目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。 作:やっくん。
気軽に一話ずつ読んでいただけたら嬉しいです。
ショキノ村を出て、街道を歩く。
舗装なんて呼べる代物じゃない。
踏み固められた土が、靴越しに頼りなく伝わってくる。
道の両脇には森が広がり、風が吹くたびに葉擦れの音が近い。
村を離れてから、しばらく誰ともすれ違っていない。
それが余計に、胸の奥を落ち着かなくさせた。
「……静かすぎないか」
誰に言うでもなく、ぼそりと漏らした。
腰に下げている剣は、村で一番安かったものだ。
重いのか軽いのかも、正直よく分からない。
握り慣れていないせいで、歩くたびに存在感だけが主張してくる。
剣を持っているだけで、少しだけ「それっぽい」気がする。
けれど中身は、何も変わっていない。
本音を言えば――戻りたい。
ショキノ村に引き返して、もう少し準備して、
装備も、心構えも整えてから。
そうすれば、きっと安全だ。
少なくとも、今よりは。
「……三日、か」
学生でいなければ、三日で死ぬ。
女神の軽いノリで付けられた、笑えない条件。
考えれば考えるほど、馬鹿げている。
けれど、現実だ。
前世でも、似たようなことは何度もあった。
「もう少し準備してから」
「今やらなくてもいい」
そうやって先延ばしにした仕事ほど、
後で必ず首を絞めてきた。
逃げた瞬間は楽。
決断しなくていい。責任も、怖さも先送りできる。
でも、後が地獄だ。
締切は伸びない。
問題は勝手に解決しない。
結局、追い込まれた状態で、もっと酷い形で向き合うことになる。
「……経験則なんだよな」
だから、進む。
足取りは重い。
けれど、止まらない。
しばらく歩くと、前方から人影が三つ見えた。
「お、兄ちゃん一人か?」
剣と軽鎧。
冒険者だ。
年は自分より少し上に見える。
「剣術都市へ行くなら、もうすぐだ。ただ――
この辺、ゴブリンが出るからよ。弱いが、油断すると噛まれるぞ」
それフラグになりそうだからやめてくれ......
「ありがとうございます。気をつけます」
それだけ言って、別れた。
一緒に行こう、なんて流れにはならない。
……まあ、当然か。
どう見ても足手まといだ。
ただ、人に会えたというだけで少しだけ安心できた。
一人になって、また歩き出す。
さっきまでの会話が、逆に静けさを際立たせる。
「ゴブリン……」
AFAでは、嫌というほど倒した相手だ。
初期モンスター。
チュートリアル担当。
数字を稼ぐための存在。
失敗しても、やり直せる相手。
でも。
「……ここ、現実なんだよな」
剣を握る手に、汗が滲む。
戦闘経験、ゼロ。
剣技スラッシュ、未習得。
画面の向こうじゃない。
リトライも、ロードもない。
剣術学園の入学試験では、
剣技が使えるかどうかが見られる。
その剣技の発現条件は――
剣を装備して、モンスター百体討伐。
「……討伐数ゼロは、さすがにまずい」
一体も倒していない状態で試験を受ける未来は、想像しやすい。
そして、確実に面倒な未来がみえる。
――ガサッ。
茂みが揺れる。
心臓が、一段跳ねた。
「……来たか」
緑色の小柄な魔物。
ゴブリン。
想像よりも、小さい。
でも、近い。
逃げられる。
全力で走れば、たぶん。
でも、逃げたら。
この街道は使えない。
誰かが倒すのを待つしかない。
その「誰か」が来るまで、時間は進まない。
「……やっぱ、今やるしかない......よな」
剣を抜く。
その瞬間、頭の中に考えが浮かんだ。
(……牽制、踏込、迎撃)
AFAで何度も見た戦い方。
剣の基本。
でも――
今の俺に、どれができる?
ゴブリンが距離を詰めてくる。
足音が近い。
息遣いが聞こえる。
そう思った瞬間だった。
ゴブリンが、勢いよく踏み込んできた。
「剣技スラッシュ……!」
声だけが空を切る。
剣も、空を切る。
「……出るわけない......よな!」
体当たりされた。
「ぐっ!」
地面に転がる。
痛い。
想像より、ずっと。
息が詰まる。
視界が揺れる。
起き上がろうとして、気づく。
ゴブリンが、じりじりと近づいてきている。
こちらの様子をうかがいながら。
逃げない。
いや――逃げられない。
足に力が入らない。
剣を握る指が、震えている。
ゴブリンの黄色い目が、こちらを見ていた。
――笑っているように見えた。
唾液が糸を引き、牙が光る。
距離が縮まるたびに、呼吸が浅くなる。
耳の奥で、自分の心臓の音だけが大きくなる。
――殺されるかもしれない。
その考えが、冗談じゃなく、現実として浮かんだ。
ゲームなら、死んでもリスポーンできる。
でも、ここは現実だ。
死んだら終わりだ。
(……どうする? どうすべきだ?)
頭の中が真っ白になる。
逃げる?
無理だ。
踏み込む?
怖い。
斬る?
当たる気がしない。
でも、立っていなければ。
立っていなければ、噛まれる。
ゴブリンが、肩をすくめるように腕を振り上げた。
――来る。
瞬間、身体が勝手に動いた。
無理に前に出て斬りつけたりはしない。
ただ、半歩だけ。
ほんの少しだけ、位置をずらす。
避けるというより、
死ぬ場所を変えるだけの動き。
それでも。
ゴブリンの爪が、空を切った。
――今だ。
そう思ったわけじゃない。
ただ、剣を振らないと終わると思った。
腕を振った。
剣が、ゴブリンの腕に当たった。
硬い。
肉の感触。
骨に当たったような鈍い衝撃。
手が痺れる。
浅い。
でも、確かに斬れた。
「ギャッ――!」
ゴブリンが声を上げ、半歩下がった。
その瞬間、息が戻る。
いや、違う。
息が戻ったんじゃない。
緊張で息をするのを忘れていただけだ。
ゴブリンが、怒ったように歯を剥く。
次はもっと速く来る。
絶対に。
(……もう一回)
思考じゃない。
反射に近い。
ゴブリンが踏み込む。
俺は、また半歩ずらす。
そして、剣を振る。
当たった。
今度は、首元。
狙ったわけじゃない。
ただ、近かったから振った。
ゴブリンの身体が崩れ落ちる。
地面に落ちて、
ぴくりとも動かない。
静寂が戻る。
森の音が、急に現実に聞こえてくる。
「……生きてる?」
自分の声が、妙に遠い。
少し待ってから、座り込む。
足が震えている。
手も止まらない。
勝った感覚は、ない。
あるのは、心臓のうるささだけだ。
そして――
胃の奥が、気持ち悪い。
吐きそうなのに、吐けない。
ただ、息をしているだけで精一杯だった。
視線を落とすと、ゴブリンの耳が転がっていた。
「……耳」
拾って、袋に入れる。
一個十ゼニー。
「命がけで、千円……」
前世を思い出す。
「……ブラック企業だな」
苦笑しつつ、立ち上がる。
「……でも」
たしかに倒したんだ。
俺の手で。
背後から声がした。
「兄ちゃん、一人でやったのか」
さっきの冒険者たちだ。
「いえ……たまたまです」
「それでも、逃げなかったんだな」
返事は、できなかった。
そして――
再び歩き出す。
服は汚れ、身体は痛い。
強くなった実感は、ない。
それでも。
「……一体」
たかが一体。
けれど、確実にゼロじゃなくなった。
やがて、視界が開ける。
高い城壁。
剣を帯びた若者たち。
「……剣術都市」
掲示板に、紙が貼られている。
【剣術学園 入学試験 三日後】
「……間に合った」
シズカ・ニクラスは、剣術都市へ足を踏み入れた。
――ここから先が、逃げられない場所だとも知らずに。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。