目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。   作:やっくん。

3 / 20
3話 はじめてのゴブリン討伐をしてみた結果

 装備を整え、残りのゼニーで回復ポーションを一本買って、フツーノ村を出た。

 

 街道とは名ばかりの、踏み固められた土の道。

 

 靴底から伝わる感触が、どこか頼りない。

 

 両脇には森が広がり、風が吹くたびに葉擦れの音が近くで鳴った。

 

 村を出てから、まだ誰ともすれ違っていない。

 

 腰の剣が歩くたびに太ももを叩く。

 

 鞘を押さえて位置を直しても、数歩でまたずれた。

 

 重心が剣のほうへ傾いてしまう。

 

 一度だけ後ろを振り返ると、木々の隙間からフツーノ村の煙突が細い煙を上げていた。

 

「あぁ、普通にのんびり暮らしたい……」

 

 しばらく、その光景を眺めていた。

 

 視界の端の赤い数字に目をやって、前を向く。

 

 学生でありさえすれば、あとは――

 

 ――ガサッ。

 

 茂みから、腰の高さほどの緑色の影が飛び出してきた。

 

「ゴブリン……」

 

 AFAで、何百体と斬ってきた初期モンスター。

 

 だが、俺の記憶だとこの街道にはモンスターは出ないはず。

 

 おかしいな……おれのデータにはないぞ。

 

 剣の柄を握る手のひらが、じっとりと湿っていた。

 

 一歩、後ずさる。

 

 かかとが土の段差に引っかかった。

 

 視界の端で、赤い数字が一つ減った。

 

 後ずさった足を、元の位置へ戻した。

 

「……ッ!」

 

 剣を抜こうとした、その瞬間。

 

 腹に衝撃が来た。

 

「ぐっ!」

 

 視界が回り、背中から地面に叩きつけられる。

 

 肺の空気が全部押し出された。

 

 咳き込みながら顔を上げると、ゴブリンがジリジリと距離を詰めてきていた。

 

 首を傾け、こちらの様子をうかがうように。

 

 これ、ガチだ――

 

 ゴブリンの黄色い目が細まり、口の端が吊り上がった。

 

 唾液が糸を引き、牙が濡れて光る。

 

 剣を握る指が勝手に震え始めた。

 

 一歩近づかれるたびに、呼吸が浅くなる。

 

 こ、こえぇ――

 

 右手が地面を探った。

 

 指先に小石が当たる。

 

 掴んで投げた。

 

「グェッ!」

 

 ゴブリンが顔を押さえてのけぞる。

 

 その隙に跳ね起き、背を向けて茂みへ走った。

 

 枝が頬を打つ。足がもつれる。それでも、止まらず走る。

 

 しばらく走って、ようやく振り返る。

 

 追ってくる気配はない。

 

「た、たすかった……」

 

 膝に手をつき、肩で息をする。

 

 呼吸が落ち着くのを待って顔を上げた。

 

 森の奥へ一歩踏み出そうとして、そこで足が止まった。

 

 ポケットからビラを取り出す。

 

 俺の汗で『剣術学園』の文字が滲んでいる。

 

 しばらくそれを見つめていた。

 

 無意識に首元へ手が伸び、ネクタイを緩めようとした指が何もない襟元を掻く。

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 森の奥へ目をやると、薄暗く、静かで、誰にも会わずに済みそうな道。

 

「……そっちは、もういいわ」

 

 ビラを丁寧にたたみ、ポケットの奥へしまう。

 

 視界の端では、赤い数字が音もなく減り続けている。

 

 茂みの向こう、街道のほうで枝の折れる音がした。

 

 剣の柄に手をかけるが、手汗で滑って握りそこねた。

 

 俺はズボンで手のひらを拭ってしっかりと掴む。

 

「……いくか」

 

 踵を返してゴブリンの居た道へ。

 

◇

 

「……いた」

 

 街道の真ん中に、緑色の背中があった。

 

 今度は、先に剣を抜く。

 

 鞘から抜けきる金属の音に、ゴブリンが振り返った。

 

「ギャッ!」

 

 黄色い目がこちらを捉え、一直線に距離を詰めてくる。

 

 足音が近い。荒い息遣いが、もう耳に届く。

 

 ゴブリンが勢いよく踏み込んできた。

 

「剣技スラッシュ……!」

 

 叫びと一緒に剣を振る。

 

 声だけが響き、刃は空を切った。

 

「……出ない……か」

 

 AFAで剣を選んだ主人公が、最初から使える技。

 

 ほんの少しだけ期待していたが、何も起きなかった。

 

 空振りの勢いで、身体が前に流れる。

 

 ゴブリンが脇をすり抜け、背後で向き直る気配がした。

 

 慌てて振り返り、剣を構え直す。

 

 ゴブリンが、肩をすくめるように身を沈めた。

 

 この動き、さっきと――

 

 体当たりの直前の溜め。

 

 片足を軸に半歩だけ横へずれる。

 

 ゴブリンの身体が、すぐ脇をかすめていった。

 

 ――今。

 

 がむしゃらに腕を振る。

 

「ギャッ――!」

 

 刃がゴブリンの腕を捉えた。

 

 骨に当たったような鈍い衝撃が、手のひらから肘まで突き抜ける。

 

 浅い。でも、確かに斬れた。

 

 ゴブリンが腕を押さえて飛び退き、歯を剥いた。

 

 喉の奥から低い唸り声が漏れる。

 

 身を沈める。今度は溜めが短い。

 

 速っ――

 

「うわっ」

 

 思わず目をつむる。

 

 それでも、両手で柄を握りしめ、前に突き出したまま剣だけは離さなかった。

 

 手首にずしりと重みがかかった。

 

 ――ドサッ。

 

 ……えっ?

 

 恐る恐る目を開ける。

 

 足元にゴブリンが崩れ落ちていた。

 

 ぴくりとも動かない。

 

 突き出した剣の切っ先が、赤く濡れている。

 

 ……自分から刃に飛び込んできた……のか。

 

 静寂が戻る。

 

 葉擦れの音と、遠くの鳥の声が、急に耳に戻ってきた。

 

「……あ、あぶねぇ」

 

 剣を下ろそうとして、指が柄から離れないことに気づく。

 

 一本ずつ、ゆっくりと引き剥がした。

 

 手のひらが、まだ震えている。

 

 その場に座り込んだ。

 

 心臓がうるさい。

 

 でも、さっきとは鳴り方が違う。

 

 胸の奥から熱い何かがせり上がってくる。

 

「うおおぉぉぉぉ――っ!!」

 

 右手を天に高々と突き上げた。

 

 しばらくそのまま、肩で息をする。

 

「……なんだ、アイツ」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、街道の向こうに三人組の冒険者が立っていた。

 

 剣を帯びた男、杖を持った女、大きな盾を背負った女。

 

「ゴブリン一匹倒して、吠えてんぞ」

「この辺で一番弱いやつだねー」

「右手を突き上げて何かするのかな」

 

 三人の視線が、突き上げたままの右手に集まる。

 

「…………」

 

 突き上げている右手を、そっと下ろした。

 




どんな感想でも大歓迎です。
スタンプや一言だけでも感想をいただけると、
とても励みになります。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。