目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。 作:ヤッくん
(シトラ・シトラス視点)
朝の稽古場は、嫌いではない。
余計な声がない。
言い訳も、虚勢もない。
剣の音と、呼吸だけが残る。
今日も、彼は来ていた。
「……三十秒遅い」
事実を告げる。
責めているわけではない。
彼は謝った。
理由を述べない。
言い訳もしない。
それだけで、十分に珍しい。
つまり、やる気があるということだ。
だから――
「今日は、速くする」
剣を振る。
彼は引いた。
半歩ずらして、ぎりぎりで躱した。
(……見ている)
彼は、動きを最後まで見ている。
その上で、間に合う範囲で身体を動かす。
反応はまだ遅い。
でも、判断は悪くない。
「……見えてる」
「そんなことないです」
否定が早い。
謙遜なのか、気づいていないのか。
速度を上げる。
すると、反応が変わった。
避けきれないと判断した瞬間、
彼は剣を出した。
無理に力をぶつけない。
受け止めようとしない。
刃が触れた瞬間、
軌道だけを、わずかにずらす。
(……今の)
多くの学生は、ここで力を入れる。
力を入れて、止めようとする。
結果、受け流すことに失敗する。
彼は違った。
力まない。
力で合わせない。
無理に受け止めない。
(……基礎も、身体も足りていない)
それなのに、判断だけが噛み合っている。
まるで、戦いの知識だけは持っているみたいだ。
それから数分。
彼は、何度も転がった。
何度も倒れた。
何度も立った。
最初の一回だけではない。
十回でもない。
数えるのをやめた頃にも、まだ立っている。
「……終了」
彼の成長は、スポンジが水を吸うみたいだと思った。
これからが楽しみだと思った。
だから、分かりやすく短く言った。
「スポンジが、楽しみ」
彼は不思議そうな顔をした。
(……伝わっていない)
でも、まあいい。
◇
昼。
訓練場の外から、彼の様子を見た。
雑用扱いされて、木箱を運ばされている。
最下位だから、当然のように。
彼は文句を言わない。
反論もしない。
(……理不尽に耐える練習なのかも)
シズカへの評価が、少し上がった。
しかも彼は、たいして重くない木箱を、
あえて腰を曲げて負担がかかるように運んでいる。
効率は悪い。
だが筋力負荷は高い。
(……鍛錬だ)
シズカへの評価が、また少し上がった。
「すごい……」
戦闘の強さではない。
精神のあり方がすごい。
努力を見せびらかさない。
誰も見ていない場所で積んでいる。
ますます気になった。
(きっと、今の朝練では物足りないのかもしれない)
もっと厳しくした方がいい。
彼のためだ。
そう結論づけた。
明日から、シズカはもっと転がされる。
それが確定した。
◇
夜。
森の方角を見た。
彼は今日も外に出ている。
剣技は、まだ出ていない。
だが、動きが少しずつ変わってきている。
(……見えている)
思ったより、ずっと早い。
だが本人は気づいていない。
教える必要はない。
自分で掴んだものしか、意味がないから。
彼は途中から、急所を狙う練習をしているようだった。
ゴブリンの急所はいくつかある。
だがどれも小さい。
教えるべきかもしれない。
でも、邪魔はしたくない。
(……そうだ)
見れば分かるようにすればいい。
彼の狩り場のそう遠くない場所。
剣を抜く。
ゴブリンが飛びだしてくる。
ひと突き。
倒れる。
次も。
次も。
次も。
刺して、倒して、置く。
刺して、倒して、置く。
急所を外さない。
余計な傷を増やさない。
静かな森に、倒れたゴブリンが増えていく。
血の匂いが、少し濃くなった。
最後に、一体。
首元を正確に刺して、倒した。
(これでよし)
彼がこれを見れば、急所の場所が分かる。
私は満足した。
森を出る。
彼の観察は、続く。
明日も。
その次の日も。
ずっと。