目立たず静かに生きたいだけなのに、 呪い付きモブとして転生した結果、 五つの学園を練り歩く最下位スタート生活になりました。 作:やっくん。
気軽に一話ずつ読んでいただけたら嬉しいです。
「……でっか」
やっとのことでたどり着いた剣術学園。
正門を挟む石壁は、ゆうに十メートルを超えていた。
固く閉じられた鉄扉。とにかく大きい。
その前に集まる同年代の若者たち。百人はいるだろうか。
全員、剣を帯びている。みんな妙に自信ありげな顔だ。
……俺の場違い感がすごい。
あぁ、今すぐ帰りたい。でも……
【■■■■の呪い】
死へのカウントダウン:残り50時間30分(進行中)
視界の隅で、赤い数字は今も減り続けている。
……あと二日と二時間ちょっと、か。
まあ、試験は明日の朝だ。時間的にはなんとかなるか。
正門の脇に立てられた木の掲示板に目をやる。
試験内容:基礎剣術と模擬試合を予定。なお、予定は変更されることもある。
なるほど。内容はゲーム通りか……
掲示板の最後に目をやる。
試験日:明日の朝
↓
二日後の夕刻に変更
「は!?」
大きい声が自然と出た。
周りの受験生が何人かこちらを振り返る。
慌てて口を押さえ、掲示板を見直す。
何度見ても書いてあることは変わらない。
二日後の夕刻
指を折って残り時間を数える。
……試験が始まる頃には、タイマーの残りは一時間くらい……か
「これ……間に合う?」
受付の締め切りまで延びているのが、せめてもの救いだ。
今考えても仕方ないか。
それよりも今は――
ぐぅぅぅぅぅっ――
「飯だな」
◇
匂いに引き寄せられるように大通りを歩いた。焼けた肉の脂。煮込まれた野菜。香ばしいパン。
鼻が勝手に一軒の食堂を選んでいた。扉を開けた瞬間、熱気と笑い声が押し寄せてきた。
満席だ。
テーブルを埋めているのは、ほとんどが剣を帯びた若者たち。受験生だろう。考えることは、みな同じらしい。
「いらっしゃいませー! ごめんなさい、今いっぱいで。相席でもいいですか?」
給仕のお姉さんが盆を片手に奥を指さした。
その先で、一人の青年が椅子の上に立っていた。
「――だから! 俺は首席で剣術学園に入って、いずれは剣聖になる男だ! 今のうちに顔を覚えといて損はねぇぞ!」
金茶色の髪を跳ねさせ、肉の刺さったフォークを高々と掲げている。
「おー、言うねえ!」
「首席はうちのもんだ、田舎もん!」
「兄ちゃん、応援してるぜぇ」
あちこちから野次と笑いが飛ぶ。青年は、それを全身で浴びて満足そうに胸を張った。
「ちょっと! 椅子の上に立たないでって言ってるでしょ!」
「へへっ、悪ぃ悪ぃ」
お姉さんに叱られ、青年はようやく椅子から飛び降りた。
「……あそこ、ですか」
「はい、あそこです」
満面の笑みで言い切られた。
重い足取りで、そのテーブルへ向かう。
「お、相席か? 座れ座れ!」
青年が勢いよく椅子に腰を下ろす。
顔を見ると、どこか見覚えのある顔。金茶色の髪。まっすぐな目。屈託のない笑顔。
あっ、主人公だっ!
AFAでは五つのアーツから一つを選ぶのだが、剣術を選ぶと彼を動かすことになる。
まぁ、俺は毎回髪色とか変えてたけど。
「俺はケン! お前も明後日の試験受けるんだろ?」
「……ええ、まあ」
椅子に浅く腰かけ、品書きの一番下を指さす。
「これを、一つ」
「はーい!」
運ばれてきたのは黒パンと豆のスープ、それに干し肉が一切れ。
「いただきます」
スープを一口すする。
温かい。気づけば夢中で口に運んでいた。
その間もケンはしゃべり続けていた。
田舎から一人で出てきたこと。村で一番剣が強かったこと。この剣は道中の村の武器屋で一目惚れして買ったこと。
そう言われて彼の腰にある剣を見ると――
銀色に輝く刀身。柄には青い宝石。鍔には翼を模した飾り。
ブレイブソードじゃん……派手だなぁ……
それからも彼の話が続く中、適当に相槌を打ちながら黙々と食べる。
周りのテーブルから、ちらちらと視線が飛んでくる。
さっき椅子の上で吠えていたやつの隣だからか、目立ってしょうがない。
……早く食べて、早く出よう。
最後の一滴まで飲み干して、スプーンを置いた。
「ごちそうさまでした。お会計を」
「はーい」
お姉さんがテーブルの横に立つ。
腰の革袋を開いた。
中に入っていたのは、小さな瓶が一つ。
緑色の液体が、ちゃぷんと揺れた。
……回復ポーション。
し、しまったぁ……っ!
村を出る前、残りのゼニーでこれを買ったんだった……
ゆっくりと顔を上げる。
お姉さんが笑顔のまま待っていた。
「あの〜……」
瓶をそっと差し出す。
「代わりに、回復ポーションじゃ……」
「うちはいつもニコニコ現金払いです」
笑顔のまま、ぴしゃりと言われた。
瓶を持った手が宙で止まる。
「なんだ、お前。一文無しか?」
ケンが、肉を頬張ったまま目を丸くした。
「あ、うん……」
「金が無ぇのに飯食いに来るとは、肝がふてぇな」
ケンは肉を飲み込み、にかっと笑った。
「よし、気に入った。給仕の姉ちゃん、コイツの会計は俺につけといてくれ」
「はーい、毎度ありがとうございまーす」
「え、いいのか?」
「困ったときはお互いさまだしな」
「……ありがとう。この借りは、いつか返す」
返すまで生きていられれば、だけど……
「ただ……」
「ただ?」
ケンが少しだけ照れたように鼻の頭を掻いた。
「俺、田舎からここに来たから、誰も知り合いがいねぇんだ。俺と友達になってくれねぇか」
背筋がすっと冷えた。
AFAの剣術ルートの主人公。これから彼の周りで、いろんな事件やイベントが起きることだろう。
主人公の近くにいて、平穏に暮らせるわけがない。
「あー、考えときます」
「あーうん、なるほどな!」
なにが?
ケンがうんうんと首を縦に振っている。
「俺の友達になるには、相応の強さと資格を見せろって言いたいんだろ」
「えー」
「よしっ、これから学園に入ったら、お前に俺の実力をたんまり見せてやるからなっ!ぜってぇ友達と認めさせてやるっ!」
「えーーーー」
「とりあえずは明後日の試験だなっ! 一緒に合格しような! なっ文無しっ!」
「……シ、シズカです」
「シズカか! よろしくな、文無し!」
がしっと手を握られた。
「……」
周りのテーブルから、くすくすと笑い声が聞こえた。
掴まれた手をそっと引き抜く。
「えっ、あっ、おい!」
一度だけ頭を下げて、俺は逃げるように食堂を出た。
「明後日、会場でなー!」
背中によく通る声が追いかけてきた。
俺は早足で人混みの中へ紛れ込んだ。主人公――ケンの近くにいると周りから注目を集めてしまう……
こりゃ、できるだけ彼には近づかないほうがいいな……
◇
さて、今日の宿はどうするか……
適当に歩いていると大きな広場に出た。噴水の水音だけが規則正しく響いている。
金もないし、ここでいいか。
石のベンチに横になる。背中が冷たい。
あたりを見回すと、他のベンチにも植え込みの陰にも毛布にくるまった影がいくつかあった。
剣を抱えたまま眠っている者。膝を抱えて座ったまま、うつらうつらしている者。
宿に泊まれない受験生は俺だけじゃないらしい。
誰もこちらを見ていない。
良かった……ここで寝ても浮かずに済みそうだ……
息を長く吐いた。
見上げると星が多かった。前世で見ていた空よりずっと。
ただ、視界の端で赤い数字も一緒に光っていた。
【■■■■の呪い】
死へのカウントダウン:残り47時間12分(進行中)
目を閉じる。開ける。
数字は一分減っていた。
クソッ、気になる……
リアルタイムで動くタイマー。
これを考えたやつは、よくこんなエグい仕様を思いつくもんだ。
もう一度、目を閉じた。
――ずしり。
腹の上に、何かが乗った。
目を開けると――黒い塊がこちらを見下ろしていた。
猫だ。
金色の目を細め、腹の上で二、三度足踏みをすると、当然のような顔で丸くなった。
「……おい」
動かない。
そっと持ち上げようとすると、爪が服に食い込んだ。
「……いや、おい」
喉を鳴らし始め、しばらく猫と見つめ合った。
そして猫の方が先に目を閉じた。
……まあ、いいか。
腹の上が少しだけ温かかった。
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