゃないか?)

 

 今日も今日とて雑用を押し付けられていた。

 

 

 夕方。

 

 俺は森へ向かった。

 

 理由は単純だ。

 

 ゴブリンを倒さないとスラッシュを覚えられない。

 剣技を覚えないと死ぬ確率が上がる。

 死ぬのは嫌だ。

 とてもシンプルな理由からだ。

 

 森に到着したので、さっそくゴブリン探しを始める。

 

(学園より森のほうが平和だな……。ゴブリンのほうが話が通じる気がする)

 

 森の奥。

 

「ギャギャ……!」

 

「はいはい」

 

 剣を抜く。

 ゴブリンが突っ込んでくる。

 俺は構えた。

 

 そして。

 

 一瞬だけ、世界が遅くなる。

 

 踏み込みが見える。

 腕の振りが見える。

 剣が来る軌道が見える。

 

(……まただ)

 

 身体が勝手に動く。

 半歩ずらし、剣を振る。

 喉元に刃が入った。

 ゴブリンが倒れる。

 

(……え?一発で倒せた?ラッキー!)

 

 狙った箇所は偶然にも急所を射抜いていた。

 

 耳を拾って袋へ。

 

「……一体目」

 

 次。

 

 二体。

 三体。

 

 今日は調子がいい。

 

 というか、調子がいいというより――

 

(いや、気のせいだな。俺はただのモブだし。朝練の痛みで脳がバグってるだけだな)

 

 そう思いながら、また一体倒す。

 

 耳袋が、少し重くなった。

 

 

 今日はそろそろ帰ろうかと思ったそのとき。

 

 森の入口から、足音がした。

 

 複数。

 

 俺は反射的に木陰へ隠れた。

 

(……やばい、学園の人間だ)

 

 学園の人間は面倒だ。

 ゴブリンより厄介だ。

 

 木陰から覗くと、

 数人の学生が森の中を見回していた。

 

 貴族っぽい装備。

 剣も鎧も高級品。

 

「……本当にいたのか?」

「痕跡はある。血の匂いもする」

 

「最下位が一人でゴブリンを狩ってるって話だったな」

「信じられん……」

 

 学生のひとりが、倒れたゴブリンを見つける。

 

「……首元だ」

「一撃で急所を斬ってる」

 

「流れている血が少ない」

「無駄な傷跡もないな」

 

 別の学生が、低い声で言った。

 

「暗殺者の剣筋だ」

 

(違う。たまたまだ)

 

 さらに別の学生が震える声で呟く。

 

「いや……違う」

「暗殺者じゃない」

 

「じゃあ何だ?」

 

「ゴブリン専門の殺戮者だ」

「……ゴブリンキラー」

 

(やめてくれ)

 

 別の学生が首を振った。

 

「いや、俺は聞いたぞ」

「最下位は実は上位者だと」

 

「ランキングを偽装してる?」

 

「シトラス様が直々に朝稽古をつけてる時点で怪しいよな」

「普通、最下位に興味を持つか?」

 

「つまり……あの最下位は、最下位じゃない、と」

 

(モブだよ。最下位だよ。ランキング百位だよ)

 

 学生たちは勝手に結論を固めていく。

 

「敵を油断させるために、わざと弱く見せてるかもな」

「裏ランキングではかなり上位だと聞いたぞ。」

 

(ランキングに裏もあるのかよ)

 

「いや、公爵家の隠し子って言ってるやつもいたぞ」

「ワンチャン王家の可能性も......」

 

(ワンチャンもツーチャンもないよ)

 

「いや、もしかして異世界からの転生者だったりして」

「「その可能性だけはないわ!!!」」

「だよな!笑」

 

(いやそれが正解)

 

 うっかり声をだしそうになる口をなんとか両手で塞いだ。

 

 木陰で息を殺す。

 

 すると学生のひとりが、真剣な顔で言った。

 

「ひとつだけ言えるとしたら……関わらない方が絶対にいいな」

「たしかに。見られたら消される可能性もあるかも。」

「あぁ。早々に撤退するぞ」

 

 学生たちは足早に去っていった。

 

 森の静寂が戻る。

 

 俺は木陰から出て、しばらく固まったまま立ち尽くした。

 

(……何だったんだ今の。というか、俺けっこう噂になってんじゃん。なんとか噂の火消しをしないとな。シトラスさんに直接それは嘘だと説明してもらうのが最善かもな)

 

 そんな結論に至る。

 

(明日の朝お願いしてみるか)

 

 そんな思考を巡らせながら俺は耳袋を握り直した。

 

 まだ数が足りない。

 スラッシュまで、まだ遠い。

 

 噂の火消し、ゴブリン討伐、剣技の習得、シトラスさんの朝練のお断り、ゲームとリアルの違いについて、などなど。

 

 考えることは山積みだ。

 

 俺はただ、生きたいだけなのに。

 静かに。

 ひっそりと。

 こっそりと。

 

 そう思いながら、俺はまた森の奥へ向かった。

 

 ――その背中を、

 誰もが「最下位の背中」だとは思っていないとも知らずに。

 

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