pixivの奴とは微妙に構成がかわっております。
そして、運命は動き出す。
太陽系第三惑星、地球。
現地呼称・鳴海市、上空。
渦巻く暗雲の、その直中で。
「ブレイズ! 高度を上げろ、結界からはみ出す!」
年若い、否、幼いと言っていい少年の声が、金切り声を上げる風の絶叫の中にあって、強く響いた。
それに答えるように金属質の大音響が鳴り響いた。地球のあらゆる生物のそれと全く違うその轟きは、ある獣の遠吠えだ。
直後、渦巻く暗雲が爆発したかのように弾け飛ぶ。その霞の中から、何かが黒い尾を引いて、成層圏めがけて飛び出した。もし、その姿を目の当たりにするものがいれば、息を飲む、ではすまないだろう。なぜなら、その姿はこの惑星にあって、伝説であった。
太い、年経た霊樹を思わせる、たくましく長く延びた躯。その全身は、深い、深い緑色に覆われている。
その躯から左右に延びる、蝙蝠のそれとにた、しかし比較するのがばかばかしくなるほど強大で力強い翼膜の張られた翼。
その巨体を支えるに十分な、頑強そのものな脚部。つま先には、鋼鉄だって引き裂きそうな、鋭い鉤爪。
長く延びた躯の一方は細く尖り、その反対側には、大きく裂けた口。その相貌は、恐竜に、獅子ににていた。硬質の鱗に覆われていながら、表情豊かに感情を示す相貌の後ろ、後頭部からは背に向かってのびる二本の角。その中央、瞳の中で縦に避けた瞳孔が、赤い光を伴って輝く。
その存在を示す言葉は、あらゆる次元世界に存在する。大いなる力、権威の象徴、伝説の存在。
竜。
暗雲を引きちぎって飛ぶ竜が、再びほえる。無数の金属楽器を一斉にうちならしたかのようなその雄叫びは、重厚であり、勇ましい。そして、何よりも生命力に満ちていた。
その、強大なる存在。その背、首の付け根に跨がる、小さな影がある。
少年だ。年の頃は、恐らく10歳前。
手には、長い槍。躯を覆うは、軽装の騎士甲冑。吹きさらされた頭部は、吹き付ける風に黒い髪が散り散りに乱れている。頼りなさすら残る、華奢な躯。だが、ふとした拍子に顔にかかった髪を鋼鉄の手甲で払いのけて、幼さの色濃い顔を獣のように歪ませて叫ぶ声は戦士のそれだった。
暴風と雷鳴のとどろく空に、精悍な若い声が響く。
「三時方向、弾種空間炸裂弾!! 撃て、ブレイズ!!」
ブレイズ、というのが竜の名なのだろうか。少年の叫びに答えて竜がその牙をもたげた。その喉の奥、紅蓮の炎が渦巻いて、はじけた。
あらゆる伝承において語られる、竜の吐息。実際のそれは、吐息などというものではなく、大気を焦がす炎の固まりだ。真っ黒な尾を引いて射出された火炎弾が、黒雲の一角にまっすぐに飛翔し、直後、爆発。無数の欠片に砕けたそれが周囲に飛び散り、さらに爆発。空間そのものをまとめて凪ぎ払う炎熱地獄を作り出す。
その熱量の前に、雲などひとたまりもない。一瞬にして蒸発し、衝撃波が周辺の雲すらもまとめて吹き飛ばす。それは海面を滑空するように黒雲スレスレを飛行していた竜にも及び、津波のように黒雲が竜に迫る。
その雲海を、乗り越えるようにして羽ばたく竜の翼。崩れる天空の闇を、睥睨して竜が唸る。
圧倒的な破壊の力。それを解き放った本人たちに、しかし余裕はなかった。焦燥と困惑に、目を細める。
「……くそっ」
その視線の先。紅蓮の炎に凪ぎ払われた、グラウンド・ゼロ。あらゆる生命体が死に絶え、あらゆる物質が蒸発するであろうその灼熱地獄の中心に、たたずむ人影が、二つ。
竜が、威嚇するように吼える。耳をつんざく音響。
「ブレイズ!」
少年の指示に、高度をさらに上げる。波紋のように黒雲に衝撃を広げて、真っ直ぐに星々の煌めく高みに急上昇していく。
それを追って、灼熱地獄を突っ切り、二つの影が飛び上がる。一つは赤い光を。もう一つは金の光を、彗星のように引き連れながら。
「何者だ!? 何故僕達をねらう?!」
少年が、追っ手に叫ぶ。追撃する二つの光は、竜よりも飛行速度に優れているのか、すでに背後に迫っていた。その顔すらも、肉眼ではっきりと見える。
一人は、否、一匹というべきか。赤い体毛の、狼のような生き物。それが、空中を蹴って、すさまじい速度で走っている。
もう一人は、金色の髪をなびかせた少女。年は少年とそう変わらないだろう。全身に黒を基調とした衣服を纏い、右手には、漆黒のハルバードを手にしている。その、吸い込まれそうに透き通った瞳は、血のような赤。
「答えろ!」
叫んで、少年が左手を握りしめる。無手であったその手に、その動作に呼応するようにして光が走った。光は瞬く間に具体的な形をなし、一瞬後にはブレイズの口元とつながる手綱となった。それを、少年の小さな手が手繰る。
主に答えて、ブレイズが急制動を行った。翼を大気に対して抵抗になるように広げて、エアブレーキ……否、失速機動を行う。揚力を失った躯が一瞬中に止まり、直後、翼を折り畳んで今度は急降下機動。追撃者達を一瞬で置き去りにした竜が再び翼を展開、飛行を再開する。
一瞬の、逆転。追われる竜の翼は、追撃者の背をねらう牙となる。
言うなれば、竜版ウィング・オーバーともいえる、空戦機動。航空力学を知るものが目を疑うような滑らかで躍動的なその機動は、竜が生物といての利点を最大限に生かし、同時に騎手が完璧に竜の動きを制している事の現れ。
低く唸る竜の口が、再び剣呑な輝きを宿した。
「撃て!」
再び放たれる火球。もしこれが、戦闘機同士のドッグファイトであったならば、このバックアタックで決着はついていただろう。
だが、ここで戦っているのは戦闘機ではない。竜と、得体の知れない少女達。そして竜に挑む以上、少女達もまた、尋常の存在ではなかった。
『Photon Lancer』
雷鳴が、走る。天に渦巻く暗雲の雷光、それとは違う、人為的に生み出された、光の槍。それが、飛来する竜のブレスを撃ち抜いた。
爆発する火球。少女をおそうはずだったそれは、竜の眼前で打ち落とされたために、竜そのものに牙を向いた。急な展開に、回避もままならない。なす統べなく、自らの作り出した炎獄につっこむ竜。
だが、自らの炎で傷つくほど竜は柔な存在ではない。むしろうっとうしいといわんばかりに翼を羽ばたかせて、まとわりつく炎を吹き散らした。そして、その主もまた、吐息の残り火などものともしなかった。
「……やるじゃないか」
感心したようにつぶやくその身を覆うのは、半球形の光の壁。銀色に輝くその光が、未だ漂う熱波を遮断している。魔法のような光景。
そう、事実。それは、魔法であった。そして少女の放つ雷鳴もまた。
「今の魔法、ミッドチルダ式……そのハルバード、インテリジェントデバイスだな。現地の魔導師かと思っていたが、違うのか」
確認するようにつぶやく少年。少女が最初から問いに答える気がないのがわかってきたからか、肯定も否定も求めず自己完結で答えを出すと、少年は困惑気味に手にした槍を構えた。先端の十字状の刃が、金属質に光り輝く。
「なら尚更の事。……君達に再度聞く! なにのつもりで僕達をおそうんだ!」
「…………バルディッシュ」
『Yes,sir』
少年の問いに答えず、少女は手にしたハルバードに小さく呼びかけた。それに先ほど響いた男性寄りの合成音声が答える。その口調には、あきらかな知性の響きが感じられた。
少女の手にしたハルバードは、単なる武器ではない。知性を持つ魔法の杖、インテリジェントデバイス。地球とは違う、別の世界にて発展した魔導技術が生み出した、意志を持つ道具だ。その事は、少女、そして少年がこの地球という世界の者ではない事を指し示す。
だからこそ、少年は困惑していた。
異なる世界の来訪者。そのうちの一人、少年はある理由があってこの世界にやってきた。
彼は、友人を手助けする為にやってきたのだ。同じ学校で魔導を学んだ、同い年の友人。彼がこの世界に不本意なトラブルの解決の為にやってきたと聴いて、少年は学園の休みを利用してやってきた。
だが、この世界に転移し、身を隠しながら移動していた少年を、強襲してきた存在があった。目の前の、少女と獣のコンビだ。まだ現状把握につとめていた少年を問答無用で襲撃してきたその存在を、当初少年はこの世界の魔導師だと思っていた。地球は、魔導の世界からは”管理外”と呼ばれ、魔法が発展していない世界ではある。だが何事にも例外はあり、そんな例外の存在が異邦者である自分を警戒しておそってきたのだと、そう考えていた。だが少年に対する攻撃は苛烈さを増し、つい本気になって反撃した少年はそこで知る。相手もまた、自分と同じ違う世界からきた者だと。
なぜならば、インテリジェントデバイスという存在は、魔法の発達した世界でしか存在し得ないからだ。そして、この世界に、魔法技術は少なくとも表向きには存在しない。
「どういうつもりだ! 管理外世界での魔法の使用、それも攻撃魔法を使うなんて!? そもそも、僕達に何の恨みがあって!」
少年が叫ぶが、答えは言葉ではなかった。少女の周囲に浮かび上がる、無数のスフィア。そのすべてが金色の光をまとっているのをみて、少年は手綱を繰った。
「回避!」
轟、と翼が大気を打って、竜が急制動をかけた。
雷鳴に照らされる全身の鱗の一枚一枚が筋肉の躍動に併せて躍動的に煌めく。横ロールで回避機動に入った竜と少年めがけて、無数のスフィアが一斉に雷の矢を放った。
その数は、軽く10を越え。弾速は竜の飛行速度すら軽く上回る。その敵意の嵐の前に、巨体を持つ竜は為すすべもなく的にされるかに見えた。
だが。
「?!」
少年と戦闘を開始してからずっと、少女は冷徹な無表情を貫いていた。その表情が、ここにきて初めて、驚愕に崩れる。
放たれる無数の直射型の魔法弾。竜の巨体に比べれば、それは酷く小さい。だが、10を越えるその連射には竜の巨体はあまりにも大きい。また、いくら体格が大きかろうと、翼膜を破られればおしまいだ。竜にとって、この攻撃は十分に致命打であり、かつ回避は困難のはずだった。
だがどうだろうか。
高速で迫る魔法弾を、竜は巧みに高度を上下し、躯を捻り、翼膜を畳み込んで回避していく。まるで、風に煽られる木の葉のように、その動きは軽やかでつかみ所がない。
どうしても回避しきれない、躯の芯をねらった数発は、跨がる少年の一閃した武器によって凪ぎ払われた。そうして、数秒に渡る斉射を回避しきってみせた竜が、急旋回で再び少女に向かってくる。
まさに人竜一体。騎手が完全に竜を制御しているだけではああはできない。お互いが無言のうちにお互いを理解し、支え合う。完璧なコンビネーションのなせる技だ。それを目の当たりにして、少女が気圧されるようにつぶやいた。
「ランクの割に……手強い……!」
『Caution』
少女のデバイス……バルディッシュが警告を告げる。直後、まだ全身をこちらに向けていないはずの竜から、きらりと距離をおいてもはっきりと確認できる光が瞬いた。
まだ旋回中。だが、首だけはすでにこちらをとらえている。
「っ!」
咄嗟に、赤い獣が少女の前に割って入った。その眼前に、赤い魔法陣が展開される。盾を思わせる、巨大で分厚い光の壁。
直後、その防壁を、迸る火線が穿った。
竜の口元から一直線に迸る、直線状のブレス。さきほどまでの火球と違い、レーザーのように研ぎ澄まされたその一撃は、破壊範囲こそ遙かに劣るものの、一点に対する攻撃力は遙かに上回る放射火炎。鋼鉄すらも溶解させる一撃が、継続的に赤い魔法陣に降り注ぐ。
「グ……グォォオオ!」
獣が、破られるものか、と気合いのように遠吠えを上げる。その意志に応じて、魔法陣が輝きを増す。それによって、魔法陣を確かにとらえていた火線がはじかれて放射状に散った。暗い空に、一筋の赤が走り、それが千切れて四方に飛散する。
「防ぎきる気か!」
叫んで、竜にさらなる追撃を命じようとした少年は、しかしはっとしたように虚空を見上げたかと思うと、突如手にした武器を煌めかせた。そしてそれは突如コマ落としのように頭上から現れたハルバードと打ち合って、火花を散らす。先ほど獣に守られたはずの少女が、いつの間にか少年と竜の頭上に接近していたのだ。一度、二度、打ち合って、少女がオーバーリアクションでハルバードをふりかぶった。一見、大きな隙。だが。
『Scythe Form』
ハルバードの刀具が、直角に展開。さらに魔力刃を展開し、鎌のような形状となったそれを、高速で少女が振りかぶった。突然の間合い、形状の変化。不意をついたその一撃を、しかし何事もなかったように少年は槍ではじいた。
「反応が早い」
「竜騎士をなめるな! 騎手と騎竜は一心同体、相互補完! 騎手が竜の足を引っ張る事など、ない!」
言い切った少年が、少女のふるうハルバードよりも遙かに長い槍を巧みに操って、打ち合う。金属をふんだんに使った少女のそれと比べれば、柄は木材、先端の刃部分のみが金属という簡素な作りでありながら、それは高速でステップを刻みながら襲い来る少女の武器と互角に打ち合う。よくみれば、それは腕力頼りの力業ではない。今もブレスの照射を続ける竜、その尾のしなりを利用して得た力の流れを、騎手が利用する事で腕力以上の一撃を放っているのが見て取れる。まるで、騎手と竜が一つの生命体のようだ。
「ミッドチルダ式の魔導師が、接近戦を挑むか!」
「っ!」
気迫と共に、槍の一撃が少女を弾き飛ばした。反動に身をまかせ、くるくると回転しながら距離をとる少女は、しかしその間にも魔法陣を展開、少年めがけて魔力弾を放った。
しかし、今度は少年の周囲に小さな魔法陣の盾が複数展開、魔力弾を相殺。直後、竜のブレスの照射が終了し、それを機に少女と獣、少年と竜がお互いに距離を取り直し、仕切り直す。
黒雲と雷鳴を背景に、二つの陣営がにらみ合う。
「…………魔力量、魔法の技術。かなり高名な師を得ていると見なす。だが、何故だ。それほどの力を持つものが、何故無為な戦闘に手を染める!」
「…………」
「答えろ。僕は、この世界に害をなすつもりはない。むしろ、世界に悪影響を及ぼしかねない、危険な遺産の回収。それを手伝いにきているんだ!」
「……だから、だよ」
糾弾のような少年の問いに、しかしようやく答えた少女の言葉は、不可解な一言。目を見開く少年を前に、少女はゆっくりとデバイスを両手で振りかざした。祈るように、願うように。
「アルカス・クルタス・エイギアス」
「!」
爆発的に、少女の魔力が増幅される。雷雲の雷すら吸い上げて、強大な破壊の力そのものが具現化していく。少女を取り囲むように現出する無数の魔力スフィアを前に、少年は己の失策を悟った。
距離を取らせるべきではなかった。砲撃戦では、こちらが不利。
「ブレイズ!」
判断は早い。手綱を繰って、竜と共に突撃をかける。魔法の発動前に、至近距離に飛び込めれば、あるいは。
だがその考えは直後、全身をからめ取る衝撃と共に霧散した。みれば、竜の翼、そして自分の躯を縛り上げる、光のリング。
「バインド……?! しまった」
すぐさま、その拘束をふりほどこうとする。だが、それよりも、少女の魔法が完成する方が、早かった。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト………」
「ブレイズ、最大出力……」
バインドの解除を諦め、今放ちうる最大火力で迎撃する。その判断に従い、竜が大きく息を吸い込み、胸元を膨らませた。
対する少女のスフィアも、臨界を迎えたかのように、雷光をほとばしらせて輝いた。
「撃ち抜け、ファイアー」
「てぇーーーー!!」
竜の口からほとばしる、極太の業火。天を貫く、竜の吐息。先ほどまでのブレスとは比較にならない、あらゆる防御を粉砕する、破壊の一撃。
だが。
両手の指の数を遙かに越える、黒雲を照らし出す無数の雷球。そのすべてが、竜めがけて一斉に魔力弾を連写した。無尽蔵ともいえる異常な数の魔力弾が、視界のすべてを染め上げる。
たった一発の渾身の一撃と、空を覆い尽くす金の豪雨。
その両者の拮抗は、刹那のものだった。
降り注ぐ、無数の魔力弾。それは圧倒的なはずのブレスを一瞬で蜂の巣のように打ち抜き、”砕いた”。”芯”を持つ竜のブレスは、それを砕かれては威力を保持できない。そうして無力化された炎を突き破って、数百発の雷光が、竜と騎手に降り注いだ。
防御……不可能。もとより、少年の持つ魔力量は、少女の三割にも届かない。その圧倒的な少女の魔力の大半と、さらに周囲の雷すら利用した攻撃を、防げるはずもない。
それでもと、なけなしの魔力を振り絞って展開した障壁は、しかし数十発の魔力弾を防いで消え去った。
「ユーノ……!」
その光景を前に、少年は一言、友の名をつぶやき。
直後、閃光と爆発が空を染め上げた。